腐女神様はハッピーエンドが見たい!!
眠好ヒルネ
第1話 腐女神様との出会い
わたしの人生は普通に幸せな人生だったと思う。でも、どこか満たされない思いをずっと抱えていた。それが何かは分かっていたけど、叶わないと諦め続けていた。
だから、今、こんなことになっているんだと思う。
「この世にはBL好きとそうでない者がいます。ちなみにわたしは大好きです」
真顔でそんなことを宣う女神がわたしの目の前にいた。
いや、口角が微妙に上がって息が漏れてて「フヒヒ」とか小さく聞こえるから、真顔ではなかったね。
完全にヲタクだ。腐女子だ。腐女神か?
世界を探しても5人といないだろう整った容姿をしていて、後光がさしてるぐらい神々しくて女神にしか見えないのに、口を開いたらこれ。残念女神なのか? 駄女神なのか?
「順番を間違えました。では仕切り直して……あなたは死んでしまいました。そこで転生のチャンスを与えたいと思います」
女神らしいことを話し始めたけど、最初の印象があれではなー……
でも、わたしも現実には向き合わねばならないね。
そう、わたしは死んでしまったのだ。
嫁さんを残して。
「気にするところはそこではありません。あなたが死んで奥さんは悲しみに暮れてはいますが、保険金が入ったので生きていくことが出来ます。安心して次のことを考えてください」
ナチュラルに人の心を読んでくる……女性に冷たい女神様なのか? そうなのか?
「そうではありません。奥さんもBL好きなので、どちらかと言うと同志だと思います。ではなくて、わたしは死んだ人のことしか扱うべきでは無いですからね。生きている人が生きていくなら何もしないのが正解です。そもそも、世の中には旦那が死ぬ程度はどちらかという絶望としては軽い方ですの」
う、うん? まあ、そうかな? それは人それぞれだと思うけど? 人の死をよく知ってる女神が言うならそういうものなのかな?
「奥さんもいい大人なんですから分別がつきますって。男子校でイチャイチャしていた男の子達が現実に晒されて引き裂かれるよりは軽い絶望です!」
いや、そんは鼻息荒く言われても。腐女神がおる、ここに腐女神がおるぞー!
「よく言われます」
言われるんかいっ!
「さて、あなたが転生のチャンスを与えられたのは奥さんのことではなく、あなたの心にずっと残り続けている、儚くて淡くて尊い恋心があるからです」
スルーした上に意味のわからんことを……
「心当たりはありませんか? ちなみにわたしはBLが大好物です」
二回目を言った!
分かったよ……そういう事なんだろう? 若かりし頃に抱いた狭い世界での想いだろ? 男子九割の学校でのことだろ?
「そうです!! はあああぁぁぁ……年端もいかない男子が男子に抱く恋心……てぇてぇ……」
なんなのこの人もう……そんなこと、とうの昔に忘れたと思ってたんだけど?
「いいえそんなことはありません! あなたは一年に一回ぐらい、具体的には彼の誕生日ぐらいに、彼との想い出の夢を見て、目を覚ました時に布団の中で悶えていたのをわたしは知っています! あなたが思うところの女神なのでなんでも知っています!!」
え! きも……大仰に女神だからとか言ってるけど、大好物だから覗き見してただけどよね……? え……まじでキモい……
「言われ慣れているので気になりません。むしろ趣味に没頭出来ることを褒められているとしか捉えません。ふふふ、女神は凄かろう?」
いや、わたしはキモがってるのに、ドヤられても!
「恥ずかしがらなくても良いのです。わたしはなんでも受け入れますよ? 女神なので。わたしは長生きで五十億年ぐらい生きてるので懐が深いのですよ? 女神なので」
慈悲深そうな女神スマイルされても……言葉の端々でドヤってくるし……もうやだ……
「冗談はそのぐらいにしてもろて」
いや、冗談言ってるのあなたでしょ! 冗談だよね? 冗談だと言って!
「真面目な話、ここまで話を聞いて、あなたの心はどう思ってますか? 自分が死んでそのことを認識した時に、奥さんの心配はあるものの、彼のことを思い出したりしませんでしたか?」
んー……んんーー……無いとは言えない……
「ほらやっぱり!! 女神の目に狂いはないのです!!」
いや正味狂いっぱなしで、腐りっぱなしじゃない? 欠片しかないものを氷山の一角だと言い張って誇張表現するのはオタクの悪いところだよ? 斜陽ジャンルで公式の供給があった時の盛り上がりぐらい事実無根だよ?
「そんなことはありません。あなたは正直になるべきです。実際、彼を夢に見たあとは、やっぱり女になりたいとか思ってたでしょ? その上で時間が戻ったらいいのになとか思ってみたりしたでしょ? 奥さんの服買う時に自分もこんな服着れたらなとか思ってたでしょ?」
一度も無いとは言わないけど……腐女神の言葉に頷くには抵抗があり過ぎるんだよなあ……
「これだから拗らせオタクは……」
あんたに言われたくないわっ!
「当時抱いたあまりにも強いクソデカ感情を処理しきれなかったからそうなってるんだから、素直になりなさい。ハッキリと言うと良いのです。今でも彼のことを想っていると……クフゥ」
キモい笑い漏れてますよ! わたしが言ったこと想像して嬉しくなっちゃってんじゃん! 意地でも言わないよ!! ていうか、42歳のおっさんがそんなこと言っても嬉しくないでしょ?!
「あまりの好物を前につい……ちなみに今のあなたは、学生の頃の女の子みたいな見た目ですよ? はい鏡ね」
言葉と共に現れた鏡には、確かに高校生ぐらいの時の、女に間違えらることもあったし、満員電車ではチカンに遭ったこともある自分の姿が映っている。
何となく五倍ぐらい美化されてるような気がせんでもないけど……
「いやでもしょーじきな話しよ? ぶっちゃけ、ホントに転生してやり直せるとしたどうなんよ? 女にもなれるとしたらどうなんよ? ワンチャン試したいんちゃうの?」
めっちゃ砕けた喋り方になったし! 飲み会でだいぶ出来上がってきた感じなってるけど!? 目も座ってきてるし……
スルメに日本酒姿の女神を幻視させないで欲しい……こんな感じのVTuberいるよね。
「どうよ? ん?」
うう……若い時の自分を見た影響でむちゃくちゃ心が揺さぶられてる……心の奥がジリジリしてきてる……何かしら抗えない感情があるのは分かる……分かってしまう……この腐女神がなんかし──
「誓って何もしてません。男子が自分自身でそれに気付くのが尊いんだから、わたしはBL好きとして絶対に何もしていないと誓えます」
これまでの狂った言動から逆に信頼できてしまう言葉だね……無駄にね……
ということは、残念ながら、腐女神が言うように、この感情は確かにわたしの中にあって、未だに燻ってるってことで……
つまり、やり直せるならやり直したいと思っているということで……
「で……?」
で……と言われても……
「仕方がないですね。昔の彼の姿も出してあげましょう」
女神の言葉で鏡の横に現れたのは……!!
ああ……懐かしい……!
そう、そんな顔で、そんな体格で……!!
ああ……優しい笑顔が、その温もりが……
ただただ愛おしいという感情が胸の奥から流れてきて、わたしの外へと流れ出ていく!
「はぅぁ……泣いてるわ! この子泣いてるわ!!」
言うな! 恥ずかしい!! 涙も引っ込んじゃうよ?
「いえ、そのまま泣きくれて下さいお願いします。泣き疲れて寝て下さいお願いします……はぁ……てぇてぇ……彼への抑えきれない熱い想いを溢れさせてる少年てぇてぇ……はぁ……」
キモい美人が横にいるけど、それでもこの感情は止められない……
ハッキリと分かる……あの時の自分の感情が分かってしまう……
確かにわたしはあの人を好き──
「はあああああぁぁぁぁぁ…………!!!! ちょ……しんど……え……とうと……まじムリ……これほんと死ぬ…………」
うるさいな! もう! あんたが無理やり思い出させたんだから……浸らせなさいよ!!
「言葉遣いも……あ……ごめんなさい……横で見守ってるから続けて下さい……ほんと邪魔してごめんなさい……ベッド置いときますね……」
いや、一緒に泣いてるとか、まじキモいんだけど……ゔゔゔ……でも、涙が止まらない!
長い間押さえつけられていた感情が爆発して、全く制御出来ない!
ほんと恋ってなんなんだろ?
人を好きになるのとか理由ないよね……
その人を見たら好きって気持ちが溢れてくる。
そして触れられないから切なくて苦しい……
あー……そう……確かにこんな時は、泣きながら寝てた……涙を流して体を火照らせながら……泣き疲れて寝てた。
はい……じゃあ、おやすみなさい……
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