第33話 雷槌vs魔女
ギルドに雷が落ちる。
それは比喩でも何でもなく、現実となった。
ただ一つだけ違うのは、
「邪魔するな! 魔法使い!!」
「頭を冷やしなさい! 『雷槌』!!」
旅の魔法使いの手によって、わずかに雷がギルドからずれた位置に落ちたことだった。
魔法使いが俺を魔法でギルドの外に叩きだしたおかげで、照準がずれた雷はギルドの前の通りに落ちた。
「この世界の連中は全員殺す!! たった一人の例外もない!! ギルドの連中もこの街の連中もお前も!! 全員俺の敵だ!!」
「あたしはあんたの敵じゃない! あんたは一体何を目的にしてるの!? なんのために戦ってんの!?」
ギルドの上空へと飛び上がり、魔法使いに向けて雷撃を放つ。
魔法使いは結界を張り、雷をあらぬ方向へと受け流す。
「なにが裏切者だ! なにが英雄だ! どいつもこいつも邪魔ばかり! お前も同じだ! すり寄ってきて、隙あらば殺す気だったんだろうが!!」
「何を言ってんのよ! あたしはただの旅人! あんたを殺す気なんかないわ!」
ホウキにまたがるやつに向けて剣を思い切り振り下ろす。
魔法使いは結界を張り、剣を防ぐ。
至近距離でにらみ合う。
「下を見てみろよ! ただの旅人の英雄様よぉ!! ハンターはみんなお前を見て奮い立って、俺を殺そうとしてくる! 話も聞かずに、お前が俺を殺してくれるってなぁ! これがお前のせいじゃなくて何だってんだ!!」
「……ッ!」
結界ごと奴を蹴り飛ばす。
衝撃に押されて魔女は僅かに下方に落ちる。
追って高度を下げた瞬間に、聞こえてくるハンターたちの歓声。
「いけぇ英雄様! 『親殺し』を殺せ!」
「仇を取ってくれ!!」
「この国に平和を! もぐりこんだ天上人のスパイに鉄槌を!」
殺意が際限なくあふれ出す。
もう加減はしない。
「全員殺す!!」
「――まずい!」
魔力を全開にして、周囲のマナすべてに干渉する。
「《
町全体に幾筋もの雷が落ちた。
◆
意味が分からない。
なんでこんなことになってるの?
英雄だなんだとギルドに担ぎ込まれて、あれよあれよと宴が始まった。町を救った、天上人を退けた英雄だとばかりに歓待を受けた。
そんなことよりもやるべきことがあると、席を外して、戻ってきたら彼がハンターたちに襲われていた。
「なんで、なんで……」
ハンターたちは本気の殺意を彼に向けている。
彼も本気の殺意をこの街に向けている。
この街は歪んでいる。
いや、この国そのものが狂っている。
ゆがめているのは、誰だろう?
目の前で錯乱している彼?
この街の人?
いや、ゆがめているのは、この国そのものだ。
だって、本当は彼らが争う必要なんてどこにもない。その理由もどこにもない。
ただ、不器用すぎる強い人が一人いただけの話なのに。
「やめなさい!」
「やめるかよ! 殺しに来たやつを殺して何が悪い!」
怒りに満ちた彼の魔力が周囲一帯に満ちていく。
あたしはすぐさま杖を横にして、昼間に使った技を使う。
「《
言った途端に、一度この技を見たハンターたちから歓声が上がる。
「出た! 最強の技だ!」
「いけぇ! 魔女様!」
「『親殺し』をやっつけろ!」
聞こえてくる言葉一つ一つが不快だった。
彼のように、あたしも下にいるハンターたちに怒りがわいてくる。
だけど、それはしちゃいけない。
それをすれば、この街は滅ぶことになる。
目の前にいる彼は、もうそれを躊躇しないから。
「《
雷雲が街の上に瞬く間に広がり、夕方に差し掛かった空は一気に夜のように暗くなる。
しかし訪れた闇も、断続的に光る雷光によって一気に払われる。
破壊が街に降り注ぐ。
「――くぅ!」
フリウォルとカベザの技以上の強烈な攻撃に、思わず歯を食いしばる。
街の上空で爆発音と雷鳴がとどろき響く。
耳がおかしくなりそうだった。
「クソガァ!!」
やがて雷は一つも町に落ちることなく収まった。代わりに彼がいら立ちを吐き出し、また一直線にあたしに切りかかる。
下からはハンターたちの歓声、上からは『雷槌』の殺意。
「もう怒った……」
どいつもこいつも我慢と頭を使うということをしない。
ならあたしももう何もしない。
――本気出す。
「火傷しても知らないわよ」
◆
雷撃も剣戟も効かない。
結界がウザすぎる。
旅の魔法使いは、ヴァレリア程度には厄介だった。
だが、マルコスほどの火力はない。
精々がひとりでに浮いてやってくるかぼちゃの人形程度なものだ。
切り裂けば爆発し、傷ついて体に障るが、カットスのように短剣を操って離れたところから切り裂けば何も問題はない。
だが、
「エフィメラ!」
「グオオオッッ!!」
敵は魔法使いだけじゃない。
飛竜までもが敵だった。
飛竜のブレスが襲い掛かる。
だが、マルコスの攻撃よりも圧倒的に遅い。避けるのは簡単だった。
「死ねよ!!」
飛竜に向けて雷を放つも飛竜に乗った魔法使いが結界を張り、雷撃を防ぐ。
「飛竜なんざ連れてたのかよ!」
「こないだの《魔氾濫》で捕まえたのよ。あたしの魔力のおかげで強くなったし従順だし、いい拾いものだったわ」
「誰にでも魔力与えるビッチが。その拾いもん、ここで焼き焦がしてやる」
「……あんた、口悪すぎるでしょ。あたしをビッチって言ったことだけは、絶対に撤回させてやるわ」
「その前に殺してやるよ!!」
遠距離がダメならと、一気に距離を詰める。
大口を開けて噛みつこうとしてくる飛竜の口に剣を振るい、鋭い歯を砕いて口に手を突っ込んで電気を流す。
「ギャオオオッッ!!」
「ああっ! エフィメラ!!」
わかりやすく痙攣した飛竜は羽ばたくことができずに一気に遥か後方の森に落ちていく。乗っていた魔法使いは飛竜を心配するも、とっさにほうきに飛び乗って退避していた。
「次はテメェだ! 魔法使い! その首、ここで刎ねて連中の前で捨ててやる!!」
「絶対にそんなことさせないわ! あんたのためにもあの子のためにも! ここであんたを止める!」
「俺は、止まらねぇんだよ!! この国を滅ぼすまで、俺は絶対に死なねぇ!!」
迫りくるかぼちゃや岩石といった魔法をすべて切り伏せながら、奴に迫る。
そして、ついに、魔法使いの首が手を伸ばせば届く範囲まで近づいた。
「これで――」
体をひねり、結界すらも貫通するほどの魔力を込めて剣を振るう。
その直前で――
「雷の後には太陽が昇るの」
彼女の背後に、巨大な太陽が現れた。
◆
頭上に現れた赫々たる白き太陽。
――《
あたしの本当の奥義。
真っ白に輝く小さな太陽は近づくものすべてを焼き焦がし、焼失させる。
ほんの一瞬でも常人が浴びれば黒焦げになるほどの熱量。
――の、はずなのに。
「嘘でしょ!?」
目の前であたしの首に剣を振るう『雷槌』は、《
この魔法はあたしの傑作。
御するのも集中力が尋常じゃなく必要で、他に魔法を使う余裕なんてない。
あたしの本気の魔法を受け、あふれ出る太陽の熱に圧されても、全身が焼けていってもなお、彼は止まらない。
太陽の光を浴びて、白く燃える刃がついにあたしの首に触れるという時に。
彼の身体よりも先に、剣が先に溶け散った。
「――ックソ!!!」
「《
剣が溶け、生まれた一瞬の隙をついて《
効果はてきめんで、奴は一気に吹き飛んではるか下方の地面に落ちていった。
「……はぁ、はぁ……」
胸に手を当て、荒い息を整える。
いつの間にか、セビリアの上空から離れて、昼間に爆発が起きたあの川があった場所の近くにやってきていた。
彼はどこに落ちたのか。
たぶん、昼間の爆発のせいで川というより湖といったほうがいい場所だと思う。
昼の爆発はかなりの大規模で、両側の山のふもとを削り、大きなクレーターを作り上げていた。
そこに川の水が流れ込んで湖と呼んでもいいレベルの広大な池ができたのだ。
彼はおそらく、そこに落ちた。
「あいつ……今……」
息を整えて、最後の瞬間に見た光景を思い出す。
あれは見間違いじゃない。
「あいつの体……一瞬だけだけど、青く光った。あれは、きっと――」
湧いた疑問を頭を振って追い出した。
今は気にしている場合じゃない。
あいつを正気に戻して、話を聞かないといけない。こじれにこじれてしまった関係を修復するには、彼の力が必要だから。
「……《赫赫天道》をあれだけ食らっても動けるなんて本当に頑丈ね。まだ生きてるかしら……って、あれは!?」
湖の畔で見つけたものに、あたしは戦慄した。
急いでほうきを走らせる。
――彼を、失うわけにはいかない。
◆
「がはッ!!」
湖と化した川に落ちた俺は、泥だらけになりながら川辺に這い上がる。
仮面の中に大量に水が入り、岸に上がっても仮面のせいでろくに息ができなかった。
急いで仮面を取って、無くなった空気を求めて荒い呼吸を繰り返す。
「はぁ、はぁ……バケモノは、どっちだよ」
全身が猛烈に痛い。
体の前面が焼けるように熱く、黒く炭化してしまっていた。なんでこれで動けるのか、自分でもわからない。
だけど、それ以上にあの魔法は反則だ。
太陽になんて、近づけるわけがない。
「あれが、最後のチャンスだったのにッ」
歯噛みする。
剣はもうない。全部溶け切った。
剣を握っていた手は燃えて酷い火傷で、痛みすら感じないほどの重度のものだ。
幸いにも、あのあと小規模の爆発を受けて湖に落ちたから、体は冷えた。
でも、もう遅い。
「……視界、が……ちから……が……」
水を含んで重くなった服を持ち上げられない。
立つことが、できない。
「……ダメだ……ま、だ――」
自分の声も聞こえない。
視界はうすぼんやりと光を感じるだけ。鼻もろくに効かない。
頭はくらくらする。
当然だ。
ずっと寝てなくて、戦い続けて、血を流し続けて、体を焼き続けた。
だけど、まだ、死ねない。
あいつが――。
あいつが、家で、待ってるんだ――。
水に濡れ泥だらけになっても必死に地面を這っていく。
だけど行く手を阻むように鼻先に勢いよく誰かの足が振り下ろされる。
「よぉ、『親殺し』。無様だな」
上から知らない男の声がわずかに聞こえた。
男にとっては普通の声でも、今の俺には蚊の鳴くような声にしか聞こえなかった。
耳鳴りやノイズがひどすぎて、ろくに聞こえない。
「さすが新しい英雄様だぜ! 偽物の英雄なんぞ一ひねりだ!」
「最後に俺たちにも見せ場が回ってきたぜ! さあ野郎ども! あいつらの仇を取る時だ!」
『おおおおおおおお!!!』
かすかに俺を囲うように、周囲から叫ぶ声が聞こえる。
……おかしいな、嫌われるようなことをした記憶はあるが、殺されるほどのことをしたっけか。
急激に、胸にあった熱が冷めていく。
「オイ見ろよ! こいつの腰にある骨壺だ! エウラリアの実家に届けてやらねぇと!」
「ホントか! ようやく奴らを弔ってやれるぞ! ……ん? 待て、底を見ろ。別の奴の名前が書いてあるぞ」
「ソフィア、オスカー? ……知らねぇ名前だ。他でも殺してやがったのか」
「コイツを始末したら、こいつの家も調べるぞ。もしかしたら、二人の骨とか他にも殺された連中がいるかもしれないからな」
――あ?
僅かに入ってきた音。
その音に、心が確かにざわめきだした。
「こいつ高額の依頼ばっか受けてたからな! もしかしたらたんまり蓄えてるかもしれねぇ! あいつらの実家への支援と、余ったら俺たちギルドで使おうぜ!」
「いやったぜ! でもこいつの家はどこにあるんだ?」
「そりゃああの魔女様に頼めばすぐ見つかるさ」
――家に行くだと?
こいつらが、あいつのいる場所に?
なにより、その壺は――
「返せ……」
「あ?」
「返せェ!!!」
壺を持っている男に向けて、動かない体を必死に動かして短剣で切りかかる。
だけど――
「おっと、させねぇぞ」
「アガッ」
あっという間に取り押さえられる。
周囲には何人いるかもわからないほどのハンターたち。奴らが俺に武器を向けながらにやにや笑っている気がした。
「返せ返せ!!」
「おぉ怖い、そんなに人骨が大事ですかぁ? もしかして、これ大事な人? あぁそう? 大事な人なんだなぁ? それなら――」
背筋をぞわりと悪寒が走る。
次の瞬間――
「ああっと足が滑ったー!」
ばりんと、固くて軽いなにかが砕ける音がした。
一瞬で視界が真っ白になった。
「アアアアアアアア!!!!」
自分もまきこむつもりで上空から雷を落とす。
「馬鹿じゃないの! あんたたち!!!」
だけど最後の一撃も、空からやってきた魔女によって防がれた。
……もう、ダメだ。
全身から力が抜ける。怒りすら通り越して、もはや諦めしか起きなかった。
「魔女様! 『親殺し』を捕まえました!」
「処刑しますか!? あとこいつのアジトも調べましょう!」
「おい見ろよ! ――つの顔、――醜い――! ―――! ―――仮面――つける――!」
「―――!!」
「――――ッ!!」
「―――――――――!」
――もう完全に声が聞こえなくなった。
ただ漠然と何かなっていることがわかるだけ。視界もぼやけて何も見えない。
ただ特徴的なとんがり帽子のシルエットだけが分かった。
――もう、できることは何もない。
――もう、戦う理由もわからない。
――もう、生きる気力も湧きやしない。
何もする気が起きない。
あぁ、焼けた体には、冷たい地面が心地いい。
このまま、俺も冷たくなっていくんだろうか。
目をつぶれば、体から力が抜けていく。
俺がここで死んでも、悲しむやつは一人もいない。
意思が消えかける。
でもふと心に浮かんだ顔があった。
家に帰って、玄関の前で笑うあいつが。
――『今日はできたてがもらえたよ』
そうだ。
――『今日はおまけしてもらえたよ』
まだ。
――『おはよう、無事に起きてくれてよかった』
死ねない!!
細くて小さな俺の希望、最後の願い。
ほとんど見えない目で、とんがり帽子を探す。
まるでウジ虫のように彼女へ体を向ける。
かっこ悪い。
ダサい。
みじめだ。
だけどそれでも。
「お願いします……」
あいつのために、できることを――
「あいつを……助けてくださいッ」
俺は彼女に頭を下げた。
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