第5話
「人体を錬成するというのは地域によっては禁忌です。だからこの国では髪の毛というのはギリギリの線でしょう。ああ、ご心配なく。問題がないかは宗教関連や錬金術協会に前もって確認しておりますので。」
朗らかな笑顔でそう言った奴の顔を見て、完全に毒気を抜かれてしまっていた。
「君が国で唯一の特級錬金術士だというのは知っている。しかし、錬金術は等価交換だと聞く。何を対価として髪を錬成したのだね?」
私は震えそうになる声を抑えながらそう聞いてみた。
自分にも再び髪が戻るのではないかという欲望は表面に出さないよう苦労したが、そこはさすがに耐え凌ぐ。
「体毛ですよ。」
「体毛?」
「あらかじめ、首から下の体毛を引き伸ばすつもりで錬成しました。対価は髪の毛。先ほどのはその逆を行っただけです。」
そこまで聞いてハッとした。
「もしかして、ブラッディベアの件も···」
「ご明察の通りです。ブラッディベアの場合は臓器の内側に毛が伸びるように錬成しました。対価は体表の毛です。」
「なるほど···そうか、それでブラッディベアは窒息などで死に至ったということか。」
「そのような感じです。」
長年の疑問が解けたと同時に、私にはある恐怖の思いが胸の内に広がっていた。
この男が宰相になった頃と、私がハゲ始めた時期が一致する。
「まさか···この私のハゲは貴殿の錬金術によるもの···」
「あなたのはただの遺伝です。」
即答されてしまった。
「い、遺伝···」
「先代も先々代も同じつるっパゲだったと聞いております。無辜の罪で私を犯人扱いされるのはさすがに御遠慮いただきたい。」
「そ、そうか···すまなかった。」
「まあ、せっかくお近付きになれたのですから施しましょうか?」
「施す?」
「髪ですよ。」
この男は私の頭を再びフサフサにしてくれるというのか?
正直、飛びつきたい。
しかし、何を代償に要求されるかわかったものではなかった。
「何が狙いかな?」
「狙いですか、そうですね。ひとつお願いがございます。」
そらきた···どんな無茶を要求されるのだろうか。
「国王陛下に再教育を施していただけないでしょうか?」
「何だと?」
「今の陛下は常識に欠け過ぎております。他国との戦争の発端を作ったのも、あなたにカカト落としを見舞ったこともそれを物語っているでしょう。このままでは国の先行きに不安しかありません。」
「まさか、今更陛下に常識を叩きこめというのか?」
「月の半分くらいを陛下にこちらの公領でお過ごしいただき、閣下のお手隙の際に指導を行っていただければと思います。それならば、おふたりの関係を深読みした政敵も無闇に攻撃できなくなるでしょう。」
国王と私が懇意にすることで絶大な権威が生まれてしまう。そして、そのイメージを利用してこの男がより政治をやりやすくなるのは安易に想像ができた。
この男はこの国の実権を完全に手中にしようというのだろうか。
「····················。」
「あなたが国王陛下の幼少期に家庭教師を担い、武術や魔術の指導をされていたことは存じています。」
「···古い話だ。それがどうしたのだというのかね?」
「あなたは武術の実験台として、当時は王位継承権が最下位だったあの方に何度も習いたてのカカト落としを見舞っていたそうですね?」
「んなっ!?」
「私が裏切り者や間諜の尋問を得意としていることはご存知でしょう?当時、陛下やあなたの周辺にいた方々にはすでにヒアリング済みですよ。」
「そんな古い話を鮮明に覚えている者など···」
「しっかりといるのですよ。当時のあなたは武芸や魔術に優れた才能を開花させ、学生でありながら将来を嘱望されていた。自信に溢れ、意気揚々と依頼された王室での家庭教師に出向き、教え子である王子にいろいろと教えこんでいたそうですね。」
「·······················。」
「ある者の話によると、恐怖で自らの配下に入れるべく虐待までしていたという噂もありました。」
「そ、そんな話は言いがかりだ。」
「事実はどうかは知りません。ただ、宮廷魔法士には人の記憶をたどることのできる者もおります。詳細調査を依頼することも可能ですが···そこまではする必要はありませんよね。」
そこまで聞き、私はまんまとこの男の計略にハマったことに勘づいた。
過去の過ち、そして髪を人質にとられたようなものだ。
聞きしに優る辣腕ぶりに舌を巻くしかなかった。
ただ、公領を自領として持つ私にとっては、それほどの脅威でもないと判断する。爵位を奪われるようなことさえなければ、実質的な被害を受けることはない。今の王国法では、いかにこの男でもそこまで急進的なことはできないはずだ。
「···わかった。引き受けよう。」
「ありがとうございます。それでは、髪の毛の錬成をさせていただきますね。」
奴はニッコリと無害そうな笑みを浮かべてそう言った。
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