百鬼夜行なんて継ぎません!

無月兄

鬼の末裔、人間として生きてます

第1話 お父さんの仕事は百鬼夜行

「わわっ。寝坊した!」


 わたし、大江真弥の朝は、たいてい慌ただしい。けど今日は、その中でも特別慌ただしかった。


 それもそのはず。目が覚めて時計を見たら、起きる時間はとっくにすぎてたの。目覚ましを止めて、そのまま二度寝しちゃったみたい。


 どうしてお父さんは起こしてくれなかったの?

 小学校、遅刻しちゃうよ!


 まずは朝ごはん食べなきゃ。

 パジャマのまま部屋を出て、大急ぎで居間に行くと、目の前に白い布切れが垂れ下がっていた。

 勢いのついたわたしは止まることができず、顔を布切れにダイブさせる。


「ふぎゃっ!」

「おや、真弥ちゃん。こいつは失礼」


 思わず声をあげると、そのとたん、顔に張りついていた布切れが謝ってくる。

 そして、その喋る布切れは、勝手にわたしの顔から外れ、ぷかぷかと宙に浮いていた。


 知らない人が見たらビックリするかもしれないけど、この布切れ、実は一反木綿さんっていう妖怪なの。

 それだけじゃない。居間には、背中に甲羅のついたカッパさんや、イタチみたいな姿をして電気を操る雷獣さんもいる。この人たち、みーんな妖怪だ。


 そしてその真ん中にいるのが、わたしのお父さん、大江幸太郎。なぜかめったに見ないスーツ姿で、その頭からは、2本のツノがにょっきりはえていた。


「お父さん、ツノ出てるよ」

「おっと。しまい忘れてたな。いけないいけない」


 お父さんが頭にサッと手をかざすと、そのとたん、ツノがパッと消える。これで見た目は、普通の人間と同じ。

 けど、こんなことで人間ができるわけないよね。


 実はお父さんの正体は鬼。しかも、他の妖怪のみんなを率いるボスなの。こういう妖怪の集団を、百鬼夜行って言うんだって。


「こんな時間にみんながいるって珍しいね。どうしたの?」

「実は今日、お父さんのお仕事で大事な用があって、朝早くから来てもらったんだ」


 お父さんがスーツなのもそのためか。

 お父さんのお仕事ってのは、百鬼夜行のみんなと一緒に、色んな人のためになることをするらしい。

 らしいってのは、詳しくは知らないから。だって難しい話はわかんないもん。


「それより真弥。早くしないと遅刻するんじゃないのか?」

「あっ、そうだった! どうして起こしてくれなかったの!?」


 急がないと、本当に遅刻ちゃうよ!


「前にも言っただろ。真弥ももう6年生なんだし、ちゃんと一人で起きられるようになりなさいって」

「うぅ、そうでした。でも、遅刻しそうならさすがに起こしてくれてもいいんじゃないの」


 うちにはお母さんはいない。わたしが小さいころに死んじゃって、お父さんと二人ぐらしなの。

 そのお父さんが起こしてくれなきゃ、これからもこういうピンチになるかもしれない。


「お父さんの仕事もこれから忙しくなりそうだからな。もしかしたら、時々家を留守にすることもあるかもしれない。それでも大丈夫なように、真弥にはしっかりしていてほしいんだ」

「はーい」


 起こしてもらえないのは残念だけど、そんなこと言われたらしかたない。けどそれから、父さんは聞き捨てならないことを言い出した。


「いずれ父さんの仕事も百鬼夜行も、真弥が継ぐことになるんだからな。しっかりしてくれよ」

「ちょっ、ちょっと待ってよ!」


 サラッとわたしの将来を決められそうになるけど、慌ててストップさせる。


「わたし、お父さんの仕事も百鬼夜行も継がないよ。前から言ってるでしょ」

「いや、しかしだな……」


 とたんに困った顔をするお父さん。


「鬼ってのは妖怪の中でも相当強い力を持っていて、真弥はそんな鬼の血と力を受け継いでる。だから、ぜひ父さんの後を継いでほしいんだ」

「けどお父さん。わたしたちが鬼だってのは、人間にはバレちゃいけないんでしょ。だったら百鬼夜行なんて継がないで、人間として生きた方がいいじゃない」


 鬼であるお父さんの子どもなんだから、もちろんわたしだって鬼だよ。


 うーんと唸って、頭に力を集中させると、わたしにもツノが生えてくる。それに、顔の色もだんだんと赤くなっていって、見事な赤鬼のできあがり。


 けどこれは、他の人には秘密。お父さんだって、わたしが小さいころからそう言ってきた。


 なのに、妖怪のお仕事や百鬼夜行を継いでほしいっても、何度も言ってくるんだよね。


「も、もちろん、お父さんや真弥が鬼だってのは秘密だ。けどそれはそれとして、妖怪としての活動も大事なんだよ」

「そんなこと言われても……」


 こんな話が出たのは、今までにも何度かあった。けど、わたしの答えはいつも一緒。


「だいたい、お父さん。百鬼夜行って言ってるけど、百には全然足りないじゃない」

「真弥よ、それは言わないでくれ。けっこう気にしているんだ」


 お父さんのお仕事仲間の百鬼夜行は、ここにいるのでほぼ全員。ほんの数人しかいないんだよね。


「今は妖怪の数も減ってきてますからね。時代の流れというやつです」

「これでも、何代か前のご先祖さまの頃にはたくさんいたんですよ」


 一反木綿さんとカッパさんがそう言うけど、お父さんはショックだったのか、ガックリと肩を落としてる。


「り、臨時のバイトを入れたら、もっと増える時もあるんだ。それに真弥。そもそも我が大江家は、かの酒呑童子の流れをくむ由緒正しき鬼の一族の末裔なんだ。その誇りを胸にだな……」


 あっ、ご先祖さまの話が出てきた。これが始まったら長いんだよね。


「ねえ。早く朝ごはん食べないと、学校に遅刻しちゃうよ」

「そ、そうか。遅刻させるわけにはいかないからな。しかたない」


 それからパッとごはんを平らげた後、急いで着替えて学校に向かう。

 ただ、玄関を出る時、お父さんがこう言った。


「そうだ。帰ってきたら、百鬼夜行について大事な話があるから」


 さっきの話、まだ終わってないの?


 お父さん、普段は優しいんだけど、ことある事にわたしに百鬼夜行を継いでくれって言うのだけはなんとかしてくれないかな。


 わたしたちは、鬼であることを隠して、普通の人間として生きている。

 だってうっかり鬼だってことがバレちゃうと、怖がらせちゃうかもしれないから。

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