第4話 きっかけ

 藤野がまだバイトに入って一週間頃のこと。

 男性からレジ越しにナンパされ、それを上手にいなせずに困っていた。

 そりゃこれだけ可愛ければこうなるよな……。

 見かねて俺が割って入る。

「お客様、そう言ったお誘いは当店ではお断りする決まりになっておりますので、申し訳ないのですがその辺りにしていただけますか?」

 その言葉にこの男性客も引き、この場は一件落着した。

「あの、青砥さん……ありがとうございます」

「いや、いいよこれくらい」

 だが、この客は意外にもしつこく――。

 その後バイトを終え、店を出た時だ。

……ん?

 駐車場の裏から、先に上がったはずの藤野らしき声が聞こえてくる。

 まさかな。

 そう思いながらも確認に行くと――。

「ねえいいじゃん。お願い! 連絡先だけでも! ライムでいいから! 最悪SNSでもいいし!」

 どうやら出待ちしていたのだろう。

 先程ナンパしていた客が帰ろうとする藤野の乗った自転車のカゴを掴み、その邪魔をしてしつこく食い下がっていたのだ。

 藤野は恐怖からか、何も言い返せずにただ俯いてしまっていた。

 この野郎……。

「おい」

「あっ、さっきの店員のお兄さん。ちっす」

「ちっすじゃねぇよ」

「えっ」

「彼女は条例で二十二時までに家に帰らないといけなかったんだよ。それをお前が邪魔して過ぎた」

 ここで男が態度を一変させる。

「……だからなんだよ。お前敬語使えよ。あ? 客だぞ? こっちはよぉ」

「うるせぇな客じゃねぇよ犯罪者。お前が今その子を引き留めてる行為はな、立派な未成年略取誘拐罪だ。証拠も駐車場の監視カメラに残ってるしな。警察呼ぶぞ」

「チッ」と舌打ちをし、男はそれ以上は分が悪いと感じたのか、さっさと自身の車がある方へ去っていった。

「また来たら通報するからな。二度と来るなよ」と、しっかりその背中に追い打ちをかけておく。

「……まったく。面倒な奴だったな」

 そう愚痴を溢した俺の肩に、藤野がごつんと額をぶつけてきた。

 頭突きっ!?

 ナンデ!?

 更には――。


 ボスッ!


 なぜか肩パンまでも――。

「いたっ!? ちょっ、なぜ殴る!?」

 藤野はうつむき、こちらを見ないままで答える。

「別に……殴りたくなったので」

「なんなのその衝動!? 恐いよ!?」

 今日日暴力系ヒロインは嫌われるからね!?

 よく見れば、うつむいたままの藤野の耳は暗がりでもわかるほどに真っ赤だった。

……なんだよ、やっぱり恐かったんだな。

 彼女が告げる。

「……ありがとうございます」

「……おう」

「それじゃあ、お先に失礼します」

「ああ、遅くなったし、気を付けて帰れよ」

「はい」

 結局藤野は、こちらに一度も顔を見せぬまま、そそくさとこの場を後にした。



――ということがあったのだが、思えばあの一件……肩パン以来藤野が不良になってしまった気がする。

 大体、助けてあげたのに殴ってくるとか酷過ぎるよなぁ……。

 もしかしたら藤野的には、あの程度のナンパは自分で撃退できたのに、俺がしゃしゃり出てしまったことに怒りを覚えて、それがトリガーとなって不真面目かつ失礼な態度を取るようになった……とか?

 いや、あんな場面見たら心配になって助けちゃうだろ……。

 なんだよこの不可避な罠……。

 詰んでるじゃん……。

……いや、そもそもあのナンパ男が藤野の好みで、撃退したことが余計なお世話だったんじゃないか?

……ありえる。

 だとすれば、俺の方が先にやらかしてたのかぁ……。

 そりゃ肩パンくらいしますわ……。

――そんな藤野がやって来て、早くも一ヶ月が経とうとしていた。

 そんなある日のこと――。

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