ジーンズとスーパーのチラシ

私が自分の意志ではじめて選んだ衣服は、頑丈で分厚い生地のジーンズだった。14歳。はじめて自分の身体を売った日の午後だった。

 今でもなぜあの日、援助交際などしてみたのかはよく分らない。神に誓ってあの日以降は一度たりとも売春などしていないので、尚更。

 金には困っていなかった。必要なものはみな男が買ってきたし、小遣いも毎月もらっていた。男が買ってこない、小遣いでは金が足りないようなもの……生理用の下着やブラジャーなんかは、なつみさんが頃合いを見て買ってくれたし使い方だって教えてくれた。金銭的な不自由はまるでなかったのだ。

 ただあの日、私は男がどうやって金を稼いでいるのかを知った。それまでだって薄々察してはいたのだが、はっきりと知ってしまった。

 左の小指を切り落とした後、男はやくざ稼業からは足を洗ったらしかった。しかし彼の金回りはその後も別段悪くはならなかった。 そのことを私は薄ら疑問には思っていた。あの男はやくざ時代には数件の風俗店の経営に関わって収入を得ていたらしいのだが、その収入源を足を洗ってからも失っていないようだったのだ。

 そこまで男の経済事情を察していた私は、 時々男が夜中にアパートを出て行くことにも、中学に上がるくらいまでには気が付いていた。その上、男と私が二人で暮らしていたアパートは壁が薄く、明け方になって帰ってきた男が随分と長いことシャワーを使っていることも、ずっと私は知っていたのだ。普段ならあの男は、3分もあれば髪から体から洗って風呂場から出て来るのに。そしてその長いシャワーの翌朝、男は大抵歩き方がぎこちなかったり体調が悪そうだったりした。

 多分、と、私は内心思っていた。多分、あの男は、やくざ時代の上司にあたる誰かに身体を売っている。

 けれどそれはまだ想像でしかなかった。確信ではなかったのだ。

 14になった真夏の夕方、中学からの帰り道を歩いていたセーラー服姿の私は、いくつか年上だったのであろう黄色い頭のチンピラにナンパをされた。無視したまま商店街を抜け、住宅街に突入しても、チンピラは私の隣にぴたりと張りついて喧しく喋りつづけていた。

 このままではこいつに家を知られてしまう。

 ようやくその危機に思い至った私は、取りあえず学校に引きかえそうと思い踵を返した。

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