新しいジーンズをはいて帰ってきた私を見て、男はきつく眉を寄せた。

 「なつみか?」

 私は無言で首を振り、男の横をすり抜けて自室に引っ込もうとした。男と二人で住んでいたアパートには、ごく狭くはあったが、一応私の自室があったのだ。

 しかし男は私の腕を掴み、じゃあ、どうした、と言った。

 「自分で買った。」

 男の目を挑むように見上げて答えると、男は目に見えて怯んだ。昔からそうだ。私は無力な子供だったのに、男はそれでも律儀に私に怯えた。

 「金は?」

 「自分で稼いだ。」

 そこで男はさらに怯んだ。私の売春を責める資格が自分にあるのかと、そんな自問自答でもしたのだろう。私は子供だったのだから、問答無用で叱り付けて部屋に閉じ込めでもすればいいものを。

 「金が必要なら、」

 「いらない。」

 男の言葉を遮って吐き捨てる。男はそれ以上なにも言わなかった。ひどく硬くて冷たい数秒間。

 やがて私は痺れを切らして男の胸のあたりを拳で殴りつけた。

 「なんか言ったらどうなの!?」

 何度も何度も全力で拳を叩きつけながら発した言葉は、ほとんど悲鳴だった。母のようなことをしている。そう思うと尚更振り上げる手が止まらなくなった。

 男は母に殴られていた時と同じように、無抵抗に私の拳を受けとめていた。

 「言えよ!!」

 叫ぶ私と、俯いた男。部屋の空気は完全に冷え切って、夏だというのに凍えそうなくらいだった。

 私は男を殴るのをやめ、買ったばかりのジーンズを毟り取るように脱いだ。まだ身に馴染まずごわつくそれを、男の顔に投げつける。男は微動だにせずそれを受けとめ、そっと床に下ろした。むき出しになった私の下着は、隠しようもなく血で汚れていた。

 男はフローリングに膝をつき、私の肌に触れないように慎重にその下着を脱がせようとした。その動作にきっちりと貼り付けられた理性にどうしようもなく苛立った私は、途中で男の手をふりはらい、自分で血まみれの下着を脱いだ。

 「痛い?」

 その問いは、母親と暮らしていたアパートを出た夜と同じトーンでなされた。私は男の髪を両手で鷲掴みにし、乾いた血がパリパリになってこびりついている下肢にその顔を押し付けた。

 私の血と、誰だかも知らない男の精液の臭い。それを嗅ぐ義務が男にはあると思った。私の父親であろうが、なかろうが。


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