第132話 大会記録


 この試合、最後の一球になるであろうボールを投げる。

 打者はなんとかバットに当てて、打球はフラフラと真上に上がる。


 「あーマジか。しゃーないけど」


 俺はその打球を見ながら、少しガックリする。

 マスクを取ったタイガがボールをしっかり取って試合終了。完全試合達成である。


 タイガや、他のみんなも嬉しそうにマウンドに駆け寄ってくる。

 勿論俺も嬉しい。とっても嬉しい。


 「流石パンだよ! 最後にケチをつけたね!」


 「うるせぇ!」


 タイガが俺の肩をパンパンと叩きながら嫌味を言ってくる。

 そう。甲子園で完全試合という三人目の記録を作ったものの、もう一つ俺には狙えそうな記録があった。


 九回が始まる前までに、俺が奪っていた三振は19個。もし、三者連続三振で終われていれば、大会記録に並んでいたのだ。

 二者連続までは奪ったのに。


 センバツ記録はこれで同点の1位らしいけど。

 勿論、延長も含めればもっと三振を取ってる記録もあるんだけどね。

 ゆでたまごの人とか。


 「くそったれめ。最後の最後でちょっと力が入ったな。コントロールが微妙にぶれた。俺もまだまだですな」


 「21個でも充分だと思うけどね」


 嫌じゃ。俺はなんでも一番になりたいの。

 全く。なんで完全試合を達成したのに、ちょっと残念な気分にならないといけないのか。

 内心ではそんな事を思うも、顔には出さずに笑顔で神町の選手達と握手する。


 「完全にしてやられたじゃ」


 「完敗やなぁ」


 「次は負けんぞ!」


 なんて気持ちのいい奴らなんだ。

 途中は心が折れてそうだったのに、しっかり復活している。

 苦手意識を植え付ける事には失敗したなぁ。


 「ふははは! 挑戦はいつでも受け付けるぜ!」


 「よう言うた!」


 「次は夏じゃな!」


 その後も笑顔で一言二言話しつつ、校歌斉唱。

 この日の為にしっかり暗記してきたので、バッチリである。ウルはちょっと怪しそうだけど。





 「さーて、エゴサエゴサ」


 その後、ニッコニコでインタビューを受けて、これでもかってぐらい喜びを見せつけた。

 それ相応に高校生らしい姿になっただろう。

 実際、滅茶苦茶嬉しいしね。


 もうエゴサが楽しみで仕方ない。どれだけ批判するされてようが、ここまで結果を出したんだ。

 掌はグリングリンになってるはず。

 俺はワクワクしながらSNSを開く


 「むふふ。むふふふふ」


 「何やってるのか想像出来るけど、その顔はやめてよ。擁護出来ないぐらい気持ち悪いよ」


 仕方ないじゃないか。

 完全試合がトレンド一位で、俺の事をこれでもかってぐらい話題にしてくれてるんだから。


 「これで春の甲子園にも、もっと注目が集まるだろうな」


 同じ甲子園とはいえ、本番は夏みたいな所があるからなぁ。これで嫌でも注目せざるを得ない。


 「あー、頑張って良かった。この承認欲求を満たす為に野球やってるといっても過言ではないね」


 三振を取るのも気持ち良いけど、みんなから称賛されるのも気持ち良い。

 高揚感が半端じゃない。これで慢心しないようにしないとな。


 「あ、パンの三振動画みたいなのがあるよ」


 ほほう。仕事が早いじゃないか。

 そういう動画も出来ると思ってたんだ。

 俺は、横で同じ様にSNSを見ていたマリンにその動画を見せてもらったんだが…。


 「バッ、バカやろう! 俺が三振取った動画じゃないじゃんかよ!」


 マリンが見ていた動画は、俺が三振している動画だった。何故そちらを選ぶのか。捻くれすぎだろ。

 しかもそれなりに拡散されている。


 「あははは! 面白いね! なんか色々な角度からの動画でバットとの差が、何cm開いてるかまでコメント付きで書いてあるよ!」


 絶対アンチ。100%アンチ。

 どうしてもケチつけたいのか。いや、打撃に関しては、父さんも匙を投げる程どうしようもないから、言い返せないんだけど。


 今日ぐらいはさ。バッティングの事は忘れて、ピッチングの方に注目してよね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る