第18話 何もできなくて

 ほとんど同時に車の外に飛び出した、葛葉君とわたしとスズちゃん。

 もちろん地面に叩きつけられたら、相当痛い。せめてスズちゃんだけでも守らないと。


 だけど外に出た瞬間、葛葉君の姿が変わる。妖狐族の力のひとつ、変化の術だ。

 変化した葛葉君の姿は、なんと巨大なザブトンだった!


「ふぇっ?」


 巨大ザブトンになった葛葉君の上に、わたしとスズちゃんが落ちる。

 小さく「ぐえっ!」って声が聞こえたけど、フカフカな巨大ザブトンは、衝撃を無くすのには十分だ。ほとんど痛みもなく、わたし達は地面に転がった。


「ふ、二人とも無事か?」


 に元の姿に戻った葛葉君が言う。わたしはもちろん、未だ眠ってるスズちゃんも、どこもケガした様子はなかった。


「な、なんとか。葛葉君こそ大丈夫? って言うか、人間以外のものにも化けられたんだ」

「俺はまあ、ちょっと痛かったくらいだ。人間以外のものに化けるのは練習中だったけど、うまくいってよかった」


 練習中ってことは、実はけっこう危なかったのかも。けど何はともあれ、みんな無事でよかった。

 って言いたいところだけど、まだ全然終わってない。


 わたし達が飛び降りたのは、道の脇にある空き地。

 そして飛び降りた直後、わたし達を乗せてた車は、大急ぎでUターンしてきた。


 そして空き地に入ったところで乱暴に止まると、中からシノザキが出てくる。


「驚いたな。君も、俺と同じ妖狐族か。けど大人を怒らせるのはよくないな。痛い目を見ることになるかもよ」


 シノザキの口調は、さっきまでと同じで大人しい。だけど言ってることは物騒で、静かなはずのその声からも、怒りがにじみ出ているような気がした。


「ど、どうする?」

「どうするって、このまま捕まるわけにはいかないだろ」


 だよね。けどそう言う葛葉君の声も、かなり緊張してる。


 わたしの持ってる鬼の力を全開にしたら、多分普通の大人にだって勝てる。葛葉君だって妖狐の力を使って戦ったら、相当強そう。


 だけどそれは、シノザキだって同じ。相手も妖狐で、しかも大人の人で、さらには凶悪な犯罪者。まともに戦ったら、勝てる気なんてしないよ。

 こんな時、どうすればいい?


「そうだ。とにかく派手に騒ごう。そうしたら、誰か気づいてくれるかも」


 前に学校で、変な人や危ない人に会った時どうすればいいか習ったのを思い出す。そういう人は、騒ぎになって大勢の人がやってくるのを嫌がるって先生が言ってた。

 シノザキだって、 大勢の人がやってきたら、逃げていくかも。


「それしかなさそうだな」


 葛葉君もやる気だ。

 騒ぎになったら、妖怪のこととかバレて、大変になるかもしれない。けど、今はそんなこと言ってられない。


 眠っているスズちゃんを横に寝かせて、二人で身構える。

 シノザキはそんなわたし達を見ながら、チッと大きく舌打ちした。


「あんまり面倒なことはしたくないんだけどな」


 ボソッとそう言うと、そのとたん、みるみるうちにシノザキの姿がかわっていく。変化の術だ。


 いったい何に化けるんだろう。筋肉ムキムキの格闘家? 葛葉君みたいに人間以外にも化けれるなら、猛獣にだってなれるかも。


 けど、そんな予想は全部外れた。身構えるわたし達の目の前で、急にシノザキの右腕が伸びた。本当に、3メートルくらいの長さに伸びた!

 そしてその長い腕をムチみたいに振って、わたし達を攻撃してくる。


「な、なにあれ!」


 慌てて後ろに飛んで逃げるけど、わけがわかんない。変化の術って、あんなこともできるの?


「腕がすごーく長い奴に変化したんだ!」

「長すぎだよ! そんなのあり!?」

「俺には無理だ!」


 シノザキの使う変化の術は、葛葉君よりずっと凄いみたい。やっぱり、まともに戦ったら勝てないかも。

 けど勝てなくてもいい。とにかく、やられないようにするんだ。


 わたしも葛葉君も、シノザキの腕から逃げるように距離をとる。


 だけど次にシノザキが腕を振った時、その狙いはどっちでもなかった。シノザキが腕の先にいたのは、今もまだ眠ってるスズちゃんだった。


「ああっ!」


 声をあげ、助けようと駆け出すけど、遅かった。シノザキはスズちゃんの体を掴むと、一気に自分のところに引き寄せる。

 それだけじゃない。シノザキは一瞬で腕の長さを元に戻してスズちゃんを抱えると、その顔に、いつの間にか持っていたナイフを突きつけた。


「おっと、動くなよ。少しでも近づいたらこの子がどうなるか、わかるよな?」


 まるで、テレビやマンガで出てくる悪いヤツの定番みたいなセリフ。だけど、わたし達の動きを止めるには十分だった。


 そして動けなくなったわたし達を見ながら、ゆっくりと車の方に寄っていく。


「スズちゃんを返して! スズちゃんは関係ないでしょ!」


 シノザキがわたしを狙ってるなら、スズちゃんはたまたま一緒にいただけ。なのにこんな危険な目にあわせるなんて、絶対に嫌だ。なんとかして助けないと。


 だけどそれを聞いたシノザキは、なぜか怪訝な顔をした。


「もしかして、何か勘違いをしてないか? 俺の狙いは、最初からこの子だよ」

「えっ?」


 なに言ってるの?

 だって、シノザキはお父さんに追われて困ってるから、誘拐したわたしを使って、お父さんを脅そうとしたんでしょ?


「そりゃ、できれば君も一緒に捕まえたかったんだけどな。これ以上暴れられたら、面倒になりそうだし、今回は見逃してやるよ。命拾いしたな」


 シノザキはそう言いながら、車のドアを開いてスズちゃんをその中に放り込む。そして、自分も運転席に入ろうとする。


「ま、待って!」


 シノザキがどうしてスズちゃんを拐おうとしてるのかはわかんない。けどどんな理由でも、そんなの黙って見てるなんてできるわけない。


 だけど、わたしが何かするより先に、シノザキがこっちに向かって手をかざす。するとその途端、その手から炎が吹き出した!


「きゃっ!」

「狐火だ! よけろ、大江!」


 葛葉君の声がとんできて、慌てて大きく後ずさる。

 前に葛葉君に狐火を見せてもらったけど、それとは威力が段違いだ。

 幸いわたし達には当たらなかったけど、シノザキが逃げるための隙を作るには十分だった。

 車に乗り込んだシノザキは、そのまますぐに走り出す。


「スズちゃん!」


 走っていく車を、全力で追いかける。けどいくら鬼の力でも、車には追いつけない。それは、葛葉君も同じだ。


「くそっ!」


 遠ざかっていくシノザキの車を見ながら、悔しそうに声をあげる。


 わたしも悔しかった。スズちゃんが目の前で拐われたのに、何もできなかった。

 なんの役にも立たなかった自分が、どうしようなく悔しかった。


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