第72話 遊び人も賢者になれる?

 五味も黙々とフライヤーの清掃を始めていた――かと思いきや、急にレジに居た俺の肩に腕を回してくる。

「うわっ!? ちょっ!? あーあー手に洗剤ついたままじゃないですか!? 急になんすか!?」

 そう訊ねると、五味はふざけた調子で言った。

「どうだったぁ今日のバイトはぁ? んん? 青砥っちぃ?」

「い、忙しかったですけど?」

「ふじのんとチューしたりしなかったのぉ? 客の目を盗んで、ブチューっとさぁ?」

 五味がキス顔でこちらへ迫ってくるのを、手で制しながら言う。

「す、するわけないじゃないですか!? 何を言い出すんですか何を!」

「えーそーなのー!? 二人はてっきりそういう感じかと思ってたんだけど!?」

「そんなわけないじゃないですか!」

「んー、ウチにはそう見えたけどなー」

「まさか……」

 さっきだってキモいって言われたばかりなのに、ありえないな。

 しかし、五味はなかなか譲らない。

「でもウチって、そういう勘がよく働くし、いつもは当たるんだけどなー」

「処女の人に言われても全然説得力無いんですけど」

「それはそれ、これはこれだよDT-BOY! 絶対ふじのんと青砥っちって相性いいと思うよ?」

「いやでも、藤野はJKですよ? もし手なんか出したら、条令違反で俺アウトじゃないですか!」

「いや、大丈夫っしょ?」

「警察に見付からなければいいとでも?」

「そうじゃなくてさ」

「……?」

 俺の肩へと回していた腕を降ろし、珍しく真剣な表情を作った五味が言う。

「真剣な交際なら、法だって条例だって裁けないはずじゃん?」

「……ま、まあそうですけど。あれ、裁けませんでしたっけ?」

「細かいことはいいんだよ!」

 俺は動揺していた。

 五味の口から、そんな真理のような言葉が出るだなんて……。

 確かに、法律上は十六歳の高校生とだって結婚は出来るのだから、間違ってはいない。

 でも、そんな……。

 藤野を恋愛対象として見るとか……。

……うん、無い!

 有り得ない!

 ましてや、アイツが俺に好意や好感を抱いているなんて余計に無い。

 五味なんかに弄ばれていないで、残り三十分のバイト時間も気を引き締めていこう!

 余計な考えを振り払うように頭を振り、気を取り直して俺は自身に活を入れるべく、両頬を叩いた。

「パン!」と小気味良い音が響く。

「……よし。ところで五味さん」

「んー?」

 俺は五味と先程から話をしている中で、ずっと気になっていたことがあった。

 それを咎める。

「そういえばお前さっきから酒くせぇなぁ!?」

……そうなのだ。

 五味に唇を近づけられた時に気付いたのだが、明らかに彼女の息が酒臭い。

 「まさか五味さん、バイトがあるのに飲んできたんじゃないでしょうね!?」

 五味がヘラヘラとしながら答える。

「飲んでないよー? シャンパンしかねー!」

「それだよこの酔っ払いが!? どうりでいつも以上にゴミっぷりが増してるわけだ」

「ヒュー! 青砥っち辛辣ぅーっ!」

「……お客様にバレないようにガムでも噛んどけゴミクズ」

「うへぇ、青砥っちは厳しいなー。へいへいそうしますよーだ」

 不服そうに五味はガムを購入し、それをお客様の方からは見えない角度で噛んだのだった。

 そうこうしている内に、俺の退勤時間である二十二時がやって来る。

 しかし――。

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