第7話 女と男の違い

「遊び目的ということは、お金がほしいというよりも、セックスがしたいという感覚を、お金をもらうことで、自分の中でごまかしているのではないか?」

 と考えるようになった。

 偏見だとしても、みきはそう思わずにはいられないのだ。これも、みきが、

「童貞キラーである」

 ということへの言い訳のように思えたのだった。

 そういう意味では、売春をしている女の子たちのことを嫌いに思うのは筋違いなのだろうが、

「彼女たちもきっと、私のようなことをしている女性は嫌いなんだろうな」

 と感じたことで、どうしても歩み寄ることができないでいたのだ。

 みきは、童貞喪失に一役買うことを遊びだとは決して思っていない。それは、童貞喪失をさせてあげた相手から、ありがたがられるからだ。

 中には女神のように崇めてくれる人もいるし、さらには、付き合ってほしいといってくる人もいる。

 しかし、

「私はあくまでも、童貞の人の筆おろしをさせるのが目的だから」

 と言って、丁重に断っていた。

 克彦もそんな中の一人だったのだが、克彦という男性が、酒にめっぽう弱いのだが、その分、

「すぐに酔っぱらってしまうが、ほとんど飲んでもいない間に酔ってくるので、正気に戻るのも結構早い」

 ということであった。

 先輩も、

「こいつは、酒に弱いので、すぐに酔いつぶれるので、送っていくということにして、ホテルにでも連れ込めば、簡単だぞ」

 と、みきに言ったくらいだった。

 みきの方も、場数は踏んでいるので、黙ってうなずくだけだったが、その顔には笑みがこぼれていた。二人の会話は、いかにも怪しいものだったのだ。

「タクシーに乗せて、ラブホテル街まで走らせたが、運転手は何も言わなかった。これが、男子と女子が逆であれば、少しヤバいと思うのだろうが、酔いつぶれているのが、男性の方なので、興味津々ではあったが、余計な詮索をすることはできないと思うのだった。

 男性は普通の大学生に見えたが、女性の方は、まだあどけなさが残る女性で、まさか、彼女の口から、行き先をラブホテル街を指定されるなど思ってもいなかった。

 タクシーで、十分も走れば、ネオンサインが怪しい色を立てているホテル街へと入っていった。

「そういえば、昔のような、幾何学的なネオンサインというのは、いつ頃からなくなっていったんだろうか?」

 と運転手は考えていた。

 それこそ、都心部や街の玄関口であるターミナルや空港などには、幾何学的な演出が施されたネオンサインがケバケバシク輝いていたものだが、急に見なくなった。

 毎日のように、夜の街をタクシーで走らせていると、すっかり慣れっこになってしまっているので、途中で変わっていっても、ほとんど意識すらしていなかったに違いない。

 今の怪しげな光景を、

「当たり前の景色だ」

 と感じるようになっただけに、実際に変わっていったのは、かなり昔のことだったに違いないだろう。

 そして、そんな怪しげなネオンサインの中に、タクシーは消えて行ったが、ホテル街にはまだまだ人が歩いていて、時間的には、逆にまだ早いくらいなのかも知れない。

「宿泊の時間には、まだ少し早いわね」

 とは思ったが、みきも、先輩も、

「まさか、克彦がこんなに早く酔いつぶれてしまうとは思ってもみなかった」

 と感じていることだろう。

 しかし、逆に連れ込んでしまえば、あとは、彼の酔いが覚めるのを待つだけだった。

「今までの経験から、二時間もすれば、酔いも覚めるだろう」

 と、みきは考えていた。

 ベッドに倒れるように崩れ落ちた克彦を見ていると、

「私は、いつも、この表情を見ているのが、意外と好きなのよね」

 と感じていた。

 もちろん、一番の感動は、男と一つになった時なのだろうが、男性がみきを女神のように崇めたいという気持ちになるのも分かる気がしたのは、繋がった瞬間に、感じることができるからだった。

 いつもいつも同じパターンを繰り返していると、たまに、

「少し違った男性を見てみたい気がするわ」

 と思うようになっていたが、危険なことだけは避けなければいけないので、あまり奇抜な考えを起こして、興奮に身を任せて行動するのは、避けなければならなかった。

 だが、酔いつぶれている時の顔を見ていると、

「どんな夢を見ているんだろう?」

 と思うのだ。

 皆、自分が酒に弱いということは分かっているようなので、普段はそんなに酔いつぶれることはない。

 だが、普段は参加することもない、女性がいる飲み会。合コンというものに自分の身を置いているというその状況に最初から酔っていたのだろう。

 そういう意味で、酔いつぶれたのは、アルコールによるものだけではなく、女性のフェロモンが彼の酔いに影響を及ぼしたのだといえるのではないだろうか。

 克彦も同じように、フェロモンにやられていた。その中でも、みきがつけている香水にやられたといってもいい。その香りは、昔、小さい頃に感じた香りだった。

「そうだ、母親がしていた香水の香りだ」

 と、感じたのは、酔いつぶれている時であっただろうか。

 それを意識できるようになると、酔いは次第に覚めてくるのが感じられた。

 酔いは覚めてきたが、身体を自由に動かせるわけでもなかった。むしろ、金縛りのようなものに遭ってしまったのではないかと思うほどに、余計に身体が動かなかった。

「意識があるのに、身体が動かない」

 という状況は、何かの恐怖を感じているからなのかも知れない。

 克彦は、高所恐怖症と、閉所恐怖症の二つを併用して持っていた。

 基本的にはそれぞれ、別々のシチュエーションで感じるものだとは思っていたが、その共通点として、

「呼吸困難が襲ってくる」

 ということは分かっていた。

 そんな状態において、酒に酔うというのは、呼吸困難を引き起こす原因になると思っていた。

 だから、最初にいきなり酔いを感じることで、それ以上自分で受け付けなくするというような無意識な本能が働いていたのだ。

 最初の頃はそんなことは分からずに、

「ただ、酒に弱いというだけのことだ」

 と考えていたが、次第に、

「酔いつぶれ方がいつも同じパターンだ」

 と感じるようになると、

「酒を受け付けないというのは、ただアルコールに弱い」

 というだけの理由ではないということに気づくようになったのだ。

 酔いつぶれた時は確かに、すぐに前後不覚になり、それ以前の記憶が飛んでしまうほどになるのだが、酔いが覚めるのも、結構早かったりする。

 普通なら翌朝までは目を覚まさないであろうと思われるくらいの状態に見えても、実際に酔いが覚めるのは、夜中の一時過ぎくらいであり、頭の痛さは残るかも知れないが、正気にはなっているだろう。

 朝方になる頃には頭痛も消えていて、自分が何をしているのか、しっかり意識していることだろう。

 みきが、酔いつぶれている克彦の童貞を奪おうとしていることも、すぐに分かったが、自分から、それを阻止する気持ちは一切なかった。

「ああ、ここで、童貞卒業か」

 と感じたことが、身体に金縛りを起こさせたのだった。

「おはよう」

 と言って、隣で寝ているみきを見ると、克彦は、

「俺に何かしたのかい?」

 と聞くと、

「ううん、今やっても、できないからって、あなたは、そのまま死んだように眠ってしまったのよ。私としては、その気満々だったので、お預けを食らってしまって、欲求不満もいいところだわ」

 といって、ニコニコしている。

 決して、嫌気がさしているわけではなく、その顔にはサバサバとしたものが感じられた。

「まあ、これはこれでいいとすればいいのかな?」

 とみきは言った。

 何か背一杯の虚勢を張っているようだが、本心であることは、その笑みから分かった気がした。

「でも、あなたが目を覚ましてから、たっぷりと可愛がってあげようと思っているんだけど、覚悟は言い?」

 とみきがいうと、

「ああ、どうせ、俺はここで童貞を失わないと、無事に帰ることはできないんだろうか?」

 と克彦がいうと、

「ええ、そうね。私が帰さないわよ」

 と、淫靡な笑みを浮かべた。

 その唇が、克彦の口を塞いだ。いきなりであったが、想像できない範囲でもなかったので、不意打ちを食らったという感じもしなかった。

 プヨプヨする唇は、若干濡れていた。リップなのかと思ったが、それだけではないようだ。唇からの甘美な味はリップなのだろうが、彼女の舌が絡みついてきた時、リップ以外の何かを感じたのだ。

 克彦が薄目を開けると、その瞬間、みきの唇から、甘い吐息が漏れてきた。

 思わず興奮を抑えることのできない克彦は、肩から背中にかけて、袈裟懸けにするかのように抱きしめると、さらに彼女が切ない吐息を漏らしたのだ。

「もう、すでにプレイに入っているんだ」

 と感じた時は、お互いに吸い付く唇を話そうともせず、濡れた口中だけが、ヌメヌメしているだけではないように思えたのだ。

 普段から、優しさだと女性に対して、勘違いした態度を取っている克彦であったが、この時は、

「自分が主導権を握らないといけない」

 と感じ、実際に、主導権を握っている自分が見えてくるようだった。

「昨日のあなた、かわいかったわよ」

 と、マウントを取りに来ているのか、みきは克彦に、

「私が女王様よ」

 とばかりの、上から目線であった。

「ふふふ、すっかり、情けないところを見せてしまったようだね」

 というと、

「そんなことはないわ。かわいいといってるじゃない」

 と、ばかりに、やたら、かわいいという言葉を強調してくるのであった。

「そんなにかわいい男が好きだったら、俺なんか相手にしない方がいいのでは?」

 というと、

「そんなことはないわ。あなたを見ていると、私、濡れてくるんですよ。たまらないという思いになってくるのよ」

 と、みきはいうのだ。

 さすがに、童貞キラーと言われるだけあっての、ドS級の雰囲気に、

「この女の、こんな女王様のような雰囲気は、きっと、先輩から俺のことを、女のような雰囲気だ」

 とでも聞いていたんだろうと思った。

 だから、最初に感じていた雰囲気と違っているので、彼女の方も、少なからず戸惑っているのだろう。

 しかし、童貞キラーとしてのプライドと、今まで、本気で人を好きになったことはないという、

「他の人とは違うんだ」

 と感じる思いを、醸し出していたのだ。

 みきに感じた思いは、

「とにかく、肌がきめ細かい」

 という思いだった。

 まるでタコの吸盤のように吸い付いてくる感覚に、もち肌を感じさせる、弾力性が際立っていた。

 しかも、掻いている汗が、まるですべての毛穴から出てきていることによって、すぐに蒸発してきそうな錯覚に陥ることで、今でこそ感触でしかないが、唇の中を這いまわっている舌も、同じような心地よさだと思うと、舌と肌のアンバランスな感触が、余計に新鮮に感じられるのであった。

 興奮が次第に高まってくると、童貞のはずの自分が、いつの間にか主導権を握っているかのような錯覚に陥っていた。

 吸い付いていた舌が離れると、今度は、彼女の舌が、克彦の首筋を這いまわってきた。

「これのどこが気持ちいいというのだろう?」

 と、本当は、さほど気持ち良いわけではなかったのだが、このまま何も反応しないと相手に悪いと思い、演技のつもりで、

「あぁ」

 と、声をあげると、今度はその自分の声に反応してしまった。

「感じているのか?」

 と思ったが、確かに感じているようだった。

「彼女が自分にしてくれる行為よりも、このシチュエーションに興奮しているのか?」

 と思ったが、自分が童貞なので、何も分かっていない状態だから、しょうがないことなのだろうと、感じるのだった。

 とにかく、彼女に任せるしかなかった。だが、彼女は自分で自分の行動に興奮しているようだ。

「だから、童貞キラーなどしているんだろう」

 と思ったのだ。

 そんな彼女が羨ましかった。本当であれば、

「童貞を卒業する」

 ということで、主役は自分のはずなのに、興奮しているのは相手ではないか。

 ということは、

「童貞卒業が、気持ちいいというわけではなく、ただの儀式にしか過ぎないんだろうか?」

 と感じた。

「そういえば、女性だって、処女を失う時、ただ痛いだけだというじゃないか」

 と思った。

 だからこそ、上手な人を相手に処女を失うということが、女性にとって大切なのでhないだろうか。

 ということは、男性だって同じことではないのだろうか。

 想像が妄想となって膨らんでしまったことで、童貞喪失のハードルを上げてしまったことで、女性の中には、

「童貞が初めての相手として、自分がかかわるのは嫌だ」

 と感じている人もいるだろう。

 しかし逆に、筆おろしを役目とすることで、何度も経験しているうちに、快感が膨れ上がってくるのかも知れない。

 と感じるのだった。

 みきも、最初は嫌だったのかも知れないが、やっているうちに嵌ったのかも知れない。特に補正というのは、我慢強いということを聞いたことがある。

「一体、今まで何人の童貞を奪ってきたのだろう?」

 と思うと、興奮してきた。

 童貞を奪う。卒業させるという言い方は、これ以上ないというくらいに上から目線だといえるのではないだろうか。

 そう思った時、先輩の顔が浮かんできた。先輩とみきの関係を詳しくは知らないが、少なくとも、身体を重ねた関係であることは間違いないだろう。

 果たしてそこに、恋愛感情はあるのだろうか?

 二人の関係が、恋愛感情以外のものであるということも十分にありうる。

 しかも、それが、肉体関係というだけのことだという可能性だってある。

 しかし、そこに、興奮というワードがあるのは間違いのないことであり、

「もし、自分が童貞でなかったら、みきのことを好きになれるだろうか?」

 と考える。

 初めての相手というのは忘れられないものだというが、本当にそうなのであろうか?

 みきを抱いている瞬間、最高に好きだったという感覚に間違いはなかった。だが、我に返ると、何か物足りない気がする。抱いている間から、我に返るまでの間に何があったのだというのだろうか?

 男性と女性とで、感じる時の、

「感じ方」

 というのが違うという。

 男性は、徐々に感情が深まっていき、それと同じように、徐々に身体も高まっていく。その快感が最高潮に達し、果ててしまうと、我に返るまでの時間があるのだ。

 しかし、女性の場合は違うという。

 たぶん、身体に感じる快感は、その瞬間を輪切りにしたのであれば、女性の方が圧倒的に感じているのではないだろうか。

 そして、絶頂というものが、男性とは違い、何度も訪れる。一度受けた快感は、萎えることなく、まるで波を打っているかのように、一度収まってきた快感は、すぐに元に戻ってくるのだ。

「女性は、何度でも、快感を味わうことができる」

 というではないか。

 男性の場合は、一旦果ててしまうと、次にまた興奮がよみがえってくるまでの間が結構長い。その間、男性は、いわゆる、

「賢者モード」

 と呼ばれるものに突入する。

 自慰行為をした場合、果ててしまうと男性は、身体が敏感になり、快感がむず痒さに代わり、その感覚が、罪悪感のようなものに繋がっていく。それがいわゆる、

「賢者モード」

 と呼ばれるものである。

「男と女、一度のセックスにおいて、全体的にどちらの方がより総合的な快感を得られるのであろうか?」

 と考える。

「総合的というのは、一瞬一瞬の快感の高ぶりは女性であろうが、男性は一気にその数倍の快感を覚えることができる。回数でいくのか、その時の興奮度でいくのか、その全体のバランスを考えない快感を積み重ねていった時のことを、快感というのだった。

 快感は訪れる時、自分で分かるものである。

 例えば、

「足が急につる」

 ということがあるが、この時は、

「あ、まずい」

 と、一瞬前に気づくものだ。

 しかし、気づいても止めることのできないギリギリのところで襲ってくるので、止めることはできなくても、その痛みに備えることはできる。

 何度も同じ痛みを感じていれば、どのタイミングで力を入れると、一番苦しまないか分かるだろう。

 だが、実際にはそんなにうまくいくはずもなく、

「いかに、苦しい間をうまくやり過ごすか?」

 あるいは、

「痛みの継続を、いかに、短く感じられるようにするか」

 ということが問題であるが、

 実際に痛みが襲ってきた時、どれくらいの時間、痛みがあるのかということを最初に分かってしまうので、コントロールすることは不可能であるため、後者への対応は、ほぼ無理だといってもいいだろう。

 いくら分かっているからといって、いや分かっているだけに、どうなるかということは最初から想像がつく。そして、

「痛みをKントロールできるくらいなら、苦労はしない」

 と感じるのだから、結果として、いつも、同じ痛みが繰り返されているのだった。

 そして、その時には、

「これ以上の痛みなんて存在しないのではないか?」

 とまで思うくらいの痛みに、これから、何度となく味わわされることになるのだろうと感じるのだった。

 だが、女性は、男性に比べて我慢強いと言われているようだが、男と女の何が違うのかを考えれば、一目瞭然である。

 そう、妊娠出産である。出産の際の陣痛から、出産までの間。これは男には分からない。見ている限り、

「何であそこまで苦しまなければいけないんだ?」

 と思うほどで、

 出産のことを、

「腹を痛めて生んだ」

 という表現を使うが。まさにその通りである。

 もっとも、作者である男性には分かるはずのないことであるが、それだけに、快感も分かれという方が無理なことなのだ。

 そんなことを考えていると、克彦は、

「まるで海の中を泳いでいるような感覚」

 を覚えるようになった。

 あれはいつだったか、マンガを見ている時、普通の道が、まるで海になってしまったかのようなシーンがあったのだ。マンガならいざ知らず、これを文章で表現しようというのは、かなり難しいものである。

 ただ、急に歩いていて、主人公が、目の前にいきなり飛び込んだのだ。

「サブン」

 という音がして、見えないはずの水しぶきがマンガとして描かれていた。

 子供の頃だったので、子供心にも、本当に、空気の中が水槽にでもなったかのように水圧を感じているのを感じたのだ。

 エスカレーターに乗っている時、普段は動いているエスカレーターなので、降りる時と乗る時の段の高さが急に厚みが深かったり、浅かったりしても、ほとんど感じないが、動いていないエスカレーターであれば、思わず身体が前につんのめってみたりする感覚と似た違和感を思わせるのだった。

 それが海であれば波がある。海を思い起こしてみると、想像されるのは、海の中から、上を見た時に、光って見える感覚である。実際に海の中に潜って見たことなどないので、テレビなどの画僧で見るしかなかったのだが、その感覚を思い出してしまう。

 それが、快感が襲ってくる間に感じることであった。

 快感は、何度も襲ってくる。毎回同じような感覚なのだが、毎回同じではない。同じものは一度としてないと感じるのだが、それはきっと、今海に感じた、透き通るような感覚はあるのだが、毎回微妙に違っているのだ。

 もちろん、童貞卒業のその時に、そこまで分かったわけはないのだが、後から思うと、最初から分かっていたような不思議な気がしてくるのだった。

 いつも同じようで、微妙に違うという感覚は、いつも同じというのは、海か引き起こす波に揺られているような感覚の中にいて、その中で、自分が何かの生き物になったような気がするからだ。

 それは何かというと、クラゲである。

 クラゲという動物は海の中に生息し、浮遊することで生きている動物だ。形や雰囲気はイカに似ているが、まったく違うものだといってもいいだろう。

 クラゲの多くはプランクトンとして生活している。

 プランクトンというと、

「微小な生物の総称」

 というイメージがあるが、そうではない。

 あくまでも、水中や水面などを漂って生活をする浮遊動物なのである。しかも、その中でも、水流に逆らって泳ぐことのできないものを、そういうのだ。

 だから、くらげは、ただ、漂っているだけなのである。もし、波や水の流れがなくて、漂うことができなくなると、水底に沈んでしあって、死に至るという。そういう意味では、漂うのも、ある意味命がけだといえるだろう。

 しかし、くらげというのは、見ていれば、勝手気ままに漂っていて、何にも影響を受けずに生きているように見える。身体が透明で、全身がゼラチンでできているというところも、そういうイメージを沸かせるのか、あるいは、傘がついていることで、その筐体が、どこかほのぼのと見えるところで、まるで、風まかせで、空を浮遊している凧のようではないか。

 小学生の時に泳ぎに行った海で、波に身を任せている時、自分が何か別の動物になったかのように感じた。力を入れずに、水の中を浮遊していて、浮いているのか、沈んでいるのか、自分では分からない感覚であった。

 自分の身体がどうなっているのか見ようと思うと、透けてしまって、身体を通して、向こうが見えている。

 それが、クラゲだと思ったのはいつだったのだろう?

 最初からクラゲだと感じていたのか、それとも、海面から降り注ぐ光が波によって屈折して見え、そこから自分をクラゲのように思うようになったのだった。

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