第10話 不穏な空気の行方



「フィア……」

 

 レイとフィアの間に他人が口を出せないような空気が漂う。

 さっきまでフィアに張り合っていたノルでさえ息を詰まらせていたが、それを気にかけることもなくラトが二人の間に割って入った。


「よく知らんが、とりあえず後にしてくれるか?」


 ラトのその言葉にフィアは小さくうなずくが、その光のない目は絶えずじっとレイのことを見つめていた。

 レイの座っていた席の横にフィアが座ったのを見て、壇上に立ったラトが話を始めた。


「おはよう。このクラスの担当になったラト・レヴィアだ」


「中等部からこの学園に在籍してる奴は知ってると思うが、去年までは中等部の方にいたから高等部は今年が初めてだ。慣れないことも多いとは思うがよろしく頼む」


「ラト先生、少しよろしいでしょうか」


 ラトが自己紹介を言い終えるのと同時に、レイが座っている教室の右前とは反対の窓際の後ろの席に座っていたいかにも、いいところのお嬢様と言った女生徒が手を挙げた。


「どうした?」



「先生が『平民主義』というのは本当でしょうか?」



 その言葉を聞いたクラスの中が少々ざわつく。

 『平民主義』とはこの学園における言葉で貴族を嫌い、平民を優遇することで王政のこの国ではほとんど聞くことのないこの言葉だが、身分差による差別を否定しているこの学園内においてのみ聞くことのある言葉だった。

 そして、ラトがこのように言われるのには 一昨年の事の影響だった。

 だが、中等部にいたほとんどの生徒は事の次第を知っているため、その生徒が外部進学のことであるというのがクラスの中にいるほとんどの生徒がわかった。

 

「いや?そんなことはないぞ。スタットや、エストロアとも普通に話すし、私は別に貴族が嫌いっていうわけでもないしな」


 そこで、ラトはレイやノルのような高位貴族の名前を出すことでその女生徒に対して否定を示した。

 『平民主義』はより高位の貴族を嫌う傾向にあることが多いため、女生徒は納得したように静かに腰を下ろした。

 

「……そうなのですね。ありがとうございました」


 おそらくは、ラトのことを噂程度に聞いたことがあったためにその生徒は心配になってしまったのだろう。

 だが、ラトの嘘のない言葉に安心することができたのだった。


「他に質問ある奴はいるか?いないなら、大講堂に行くが大丈夫か?」


 誰も手を挙げることはなく、教室の中に静かな空気が流れた。

 そうしてラトから、決められた時間までに大講堂に集合するように言われ、その場は一旦解散となった。

 

「……レイ様」


「……フィア」


 他の生徒が各々時間を潰す中、二人の間には不穏な空気が流れていた。

 

「「……」」


「……場所を変えない?」


「わかった……」


 二人が静かに手をつないで教室から出ていくのをラトとノルは静かに見守ったまま何も言わなかった。






「レイ」


 大講堂に続く階段とは逆方向にある空き教室の中に入ってドアを閉めた瞬間、フィアがレイに抱き着く。

 急に背中に柔らかな感覚を覚えたレイは動揺を隠さず、後ろのフィアに問いかけるた。


「……え、ちょっと……フィア?」


「私、怖かったの」


「レイが急にどこかへ行っちゃって」


「私は捨てられたのかなって、それで……」


 フィアがこぼすようにレイの背中を濡らしながら言葉を紡いでいく。


「……ごめん」


「本当にそんなつもりじゃなかったんだ。フィアが元気になって、前みたいに笑ってくれるようになったから、それで少し気が抜けて……」


 レイは振り返って、フィアのことを自分からも強く抱きしめた。

 そして、本心からの言葉でフィアに謝るとフィアの抱きしめる力がまた一層強くなった。


「ほんと?」


「レイはほんとにわたしを捨てない?」


「……もちろんだよ」


「私のことを好きでいてくれる?」


「……」

 

 レイの言葉に、潤んだままの目でフィアはレイのことを見上げる。

 レイは黙ったまま、自分より小さなフィアの体を片腕で抱きしめながら、もう片方の腕で子供に対してするように頭を優しくなでた。


「愛してる、って言ってくれないの?」


「そう言ってくれるだけでいいの」


「それだけで、いいから……」


 レイへの思いがあふれるようにフィアは言葉をこぼし、それに呼応するように抱きしめる力は少しずつ強くなっていった。

 

「……す、きだよフィア」


 喉の奥から小さくこぼしたレイのその言葉に一瞬、フィアの口が歪んだ。


「わたしも!わたしもそうだよ!レイ」


「ずっと、ずっと好き!これで……」



「私たち、両思いだね!!」



 その言葉をフィアが言うと、ガタガタという物音がした後に二人のいる教室の外で誰かが走り去っていく音が誰もいない廊下に響いた。


「……っ」


 レイはその音に嫌な予感を走らせ、その音を追って廊下に出ようとしたがフィアの抱擁が解かれることはなく音の主を追うことはできなかった。

 

「別に、見られてもいいよ」


「今は、もう少しこのまま」

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