妄想高校生の武器商人ライフ

それれちゃん

第1話

 大きな湖に囲まれた大きな城。

 そんな城内の中心に位置する中庭には、数多の死体が転んでいた。まだ動けている者はわずかに十数名といったところ。


 ——まだ湧くか……。新たな手勢だ。


 西洋風の鎧を着飾った騎士がそう言った。

 周囲の人間は、騎士の声に導かれるままに上空を見上げる。

 そこには地上の人間の約十倍はくだらない数の狡猾な悪魔が、次から次へと姿を現し始めていた。


「ここまでか……」


「ちくしょう!!」


 漏れる声はどれもが消極的。

 一同の肩が流れるように落ちていく。


 一方の悪魔連中。全員の姿が表出した後、リーダー格の骸骨、死神のような者が最後に現れた。

 その細長く、大きく歪んだ指がスッと、地上へ指された。


 上空を埋め尽くす悪魔、全員がこちらへ垂直に襲いかかる。


『終わった』 地上の人間にそんな意思が共有されかけたその時だった。


 ——あきらめるな!


 死んでいた視線が一斉に騎士へと集まる。


 ——まだ負けてない。やれることを残して死ぬなんてできない。違うか?!


 彼の言葉は一種の魔法だ。周囲の人間に生気が戻り始める。


 ——俺はお前らを信じてる。だから頼む、俺に力を貸してくれ!!


 そう言った鎧の男の背に皆々の手が添えられる。


 鎧の男は薄く笑うと、所持する大剣に魔力を流し込む。


 そして……、


 ——くらえ、死神!! アルティメットボリュームブレスティカルスティックスミレボンバーヘッドエクスタ……。







「違う!! 絶対これじゃない!!」


 体が高揚した。

 思わず立ち上がり目の前のものを両の手で叩いた。

 目の前のものは木の板……机だった。


 時すでに遅し。

 地上の視線とは異なる、悪魔の視線の数多くがこちらへ向いていた。

 いや、悪魔じゃない? 

 ただ席に座る制服を着た数多の人間だ。

 脳が錯乱する。


「き、北村くんぅ? な、何がぁ、これじゃないって……?」


 黒板に記述中と思われるチョークがボキッと折れた。

 髪のうすい男がこちらを憤慨したように睨んでいた。


 し、死神か?  

 いや、死神じゃない?


 せ、先生?


 ——はっ! またやってしまった!


 気づいた時にはすぐに首を何度も垂れていた。頬が熱を帯び始める。


 そう、ここは現代日本の都立よもぎ高等学校。湖に囲まれた城、などではない。

 そして今しがた顔面を赤面して謝罪を繰り返すのは、おかっぱ頭の男子生徒。高校二年生の北村翠(きたむらすい)。鎧を着用した騎士、などではない。


 二点ほど合っていることとすれば北村にとって、こちらへ視線を注ぐ人間たちが悪魔そのものであり、今しがたやかましくこちらへ物申しているのが死神である、といった所であろうか。


(く、くそぅ、またやってしまった)


 北村は日々、四六時中己だけの妄想を働かせている。そして今回のように、妄想の内容に身が入りすぎると、外部に影響が出るような行動をとってしまうことがある。このように授業中に今回のようなことが原因で怒られるのも一度や二度ではない。


「また? 怖すぎない? 突拍子に……」


「面は女みてぇに可愛いのに、なんか色々残念だよな」


「あーいう頭の中でしか物事解決できないような奴が結局将来犯罪起こしちまうんだよな〜」


 周囲の視線も、こんな陰口も、これまで何度も言われてきた。

 だがそれでも、感じる恥ずかしさだけはいつまで経っても慣れることはない。


 結果としてこれまでの高校生活で友達などできず、北村は常に妄想と共に時間を過ごしてきたのだった。


 授業が終わるまで説教は続き、北村の赤面もまた、消えることはなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る