第21話 狂人vs狂刃



 秀英との一騎打ちは即座に終わった。


「ハァッ!!」

「――疾」


 心臓を狙い打ち出された長槍を、剣を使って受け流しながら距離を詰める。すると近づかれるのが嫌なのか、反対側の手にある短槍が切り払うように振るわれた。


 鋭い槍の穂先を、顔を覆う仮面で受け止めた。


「――なっ!?」


 額に吸い込まれた槍は甲高い金属音をならして止まる。

 首に鈍い衝撃が走る。

 でもそれだけだ。


 聖人へと至り、頑丈さの増した首と竜麟を鍛えて作られた仮面は、秀英の槍の一撃を難なく耐える。

 驚いている秀英の隙をつき、距離を詰め、


「終わりだ」


 心臓めがけて思いっきり蹴り飛ばした。


「――ガハッ」


 勢いそのまま、秀英は赤い川の上を水切りのようにはねながら後方へと吹き飛んだ。

 心臓の真上、相当効いたはず。


 彼はしばらく起き上がれない。


「情けない。選別を乗り越えた先がこのざまか」


 みじめだな、秀英。

 川辺で倒れこんだ彼から目を切って、俺は上空で静観していた二人を見上げる。


「さあ、次はどっちだ?」

「――っ」

「……」


 フリウォルは歯噛みし、カットスは無表情。

 フリウォルはどうやら隙あらば魔法を放とうとしていたらしいが、あまりにあっけなく終わったせいで、準備していた魔法が不発に終わっている。


 まったくもって滑稽な奴だ。


「どうした? 秀英を倒したら相手してくれるんだろう? それとも怖気づいたのか? あんなに偉そうなこと言っていたのにか? 出来損ないに気圧される気分はどうだ? せんぱい? ああ、先輩じゃないな。ガキのまま成長が止まったただの馬鹿か」

「なんだと!? 僕はお前なんかとは出来が違うんだ! そこまでいうなら相手してやる! 格の違いを教えて――」

「待テ」


 煽り、怒りだしたフリウォルをカットスが制止する。


 その顔は、先ほどとは違い、ひどく醜い笑顔だった。


「見違えたジャナイか。出来損ないと言っていたが訂正しようジャないか。魔法が使える今のオマエは間違いなく天上人だ。ドウダ? 戻ってくる気はないか? そこで伸びている雑魚と入れ替わりで歓迎スルゾ?」

「カットス!」

「黙ってイロ」

「…………ッ」


 フリウォルが俺をにらみつけてくる一方で、カットスは異常に広がる口を横に広げ、口の中を全部見せてくる。


 いまかいまかと返事を待つように。


 答えなんてわかりきっているだろうに。

 俺は持っていたカットスの短剣を手に取り、


「お断りだ、屑野郎」


 言葉とともに投げつける。

 カットスは短剣をつまむように取り上げた。


 俺の返事を聞き、奴は引き裂けた口の両端をみるみる釣り上げる。


「なら、決まりだな……ここでシネ」


 途端に爆発的にマナが膨れ上がり、奴の周囲に幾重の円を描くように黒い短剣が現れる。


「最初から決まっていたことだ。ただし、死ぬのはお前らだ」


 俺も笑う。

 仮面の口を開け、これ以上ないほど口を広げて笑う。


 全身に鳥肌が立つ。体の奥底から熱狂が沸き起こる。


 ――このときを、ずっと待っていたんだ。

 殺してやる、殺してやるぞ!


「アッハハハハハハ!! カットス! 殺してやるぞ!」

「イヒヒヒヒ!!! いーっひっひ! 死ぬのはオマエだ! クソザコ!」


 殺到する短剣の群れに、俺は突っ込んだ。



 ◆



 迫りくる短剣の軍。

 まるで小魚の大群のように統制された動きで迫る短剣の上を俺は走る。


「なんだ? アティリオの真似ゴトか? 腕は上げたがそれだけか?」


 余裕ぶって腕を右に左に振るカットス。奴の腕が振れるたびに短剣が一斉に動きを変える。


「師の名を出すな。お前の口から出るだけで吐き気がする」

「『親殺し』のクセしてイウジャないか。あのあとヤツがどうなったか、知りたくないか?」

「……ぶち殺す」


 この醜い男に師の名を出されるだけで不快だ。

 短剣の鎬の部分を走り、迫りくる短剣を手に持つ剣ではじき続ける。


 記憶を取り戻し、もらったあの日に、俺は魔法使いになった。

 だけど、俺はいまだに空を飛べない。

 空を飛ぶのは想像以上に難しかった。だけどカットスは最も難しい単身での浮遊を難なくやってのける。


 単純な魔法使いとしての腕なら奴の方が圧倒的に上だ。

 本当なら、さっきみかけた野良の魔法使いを捕まえたかったが、まあいい。

 飛べなくても、戦う方法はいくらかある。


 迫りくる短剣を操る奴の魔力に干渉し、短剣を操る力を弱める。よってぐらついた短剣は俺の体にあたっても突き刺さることなく、簡単に弾かれる。

 とはいえ、全部じゃない。

 止められそうにない剣は直接弾く。


「チッ、めんどくさい」


 殺せないことに苛立ったカットスは、短剣を一斉に上空へと引き上げさせる。

 足場を失った俺は、真っ逆さまに地面に落ちるも、身をひるがえし着地する。


「フリウォル。手を貸せ」

「いいよ。さっさと殺そう」


 カットスは地上に向けて、直角に短剣の切っ先を向ける。

 フリウォルに協力を求め、風を短剣の真上に発生させる。


「そう来たか……」


 やりたいことを察した俺は、深く息を吸い、吐き出す。

 右手に剣、そして左手で腰に下げていた短剣を引き抜く。

 剣と短剣、両手を体の前で交差させ、迎え撃つ。


「来いよ。二人揃おうが無駄だってことを教えてやるよ」

「そのクチを引き裂く時がタノシミだ」

「精々強がってなよ! すぐに串刺しにしてやるからさぁ!」


 二人して、一斉に両手を振り下げる。


「《降り注ぐ死剣の嵐モルス・ウェントス・グラディウス》」


 カットスの短剣の雨を、フリウォルのダウンバーストが加速させ、目にもとまらぬ速度で短剣の嵐が目前に迫りくる。

 二人の魔力が合わさり、魔力妨害はろくに働かない。


 だけど、俺は笑った。


「《守護の領域ラウムトゥテラリー》」


 視界の隅を紫電が舞う。

 両手の剣と短剣を自身の目にもとまらぬ速度で振るい続ける。

 剣ではじいた短剣が、他の短剣にぶつかり軌道をそらす。ほんの僅か、突き出した剣の角度を手首をひねって変えるだけで短剣の軌道は逸れ、体のすぐ近くを通って地面に落ちる。

 短剣が体に落ちる直前で、雷を利用した磁力で短剣に干渉し、押し返す。


 散々染み込んだ防御術と魔法の融合。


 短剣の雨嵐が止んだときには、


「嘘だろ……」

「バカナ……」


 俺の体に傷はない。

 ただただ俺の足元に大量の短剣が突き刺さっているだけだ。

 足の踏み場もないほどの短剣は、俺に傷1つ負わせることはできなかったのだ。


「ハ……アッハッハッハハハハハ!!!」


 驚く二人を前にして、腹の底から笑いがこぼれる。

 まったくもって雑魚じゃないか! 何が上級天上人だ! 何が選ばれた人間だ!


 ……ふざけんじゃねぇぞ。


「もう終わりにしよう。お前らが生きてるだけで反吐が出る」


 持っていた短剣を鞘に納め、別の短剣を取り出し、フリウォルとカットスの間に投げる。


「こいつ! 今度こそ!」


 フリウォルは短剣を難なく避け、俺に向かって小さく収束させた竜巻を発生させる。

 近づく物を引き裂かんばかりの烈風をマナを纏わせた剣を振るって弱らせながら俺は再度ステップで避ける。

 避けた先に回り込むように、カットスの短剣が差し迫る。


「どんなにノタマッても、飛べないお前じゃオレサマには届かない!!」


 降ってくる短剣を打ち返す。打ち返された短剣は正確にカットスの眉間に向かい、奴は忌々し気に首を傾け避ける。


 その間に俺は、短剣を投げたほうの腕をくいっと横に寄せる。


 すると、


「カットス! さっきのをもう一度、角度を変えてやれば――ウグッ!?」


 唐突にフリウォルが首を抑えてのたうち回る。

 奴の首には、見えづらい細い糸が巻き付いていた。その糸の先端には先ほど投げた短剣がある。


 短剣と糸を用いた戦術は、師のアティリオが使う技。

 三次元的に戦う天上人と戦うための、空を飛べないものが編み出した技術の結晶。


「ア……ガハッ!?」

「フリウォル!」


 首にかかった紐を取ろうと必死に首をかきむしるフリウォル、それを助けようとカットスは短剣で紐を切ろうとしたが、俺はさらに手を打った。


「《霹靂神》」


 上空から雷を落とす。


「チッ!」

「……ア……アァッ!」


 カットスは短剣を避雷針にするために、慌ててフリウォルに向かわせていた短剣を自身の上空に集めだした。


 その間に俺は、フリウォルの首にかかった紐を腕力で強引に手繰り寄せ、上空へと飛び出した。


「グアッ!!」


 苦しみながら落ちてくるフリウォルと飛び上がった俺。

 交差する際に剣を振るう。


 しかし、


「マテッ!!」


 カットスが短剣を俺の顔めがけて飛ばしてきた。

 舌打ちしながら首をそらして回避する。


 やはり、カットスからやるべきか。


 目標を変更し、サーフボードに乗って飛んでいるフリウォルを足蹴にして、さらに跳躍し、カットスに迫る。


「コイツ! クルナ!!」

「見下していた下級が怖いのか!? えぇ!? ただのクソザコがよぉ!!」


 また紐付きの短剣を投げつける。カットスが短剣を使って弾こうとするのを、磁力を使って短剣を操り回避させ、奴の足に巻き付ける。


「コイツ!!」


 剣を放り投げ、そして――


「つかまえたァ」


 カットスの上から覆いかぶさるように、奴の腕を両手でつかむ。

 至近距離で見ると余計に際立つ醜悪なつぎはぎだらけの醜い顔。

 横に長く引き裂けた奇形な口に白く濁った両の瞳孔。


 あの二人の仇、父の仇。


「コイツ!! 離せハナセェ!!」

「うるせぇよ」


 暴れようとするカットスの両手首を握りつぶす。

 ごきりと、固い何かがあっけなく折れる音がした。


「アアアァァ!?」

「アハハハハハ!!!」


 カットスの断末魔が心地いい。

 笑いが止まらない。


 ――人を殺すのって、こんなに愉快なものだったんだな。


「アッハハッハハハハ!」

「コイツ!! シネシネシネ!!」


 カットスが俺を殺そうと、周囲に無数の短剣を浮かび上がらせる。

 後ろを振り向けば、きっと籠のように俺を取り囲む短剣が大量に浮かんでいることだろう。


 でも、振り向くことも躱すこともしなかった。


「終わりダァ!!」


 一気に短剣が背中を向けた俺に殺到した。


 瞬間に、


「ガハッ」


 俺は血を吐いた。

 次々と背中に、腕に、足に、脇腹に。

 短剣が突き刺さる。


 でも何も問題なかった。


「こんなもの、痛がるとでも思ったか?」

「―――バケモノめぇえええ!!!」


 ずっと今まで、痛みを伴う鍛錬を行ってきた。

 ずっと今まで、痛めても動ける方法を探ってきた。


 ずっと今まで、こいつらを殺す方法を考えてきた。


「俺を生んだのは……この国だ」


 大口開けて笑う。仮面の口ががぱりと開く。

 開いた口をそのままに。


 ――俺は奴の首を噛み千切る。


「アアアアアアアァァア!!!! ギアァアアア!!!」


 口の中に大量の血があふれかえり、端から漏れる。

 舌にコリコリとした筋張った糸状の何かが触れる。


 吐き出して、


「アハハハハアアアアハアアア!!!」


 笑う。

 絶叫するカットス。


 こいつの叫び声で俺の心は癒される。


 でも、まだ終わらない。


「まだまだあるぞ! まだ死ぬなよ!」


 叫びながら、俺の体に突き刺さった奴の短剣を一本一本引き抜き、突き刺した。

 奴の腕に、足に、腹に、心臓に。


 一本、また一本と、俺の身体から引き抜き、醜い体に突き刺した。

 まるで出来の悪い飛び出すおもちゃのよう。

 首はぶらぶらと揺れ、落ちかけている。


「さあ、仕上げだよ」


 最後に腰に下げた短剣を引き抜く。

 魔法陣が刻まれた、ただ頑丈で切れ味がいいだけの短剣を。


 カットスの首めがけて一閃した。


 同時に、カットスの身体が川に落ちる。

 赤みの薄まった川の水が大きく舞い上がり、あたりの地面を黒く染め上げる。


「アハハハ……アッハッハッハッハッハッハ!!」


 地面に落ちた俺は、体中から血を滴らせながらも立ち上がる。

 川に落ちたカットスの身体を見やる。

 首のないその黒衣の躯は、まるでバケツに絵の具をぶちまけたかのように皮を汚い赤色で染めていく。

 じわりじわりと、血は流れ、下流に流れていく。

 死体からはとめどない血があふれ出す。


 ――やった、やったんだ。カットスを殺した。


 証拠がここにある。


 左手を上げる。

 手の中には、恐怖にゆがんだカットスの生首があった。断面からはとめどない血が流れていく。


 ――これでまた、強くなれる。


「あ、ああ……カットス、カットス!!」


 少し上でようやく首から紐を外したフリウォルが、震える顎をそのままにもう死んだ男の名前を呼ぶ。


 ああ、まだだ。仇はまだもう一人、目の前にいる。


「次はオマエの番だ。フリウォル」


 ソフィア、オスカー、先生。

 あとすこし、あと少しだよ。


 この国をホロボスまで、あとスコシだよ。




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