隅っこの魔法教室

畑根 蓮

隅っこの魔法教室①

 人に教える、というのは、どうにも私には向いていない仕事だと思った。

 それも、十は年下の子供たちになると尚更なおさら

 魔法教室の助手をして欲しい、と頼まれた時は、魔法ができれば問題ないんだろう、と安請け合いをしてしまったけれど。

 実際は、真っ暗な洞窟の中、床も、壁も、天井も見えないような感じで、部屋の隅っこで動かないまま、それでも粛々しゅくしゅくと進んでいく授業を眺めていた。

 そんな私とは対照的に、この魔法教室の主催者で手伝いを頼んできた張本人の女は、六人の生徒の前で、私とふたりきりで話す時よりもワントーン高い声を使い、慣れた風に生徒たちに教えて回っている。

 親身に教えてくれる、とてもいい先生。

 同い年の私から見てもそう映るのだから、きっと子供たちも間違いなくそう思っている。

 そんな先生に私のような助手が必要なんだろうか。

 こうしていると、ただただ人望の差を見せつけられているだけのような気がして、小石があったら蹴飛ばしてやりたい気分になる。


「あ、あの、レミ、先生?」

「はい?」


 幼い声が私を呼んだ。

 声をかけられるなんて思っていなかったので、声が暴発して間抜けな感じになってしまった。

 そんな私を嘲笑あざわらうでもなく、少し怯えた様子で脇から見上げてくる女の子。


「その、教えて欲しいところがあるんです。」


 初めての質問者を無碍むげに扱うつもりなんて全くない。けれど、あの女に聞いた方がいいんじゃないかと思い、生徒と女が囲む机の方に視線を向ける。

 優しい先生を取り囲む子供たちの図。

 次から次へと質問攻めにあっていて、この子が相手をしてもらえるのはしばらく先になりそうだと思った。

 それなら、私の出番、ということか。

 消去法で選ばれた私。助手としては正しい選ばれ方かもしれない。けど、やっぱり小石を思いっきり遠くまで蹴飛ばしてやりたいとは思った。

 ただ、そんな私の気分なんて目の前の女の子には関係ない。

 この子は、魔法を上達させたくてここにきている。

 だから、あの優しい先生に及ばないにしても、その期待に僅かでも答えてあげるのが私の役目、だと思う。


「どこが分からないの?」

「その、風を起こす魔法で、フローリンカ先生に言われた通りに術式を組んでみたんです。でも、上手くいかなくて……。」

「その式、見せてもらってもいい?」


 女の子は、小さく頷くと魔法球スフィアを展開させた。

 魔法を発動させるための、マナでできた半透明の球体。

 緑色に光り、術式が球面に浮かび上がっている。

 緑色は風属性のマナと親和性が高い魔法使いだと示す色。使う魔法との相性は全く問題ないので、やはり式が間違っている。少し屈んで式を読んでいくと、何がおかしいのかはすぐに分かった。


「まず、α項のつづりが間違ってるかな。変換記号もこれだと土属性に変換されちゃうよね。あと、右辺と左辺の接続因子は、ノルド式にしないと。」

「……あるふぁ?へんかん?えっと……。」


 女の子は、不思議な呪文を唱えているように首を傾げてしまう。

 相手は初学者。

 こんな教え方ではダメなんだと、砕けた言葉を探すけれど、咄嗟とっさには思いつかなくて。


「ごめん。私も一緒にやって見せるから、真似してもらっていい?」


 これが一番早い。

 私が魔法球スフィアを女の子のもののすぐ横に展開させると、女の子は物珍しそうにのぞき込んでくる。


「わあっ……。先生の魔法球スフィアって銀色なんですね!」

「ああ、うん。」

「初めて見た……。きれいですね!」


 それはそれは、嬉しそうな笑顔を向けて来た。

 光と闇のマナの間の子あいのこである銀色の魔法球スフィアは、珍しいと言えばそうなのだけど、私はあまり好きではなかった。なんか中途半端な気がして。

 だから、女の子の緑色に輝く魔法球スフィアの方が、はっきりしていて、普通で、羨ましかった。


「私も先生と同じがいいなぁ。」


 そんな風に言われるのも慣れていなくて、どう返せばいいのか困ってしまう。


魔法球スフィアの色は、その人がどの属性のマナと親和性……、仲がいいかで決まるから、そう言われても。」

「それじゃあ、銀色のマナと仲良しになればいいの?」

「それも、生まれた時に既に決まってるからね。」

「そっかぁ。」


 一般論だけ並べると、女の子は残念そうな顔をしてしまう。

 でも、それが事実で。

 後天的なマナの親和性向上の研究、なんていうのもあるけれど、そんなことを目の前の小さな女の子に説いたところで、多分理解はしてもらえないし。


「それじゃあ、私と一緒に術式、書いてもらってもいい?」


 はいっ、と小気味よく答えた女の子。

 立ち直りが早いな、と思いつつ、女の子のペースに合わせて、ゆっくりと一緒に式を組み上げていく。そして。


「うん。同じのが組めたね。魔力、込めてみて?」


 女の子は、魔法球に右手をかざすと、その場で踏ん張りながら魔力を込め始める。

 普通にしていても魔力は込められるんだけど……。でも、私も小さいときは同じようにしていたな。

 そんな風に懐かしんでいると、女の子と目の前に小さな旋風つむじかぜが生まれた。

 

「先生!できました!」


 女の子の澄みきった瞳がかすかに揺れた。

 彼女にとって、これまでで最大の成果だと訴えるようなそれは、同時に、新しい世界を知った時の感動も乗せていた。

 そして、その瞳の中に、少し前までの私の姿が映っている気がした。


「フレイ……、フローリンカ先生にも見せておいで。」

「はいっ!」


 元気よく返事をした女の子は、パタパタと駆けて私のもとを離れていった。

 優しい先生で私を誘い入れた張本人、フレイの横で、できたてほやほやの魔法を披露する。

 フレイが、女の子の頭を優しくでて、べた褒めしながら何か話していたかと思うと、今度は私に視線を寄越してニコッと笑いかけてくる。

 それだけなのに、こうやって教えるのは結構楽しいことなのかも、なんて思ってしまう私が居て、思いっきり遠くまで蹴飛ばしてやりたくもなった。

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