第10話 工事でも、安定の指示厨ぶり
「お、おう」
ナタリーナも、握手に応じる。
「いつも動画、拝見しています」「あの動画は、我ら貧民の光だ!」
一人また一人と、握手を求めてきた。
「あんたは【枝の人】だよな? 鹿の人のマネージャーをしている」
枝の人とは、オレの通り名である。
ナタリーナは、自分を【鹿の人】で冒険者登録している。よって、この通り名が浸透するのもわかる。メンディーニの王女が、本名で登録する訳にはいかないからだ。
だが、オレも【枝の人】と呼ばれている。手に持っている杖が、木の枝だからだろう。オレって、ナタリーナのマネージャーと思われていたのか。
ナタリーナは、まだモミクチャにされていた。
「あなたは我々の英雄だ!」「いつもスラムに、寄付をしてくれてありがとう!」「あんたのおかげで、生きていける」
村人も、このスキにスリ行為をしかけている様子はない。本当にファンのようだ。
「うううう、キョウマぁ……」
スラムの住人から熱烈な歓迎を受けて、ナタリーナも困惑している。
彼らがナタリーナを慕うのは、寄付をもらっているからだ。
ナタリーナが鉄道技術を蘇らせる目的は、貧困の撲滅である。
魔王との戦いが終わって、世界はやや平和になりすぎていた。
メンディーニ国も策を立てているのだが、国が大きすぎるためにうまくいっていない。
仕事にあぶれた者たちをどうにかできないかと、ナタリーナは常々考えている。とはいえ、今は寄付しかできていない。
それでも、スラムの人からすればありがたいのだろう。
「仕事で恩返しがしたい! 手伝えることはないか?」「困っていることがあったら、なんでもいいなよ」「シカのおじさんの、おてつだいする」
考え事をしていたら、スラム側から打診があった。よし、これなら話を進められる。
「えと、実はこの鹿の人だが、今は困っている。人手が足りないんだ」
どうにか仕事を与えられないか、オレも対策してみた。
「鹿の人のお願いなら、タダでもいいぜ! なあ!」
「おーっ」
ナタリーナからの頼みとあって、みんなが歓声を上げた。
「いいのか? オレたちが活動するのは、あのナマゾ地区だぞ?」
ナマゾ地区の名前を聞いて、スラムの人々の顔が凍りつく。
あそこは強いモンスターの生息地帯で、そのせいで人が寄り付かなくなった。
「危険な地域だが、今は心配がない。あそこはオレたちが領地にした。だからモンスターも湧かない。安心して仕事をしてくれ。ただムリにとは言わない。危ないと思ったら、逃げてくれ。気持ちだけ受け取るから」
どうにか落ち着かせようと、オレはスラムの人に解説をする。
こんな指示厨の意見なんて、聞いてくれるか謎だが。
「だよな! 鹿の人を手助けするんだ。魔物相手にビビってられっかっての!」
オレの話を聞いて、またスラムの面々が活気づいた。
「オイラたちのために戦ってくれている鹿の人が、オイラたちを頼ってくれているんだ!」
「さすがに無料ってワケにはいかない。金はなんとかするので、頼めないか?」
「任せろ、枝の人! やるぜ野郎ども!」
スラムの住人たちが、次々と線路を担いでいく。
オレは商業ギルドに向かい、スラムの住人たちに仕事を正式に依頼する。
ギルドは報酬の支払いを約束してくれた。王国にかけあって、半分出してもらおう。
スラムの住人が、廃線に石を積んでいく。
その上に、ナタリーナは線路を繋げた。金づちをふるって、整備する。
「線路をどうやって繋げるんだ? 溶接作業が必要だ」
特殊な機材がなければ、とてもできる行為ではない。
「こうやる」
ナタリーナが、顔の前面だけを覆う鉄仮面をかぶる。
「キョウマ、みんなを離れさせて」
「よし」
村人を離れさせて、ナタリーナは火柱を起こす魔法【ファイアーウォール】を圧縮した。光熱を発し、線路の先を溶かして繋げていく。なるほど、異世界での溶接は、ああやるのか。
「オレたちは、草むしりでもしていよう」
「そうですね。力仕事では、お役に立てませんから」
ペペルときょうだいたちに混じって、オレは草を刈った。魔物のエサになる実は、特に摘み取らねば。
「この実がなる薬草は、別の場所に植えよう」
「ですね。あと、薬草畑で栽培できそうなものは、こちらに」
「おう」
ペペルから薬草の見分け方を聞きながら、作業を進める。
栽培した薬草は薬効こそ落ちるが、果実の汁と合わせてスポーツドリンクにするという。騎士たちが訓練の合間に飲む回復剤だが、今それが必要なのは、スラムの人たちだろう。多めに刈り取って、ポーションを作ってやる。
作業から三日後、魔物が巣食うダンジョンが見つかった。オレとナタリーナで、モンスター狩りに向かう。オレは【パラゴン】の恩恵を受けて、珍しい鉱石を見つけた。鍛冶屋のジャコモに送り付け、ナタリーナの新たな武器の素材にしてもらう。
草を刈った場所に、また石が積まれた。その上に、ナタリーナが線路を設置する。
そんな日が、二週間ほど続いたときだ。
「おーい鹿の人ぉ! ジャコモが呼んでるぜ!」
村人が、ナタリーナに声をかけてきた。
いよいよ、完成か。
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