【私の好きなお人好しな彼女】儚い気持ちを隠す嘘で拗れた三角関係

桃もちみいか(天音葵葉)

私の好きな彼女 前編

 好きな子には好きな人がいる。


 私は誰にも言えない秘密の恋心を抱いている。


 苦しい想いの相手。

 彼女は私の親友の菜保子なほこだ。


 私は女だし菜保子も女の子だから、こんな想いを心の中に宿らしていたって、菜保子には迷惑だよね。


 しかも、菜保子には小学生の時から大好きな男の子がいるんだ。

 知ってる。

 菜保子が言わなくっても分かってる。

 そして、菜保子が好きな大地くんも、菜保子のことが大好きだって知っていた。

 だって、私は一番そばでふたりのことを見てきたから。


 あんな『恋しい』とか『好きだ』とか『好きで仕方ない』とか全身から溢れて、甘い熱い瞳で見ているふたりを、そばで見ていて気づかないわけがない。


 私だって、菜保子のことが好きなのに!


 大地くんなんかより、私のほうがもっともっと菜保子のことを大好きなの!


 菜保子のことを分かっているのは私。

 あの子の気持ちを誰よりも理解して、想っているのは私なんだから。



    ✱✱✱



 大好きな菜保子が仲良しの同級生の大地のことを好きだって知っている私は、ある日とんでもない嘘をついた。


「ねえ、菜保子。私ね、好きな人が出来たの」

「えっ? 本当? おめでとう!」


 初恋だってまだ誰にもしていないって、女子トークの時のことあるごとに宣言してきた私。

 女子のグループは恋バナが大好きだ。

 誰も好きな人がいないとか、今まで誰にもときめいたことがないとか、そんなことを言うもんなら集中砲火をあびる。


千歌ちかって誰も好きな子いないの?』

『えっ! マジで? 千歌ちゃんって初恋とかまだなんだ〜』

『今まで一人ぐらい、好きになった子いたでしょう?』


(好きな子いるよ、いるわよ。すぐそこにいるんだもの。私はずっとずっと前から菜保子のことが好きなんだから)


 みんな、自分の物差しで測ってくるんだ。

 迷惑でしょうがない。

 人が誰を好きになろうが、勝手でしょう?

 私は相手を言いたくても言えないだけ。

 放っておいてくれたら良いのに。


 気持ち、抉られる。


 小学生の高学年から恋バナが盛んになってきて、うざったく思っていた私はそんな時は好きなアイドルの話をする。


『あのアイドルの子よりかっこいいと思える男の子に出会えたら、好きになれそう』


 嘘をつくと、どんどん重ねなくっちゃならない。

 大人のだれかがそう言ってたけど、あれってほんとだよね。



 あの時、私は人生最大の嘘をついた。

 大地くんにホワイトデーにバレンタインのチョコのお返しを貰って喜んでいた菜保子。


 菜保子が大地くんからのプレゼントのぬいぐるみの形のポーチを嬉しそうに抱えてる。

 頬を赤らめてはにかんでて、可愛かった。


 だけど、菜保子が喜んでる原因は大地くんだ。

 そう思うと、菜保子の幸せそうな笑顔を見てたら、嫉妬で無性にムカついてきて、気づけば口が滑っていた。

 

 もっとも傷つけたくない相手に、彼女の聖域に土足で踏み込むような、暴挙とも言える嘘だ。


「菜保子、私はね……私は大地くんが好き。好きなの、すごく好き」

「えっ……。千歌って大地のことが……好きなの?」

「そうだよ。小学校からずっとクラス一緒だし、あいついい奴じゃん」

「あっ、うん。大地って、とっても優しいし、困ってるといっつも助けてくれるしね。……あと、……バスケやってる時の大地はかっこいいよね」


 知ってる。

 いい奴なんだ。

 菜保子の好きな大地くんは、とっても優しくていい奴なんだ。


 たぶん……、大地くんは私の気持ちに気づいている。


 二人が両想いになんかなったらどうしよう? 私が一人になって、菜保子の一番そばにいられなくなってしまう。

 ――いや『両想いになったら……』ってさ、とっくにふたりは両想いなんだ。

 そんなの痛いほどに分かってる。

 両片想いなふたりは、いつだってきっかけさえあれば、心を通い合わせて付き合ってしまうだろう。


 お互い大好きなんだもの。

 交際がはじまれば、あっという間にふたりだけの世界の完成だ。


 そんなことはさせない。

 私の親友の菜保子を、大地くんになんかあげるもんですか。

 大地くんに、私の大好きな菜保子を奪われるなんて、耐えられない。


 菜保子は私のものだ。

 そばにいるのは、私だ。


 誰よりも菜保子のことが好きで、誰よりも菜保子の気持ちが私には分かる。


 大地くんに菜保子の気持ちもなにもかもられてたまるものですか。


 その感情は黒く渦巻くのにでも純粋で、好きという想いだけを反射させている。

 心が綺麗で透き通っている菜保子の初恋を邪魔することが、私のただ一つの手段なんだ。


 私が大地くんのことが好きだと伝えた時の、一秒だけ悲しそうにした菜保子の顔が忘れられない。


 私は策を講じたのだ。

 優しくってお人好しな、私の大好きな菜保子は、きっと私が大地くんのことが好きだといえば、彼がいくら菜保子に告白しようが付き合ったりしないと思った。

 自信があった。


 私の好きになった優しい菜保子なら、たぶん……、友情を壊してまで愛情を手に入れようとはしないから。


 ごめん、菜保子。

 でも、私も菜保子を好きなんだ。

 あなたをあきらめられない。


 大地くんなんかより、ぜったいに私のほうが菜保子を好きだ。


 息が苦しい。

 菜保子と大地くんの顔を思い出す度に、菜保子の悲しそうな顔や笑った顔を思い出すごとに、私の胸がぎゅっと痛んで、からだの中のこころが引き裂かれそうに悲鳴をあげている。


 菜保子が好きだ。

 抱きしめたいし、触れてみたい。


 菜保子と最後に手を繋いだのは小学五年生のときだった。

 林間学校の山登りで、両足にまめが出来てつぶれて痛くって、ひとり遅れそうになった。

 菜保子が差し出した手を繋いで歩いた。

 でも、途中で木の根っこにつまずいて転んで。とうとう歩けなくなって。

 私ってどうしようもなく鈍くさい。それで自己嫌悪になって泣いてしまって。


『だいじょうぶ? ああ、ごめんなさい。だいじょうぶじゃないよね、千歌ちゃん。すっごく痛いよね。おんぶしてあげる』

『えっ?』

『私の背中に乗って』


 菜保子は私をおんぶしてくれた。……まあ、私達の荷物は大地くんが持ってくれてたけど。


 恥ずかしかったけれど、菜保子の背中はあったかくて、幸せだった。

 くっつけたほっぺたが溶けてしまいそうで。ほっと安心できた。


 ――はっきり菜保子を好きだって、自覚したのはあの時だと思う。


 それは友達の好きじゃない。


 だって、……抱きしめたい。

 私は菜保子の心にも体にも触れてみたいんだ。

 そっと少しで良いから……。

 渇望してしまう。

 私は菜保子が、……あなたが好きだから。



 ちっちゃくて可愛い菜保子を抱きしめて、出来ることなら「あなたを大好きだ」って伝えたいって私の心が叫んでる。


 菜保子だから好きなの。


 好きだって知られて嫌われたくない。

 女の私に恋愛感情を持たれて、知ったら菜保子が怯えて怖がって、私から離れてしまうかもしれない。


 菜保子にキモチワルイとか思われちゃうかも。


 異物な存在になってしまう。

 排除されたくなかった。

 菜保子には拒絶されたくない。


 きっと、優しい菜保子なら私の好きって気持ちを知っても、私のことをキライになんかならないとなぜか自信を持って思うのに、正反対な怖い答えも持ち合わせてる。


 菜保子が怯えたように『千歌ちゃん。女なのに女の私が好きなの?』って、侮蔑の表情を浮かべるわけ無い。


 でも、すごく怖い。

 菜保子を失うのが怖い。

 一緒に遊んだりおしゃべりしたり、人からしたらなんでもないことが、私には菜保子となら尊い時間。

 途方もない負の感情のスパイラルに落ち込んでいく。


 菜保子の一番の親友って立ち位置は、私のものでありつづけなくては、私は……、私が壊れてしまいそうだった。




 ――六月のある日、雷雨の放課後。

 私は抱き合うふたりを見た。


 体育館からつづく渡り廊下で、バスケ部の一緒のユニホームを着ている菜保子と大地くんが、抱きしめ合っている。


 嫉妬がぐるんぐるんと渦巻いて、雷が落ちた音と土砂降りの雨のものすごい音と共鳴する。


 大地くんが羨ましい妬ましい、菜保子は私のものだという独占欲は真っ黒な炎を湧き起こして私の胸のなかでゴウゴウと燃えるようだった。


 でも、私は知った。

 大地くんが告白してきたけれど、菜保子は大好きな人から好きだって言ってもらえたのに付き合わなかった。


 ずっと菜保子は大地くんからの『菜保子、お前が好きだ。付き合ってくれ』という言葉を待っていたはずだ。

 ちょっぴり気弱で人見知りなところもある菜保子が、大地くんの言葉を健気に待っていた。

 奥ゆかしいっていうのかな。

 彼女は自分からぐいぐい想いを伝えることなんて出来ないだろうって思ってた。大好きすぎるのに、大地くんに好きだって告げられないのは菜保子らしかった。

 信じて、大地くんとの心の繋がりとか絆とかを信じて、彼が言ってくれるのをじっと待ち続けていた。

 良い言い方をすれば、大地くんの気持ちが固まるまで待っていたんだ。

 とっくにふたりは両想いだって、誰もが分かるぐらい、仲良しだっていうのに。

 甘くて熱くて真剣な瞳を互いに見せているのに、ふたりは不器用なぐらい、ピュアだった。


「ねえ、大地くん。菜保子に告白したの?」

「……なんで知ってんだよ」

「ふたりが渡り廊下で抱き合ってるの見たから。……だからもしかして、大地くんが告白したんだろうなって思ったんだけど?」

「おれ、振られたから。……菜保子はおれとは友達のままがいいって言ったんだ。転校する前に想いを伝えてきっちりケリをつけようと思った。学校が離れてもおれは菜保子のそばにいたいからって思ったんだ」

「それは残念ね。菜保子は転校のこと知ってるの?」

「いいや。振られて言い出せなかった。……お前さ」

「なに?」


 大地くんの射抜くような視線は怖いほど、私の心を見透かすようだった。

 恋のライバル同士、フェアじゃないことばかりの私。

 罪悪感と、菜保子がいま泣いているかと思うと、胸が痛んだ。

 自分のせいなのに。

 私のついた嘘が、私の大好きな菜保子を苦しめている。


「菜保子が好きなのはあなただと思うよ」

「はっ? だったら! 菜保子はなんでおれを振るんだよ」


 あー、やっぱり。

 菜保子は私が大地くんを好きだと言ったから勘違いして。


 私とのを選び取ってくれたんだ。


「わたしのせいだ」

「『わたしのせい』? なんだよそれ。意味分かんねえんだけど」

「わたしが『大地くんのことが好きだ』って菜保子に伝えたから」

「はぁっ? お前、嘘ついたのか」

「えっ……」

「だってお前、菜保子のことが好きなんだろ。なんでおれのほうを好きだって嘘ついたんだよ!」

「バレてると思ってた。……男のあんたには一生わかんないわよっ! 菜保子が好きな大地くんには、菜保子に好かれている大地くんには私の気持ちなんて理解できるわけないっ!」

「だからって、自分の好きな菜保子におれのことを好きだとか嘘吐いて、歪んで愛情を伝えるのなんて間違ってんだろうが。正々堂々としてろよ」

「女の私が菜保子を好きになったなんて知られたら、菜保子が拒絶する」

「ほんとーうにそう思ってんのか? アホなのか、お前。俺とお前が好きになった菜保子はそんなヤツじゃねえよ」


 私に大地くんへの優越感はすっかりなくなった。


 大地くんの菜保子を想う気持ちは強くて本物で。

 菜保子が求めているのが大地くんからの想いなのも、分かりきっている。


 私の好きは友情の好きの壁をとっくに越えたものだけど、大地くんの好きと並ぶことはない。


 だって、菜保子が恋人として求めているのは大地くんなんだから。



 私は家に帰って泣いていた。

 恍惚に浸れると思っていた。

 その涙は嬉し涙にはならなかったの。

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