6
「いつから。」
男はじわじわと私から視線を逸らそうと試みながら、低く問うた。
「佐山はいつからここに来てる。」
私もなんとか男から目を逸らし、こののっぴきならない空気を打破しようとあがきながら、低く答えた。
「はじめから。引っ越した日から。」
私がこのアパートに越してきた日の夕方から、佐山はこの部屋にやって来るようになった。あの日は窓から射す西日が驚くほど赤かった。まだカーテンがなかったせいで、真っ赤な夕日は容赦なく部屋の西半分を染めていた。目がつぶれそうなくらい眩しい部屋の中で、引っ越し祝いだと佐山が持ってきたリンツのチョコレートを二人で食べながら、どちらもまるで興味がないバラエティー番組を一時間くらい眺めた。
「どうして言わなかった。」
こんなことを男に言われるのははじめてだった。同じ家に暮らしてこそいても、私も男も一人と一人だし、誰と会おうがそんなことに干渉したこともされたこともなかった。
「なんで言わなきゃいけないわけ。」
だからそう言いかえした声にはたっぷりの怒りが含まれていたはずだ。あんただって私に話していないことが山ほどあるくせに。私に話せないような相手と会っては話せないようなことをしているくせに。
私の怒りに男は怯んだ。目に見えて怯み、ぱっと弾かれたように視線を私から床に落とした。同時にのっぴきならない空気もどこかに霧散し、私は大股に男の横を通り抜けてアパートを出ようとした。
男は、傍らをすり抜けようとした私の腕を掴んだ。私は肩ごしに男を振り返り、睨み付けた。
ルール違反だと思った。この男に私を引き留める権利なんてない。父親であろうがなかろうが、この男は赤の他人だ。
離せ、という気にもならなかった。私は黙ったまま男の手を振りほどこうとした。
しかし男は私の腕を硬く握りしめて離さなかった。血の気を感じさせないくらい、しんと冷たい掌をしていた。
「女はみんな佐山に惚れる。」
男の台詞は唐突すぎて、私がその意味を理解するには数秒がかかった。まさか、この男は、私と佐山が男女関係にあるとでも思っているのか。
いっそ笑ってしまうくらいの馬鹿馬鹿しい思い違いだ。なにかしらの反応を返すにも下らなすぎる。
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