第5話 姫とエンカウント

 街の外に出てしばらく歩いていると、姫がモンスター相手にコマのように回っている。


 レア以下のアイテムを、拾っている様子はない。潰せば素材になるのだが。


「ウルフ召喚」

 角笛を吹き、オレはウルフを喚び出した。

 白いウルフが、オレの前に現れる。この角笛に魔力を注ぎ込んで呼び出されたウルフは、恒久的に召喚状態になるのだ。


「ウルフ、ボロボロ落ちているアイテムを拾ってやれ」


『がってーん』


 ナタリーナが見落としているアイテムを、ウルフが回収していく。

 目印用に置いていたアイテムも、方向音痴のナタリーナには効果がなかったようだ。


「よし、よくやった」


 オレは、ウルフの頭を撫でる。


「お嬢さん、ナビはいらんかえ?」


 オレは、ナタリーナ姫に声をかけてみる。


「なんだ? こんなヒゲオヤジに用でもあるのか?」


 未だにナタリーナは、自分が【認識阻害】できていると錯覚しているようだ。


「オレは【隠者ハーミット】の『キョウマ』だ。クラス特性で、認識阻害は効かないぜ。それにオレはさっき、お前さんを『お嬢さん』って呼んだ。なのに、あんたは振り返ったじゃないか」


「……うーせーな」


 舌っ足らずな口調で、ナタリーナがフードを取った。していなくても、オレには姫が戦っているふうにしか見えないのだが。


「三次職が、わたしに何のようなのだ? 王国の使いなのか?」


 やはり、王都からの使者だと思うよな。


「いや。ナビゲートをする代わりに、オレを守ってもらいたい。ちょいと旅先でトラブルが起きてな、さる機関に追われている」


 適当な理由をつけて、オレはごまかす。


「なんだ。王国からの使いじゃなきゃいいか。おっしゃ。ついてくるだけなら許可する」


「どうも。目的地は、あっちだ」


「うーせーなー。言われなくても、わかってる」


 舌っ足らずな口調で、ナタリーナが反論してきた。


「はいはい。参りましょ」


 ズンズンと進む、ナタリーナの背中と、オレは追いかける。

 道中、モンスターが襲いかかってきた。

 スケルトンが振った剣を受け流し、棒術で叩き壊す。


「お前、ホントに護衛が必要なのか?」


「必要だって!」


 本当は、ナタリーナより強いのだが。


「足手まといには、ならないっぽいけど」


【トルネードスピン】で回転し、自分を囲んだスケルトンを粉々に砕く。

 ナタリーナが倒した敵が、アイテムを落とした。


 オレの召喚獣であるウルフは、敵からアイテムを拾う。


「その犬、かわいいな」


「ウルフだ」


 オレが呼ぶと、ウルフが戻ってきた。


「名前は?」


 ウルフの頭を撫でながら、ナタリーナがオレに聞いてくる。


「ない」


 オレが言うと、ウルフもつられて「ワン」と鳴く。


「じゃあ、お前は『ワンオペ』で」


「ワンオペで」


 たしかに、ワンオペでがんばっているのは間違っていないが。


「どうして、わたしのことを知ったのだ?」


 戦闘をしながら、ナタリーナが尋ねてきた。


「配信を見ていた」


 ナタリーナは、冒険者ギルドで見られる「状況報告動画」を公開しているのだ。使い魔に動画を撮らせて、モンスターの湧き潰し具合や薬草の群生地発見などをギルドに知らせる。使い魔は、いわゆる「ドラレコ」みたいなものだ。


「ああ、ファンか。ファンに過剰なサービスはしないので。でも、おっさんの動画なんて見て、楽しいのか?」


 そっか。ナタリーナは、配信でもおっさんの姿で認識されているのか。


「オレは最初から、お前さんを少女と認識していたぜ」


「ああ、隠者ハーミットだからかー。でも、幼女趣味とか、ドワーフの女が趣味とかではなさそー」


 当然だ。オレは手がおぼつかない配信者にアドバイスを送るのが、日課なだけだ。


 城から五日ほど歩き、街に到着した。


 ギルドに戦況を報告する。


「ありがとう、鹿の人。イノシシのお肉は料亭に、スケルトンの骨粉は、毒消しポーションの素材になります。動画でも、達成を確認できました」


「うむ」


 街の人たちがナタリーナを「鹿の人」と呼ぶのは、実況動画の愛称なのだ。「鹿の人」の動画は、冒険者が発する動画の中でもかなり人気である。


 まさか、その人気配信者と、旅をすることになるとは。


 街頭テレビのように、動画投影装置が壁に貼られていた。冒険者の行動を、逐一報告している。ギルド外についている額縁から、一般人でも鑑賞が可能だ。


 どうしてそのようなことをしているかというと、不正防止のためである。

 やってもいないクエストの虚偽達成申告、通称「エアクエスト」が横行したため、冒険者は動画を残すことを義務付けられている。


『えー、長雨のせいで、南西地区ナマゾの川が氾濫を起こしています。廃線に影響が及ぶ程度で、こちらに被害は出ないでしょう』


 革製の雨合羽を着た冒険者が、実況をしていた。


 台風レポートみたいだな。


 さすがに動画視聴なんて高度な技術は、一般家庭にまで普及はしていない。貴族ですらカメラが限界で、たいていの映像技術は企業が所有している。


 動画を公開している冒険者は一握りで、住人もほとんど見ていない。自分の仕事が忙しいからである。実況ばかり見ている暇人が多い日本とは、大違いだ。


 とはいえ、ナタリーナはナマゾ地区の台風実況をじっと見ている。


「次の目的地は、ここ」


 額縁に触れた。


 わかっている。最初のボスがいるエリアだからな。

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