呪縛の緊急避難

森本 晃次

第1話 親友

この物語はフィクションであり、登場する人物、団体、場面、設定等はすべて作者の創作であります。似たような事件や事例もあるかも知れませんが、あくまでフィクションであります。それに対して書かれた意見は作者の個人的な意見であり、一般的な意見と一致しないかも知れないことを記します。また専門知識等はネットにて情報を検索いたしております。ご了承願います。途中から、自分の感情がむき出しになった箇所があるかも知れませんが、不快であれば、スルーしてください。(ただし、物語の核心に当たる部分ですので、読まれることをお勧めします)あしからずです。


 近くの大学を卒業し、今の会社に入ったのが昨年、今年で二年目となる涼川あいりは、会社では結構モテる方だった。それは自他ともに分かっていることであって、事務所に百人はいる社員の中で半分は男子だとして、二十代、三十代は二十人くらいであろうか。

 中には彼女がいる人、結婚している人もいるので、それを差し引いて、十数人。彼らの半分はあいりを気にしていることだろう。

 男性の視線を感じることはいつものことで、同僚の女の子が、

「あの人いいわよね」

 という男性であっても、彼の視線はあいりをいつも捉えている気がした。

 女性の勘は結構当たるもので、見つめられたあいりとすれば、簡単にいなしているように見えて、どちらかといと、

「嫌な女」

 として見られていたことだろう。

 しかし、それでもこの会社ではそれくらいに毅然としていなければ、ダメなようだった。女性陣の間では、この会社には結構下衆な男性が多いという話を聞いていて、あいりとすれば感じた視線で、誰がどのようにひどいのか、ある程度分かっていた。

 そんなあいりだったが、一人の男性に熱をあげていた。その男性は会社でも結構人気のある男性で、ただ、その評価としては微妙だった。

「何と言っても格好いい」

 として、変な文句なしで好きになる人、

「あの視線怪しいわよ。何考えているのか分かったもんじゃない」

 という、女たらしだと思っている人とに別れていたのだ。

 あいりは、なぜか前者だった。

 他の男性に対しては、結構アッサリしているのに、この男性に対してだけは、積極的であった。そのおかげで他の男性を遠ざけることができたのであるが、その態度の極端さに、まわりの女性陣でも近寄りがたいものを感じていた。

 彼女が気にしているその男性は、名前を川本晋三という。女の子によっては、

「あんなやつのどこがいいのよ」

 と、その本性を見抜いてのことなのか、結構悪評があったりもしていて、男性からもあまり好かれていなかった。

 相手が女性であれば、甘い言葉をかけて、プレイボーイを気取っているところがあるが、男性に対しては、遠慮というものを知らない。およそ、優先という言葉を知っているのあ疑問に感じるほどで、公共交通機関の優先席ですら、平気で占領しているような男だったのだ。

 特に女性のことに関してはひどいもので、自分が目を付けたと思えば、他の誰かが近寄ってくるものなら、露骨に近づいてくる人間を遠ざけようとする。それでも女性には一律に優しく、その優しさが怪しかったりする。

 要するに、

「誰にでも優しい」

 というだけの男で、自分だけを愛してほしいと思っている女性からすれば、すぐにその本性を見抜いて、離れていくのだが、ある共通点のある女性は彼にコロッと騙されるようで、最後にはひどい目に遭って、捨てられるというウワサもいろいろと蔓延っているようだった。

――僻みや嫉妬などではないのかしら?

 という思いは、どういう部分の共通点なのか分からないが、彼を真正面から信じている女性たちには、そう思えて仕方がなかった。

「あの人はとにかく軽い」

 これが、一度彼を付き合って、愛想を尽かした女性の共通の意見だった。

 言葉が軽い。言っていることが誰であっても同じことを言っているのだから、軽く思われるのも当たり前だろう。一世一代の愛の告白であっても、相手が白けて聞いていれば、これほど滑稽に見えるものはない。そんなこととは知る由もなく、晋三はいつもヘラヘラしているのだから、始末が悪い。

 そんな男を気にしているあいりのことが気になっているのは、友達の山口真美だった。真美はこの会社に入社した時の、唯一の動機の女性だった。あいりの方は四年生の大学出身だったが、真美の方が短大主旨インだった。年齢としてはあいりの方が少し上になるのだが、いろいろな意味でsっかりしているのは、真美の方ではなかったか。

 男性とお付き合いした経験がほとんど皆無に近いあいりに比べて真美の方は結構何人かと付き合っていた。高校時代からモテていたようで、

「私、恋愛経験豊富なの」

 と、嘯いていた。

 あいりが普通にしていて男性から気にされることを、真美は少し嫌な気がしていた。

「私なんか、こんなに努力しているのに」

 と思うからである。

 男性ウケのする化粧の仕方であったり、男性の気をどうやって引いたらいいかなど、短大時代に、散々教えてもらったり勉強したりした。ただ、それは高校時代からも同じで、高校の時も女子高だったが、女子だけだと結構大胆な話ができるというもので、

「どうすれば男子にモテるか」

 などという会話はしょっちゅうだったようだ。

 あいりの場合は、ずっと共学上がりだったので、そのあたりはよく知らない。いつも静香で黙っているところが多く、女子の間では、

「目立たない子」

 というイメージがあったにも関わらず、なぜか男子は彼女が気になるのだ。

 一つのクラスに一人くらいはいる生徒なのだが、女子仲間からすれば、希少価値に見えるようで、それだけに胡散臭さを感じる女の子もいる。

 そんなあいりと真美が同じ会社に同時期に入社した。

 あいりは真美を意識していなかったようだが、真美の方ではあいりを大いに気にしていた。自分が今までかかわってきた女性の中には、まったくいないタイプだったからだ。

 真美がモテたのは、やはり半分は努力によるものだろう。ただ、もちろんそれだけではない。努力しても男性にモテたいという貪欲な気持ちを持った女の子は、それだけ説教性を持っている。男性というのは、そんな積極性を持った女性に惹かれるものだ。ただ、しいていうと、そんな女性を好きになったり、気にしたりする男性は、性格的によく似た人ばかりであろう。

 だから、あいりが本当に好きになってほしい相手が違うタイプの男性であれば、あいり自身、あまり自分がモテていると思わないだろう。

 しかし、まわりの女の子は年頃の女の子なので、敏感な子が多い。あいりが男性の目を引いていることくらいは分かっているので、そんな彼女が、

「私はモテない」

 などと口でもしようものなら、

――何よ。この子。お高く留まっているわ――

 ということになる。

 しかし、あいりが、自分をモテないと思うのは無理もないことで、別にまわりに嫌味を言っているわけでもない。それを分かってあげられないのも、この年頃の女の子同士の悲劇なのかも知れない。

 あいり本人としては。

「本当に好きになってほしいタイプの人は自分を見てくれないのに、なぜか自分が何とも思わない男の人たちが、何か嫌な目で見ている」

 と感じている。

 真美を始めとした、他の女性はそんなことは分からない。きっと先輩女性も、結婚が決まって、寿退社でもする頃にはやっと分かるかも知れないが、それでは遅すぎる。皮肉と言えるのではないだろうか。

 あいりという女性は、本当は優しい女性である。ただ、それが極端なところがあり、ある一部の仲間に対しては極端に優しい部分を見せるが、それ以外の人とは、実に淡々と接するのだ。だから、

「あいりって、いったいいつも何を考えているのかしらね?」

 という見方で見られることが多いようで、自分がそんな目で見られていることぉ知らないという、いい意味で純真無垢なところがあるのだ。

 だが、悪く見ようと思えば、いくらでも悪く見られるタイプでもあり、一度嫌いだと思われてしまうと、その誤解を解くのはかなりの至難の業であるに違いない。

 ただ、あいりは意気地のないところがあるようなので、そこまで人から徹底的に嫌われることはなかった。そういう意味では幸運だったと言えるのではないだろうか。男性からは純粋無垢に見られることが多いので、その分、純真無垢に見ている連中が、それぞれでけん制し合っているから、あいりに危険が迫ったことがなかったというのが、実際のところではないだろうか。

 あいりが就職した時は、真美とあいりとでは。あいりの方が人気があったかも知れない。しかし実際に男性から告白されたり意識されるのは、真美の方が多かった。

 その意見としては

「真美ちゃんは、人当りもいいし、普通に接することができるんだけど、あいりさんの場合は、近づきにくいオーラがありというか、本当に近くに近づくと火傷してしまいそうな気がするんだ」

 と意見が多かった。

 皆、ライバルに対しては面と向かって言わないが、考えていることは同じなんだろうとウスウス気付いているようだった。

 あいりは近づけない雰囲気があるせいか、ずっとその美しさは変わらないイメージだったが、真美の方は、どんどん可愛らしくなっていくさまが、男性に好かれる一番の理由ではないだろうか。

「女の子って、誰かを好きになると綺麗になっていくというけど、真美ちゃんは、人から好かれることで綺麗になっているような気がするんだ」

 というのは、真美が最初に付き合った男性の言葉だった。

 真美にとって、付き合うという思いを決定的にしたのがこの言葉で、真美の付き合う相手はいつも、付き合う理由をハッキリと持っていた。だからこそ付き合う気になるのであるが、なぜか真美は付き合い始めても長続きしない。どうも男性から最後はフラれているようだ。

「真美ちゃんは、飽きるというと語弊があるんだけど、付き合い始めるまでが好きになるピークなんだよ。彼女を堕として付き合い始めるようになると、満足してしまうというか、もうそこで気持ちが冷め始めるのかも知れないな」

 というのが、真美がすぐに男性と別れる理由だった。

 だが、その理由は他の人には分からない。そのせいで真美は、特に同性から、

「魔性の女」

 と言われるようになった。

 もっとも、魔性の女などと表現されるのは、男性からというよりも女性からと言われることが多いことで、きっと真美は本当にいわゆる「魔性の女」なのかも知れないと、思われていた。

「私、もっと普通の恋愛がしたいのに」

 と、真美はいつも嘆いていた。

 しかし、その嘆きを聞いてもらえる相手はまわりにいないと思っていた。あいりは男性から、

「近寄りがたい相手」

 と思われいたが、女性の中で真美からも、

「私とはまったく違う相手で、一緒にいると、私までおかしくなりそう」

 と思っていたほど、相当な距離を感じていた相手だったので、まさか心の奥を覗かせるなどというそんな大胆なことができるはずもなかった。

 そんな二人が仲良くなったのは、真美が、晋三と別れてからすぐのことだった。

 その頃までは、真美もまわりの男性から、ちやほやされるタイプだったが、晋三と別れたことで、今までであれな一人の男性と別れたくらいで取り乱すことのなかった真美が、それまでの様子がウソのように、悔やんでいたのだ。

 それまでは男性にフラれても、次があるというくらいにしか思っておらず、恋愛をゲーム化何かと勘違いでもしていたのかも知れない。

 あいりはそんな真美のことを、真美があいりに感じていたように、自分とはまったく違う性格だと思っていた。しかし、真美のように自分のことを考えていたわけではなく、真美の方がそのうち何かに気付いてくれて、近寄ってきてくれるという予感を持っていた。その思いは結果として当たっていることになるのだが、二人の間の性格からすると、本当は逆であってもよかったような気がする。

 それはきっと、お互いにまったく違う性格に見えて、実は似たり寄ったりの性格だったのが原因ではないだろうか。

 そのことをあいりは少しは分かっていたつもりだが、真美の方はまったく気づいていない。一見真美はあいりに比べると、人に気を遣うのがうまいように見えていたが、心の中で、

――人に気を遣うのは嫌だ――

 という思いが強いことで、その心の矛盾が、時々露骨に表に現れて、急に人に気を遣うことが億劫に思えてくる時があり、その雰囲気に、男性はしらけてしまうのではないだろうか。

 お互いに冷めた気持ちになって別れる原因ができるというのは、どちらが悪いというわけでもなく、仕方のない部分が大きいのかも知れない。

 要するに、真美は愛想がいいのだ。最初はその愛想の良さで、男性は真美をよく気が利く女性だと思うが、それは明るさからの錯覚であり、それに気づくと、すぐに別れに持っていく。だが、真美はそれを自分のせいだと思わない、そのせいで自分がどうしてフラれたのかが分からないという辛さはあるが、立ち直る時は、

――私が悪いわけではない――

 という意識が強いので、すぐに立ち直る。

「熱くなりやすいが冷めやすい」

 という性格ではないだろうか。

 だから、まわりから見ると、全体的にそんなに傷つく性格ではないと思われている。

 だが、それは一瞬の辛さをどれほどきついと本人が感じているかを分かっていないということでもあり。その思いが真美をまわりから勘違いさせるという状況を生み出してしまうのではないだろうか。

 あいりの方は、真美とは逆の性格のようだ、

 まわりからは、結構アッサリしているように見られるようなのだが、心の底で、いつも一人で何かを考えているようにも見えているようだ。

 それは性格的な暗さが滲み出ているからだというのもあるが、真美のように天性の明るさを持っているように見えているのに実際には、人に気を遣ったりするのが嫌だったり、愛想だけなのを見ると、あいりの暗さがさらに輪をかけているように見えるのだろう。そういう意味ではあいりにとって、真美が近くにいるというのは、損であると言ってもいいかも知れない。

 晋三は、あいりであっても真美であっても、その食指は動いている。自分に誰かが決まらなければ、とりあえず声を掛けてみるというのが、彼の心情だった。

 彼は、女性に対して平等であるということを信条にしていた。それが彼にとってのポリシーなのだが、そう思うようになったのはどうしてなのか? それは彼の家族に原因があったのかも知れない。

 晋三の父親は、晋三の母親に対して、結構冷たかった。しかし、他の女性に対しては優しかったようで、外面はいいのだが、家にいる時は、完全に亭主関白。いわゆる内弁慶だったのだ。

 そんな父親を見ていると、母親が可哀そうであり、まわりの人は気を遣ってもらっているわりに、そんな父親に対して苦笑いをしている。その様子は何とっもぎこちなく、そのぎこちない理由がどこからくるのか分からなかった。

 それは晋三がまだ子供だったからで、分からなかったことなのかと思っていたが、大人になってもよく分からない。

――大人になったと思っていたけど、まだまだ子供なのかな?

 とも思ったが、そんなことではない。

 むしろ、大人になるほど、子供の頃よりよく分からなくなっていた。

――どうして、あんなに気を遣っているのに、気を遣われた人が苦笑いして、変な気の遣い方をしなければいけないんだ?

 と思った。

 それは、気の遣い方というものは難しいもので、一歩間違えるとまったく逆の効果をもたらしてしまうからではないかと思えば、それほど難しいことではないはずなのに、晋三にはそう思うことはできなかった。

――人に気を遣うということは、損をすることだ――

 という意識が強くなり、逆に、気の遣い方をうまくやれば、女心なんか簡単に操ることもできるのではないかという変な妄想に駆られた時期もあった。

 ただ、これは晋三独自の気の遣い方であって。少なくとも愛想笑いなどをするだけのような気の遣い方は気持ち悪いだけで、人を操るなどできるはずもないのだ。

 そんな手にひっかかるのは、よほどの女性なのだろうが、数は少なくともいいから、操ることができそうな女性がいさえすればいいと思っていた。人数が少ない方が後で面倒なことにもならないという相乗効果があることは、その時には分かっていなかった。

 まわりの女性皆に平等であることは、まるで自分が宗教団体の教祖にでもなったかのような気がするからだ。

――人の心を操るのは、宗教団体の教祖のように、まわりから絶対の信頼を受けるオーラを持っていて、そして、皆に平等であることだ――

 と思っていた。

 前者はこれからの自分の努力であるとし、後者に関しては、今すぐにでもできることだという思いを子供の頃から抱いていた。もちろん、思っているのは、従わせられる女は一人でもいいと思っているので、宗教団体の教祖のような大それたことを考えているわけではない。

 あいりは、真美に対して気になるところがあった。いつも左の手首にサポーターをしていることだった。夏の暑い日であっても、冬であっても、手首からサポーターを外したのを見たことはなかった。最初に会った時から何か違和感を抱いていた。ただ、その違和感は、

「その場にふさわしくない」

 という意味があっただけで、逆に、

「以前にも見たことがあったような」

 というデジャブに似た既視感があったのも事実だった。

 それがどこから来るものだったのか、すぐには思い出せなかったが、それからすぐに思い出した感覚と、その時に見た真美の手首の痛々しさがあることから、あいりは真美と仲良くなろうと思ったのだ。

 本当であれば、性格も似ているわけではないところから考えても、決して仲良くなれるはずのない相手だと思うだろう。実際に同じことを相手も感じていたようで、なかなかあいりを自分の範疇に近づけることのなかった真美だったが、しつこくしていると、相手が根負けしたのか、いつの間にか仲良くなっていた。もっとも根負けしたというのは、真美が自分で言っていたからそう思ったのであって、あいりの方では、どちらかが根負けしたという意識はない。ひょっとすると、どちらも同時に根負けしたことで、お互いに根負けという意識がないことで、表に感情が出ることがなかったというだけのことだったのかも知れない。

 あいりと真美は、次第に仲良くなっていったのだが、その間、ぎこちなかったのは否めなかった。お互いに肝心なことは言わなかったし、変な気の遣い方をしているとも思った。しかし仲良くなっていくことに違和感はなく、一緒にいることが自然であることに、

「私たちは、以前から友達だった」

 という自然な感覚が芽生えていたのは事実のようだった。

 だからであろうか、あいりは時々真美から妙な時間に連絡があり、急に来てほしいなどというわがまま千万な要求が来ても、

「しょうがないな」

 と言って、駆けつけることが多かった。

 あいりは恩に着せているつもりでも、真美の方はまったく気にしていない。そんなおかしな関係を、あいりは嫌な気はしていなかった。むしろ、

――早く分かってよかった――

 と感じていた。

 一人で抱え込むとどうしても、ロクなことを考えないだろうと思うからであった。


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