僕のたからもの 《竜之介》
『……私たちがひとつになったら、きっと私たちもっともっと安心して生きていけるでしょう……?』
瞼の裏で、僕のなかの有栖が言った。
いや実際の有栖はそんなことは言わない。
ただ無邪気に、時折不安げに微笑むだけ。
だけど……僕は怖かった。
いつからかわからない。
気づいたときには、そいつは僕を飲み込もうとしていた。
飲み込まれる前に、なんとかしなければいけなかった。
僕は必死だった。
自分が自分じゃなくなる恐怖。
有栖…
彼女は天使のように清らかな心で、僕を救ってくれた。
彼女のおかげで、僕は自分の弱さに向き合うことができたんだ。
この腕のなかで寝息をたてる有栖が僕のすべて。
「俺のたからもの…有栖……」
囁きとともに、腕のなかで眠る彼女の額に口づけを落とした。
どうか、このままずっと僕だけのものでいて。
*
朝になってもやはり兄は帰っていなかった。
有栖の目が彼を探して、いないことを知り軽く落胆の色に染まる。
「大丈夫だよ有栖、兄貴は今夜には帰ってくるから」
僕はそんな有栖を見たくなくて、さっと明るく声をかける。
有栖はほっとしたように微笑みを浮かべる。
「ん…そうだね。
朝食は、パンと…スクランブルエッグにしようか?今朝は気分もいいし、私がつくるよ」
「じゃあ俺がコーヒー入れるね」
ふたりでも僕はかまわない。
兄が嫌いなわけじゃない。
尊敬もしている。
なんでもそつなくこなし、バランスをとるのがうまい兄。
兄がいるから、僕たちがうまくやっていけていることも知っている。
ただ、兄が、バランスをとるために、するりと有栖から逃げているように感じる時、僕はうまく言葉にはできない複雑な気持ちになる。
それは僕の思い過ごしなのかもしれないけれども……
「ねえリュウ、今日の放課後、図書室に本返しに行くから付き合ってくれない?」
朝食をとりながら、有栖が頼んできた。
「うんいいよ」
僕は二つ返事でOKした。
「ありがと」
そう言って笑う有栖の顔を見ると、胸の奥がきゅっとする。
「ほら…ごはん食べ終わったら、髪を結ってあげるよ。今朝は時間があるから編みこみのハーフアップにしてあげようか」
朝は、僕が有栖の髪をとかして、結ってあげるのが常だ。
兄がいる時は兄が、そしてかつては母がそれをしていた。
高校生にもなる双子の姉の髪を結ってあげるなんて、ちょっと普通じゃないことはわかってる。
(もしかしたら、有栖は天然だからわかってないかもしれない)
でも、普通ってなんだ?
普通じゃないってなんだ?
僕たち、一生けんめい、普通でいようとしたんだ。
「嬉しい。リュウ上手だもんね、いつもありがとう!」
有栖は無邪気に喜ぶ。
「よし、できた。いいかんじ」
鏡の前で、くるくる回って、嬉しそうな有栖。
かわいい……すごく似合っている。
ふわりと揺れる髪。
有栖の髪は僕と違ってやわらかで光に透けるような栗毛色。
彼女の柔らかな髪に毎朝触れられる…それが本来は僕の役割じゃないからって、かまわない。
だって、僕は有栖のことが好きなのだから。
いつか、彼女が僕の手を振り払い走り出す日が来たとしても、その日まで僕は……
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