【11】アイツの青春にオレはいらないはずだが?【完結】
ホズミロザスケ
第1話
「
ホームルームを終え、廊下を歩いていると、後ろから呼び止められた。
振り向くと、オレが担任しているクラスの生徒が三人。カッターシャツのボタンを上数段外し、臙脂色のリボンがだらしなくぶら下がっている。プリーツのスカートを規定より短く、足元はルーズソックス。式典などがない限りは、強く咎められないことを良いことに、みんな判を押したように同じ制服の着こなしだ。
「ほら、早く言いなよ」
「言えないしー!」
「罰ゲームでしょ。早くっ」
とニヤニヤ笑いながら小突き合っている。
「オマエら、オレは職員室に戻らなにゃいけねぇんだ。さっさと言え」
「桂先生怒りだしたじゃん」
「わかってるってば。……じゃあ、先生、そのー……好きでぇす」
その一言で、一瞬にして爆笑が起きる。オレは眉間に皺を寄せ、大きく、それはもう大きく、ため息をついた。
「あのなぁ、今年度の桂学級が始まったこの一週間で五人目だぞ、五人目! いつまでその告白ゲームとやらを続けるつもりだ。いい加減にしとけよ」
二年A組で流行している、じゃんけんに負けたらオレに告白しに行くというゲーム。残念ながらどいつもこいつも半笑いで言いに来やがるから、最初からこういうことだろうとすぐに気づけた。もし演技のうまいヤツがトップバッターを切っていたら、きっと真に受けてドギマギした対応をし、笑い者になってたかと思うと肝が冷える。
「アハハ~、怒られた」
「ていうか、桂先生ってモテなさそうじゃんね」
「むしろ、こんな超かわいい女子高生たちに嘘でも告白されて嬉しくないのー?」
「ガキに言われても嬉しかねぇよ」
三人はさっきよりも盛大に笑うとどこかへ走り去った。
元号が平成になって早数年。もうすぐ西暦は二〇〇〇年という大台に乗る。その上、その翌年には二十世紀から二十一世紀に切り替わる歴史的な瞬間にも立ち会えるらしい。
外出先でも連絡できるPHS、携帯電話など、昔では考えられなかったハイテクな通信機器のCMもよく目にする。子どもの頃に眺めていた絵本に描かれていたような空飛ぶ車や、ボタン一つで出来立ての料理が出てくるような便利な機械が普及する。そんな未来へ向かい、技術が日々進化しているのを実感する今日この頃。
それなのに……それなのに、だ。こんなしょーもないゲームは未だに生まれ、教師のオレは暇潰しに付き合わされ……オレが学生だった十年前と何ら変わらん。
とにかく、職員室へ……と進行方向に身体を向けると、目の前に立ちはだかる人。目を合わせるため、顎を上げる。すると、その人は満面の笑みを浮かべていた。
「桂先生~、見てたよ。モテモテじゃん」
「
「えー? 嫌われるより、からかわれてる方が良いと思うけど」
「全然!」
「わ、即答」
「からかわれるっていうことは、なめられてるってことですよ。教師としてあってはならないと思います」
「桂先生は本当に堅いなぁ~」
その時、「山田先生ぇ」と猫なで声が聞こえる。真向いの棟の窓から、顔を覗かせている生徒たちが手を振っている。山田先生は嫌な顔一つせず、にっこり笑顔を浮かべ、振り返すと黄色い歓声が上がった。
襟足の長めのやや赤みがかった髪をなびかせ、「洗剤の香りですよ」とどう考えても香水としか思えない、甘ったるい香りを身体に纏っている。それが彼、数学教師の山田
一年先輩の山田先生とオレはなにかと比べられる。
何をせずともピンと立ち上がる直毛の黒髪、オヤジ譲りの浅黒い肌と骨太の体型。山田先生とは正反対だ。スーツの上着がどうしてもきつく、学校内ではジャージを羽織っているからか、国語教師なのにすぐに体育教師に間違われる。まだ二十六歳、若輩者の部類に分けられるが、「なんか若々しさが足りないよね」「三十過ぎに見える」と先輩教師陣からよく言われてしまう。
だが、生徒からはなめられているのか、ゲームの標的に……。嗚呼、情けない。
「せっかく女子校にいるんだし、もっと楽しまないと」
「山田先生と違って『女子校だから』という理由で、ここに就職した訳じゃないです」
「『女子校だから』はまるで俺が女好きみたいじゃん。『女子校という未知の場で学べることがたくさんありそう』っていう理由だから」
「あー……そうだった気がします」
「そうだった気がするんじゃなくて、そうなの。――そういや桂先生はどうしてここ選んだのか訊いたことなかったけど、どうして?」
「オレは別にいいじゃないですか」
「えー? 自分だけ隠すの?」
山田先生は年齢が近いことと、職員室の座席が近いからか、よくオレに声をかけてくる。そして、何かとオレのことを詮索してくる。あまり仕事以外のことをペラペラ話したくないのだが……。
「もしかして本当に女子高校生目当ての……」
「違います! ……この高校が、自分ん家から一番近かっただけです。朝はギリギリまで寝ていたいんで……」
と正直に答えると、
「小学生みたいな理由だね!」
山田先生は腹を抱えて笑った。考えが小学生で悪かったな……。
せっかく夢だった高校教師になれて四年。同じく国語教師だった亡き父のように厳格で、みなに尊敬される人間になりたかったのに。理想と現実に毎日悩まされている。もっと厳しく接して、教師としての威厳を――。
「桂先生、好きでーす!」
後ろから走って来た生徒から今回も気持ちが一ミリも入ってない言葉を投げかけられた。消えゆく背中に、
「オマエら、いい加減にしろっ!」
と叫ぶことしか出来なかった。
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