第11話 悪夢と現世と追加されたスキル2


「ぴゃぁーっ!!」


 これまた奇妙な鳴き声が聞こえたと思ったら、バタバタと足音を立てながら嫁さんが慌てて寝室から出てきた。


「もうこんな時間!! 最悪!! 会社に電話も出来てないのに……」


「しといたから気にせんでええよ」


「え! そうなの? あ、ありがとう……」


 しおしおと力が抜けてダイニングテーブルに突っ伏す嫁さん。わたしは一旦、今インターネットでしていた取引に区切りをつけて、嫁さんの横に移動した。そして起き抜けで髪がぼさぼさの嫁さんの頭を撫でながら優しく語りかける。


「今週は平日あと二日だけど、全部休みにしといたから、ゆっくり休むといいよ。わたしも休みにしたし」


 嫁さんはガバッと身体を起こしわたしに詰め寄る。


「そんなの!! どうして生きていったらいいの!!」


 黒鳶色の目が不安に揺れまくっている。

 軽いパニックが起きてるっぽいね……


「大丈夫大丈夫、午前中だけで数万稼いだから、たぶん何とでもなるよ」


「はぁ!?」


 嫁さんがビックリするのも仕方ない。わたしもビックリしている。こんなに上手くいくとは思わなかったよ。

 世の中には元手が少なくても、その百倍運用出来たりするシステムがあるんよね。そこでわたしの記憶から確定的に上がると分かっているものを購入して、手数料とか引いた後の利益が確保出来たらすぐに売る、そしてまた買う、というのを繰り返してたら簡単に稼げてしまった。なぜか価格の急激な変化を予測できてしまったんだよね。

 前に試した時にはここまで出来なかったから、間違いなくスキルの恩恵だと思う。意外にも鑑定と跳躍と交渉術が効いてるみたいなんだよね……スキルがオンオフ出来るから色々試してみて分かった。スキルを現世に持って帰ってくると微妙に意味が変わるっぽい。現実世界でスキルのバフが掛かるとかチートも良いとこだね。未来を知ってることだけでも充分チートなはずなのに。

 わたしの記憶の中から確実に上がる投資先をピックアップして、秒単位の変動をスキルで読み切って利益を確定していく。利益が増えればそれを元手に追加して、更に利幅を増やしていく。上手くいったら、明日には十倍で明後日には百倍みたいなことに……欲張ったら失敗するから控えめに行かないとね。


 そんなことを考えながら、しばらく嫁さんにガクガク揺さぶられた後、落ち着いてきた頃に嫁さんの手を優しく包み込む。


「今日、数十万の利益を出す予定で、その結果を見てからで良いけど、とりあえず、まいは仕事を辞めよう」


 精神の安定のために、ストレッサーは排除しないとね。あのブラック企業はさっさと切るに限る。


「そんな簡単に……いくわけないじゃん!」


 ネガティブ〜 五年後の嫁さんはもっとポジティブだよ? いや、軽鬱を抜きにしても普通の反応か。突然、投資で大儲けしてやる、なんて言い出したらその人とは縁を切った方が良いレベルだもんね。


「まあ見てなって、生まれ変わったわたしには余裕だよ」


 事実生まれ変わってるんだけど、嫁さんにはなんの事だか分からないから、疑わしき視線を寄越してくるだけ。

 これは嫁さんの鬱がもうちょっと酷い時期だったら、嫁さん絶望してしまってたかも……まだマシな時期で良かった。

 それから、お昼ご飯を食べたあと、嫁さんの視線を受けながら取引を再開。国内株式の取引時間は短いけど、夜間取引や海外株や外貨など色んな取引があるので、やろうと思ったら二十四時間やってられる。とりあえず再びお腹が減るまで取引を続けた。

 その結果、宣言した通り、一日で三十万程利益を確定させてしまった。


「ホントに……勝っちゃったね……」


「そうだね、マネーゲームに勝利したね……」


 戦いの後はいつも虚しい……セミョン君が故郷に帰って虚無を感じたように……それは言い過ぎだ。

 あまりごちゃごちゃ考えずに、今は嫁さんの病気が治って幸せを掴めるだろうことを喜ぼう。




 この後、二人とも仕事を辞めて、今までの年収を毎月稼いで余裕で生活出るようになった。でも……


「ねぇ、これ、わたしいらなくない……?」


 不安そうな顔で悲しみを帯びた声音を上げる嫁さん。

 軽鬱は治らなかったか……お金と仕事に対する不安は無くなったけど、わたしの能力が上がり過ぎて、捨てられないか不安になったらしい。

 もう通算で三十年近く一緒に居るし、やり直し人生で嫁さんと一緒になってる時は、絶対それを貫くって決めてるから。だから大丈夫なんだけど……嫁さんはそんなこと知らないし、まだ一緒になって十年ぐらいなんだよね。

 やり直し人生でわたしは平均寿命の半分ぐらいで死ぬことが決まってるからって、一人でいるのは間違ってると思っている。悲しい思いをさせない為に一人になるべきなんて意見もあるかもだけど、腐女神様が楽しんだらいいと言ってるんだから、好きにしたら良いんだと思う。

 逆に、腐女神様の要望で、わたしはいずれ彼と一緒に生きる道に分岐する。それまでは何度も嫁さんと一緒の人生を送る。その上で、わたしは嫁さんを置いて逝ってしまうのだから、一緒にいる時はなるべく嫁さんを幸せにするのがわたしの勤めだと思ってる。


「大丈夫大丈夫、一緒にいるって」


 殊更に優しい声で嫁さんを諭す。


「捨てない……?」


 そんな既に捨てられた子犬みたいな顔で言われたら、可愛いなとしか思えないじゃん。

 思わず嫁さんを抱き締めて耳元で囁く。


「こんなに可愛いのに意地悪出来ないよ」


「ううぅぅぅ……ありがどゔぅぅ……」


 泣かなくて良いんだよ。

 しばらくは不安だろうけど、毎日頭を撫でてたら徐々に改善していくだろう。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「お父さんはVTuberになろうと思う」


 子供がいないからわたしはお父さんじゃないけど、こういうのは定型美というのがある。


「はぇ? ブイチューバーってなに?」


 充分な資産を手にしてから一年、嫁さんの心も安定して、気の抜けた感じになった。カワイイね。生活に不安は一切ないけど、働かないまま後七年過ごすのは落ち着かないので、何か面白い仕事はないかと考えて、思い付いたのがこれなんだよね。

 まだその言葉自体がないから嫁さんが分からなくても仕方ない。YouTuberがようやく世の中に認められてきたぐらいの時期だからね。


「これから有り得ないぐらい流行る職業だよ」


 何事も先取り出来るのはホントにありがたい。初期の個人勢VTuberは、企業勢が人気を占めるようになって来ても一定の人気を保ってたからね。ぶっちゃけわたしたちはお金を稼げなくても困らないし。

 と言っても、ただ配信すればいいってものではなく、最低限のトーク力がなければ上手くいかないんだけどね……後は特徴的な声とか聞いてて心地の良い声とかかな。

 幸いなことに、アレルギー耐性スキルが手に入ったので、転生前に比べて声はかなり出しやすい。花粉やPM2.5の季節でも、安定して声が出せるようになった。そして、言語スキルで世界に発信できるのも強みだ。加えて、交渉術スキルもある。版権関係で役に立ってくれるでしょう。

 ということで、金にものを言わせて最高のアバターを……なんてことはせず、目標を決めて徐々に良くしていきましょう。

 ホントに技術が出てき始めた初期から入るから、自作のアバターに自作の配信素材で、目指せチャンネル登録者数百人から!

 リスナーと苦節を共にして、リスナーと困難を乗り越えられた喜びや上手く行かない悲しみを分かち合い、配信者仲間と協力して成し遂げ感動を伝え、時には配信者仲間と足を引っ張りあって笑いを誘い、リスナーや配信者仲間に感謝して感謝されて、徐々に登録者を増やす、これぞ配信者の醍醐味だもんね! 過程が何よりも宝になることを、何度も転生してるわたしは知ってるので。知識や経験は持ち越せるけど、結果は持ち越せないからね。


 さて、折角なのでここは彼と再び合間見えた時に、より女の子を意識してもらうための練習と思って、女性アバターに女声で頑張ってみよう。

 幸いなことに、嫁さんが絵を嗜んでいたことと機械設計職なので三次元CADが使えることで、3Dアバターを作るのにそれほど苦労はしなかった。ショートカットにティーシャツ姿の普通の女の子──衣装や髪型のクオリティは高くはないけど、でも今はそれで良い。


「わたし役に立ってるかな……?」


 いじらしく聞いてくるので、しっかり抱擁してあげた。


「すっごい役に立ってるよ! まいが居てくれてよかったよ!」


 嫁さんはえへへと照れ笑いをして嬉しそうにしていた。これで完全復活かな?

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腐女神様はハッピーエンドが見たい!! 眠好ヒルネ @hirune_nemusugi

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