第25話 目覚めても



《魔氾濫》と軍との戦闘があった翌日。

 あたしは一人で、あの二人がいた山小屋から下山して、再びハンターギルドの扉をくぐる。


 そこは、以前来た時とは一転してお祭り騒ぎの乱痴気騒ぎだった。


「いやっほぉう! 天は俺らに味方したぜ!」

「連中、落石に巻き込まれて死にやがった! 《魔氾濫》のおかげかもなぁ!」

「ふたを開けてみれば、こっちは被害ゼロだ! セビリアは幸運の町だ!」


 いつもは軍との交戦に備えて緊迫した雰囲気が漂うギルドも、今日ばかりはハンターたちが所狭しと勢ぞろいし、酒を片手にはしゃいでいた。


 ハンターどころか、受付嬢たち職員もハンターと一緒になって食事を預かり、話に花を咲かせている。


 まあ、魔氾濫、軍との戦闘と一つでも大変な事態が、一見してただの自然災害で防がれたのだから、幸運だと神の加護があると思い込むのは仕方ないのかもしれない。


「……その陰には、二人の苦労があるのにね」


『雷槌』と一緒にいる女の子と仲良くなって、あの二人の事情を知ってしまったからか、何も知らずに喜んでいるハンターたちを見て少しばかり複雑な気分に陥る。


 そう、複雑な気分。


 これが、あたしがずっと感じている違和感のとっかかりだ。


「おう! あんときの嬢ちゃんじゃねぇか! 嬢ちゃんも祝いに来たのか?」


 ギルドを見渡していると、あたしに気付いたいつかのおっちゃん三人組が手を上げて呼びかけてきた。


 よかった、お目当ての人がすぐに見つかって。


「こんにちは、いい機嫌ね」

「おうともさ!! こんなに幸運な日は飲まなきゃ勿体ねぇってもんさ! 嬢ちゃんも一杯どうだい? 奢るぞ?」

「ほんと? ありがとっ! じゃあジュースもらえる?」


 三人のおっちゃん、といっても一人はまだ若く見えるお兄さんって感じだけど。そういえば、この人たちの名前もあたしは知らないのよね。


 まいっか。


 飲み物を頼んでから、以前と同じように三人のテーブルに相席させてもらう。席に座り、小腹が空いていたのでいくらか注文してから、早速本題に入る。


「聞きたいんだけど、昨日の件ってどういう顛末になってるの?」


 聞くと、三人は互いに目を合わせた。


「なんだ知らないのか? 昨日は雷雨だったから、《魔氾濫》がやってきたときに運よく雷が落ちたんだ。ここは山に囲まれてるから、落雷は珍しくない」

「おかげで森が燃えて視界が開けてな。防壁の上から迎撃がしやすくなったし、今回の魔氾濫は小規模だったみたいで、少し数を減らしたら魔獣たちはまた森の奥に引っ込んでいったよ」


 ずいぶんと顔が赤らんだおっちゃんA、Bが順に話してくれる。

 ここで疑問を覚えた。


「ん? 雷は『雷槌』が起こしたんじゃないの?」


 しかしここで、逆におっちゃんたちがわかりやすく眉をしかめた。


「何言ってんだ? 雷なんて人間に起こせるわけないじゃないか」

「でも『雷槌』なんて名前だし、前にあいつがいるところには確実に雷が落ちるって……」

「まさか。温暖なこの国の、それも山間にあるこの町じゃ雷なんて珍しくもない。確かに最近は多い気もするけどな」

「ふぅ~ん……」


 ハンターはあの雷がただの自然現象だと思ってるの?

 確かに昨日は元から雷雨が迫っていたから、あいつが何をしなくても雷は落ちたかもしれないけど、でも都合よすぎると思わないのかしら。


 それにしても、わかってはいたけどあたしの活躍もまったく話されてないわね……。

 釈然としないわ。


 今ここで言っても笑われるだけだから言わないけど。

 ま、いいわ。

 聞きたいことは他にもある。


「ねぇ、あいつが一人で活動してるのは、最初に同行したハンターたち全員を殺したからって聞いたけど、それって本当?」

「なんだ嬢ちゃん。そんなに『雷槌』のことが気になるのか? もしかして惚れたのか? 悪い奴に憧れるようなもんか?」

「そんなんじゃないよ。……ただ怪しいのよね」


 最後の声は聞こえないようにつぶやく。

 おっちゃんたちは邪推してくるけど、昨日あんなおぞましいものを見たうえでそんな気分になんて絶対にならないし、なる奴は相当頭がいかれてるわ。


「それで、どうなの? 本当に『雷槌』はハンターを殺したの?」

「さてな、こればかりは伝聞だし、実際のところは知らないな。だが、死んだのも奴が傷を負っていたのも事実だ。殺すところを見たってやつもいる」

「それはだれ?」

「あいつだよ」


 おっちゃんAがジョッキをあたしの後ろへ向けた。


 振り返った先には、少しだけ顔を赤くしてだらしない顔をしたまだ若い男がいた。


「あれ、あいつはこないだ首絞められてたやつじゃない」

「ああ、そういえばそうだったな。あいつは腕はそうでもないが、その分耳が早くてな。結構な噂はあいつ発信だ。たまに金で情報を買ったりするぜ」

「ふーん、信用できるの?」

「『雷槌』よりかはよっぽどな」


 なるほど、言ってしまえば情報屋みたいなもんかな。

 あたしは男から目を切って、話を戻す。


「さっきの話だが、『狂人』が人を殺したところを見た奴は今の奴以外誰もいない。あいつの近くに居た奴は大抵死者になってるからな」

「『狂人』は何もしゃべらねぇ。だが最初の依頼に同行したのは二人組のベテランハンターだった。だが二人は死んで、『狂人』の腰には骨壺が二つ。……疑いようなんかねぇだろ?」

「それ以来、奴に同行したハンターはいない。もし同行した奴がいれば、今頃あいつの腰には無数の壺が垂れ下がってることだろうな」


 ……ふむ、なるほどねぇ。

 あの壺はハンターの首を取った証ってところかしら?


 あの骨壺についてはあの女の子も知らなかった。

 あいつの秘密主義には困ったものね。

 どうやって口を割らせたもんかしら。


「ギルドがあいつを追放しないのは、そのハンターたちの死因が不明だからってことかしら?」


 おっちゃんAが酒で口を潤しながら頷いた。


「そうだよ。どんなに怪しくても証拠もなしにたった一回の依頼で追放するわけにもいかねぇ。危険だとは思ったから、ソロでの活動を許可したんだ。したら、これ幸いとばかりに一人で活動し始めたからな」

「何があったのかと職員に聞いても、彼らにも守秘義務があるからな。死んだとしか教えてくれねぇんだ」


 若いお兄さんが困ったように肩をすくめた。

 他のおっちゃんとは違って、このお兄さんはどこか『雷槌』に夢を見ている感じがする。


 まあ強さだけなら、彼はたしかに英雄級だ。

 鎧熊を倒した時の剣閃は、素人のあたしでも見とれるほどだった。


「そのあとは怖すぎて誰も近づかねぇから、決定的な瞬間は誰も捕らえられずに、奴はハンターを続けられてる。ま、危険な依頼ばっかりこなして死にかけてくるから、同業からは不気味がられてる。まあ、絡まれて本当に死にかけた奴がいるからな。本人も否定しねえし、大体は事実なんだろうぜ」

「しかも昨日は《魔氾濫》の混乱に紛れてハンターですらない一人の女の子を殺そうとしてたらしい。多分近々あいつは捕まるぜ」


 おっちゃんBの話にあたしは引っかかった。

『雷槌』が昨日殺そうとした女の子って十中八九あたしよね。

 誰かに見られてた?

 周囲には誰もいなかったと思っていたけど、おっちゃん達の話し方から、確実に見られてた。

 まあそれはいい。気になるのは『雷槌』だけが取り上げられて、あたしってことは知られてないこと。

 ただの町娘と思われたのかしらね。全く失礼しちゃうわ。

 ……もしくは、別の意図があるか。


 以前よりも酒が入って、いいことがあったからか三人は次々と詳しく話してくれる。

 酔っ払いの相手ってめんどくさいけど、酒癖のいい人の相手は楽ねぇ。

 めっちゃしゃべってくれるし。


「そんで嬢ちゃん、『狂人』のことなんて聞いてどうすんだ? 知れば知るほど危険だぜ? そのスリルが楽しいってんなら、わからなくもねぇけどよ」

「そんなんじゃないってば。それに最後にもう一つ、聞きたいことがあるんだけど」

「なんだ?」


 二人を見て、『躯作り』、『トカゲ野郎』、『狂人』の由来は知った。


 ただ、『雷槌』がすこしばかりわからない。雷を操るからだと思っていたのに、彼らはそうだと思ってない。

 ならこの『雷槌』という異名はどこから?


 それにあと一つ、由来も何も知らない異名が残ってる。


「『親殺し』の由来ってなんなの?」

「「「…………」」」


 この質問に、いや、この異名に三人はそろって口をつぐんだ。

 言ってもいいものかと、周囲に『雷槌』がいないことを確認してから、先ほどとは打って変わって小さな声で話し出す。


「この異名だけは、俺たちにもよくわからねぇんだ。ただ漫然と広まってきた異名だ」

「だけどまあ、信ぴょう性だけは一番高いと思うぜ。なんてったって、あの『狂人』が唯一反応する異名だ。ありゃ図星ってやつだ」


 漫然としているという割に、しっかりと広まっているのは、彼が唯一怒りをあらわにする異名だから。その理由は事実だから、ということね。


「『親殺し』かぁ……」

「嬢ちゃん、頼むから、あまり不用意にその名前をこぼさないでくれよ? 嬢ちゃんが殺されるのは、さすがに気分が悪い」


 おっちゃんAが眉根を寄せたのを見て、つい笑ってしまう。


「なーに? 心配してくれるの? 優しいのね」

「そうだ、優しいのさ。『狂人』と違ってな。だからあまり火遊びするのはよしてくれよ?」

「そうね、気を付けるわ」


 優しいようで、それでいてひどいおっちゃんたちに一言礼を言って、あたしはギルドを後にする。

 本当は職員に聞きたいことがあったけど、この騒ぎだから今はいい。

 水を差したくないしね。


 さて、次に行くのはやっぱりあの場所ね。




 ◆




「いらっしゃい……見られてない?」


 やってきたのは、朝方ぶりの『雷槌』とそのお供の女の子がいる山小屋。

 大岩をくぐり、変わった様式の玄関を叩くと、黒髪赤目の彼女が出迎えてくれる。


「見られてないよ。彼は起きてる?」

「ううん、昨日の今日だから、まだ眠ったままだよ。……顔見てく?」


 気心知れた友人のように彼女が家に入れてくれる。


 ――ん? 顔見てく?


「顔って、もしかして仮面取ってるの?」

「取ってるよ……わたししかいないときは、彼は仮面を取ってくれるの」

「……起きてないのよね?」

「わたしがとった。……彼の顔が見たくて」


 わお、この子って意外と大胆ね。

 いや、意外でもないか。

 自分の命と引き換えにあたしと彼の争いを止めたり、服を脱いで寝床に忍び込んだり。


 ……あたしがいない間、二人はもしかしていけないことしてないよね?


 それはそうと、彼の素顔にはあたしも興味が少しだけある。

 どんな顔をしてるんだろう?


「それで、買ってきてくれた?」


 ほんのわずかに心を躍らせていると、彼女が聞いてきた。

 あたしはにやりと笑い、帽子から二つほど食材の入った袋を取り出した。


「うん、買ってきたよ。ただ、出来合いのものだと日持ちしないから、普通の食材も買ってきたの。今日はあたしが晩御飯を作ってあげる」

「……作るの?」

「作るの。聞いた話じゃ、パンしか食べてないんでしょ?」

「うん……人目につくなって言われてるから、人目につかずに食べ物が買える店をあそこしか知らなかった」

「なんであんな人目につかない場所にパン屋を構えたのかが不思議だけどねぇ。ま、露天なんて人目についてなんぼだから、選択肢は少ないわよね」


 この子と話していてわかったことがいくつか。


 まずこの子は元は貧しい孤児。


 何も知らない孤児だったからか、周囲のものに興味津々で、いろいろなことを聞いてくる。そして聞いたことをまるでスポンジのように吸収していくから、話していてとても楽しい。


 彼女と話していて、パン以外の物を食べたことがほとんどないということだったので、泊まらせてもらう代わりに食材を買ってくる約束をした。


「今日は、日持ちのするおかずの団子ね。野菜とお肉をつぶして混ぜて、たれをかけて焼くだけでおいしいから、おすすめよ」

「わたしでも作れる?」

「作れるよ。あとでいくつか作り方書いて渡しておくね。とりあえず今日は、一緒に作りましょっ」

「……うんっ!」


 笑顔で彼女は頷いて、買ってきた調理用の道具を眺めている。

 調理道具もキッチンもなかったから、全部あたしが買ってきた。

 お金だけは、ハンターとして危険な依頼ばかりこなしている『雷槌』の懐から彼女が出してくれた。


『雷槌』の懐から彼女が出したって、字面だけ見ると泥棒みたいだけど、どうやら彼女は彼が稼いだお金の大半を持たされているらしい。

 パンを買うだけでは使い切れないので、気前よくくれた。


 ……大丈夫かな、彼が起きた時、あたし殺されないかな?


 なんて、ちょっと心配事にふけっていると――


「焦げ臭いけど大丈夫?」

「え? ……わわっ! やばいやばい燃える!」

「すごいっ、これが料理!? あの人がいつも軍人を料理するときと一緒だね!」

「物騒すぎるよっ! それはただの殺伐とした比喩表現! これはただの失策によるボヤ騒ぎ!」


 ――と、ひと騒動はあったものの、楽しく二人でご飯を作る。


「できたー」

「すごい、いい香り。……こんなに簡単に食べられるものが作られるんだね」

「そうだよ。他にもたくさんの種類の料理があるし、もっとおいしいのだって作れるんだから」


 褒め上手な彼女に乗せられ、ついつい鼻高々になってしまい、調子に乗って何日分も多めに作ってしまった。

 しばらく肉団子尽くしになっちゃうけど、ま、日持ちするしあたしも食べるから大丈夫でしょう。


「料理って楽しいね……また教えて?」

「いいよー、ふふっ、この街にきて、こんな風に楽しく過ごせるなんて思いもしなかったわ」

「わたしも……友達ができてうれしい」


 名前のない彼女とこうして打ち解けられたことだけでも、この国に来た甲斐はあったなぁ。

 出来上がった料理を持って、キッチンとして使っていた居間から出る。


「どこで食べるの?」

「あの人にも食べてほしい……起きてないかもしれないけど、いつ起きてもいいように置いておきたい」

「なら、彼の部屋で食べよっか。匂いにつられて起きるかもしれないしね」


 彼女の前を意気揚々と歩く。

 小さい家だから、もうこの家の間取りは知っている。

 迷うことなく、彼が寝ている扉に手をかける。


「ま、睡眠不足ならまだ――」


 扉を開けた瞬間。


「――ッ!!?」


 あたしの顔の真横を、黒いなにかが通り過ぎた。

 後ろで壁に固い何かが当たる乾いた音が鳴る。


「……っ、あ、あなた……」


 黒い何か――短剣が飛んできた方向、部屋の中には、


「なんでテメェがここにいんだよ」


 どすの利いた低い声。

 黒髪黒目、目にひどい隈をつくり、怒りに満ちた顔を浮かべた男がそこにいた。


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