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私が男とまた二人で暮らし始めると、佐山が時々アパートに顔を出すようになった。漂白した骨みたいな、端正だけど陰気な雰囲気。梅雨時に見るとどうにも気が滅入るような。
佐山は男の不在時を選んでアパートにやって来ては、私に土産の菓子やらちょっとしたアクセサリーやらを渡し、一時間程度居座って行った。男と私が暮らすアパートは、内層やインテリアにこだわる人間がいないので常時雑然としていて、昭和の学生下宿みたいな趣さえあった。よそ様が喜んで滞在したいような空間では決してない。それでも佐山は週に一度はやって来る。
私の気が滅入っていることくらい分かっているくせに、それを全く表に出さない嫌味なくらい爽やかかつフレンドリーな態度で、一欠けらの興味もないくせに私の学校生活について話させては満足そうにしていた。
「私のママになりたいわけ?」
今日学校であった出来事について根掘り葉掘り聞かれ、いい加減うんざりした私は嫌味な態度で皮肉を言った。すると、いつもの胡散臭い笑顔で対応してくるかと思っていた佐山が、いきなりすとんと表情をなくした。 それは佐山の中でいくつもの感情がぶつかり合った結果、それらが相殺されてしまった挙句の表情に見えた。大した意味もなく言葉を発した私は、佐山の異変に狼狽えてしまう。
「おそらく。」
狼狽える私を眼鏡の奥から見つめたまま、佐山はあっさりそう言った。ふわりと、当たり前のことみたいに。
「え?」
思わず訊きかえしながら私は、なぜだか反射的に佐山から距離を取っていた。向かい合わせで座っていた卓袱台から離れ、壁に背中をつけるようにして立つ。都合見おろされることになった佐山は、胡散臭い笑顔を取り戻さないまま、顎を上げるようにして私を見上げた。
その細い顎の下に古い傷跡があることを、私はそのとき初めて知った。古くてもまだ痛々しいような、顎と喉との境目あたりを走る大きな傷跡だった。
佐山は私の視線に気が付き、顎を下げて傷跡を隠した。
「事故に遭いましてね。」
どんな事故、とは訊けなかった。そんなところに大きな傷跡が残る事故というものが、私には一つも思いつけなかったのだ。
佐山は骨ばった大きな手でさらに傷跡を覆った。私はその手に噛り付いて泣きわめきたかった。こんな小娘にペコペコ頭を下げても傷一つつかなかったあんたのプライドは、こんな傷痕一つに耐えられない程度のものだったのか、と。
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