狐の面

狐の面

映画を観に行こう。

思い立ってすぐ車に乗り込んだ。


家族も無し、友達も無し、暇を持て余していた。


埼玉の奥地に、仕事のため引っ越してきたばかり。

都会に慣れていた私はなかなか田舎に染まることができず、買い物となれば西武線に乗って池袋へ、映画を見るとなれば埼京線に乗って新宿へ出ていた。


同僚に言われたのだ。

「駅前に行けば映画館くらいあるよ。」と。


ここには何もないと決めつけていた。

映画館があるとなればずいぶんと暇を潰せるだろう。


ナビで検索をかけて、いざ映画館へ。


意気込んでいたのは1時間前。

道に迷っている間に日が落ちた。


ナビが古くて、新しい道に対応していなかったのだ。

工事中になっている道で進路を変更せざるを得なくて、私は同じところをナビと一緒にぐるぐる回った。


一度車を停め、スマホで調べてみると映画館はすぐそこだった。

すっかり暗くなった道を、ライトをつけて進む。


映画館の入ったビルに右折で入りたいが、なかなか対向車が途切れない。

映画を見たかっただけなのに…と、ふとため息をつく。


ふと車の流れが途切れた時、歩行者がいないことを確認してハンドルを切った。


確認したはずだった。

しかし目の前に人影が見え、私は車道に車の尻を出したまま急ブレーキを踏んだ。


暗闇から人が走って出てきたのだ。

車内に心臓の音が響くようだ。


飛び出してきたのは……きっと男だろう。

仁平姿で、白い狐の面をつけていた。


ごめん、というように手を軽くあげて走って行った彼。

何とも爽やかだった。

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狐の面 @morning51

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