カゲロウ
maria159357
第1話 出会いたくなかった
カゲロウ
出会いたくなかった
登場人物
レイラ=モンド=チェルゴ
サバン
タツト
ドミノ
ミルフィーユ
ライク
トレイ
流れ進むのはわれわれであって、時ではない。
トルストイ
第一影【出会いたくなかった】
「おー、わかった。じゃあまたな、アルト」
電話を切ると、男は欠伸をしながら家に向かって歩いていた。
黄土の髪は風に靡き、宝石のようにも見える輝きを持つ緑の瞳、黒のシャツを着こなしている男は、レイラ=モンド=チェルゴと言って、レイモンドと呼ばれている。
レイモンドは家に帰ってテレビをつけ、のんびりしようとしたその時、何やら大きな音が聞こえてきた。
何事かと思い、外に出て確認しようとしたが、それよりも先に、その何かが自分の部屋に直撃する。
「・・・・・・」
驚くべきなのか、警察に連絡すべきなのか、自分の部屋を壊したことに対して文句を言うべきなのか、考えていた。
部屋に落ちてきたソレは、球体のようにもみえるが、時折、形を変えるようにして、ぐにょぐにょと変化する。
一体それが何なのか、レイモンドには分からないが、ぷしゅー、と静かな音が鳴ったかと思うと、その中から変な男が出てきた。
「あー・・・身体痛ェ」
「・・・・・・」
何やら文句を言いながら出てきたその男は、黄土の短髪に緑の目をしていた。
黒い服に身を包んでいる男の見た目、口調、出で立ち、声色、その全てが、まるで誰かに似ているようで。
ただじーっと男を見ていると、男はレイモンドに気付き、手をあげて「よ」と言ってきた。
「誰だ。てか、俺の部屋ちゃんと修理しろよな」
「ああ?んなこと言うなよ。俺とお前の仲じゃねえか」
「なんの仲でもねえから。さっさと出て行かねえと、警察呼ぶぞ」
「呼んでもいいけど、ちょっと俺と一緒に来てくれや。それからにしてくれ」
「自分勝手なこと言いやがって。何様だ」
「俺様だ」
「・・・・・・なんかムカつく」
「まあ、いいからいいから」
「親の顔が見てみたいもんだ。とにかくそこで大人しくしてろ。俺が制裁を与えてやるから」
「少しは部屋の掃除しておけよ。じゃないと、流行り病にかかっちまうぞ」
「うわ、余計なお世話ってまさにこのことだよな。人の家に勝手に来た挙句、文句まで言うなんて、最低極まりない」
「よく考えてみろ。この最低よりももっと最低なことなんて、人生に幾らでもあると思う。だから可愛らしいことでいちいち最低だとか言うのも止めておけ。お前のためだ」
男はレイモンドの腕を引っ張ると、その乗りもののようなものの中に引きずり込んだ。
このまま拉致でもされて殺されるのかと思ったレイモンドだが、男は乗りものに乗ると、何やら機械を操作し始める。
すると、身体が宙に浮いた気がした。
いや、それは気のせいではなかった。
乗り物は床から浮いて、その後すぐに、吐き気に襲われる。
「おいおい、大丈夫か?吐くんじゃねえぞ。もうちっと我慢しろ」
「乗り物酔いなんかしないはずだ」
「ああ、これは単なる乗り物じゃねえからな。時空超えてっから、その歪みで吐き気が起こるんだ。まあ、そのうち慣れてくっから、そのまま大人しくしてろ」
「時空?」
まったく変な男に捕まってしまったものだと、レイモンドは後悔した。
「詳しくは、着いてから話す」
それだけ言うと、あまりの吐き気に、レイモンドは意識を失ってしまった。
「ん?」
しばらくして目を覚ますと、何処かのベッドに寝かされているようだった。
身体を起こしてみると、頭痛に見舞われたが、目の前にいたあの変な男は、レイモンドに気付いて笑った。
男の隣には2人の男がいて、1人はネイビーの髪を後ろで1つに縛っている、赤いピアスをつけた男で、もう1人は黒髪のクールそうな男だ。
「やっと起きたか。ヤワな身体してやがるな」
「ほら、そういうこと言うからダメなんだよ。もっと優しくしてあげな。お前だって最初は気持ち悪くなってただろ」
「そうだっけか。覚えてねぇなぁ」
「都合悪いことばっかり忘れやがって。幸せな性格してるよ、お前」
「ありがとう」
「言っておくけど、褒めてない」
謎の3人に囲まれた状態で、レイモンドは舌打ちをしていた。
誘拐でもされてしまったのか、いや、誘拐されるほどの価値なんてないはずだとか考えていると、自分をここに連れてきた張本人が、三日月のように口角をあげながら笑う。
その笑みがあまりにも不愉快で、レイモンドは頬を引き攣らせた。
男は両隣にいる男たちを指さしながら、紹介してきた。
「こいつはサバン、こっちはタツトだ」
「よろしくな」
「よろしく・・・」
サバンという男は、ニコニコと笑みを浮かべたままだが、厭味のあるものではなく、兄貴分のようなおおらかさがある。
タツトという男は目を細めながらレイモンドを見ていて、睨まれているのかと思ったが大きな欠伸をしていた。
そして問題の男は、真っ直ぐにレイモンドを見ながらこう言った。
「で、だ。俺はレイモンド。レイラ=モンド=チェルゴってんだ。よろしくな」
「は?」
ニカッと笑いながらそう言う男に、レイモンドは怪訝そうな顔を見せる。
煙草を吸い始めた男を見ていると、煙を吐きながら、自称レイモンドを名乗る男は話し始めた。
「俺はお前の未来だ。サバンの作ったタイムマシンでお前を連れてきた。タツトは科学者なんだ」
「俺の未来?なんだそれ?未来人だとでも言うのか?馬鹿馬鹿しい」
「馬鹿馬鹿しくてもなんでも、それが事実だ。お前に未来のことを報せたくて、わざわざ連れてきてやったんだ」
「迷惑な話だ。未来のことなんて、未来になってから考える。早く俺を元の世界に帰してくれ」
「ひとまず、見てほしいもんがある」
人の話を聞いているのかいないのか、未来のレイモンド、こちらはレイラと表現するが、レイラは着いてこいとだけ言って、家から出て行く。
その後ろをサバンとタツトも着いて行く。
サバンがにっこりと笑いながらドアを開けた状態でレイモンドを待っていたため、レイモンドは仕方なく着いて行くことにした。
丘の上に登り、そこの上に立っているレイラたちを見つけると、同じように丘から景色を眺めてみる。
「・・・なんだ、この世界は」
「な?胸糞悪ィだろ?」
そこから見えた世界は、一言で表すなら、まるで“廃墟”だ。
太陽は荒み、月は澱み、空も海も消えかかっているような、そんな世界。
これが未来だなんて、目を疑いたくなる。
レイモンドの勝手な予想ではあるが、未来はとても明るくて、機械的で、車だって空を飛んでいると思っていた。
技術は進んで、今よりもずっと効率的に行動出来て、ロボットたちが仕事をこなし、人間なんてだらだらしているとばかり。
輝かしい、描いていた未来像とは程遠いその光景に、レイモンドは言葉を失う。
「なんで、こんなことに・・・」
「時代なんて、こんなもんだ。進歩するほど良い未来があるってわけじゃねぇ。所詮、人間が作り出す世界なんざ、この程度だ」
めまぐるしい科学の進歩さえ、良い方向にばかり進むわけではない。
自分の好奇心を満たすためだけの科学者たちも、未来がどうなろうとも、結果を見届けることなんて出来ないのだから。
「一時期は、寿命を伸ばす実験をしていたみたいだけど、結局のところ、人間には人間の限度があるってこと」
「長生きしても、こんな未来しか待ってないなんてな。それに、1人の人間が幾ら長生きしようとも、神はそれを赦さない」
当たり前のように見上げていた空も、太陽も、この世界、いや、この時代では生気を失っている。
太陽の輝きが減ってしまっているなら、同時に月も暗くなっているのだろう。
明るすぎて嫌な朝も、来なくなってしまうと思うと、物寂しい気持ちになる。
海にはゴミが溢れ、山は崩され建物が並び、住処を追い出された生物たちは、人間と共存することも赦されず、そのほとんどが絶滅してしまったという。
代わりに作られ始めたのがロボットなのだが、生態系が変わってしまったことに変わりはなく、ペットとして飼われていた動物たちでさえ、感情をインプットされた機械にすぎない。
「ま、詳しくは帰ってから話す。あんまり自慢出来る場所じゃねえからな」
踵を返して歩き始めてしまったレイラ。
レイモンドはもう少しだけその景色を眺めてから、元来た道を戻っていく。
先程の家まで帰ると、そこにはレイラとサバン、そしてタツトが一緒に住んでいることが分かった。
昔でいうところのシェアハウスのようなものなのだが、家賃は相当かかるらしい。
どうしてかと言うと、政治家たちが私利私欲のために税金を毟りとり、自分たちだけ甘い蜜を吸っているかららしい。
だからなのか、政治家になりたがる若者が増えているようで、昔ほど選挙も面倒なものにはなっていないとかで、次々に政治家になっていくものだから、税金がどんどん膨れ上がるようだ。
テロが起こっても戦争が起こっても、ストライキなどの暴動が起こったとしても、政治家は何もしない。
必要以上の人間が、自由に使う金欲しさにそこにいるだけであって、結果として世界は何も変わらない。
碌でもない人間が増えて行くだけなら、滅ぶのを待った方が良いのかもしれない。
「口先ばっかの奴がのさばる。酷ェ時代だろ?富裕層と貧困層がはっきりと分かれてるのが、この時代だ」
椅子に座るように言われたレイモンドは、大人しく椅子に腰かけると、何かに気付いたタツトが奥の部屋から何か持ってきた。
それは実験室などで見かける様な、薬品の入った瓶容器で、スポイトで中の液体を吸い取ると、レイモンドの足下に垂らした。
「へ・・・?」
すう、と、当たり前のようにそこにあったレイモンドの影が、消えた。
「影は隠しておいた方が良い。奴らにとられる」
「奴等?とられる?」
「さて、レイモンド、って呼ぶのもなんか抵抗あるから、ジュニアでいいか?」
「どちらかと言うと、そっちがジュニアだけど、まあいいや」
レイラは再び、煙草に火をつける。
「この未来では、俺達肉体となる本体と影が、別々に生活してんだ」
「別々に生活って、そんなこと出来るのか?」
「ああ。それが可能になっちまったんだ」
レイラは機械オタクのサバンに頼んで、タイムマシンを作ってもらった。
そう簡単に出来るわけがないと反発したのだが、サバンは昔からタイムマシンやパラレルワールドといったものに興味があって、自己流でマシンを作り続けていたらしい。
当然、失敗作もあったのだが、どうやって実験していたのかは教えてもらえなかった。
「さっき見たのは、何なんだ?」
未来というよりも、違う世界のように感じた。
不気味な空気が流れている、なんとも息苦しい感じのする、そんな景色だった。
「この未来では、本体から影を切除されるんだ。本体は本体で通常の生活をする。影は影で、別行動ってわけだ」
「なんだよそれ。わけわかんねぇ」
「気味悪い話さ」
サバンが、飲み物をもってやってきた。
レイラとレイモンドの前にはお茶を出し、タツトの前にはコーラ、自分の分でホットミルクを置く。
自分は歳を取ってもお茶好きなおっさんか、と少しショックを受けつつも、温かいそれを口に流し込む。
そんなことを思っていたからなのか、声として発するつもりなどなかったのだが、つい、声に出てしまったらしい。
「おっさんだ」
「あ?」
「「ぶっ」」
ぽつりと呟いた言葉に、レイラは眉間にシワを寄せていたが、隣にいたサバンとタツトは吹きだしていた。
2人が笑ったのを見て、レイラは軽く睨みつける。
サバンは掌を顔と垂直に出して、笑いながらではあるが謝罪していた。
「ごめんごめん。ついね」
「確かにおっさんだ」
「おっさんって、お前、こうなるんだからな。覚悟しておけよ」
「俺はならない」
「なるんだよ」
「ならない。やだ。絶対やだ」
「やだじゃねぇよ。なるんだよ。どうにもならねえことってあるんだよ。ジュニア」
「はあ。自分が目の前にいるってなんか変な感じ。俺は誰?お前は誰?俺はお前?お前は俺?俺は何?お前が俺で俺がお前だけどそれは違う?どういうことだ?」
「・・・頭大丈夫か?」
「やっぱりレイモンドだな。昔からこんな感じなんだ」
「俺の方がマシだろ」
こんなおっさんにはならないように気をつけよう、とぶつぶつ言っていたら、レイラに叩かれた。
ムカついてレイモンドがやり返すと、レイラは少し睨んでから、自分の方が大人だから我慢してやると言われた。
「ライク、どうだい?進んでる?」
「おうよ。まだ完璧とまではいかねぇが、順調ってとこかな」
「それなら良かった。ミルフィーユの報告書、読んだか?」
「ああ、まだだ。何か成果あったのか?」
「色々とな」
影たちが集まる、本体とは別の建物内。
焦げ茶の髪をしている男はトレイといって、トレイに話しかけられたネイビーの髪の男はライクという。
そこへ、緑の髪をした男がやってきた。
「トレイにライク、お疲れさま。暇そうだね。仕事したら?」
「ドミノこそ、こんなところで何やってんだ?影は切り終わったのか?」
「僕は仕事早いからね。たらたらやってる誰かライクさんとは違うんだよ」
「てめぇ、いつかしめるからな」
ドミノは影を切る仕事をしている。
難しい作業ではないのだが、巨大なカッターを使って切る。
しかし、簡単そうに見えて意外と技術がいる作業なうえ、素人がやると、時々、本当に時々ではあるが、本体の足を切ってしまうという事故が発生する恐れのある仕事だ。
本体から隔離された影は一旦活動出来なくなるが、すぐに1人で立ち上がり、動き出す。
ミルフィーユというのは女性で、茶色の長い髪を後ろで1つに縛っており、性格は冷酷で人体実験でさえ平気でやってのけるだろう人物だ。
このミルフィーユは、影の生体実験を行っている。
そしてライクは更に進んだ研究と実験を繰り返しており、トレイに至っては影を1つの個体として成長させようとしている。
「識別番号はちゃんとつけてるのか」
「もち。だけど、正直言って、意識持っちゃうと影同士で交換してる可能性とか、識別番号を取っちゃってる可能性も無きにしもあらずだよね」
「管理しておかないと、これ以上の粗相は困るぞ」
「粗相なんて可愛いもんじゃねえけどな。ま、俺達だっていつああなるか、わかったもんじゃねえよ」
「噂だけならなんとかなるが、これがもし事実として広まれば、この研究所の存続は危うい」
「あ、トンカツいいな」
3人は食堂、ではなく、各自持ってきた弁当を広げる。
弁当とはいっても、自分で作るわけではなく、昔でいうところのコンビニにあたる店のようなところで買ってきた手軽なものだ。
そして何処で広げているかというと、唯一の女性でもあるミルフィーユの部屋だ。
勝手に来て勝手に弁当を食べている男3人に対し、ミルフィーユは特に気にしてる様子もなく、というか多分興味も関心もない様子で、無心で機械をいじっていた。
昔でいうところのパソコンのような役割を果たしているそれは、機械とう原型を留めてはおらず、まるでSFの如く、スケルトンのような画面が宙に浮いている。
ミルフィーユの近くには常に小型のロボットがいて、これして、あれして、と指示をするだけで動いてくれる。
しまいには、ミルフィーユの健康管理までしており、食べ物や飲み物の準備、ストレッチまで指導してくれる。
まるで子供のようにミルフィーユの後ろを着いて歩くその姿は、可愛らしくも感じ、更には体温調節も出来るため、温もりも感じられるらしい。
これはまだお高い高性能ロボットなため、なかなか持っている人物は少ない。
ミルフィーユの父親が、ミルフィーユの誕生日にプレゼントしてくれたようだが、貰った途端に沢山インプットさせ、故障させる寸前までいったようだ。
しょうがなく、少しずつ慣れさせながら情報を詰め込んでいったらしい。
「ロボットは感情がないから良い」
人間相手だと疲れてしまうというミルフィーユは、あまりトレイたちとも話しをしない。
何か伝えたいことがあると、いちいち紙にして渡してきたり、ロボットを通じて言葉を通わすのだが、正直そっちの方が面倒だ。
だからなのか、ミルフィーユの声など、あまり聞かない。
こうしてロボットに話しかけている以外、本当に聞かない。
「あ、ライクの卵焼き美味しそう。え?ありがとう。くれるなんて、優しいな。そういうところ、僕好きだな」
「あれ?これあげる感じになってるのか?俺何も言ってないのに?すげぇな。ある意味魔法だよ」
「いまいちだった。返す」
「返すな。なんでお前の喰いかけを俺が食べなくちゃならねえんだよ。しょうがねえな。ほら、トレイ、お前にやるよ。そんなに卵焼き喰いたいなら、言ってくれよな」
「・・・これはなんだ?生ゴミか?」
食べ終えると、3人はそれぞれの部屋へと戻って行く。
トレイはモニターをつけると、そこに立ち並ぶ、同じような黒い影たちを眺める。
「影は影でしかない、か」
「そもそも、なんで影を切り取る必要があるんだ?」
そんなレイモンドの質問に答えたのは、タツトだった。
「もともとは、軍事用として利用するのが目的だった」
「軍事用?」
つまりは、戦う兵士としての利用だった。
そこから広がって、労働者として使えないかの研究も始まったようだ。
人間が戦わずに、働かずに済むようにと、ロボットよりも柔軟に動ける存在として、影を有効活用しようと考えたのだ。
「影は切り離されると、本体とは別に動くことが可能になる」
「なんだそりゃ。なんでだ?」
「本体にしかない魂が動かしている、と言われてるが、真意は不明だ。体温や気配、呼吸なんかを感じて動きを読みとれるとも言われてる」
「で?なんで俺をここに?」
お茶を飲み干したレイラが、新しい煙草を吸いながら話す。
「影が起こす事件が発生してるんだ」
「事件?」
「ああ。基本的には違う生活圏で生活をしてるが、影が本体を殺すっていう事件が多発してるんだ。まあ、警察も公には出来ねえってんで、噂程度にしかなってねぇがな」
レイラが言うには、影が昼夜関わらず本体の生活圏に侵入してきて、肉体の人間を殺しているという。
しかし、影は自分の本体がどれか判別出来ないため、自分を殺しているわけではないという。
それだけでも不思議な出来事なのだが、もっと奇妙なことは、本体の人間を殺した影は、本体の皮を剥いで、自分の身体につけるというものだった。
聞いただけでも気持ちの悪い話だが、最近ではもっと酷いらしく。
「最近じゃあ、皮だけじゃ物足りねえのか、臓器なんかを持っていく奴もいるって話だ。しかも、影だから実際目が見えるわけでも話せるわけでもねえはずが、話せる影までいるって噂でな」
「噂だろ?そんなバカなこと」
「馬鹿だと思うだろうが、ほぼほぼ事実だろうな。そうだと思っておけば良いにこしたことはねえ」
どうして影がそんな行動を取っているのか。
影であれば、そういった考えなどはないはずだ。
「それには、向こう側で行われている研究が関わっているんだ」
「研究?」
サバンがホットミルクを飲み干し、静かにコップをテーブルに置いた。
すると、横にいるタツトを見て、タツトに説明をするようにと言った。
「・・・え?今なんて言った?」
「お前話し聞いてなかったのか。だから、お前の担当なんだからお前が話せって。研究所のこととか」
「・・・ああ。それね」
撤回しておこう。
タツトはクールそうに見えるが、決してクールなわけではなく、単にぼけーっとしている男だと分かった。
面倒臭そうにしながらも、タツトはコーラを飲みながら話す。
「研究所では、おおまかに3つの研究をしてる」
まずは影の生体を知るための実験だ。
人間と同じように視覚や嗅覚、痛覚があるかの実験が主で、視覚や痛覚は存在しておらず、空腹も感じないことが分かっている。
公に発表された内容では、影をさらに切ることも可能だという。
また、これは機密事項とされているが影同士の殺人や交尾の研究もされているらしい。
「今の話を聞く限りじゃ、影が本体を殺すなんてこと有り得るのか?しかも皮を剥ぐとか、考えつくとは思えねえけど」
「それは、さらに進んだ実験をしてるから。2つ目の研究として、影に”意識“を持たせるという実験だ」
「影に意識を持たせる?」
生体実験の先で待っているのは、影を独立させようとする研究だった。
影の脳内にショックを与えることで可能にしているようだが、神経を入れているという話も聞く。
「意識を持つと、何か変わるのか?影が意識を持つなんて、出来るのか?」
「出来るか出来ないかじゃねえんだよ、ジュニア。あいつらは、それをしてるんだ」
「じゃあ、その事件ってのも、意識を持った影たちが、暴走してやってるってことか?」
「そういうこと」
平然と答えるタツトは、無くなってしまったコーラをサバンに催促する。
文句を言いながらも、新しいコーラを持ってくると、今度はコップに注がず、そのままタツトに渡した。
「意識を持った影は脅威だ。まるで人間のように動くが、悪意が無い。だから余計に性質が悪い」
人間としての思考には程遠い影は、まるで玩具だけを与えられた子供のようだ。
自分が悪いことをしているなんて思っていないし、そもそも何が悪い事なのかも分かってはいない。
制御することも出来ず、ただ未熟な思考のまま動く。
「実は、俺達も独自で色々調べてたんだ」
「調べてたって、どうやって?」
「前に、俺達を殺そうとして家に来た影がいてな。そいつを捕まえて、色々やってたんだ。まあ、可哀そうなことはしてねぇよ。な?」
「・・・まあね」
「おい、間を作るな。残酷なことでもしてたみてぇじゃねえか」
「レイモンドは顔が怖いから。それだけで充分な拷問だよね」
「タツト、そういうことは言っちゃダメだ」
舌打ちをしたレイラだが、捕まえた影を使って何か調べていたというのは本当のようだ。
例えば、影は怪我をしないとか、拘束することは難しいが出来ないわけじゃないこと。
影は形を変えることが出来るため、縄で縛ろうとすると、逃げられてしまう。
そこで、影を捕まえるときは縄で縛るのではなく、紙を扱っている感覚で、尖ったもので壁に打ち付ける必要がある。
「他にも、影は影に隠れることが出来るし、影は本体となる人間に戻すと自立出来なくなり、さっきレイモンドジュニアの影を消した薬品も、タツトが開発したものなんだ」
「へえ、すげぇ」
「だが、最後の研究が、その影の生体さえ根本から覆すものになりつつある」
レイラが、真剣な顔をして言う。
相変わらず煙草を吸っているが、ふざけているものとは違い、出口のない迷路に足を踏み入れてしまったかのよう。
「その、研究って?」
「影と本体の繋がりを失くす、研究だ」
「繋がりを失くすって、どういうことだ?切り離された時点で、繋がりなんてないだろ?」
「まあそうなんだが、影を1つの個体として、つまりは1人の人間のように独立させた存在にしようとしてるんだ」
「本来、影は本体が死んだら死ぬ、とされていた。だが、その研究では、本体が死んでも影だけが生き残るという、摂理に反した研究が行われてる。簡単に言えば、寿命がある人間がいなくなっても、影だけが生き残るってこと」
「それこそ、馬鹿な話だろ・・・。影だけが生きるって、どういう世界だよ。そんなの有り得ねって・・・」
「有り得ねえことが起こるのが、未来の恐ろしいところさ」
レイモンドは、何も言えなくなってしまった。
そんな中、1人口を開いたのは、空気を読めない、というよりも空気など最早読む心算のないタツトだ。
「本体から出ている僅かなシグナルを絶って、個体として動けるようにしてるらしい」
「?なんかよくわかんねぇ」
「なんていうか・・・。操り人形は常に糸で動きを制限されてるけど、その糸を切って自由に動けるようにした、みたいな感じ?」
大雑把なことは分かるものの、果たしてそんなことが可能なのかどうかだ。
しかし、実際にレイラたちは影を切り取られていて、その影はレイラたちの意思とは関係なく動いている。
現実として受け入れ難いことではあるが、それが確かに起こっていることは分かる。
頭ではまだ追いつけていない部分もあるが、レイモンドはひとまず理解した。
「なあ」
「何だ」
「本体のことが分からずに殺してるって言ってたけど、そのシグナルとか、んーと、魂とかの波長?とかで分かったりはしねぇの?」
返事をしたのはレイラだったが、質問に答えたのはやはりタツトだった。
レイラも、自分よりタツトの方が詳しく知っていると分かっているからなのか、余計なことは言わないようにしている。
「影と切り離された時点で、互いに分からないようになってる。シグナルとかで分かるのは、あくまで相手が生きているかどうかってこと。つまり、存在の有無。まあ、影も本体の一部ではあるから、動きとか癖とかで、どの影が自分か分かるかもしれないけど」
「じゃあ、もし自分の影が分かれば、その影は戻せるってこと?」
「まあ、理屈で言えば。だけど、影が暴走を初めてからってもの、本体の数は減っても影は減らずに増加してる。そんな中、自分の影を見つけるなんて至難の業。砂漠から一粒の砂を見つけ出す様なもんだよ」
「そっか・・・。いや、じゃあ、なんでそもそも俺をここに連れてきたわけ?意味なくね?何も出来なくね?」
そう言いながら、レイモンドはレイラを見る。
まるで他人事のように、いや、他人事も同じようなものなのかもしれないが、巻き込まれた形となったレイモンドからしてみると、こんなに面倒なことはない。
「何だお前、未来のお前がどうなってもいいってか。なんて無責任な奴だ。そんな人間に育てた覚えはねえぞ」
「おっさんに育てられた覚えなんて一ミリもねえっつの。それに、勝手に巻きこんでおいてなんだその言い草は。俺は自由気ままに生きていただけなのに、なんでこんなところに連れてきて、こんなわけのわからねえことに強制参加させられてんだよ。まったくもって納得出来ねえ」
「よく考えてみろ。未来の俺がこうした行動を取ってるってことは、お前はいつか俺と同じ行動を取るってことなんだぞ。それなのに生意気なこと言いやがって。これだからガキは嫌なんだよ」
「だいたい、なんでおっさんが俺だと言い切れる?同姓同名だったらどうする?間違いだったら正式に謝罪してもらうからな。土下座しろよ」
「なんでこんなに捻くれてるんだろうなぁ。もっと素直だったと思うんだけどなぁ。確かに、お前みたいな浅はかな思考回路は持ち合わせてなかったかもしれねぇなぁ。てかよ、同姓同名って、ここまで似てて同姓同名なら、明らかに同一人物だろ。土下座するまでもねえよ」
「それは分からねえだろ。未来未来詐欺かもしれねぇし」
「なんだそりゃ。じゃあなんだ。俺の生年月日と身長体重血液型、それに生まれた場所だの初恋だの、趣味とか好物とか言やぁいいのか?当てたら何かあんのか?」
「いや、未来未来詐欺のことだから、その辺もしっかりと身辺調査とかしてるんだろう。どうせ全部に答えられるに決まってる。そもそも、俺の初恋なんて俺でさえ覚えてないほど小さい頃なのに、他人が知ってるはずがない」
「面倒臭ぇ野郎だな。じゃあどうしたいんだよ。未来未来詐欺ってなんだよ。なんか面白そうだな。新手の詐欺にしちゃ、随分とぶっ飛んだ設定じゃねえの。まず誰も信じねえよ」
「これも計算のうちかもしれねぇ。こうした会話から色々と情報を聞き出そうとしてる可能性もある。なんて恐ろしいんだ。未来未来詐欺」
「なんだこいつ。おい、お前等笑ってねぇで何とかしろよ」
このままでは埒が明かないと、レイラが視線を移せば、そこにはお腹を抱えて笑っているサバンとタツトがいた。
目からは涙も流れていて、そんなに何が面白かったのかは分からないが、サバンは目を擦りながらなんとか言葉を発する。
「いや、なんか昔のレイモンドなら言いそうなことだと思って。すごく面白いね。もっとやってよ。お笑いコンビみたいだよ」
「ふざけんじゃねえぞ。タツトは何を録画しようとしてんだよ」
「え?」
「え?じゃねえだろ」
スマホのような小型の何かを取り出して、それで動画の録画モードにしていたタツトに気付くと、レイラはタツトの手からその機械を奪い取った。
何も撮られていないことを確認してから、タツトに返す。
「いいか、ジュニア、お前をここに連れてきた理由が何であれ」
「それじゃ困るっつったんだよ」
「お前が何を信じて何を信じまいが、ここは確実にお前の未来の世界なんだ。未来だからまあいいか、じゃ済まねえんだよ。現に、そうやって生きてきたから、世界が大きく変わっちまった。抗おうとも無関心装うとも、ましてや、傍観者でいようなんて思ってると、もっと酷い未来になるぞ」
「・・・・・・」
急に真面目な顔になって言うレイラだが、レイモンドは不機嫌そうな顔のままだ。
まるで親に刃向かっている子供の表情だ。
だが、レイモンドも、一方的にそんなことを言われてしまっては、言い返すしかない。
「俺1人が必死に生きたところで、何が変わるってんだよ。この世界にゃあ、何億人っていう人間が生息してる。他の奴等がやってもいいことだろ。正直言って、俺は未来なんて興味ない。分からねえ先のことばかり考えて、落ち込みながら暗く生きるくらいなら、そんなもん見ねえで生きてた方が楽だ」
「・・・ああ、俺も、そう思ってた。確かに、1人で抗ったところで、世界は何も変わらねえよ。蟻が簡単に踏みつぶされるように、俺達ぁ使い回しがきく存在だ」
「なら、考えるだけ無駄だな。この時代の俺がお前だと言うなら、お前がなんとかすべきことだ」
「俺ぁこんなに冷たい人間だったかねぇ。まあ、帰りたいなら帰らせてやってもいい」
「そうと決まればさっさと」
「怖くて逃げるなんざ、俺なら恥ずかしくて出来ねえけどよ。お前が決めることだからな。俺は止めねえよ?分からねぇ奴ら相手に死ぬ覚悟なんてそうそう出来るもんじゃねえ。さてサバン、こいつを送り届けるとするか」
「わかったよ」
「・・・別に帰るなんて言ってねぇよ」
レイラははあ、とわざとらしくため息を吐きながら立ち上がり、サバンにタイムマシンの準備を頼んだ。
頼まれたサバンは少しばかり調整をすればすぐに乗れるよ、と言うと、早速マシンの方へと向かって歩き出した。
だが、レイモンドの言葉で足を止める。
レイモンドに背中を向けて煙草を吸い始めたレイラは、突き放すように言う。
「あ?帰れ帰れ。お前みたいな腰ぬけ、この時代にいたって邪魔なだけだ。連れてきた俺が馬鹿だったよ」
「邪魔ってなんだよ」
「言った通りだ。何かご不満か?」
ゆっくりとこちらを向いたレイラの顔があまりに自分にそっくりで、レイモンドはそれだけで唇を噛みしめる。
「・・・ムカつく」
「じゃあなんだ?お前は何か出来るのか?サバンみてぇに機械いじれるのか?タツトみてぇに頭使えるのか?出来ねえよな?」
「・・・!」
「一丁前に悔しそうな顔すんじゃねえぞ。お前は独りじゃ何も出来ねえ男なんだよ。昔からそうだろ」
「勝手なこと言ってんじゃねえぞ」
「どうせ未来がこうなるって分かったところで、行動1つ起こせねえもんな。我関せずを貫き通して、全部失うまで気付かねえただの馬鹿だ」
「いい加減に・・・!!」
「俺はお前だからよぉ」
「!!!」
言おうとしていた言葉を、飲みこんだ。
いや、正確に言うと、そうせざるを得ないほどの空気を感じた。
感情任せに解決しようとしていた全てが、一瞬にして何処かへと飛んで行ってしまった。
「俺はお前だから、分かるんだよ。俺は独りじゃ何も出来ねえことも、目を逸らすことがどういう意味かも、な」
「・・・・・・」
「いいか。後悔したことなんて、いつまでも大切にしまっておくもんじゃねえんだよ。そんなもんはさっさと過去に置いてきて、どうにか出来るかもしれねぇ未来に喧嘩吹っ掛ける。それしか出来ねえんだよ」
静まり返ったその場に、レイモンドもレイラも互いの顔を見ているだけ。
それからほんの少しして、レイラが先程まで腰かけていた椅子に引きずって自分の方に寄せると、通常の座り方とは前後逆の座り方をする。
大きく足を広げ、背もたれに腕を乗せてそこに顎を乗せると、咥えたままの煙草が踊りながら言葉が聞こえる。
「いつの時代も俺は半人前だからよ、お前と俺で、一人前だろ。ようやく一人前になったんだから、出来ることはある。だろ?」
「・・・あんたみたいなおっさんとで一人前ってのが納得いかないけど、しょうがねぇ。ここは我慢するよ」
上から見下すようにしてレイラを見ていると、レイラはまた口角をあげてニヤリを笑う。
それにまたピクリと眉を潜ませてしまったレイモンドだが、もはや文句を言う気力など無くなってしまい、そのまま項垂れる。
まるで勝利を収めたかのように、歯を見せて楽しそうに笑うレイラは、自分の未来の姿だと思いたくない。
2人の言い合いが終わったところで、サバンが景気づけにと言って、奥からグラスを4つ持ってきた。
すると、レイラもタツトも椅子から立ち上がって、テーブルをどかすと椅子だけを円状に並べる。
そしてその中心には、部屋の隅に置いてあった酒樽をセットする。
「・・・何?」
「盃を交わすんだよ」
「はあ?」
意味が分からなかったが、着々と準備がされていき、酒樽を並べただけのレイラはさっさと椅子に座り、タツトはキッチンの方へ行くと、手に料理を持ってやってくる。
いや、酒樽の大きさからすると、料理なんておけないだろうと思っていたが、無理矢理並べていた。
そのうち落ちるだろうと思ったが、気にしないでおくことにした。
最後にサバンがワインとビールを持ってきて、それぞれに配る。
レイラにはビール、タツトはワイン、サバンもワインで、レイモンドはどちらかと聞かれて、本当はビールを飲みたいところだったが、レイラと同じというのも癪だと思い、ワインにした。
わけのわからない乾杯をしてからワインを飲んでみると、思っていたよりもずっとジュースっぽくて、何杯も飲んでしまった。
慣れてないならあまり飲まない方が良いとサバンに忠告されたのだが、レイモンドは調子に乗って結構飲んでしまった。
すると翌日になって、悪酔いというのか、腹が重たいと言うか、なんとも言えない症状に見舞われてしまい、レイラには馬鹿にされながら、一日ぐったりしていた。
意外と、といっては失礼なのかもしれないが、サバンの料理は美味しくて、それを食べながらだったせいもあっての量だと、レイモンドは勝手に思っていた。
ぐったりしているレイモンドに、サバンは水やおかゆを用意してくれて、タツトはなぜかぐったりしているレイモンドの横でじーっとただ観察していた。
何なんだろうと思っていたが、とにかくじーっと、本当にただじーっと見ていただけだ。
そしてそのうち、ようやく口を開いたかと思うと、「レイモンドみたい」と言われた。
なんでそうなるのかと聞けば、レイモンドも最初、ビールじゃなくて洒落たワインを飲んでいたらしいが、身体に合わなかったのか、レイモンドと同じように翌日ぐったりしていたらしい。
「きっと世界中のレイモンドはこうなるんだ。ワイン苦手なんだ」
「なんでそうなるんだよ」
「違うの?」
「違うだろ。なんでレイモンド限定でワインに嫌われなきゃならねえんだっつの」
「それもそうか。なんだ」
つまらなさそうにそう言うと、タツトは何処かへと行ってしまった。
なんだったんだと思っているとサバンが来て、やっと見つかったと言って胃薬を持ってきた。
もっと早く持ってきて欲しかったが、それを飲んでまた寝る。
「さて、次のステップに進むぞ。こっちに来るんだ。どうした?早くこっちに」
ひた、ひた、と一歩ずつ近づいてくる影。
その正面でにこやかな笑みを浮かべているライク。
「さあ、こっちに・・・」
痛みとは、人間だけが感じるものか。
ライクは自分のお腹を触ると、そこから生温かいぬるっとした感触が。
「あ・・・」
力無く倒れるライクの身体と、倒れたライクを見つめている影。
その影は、ライクの首に手をかけ、皮を剥がし始める。
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