第18話 狂いだす
魔法を悪用する天上人を成敗するために、この国について調べ始めて数日。
反乱を起こした、といってもこの数日間は目立った争いはない。
この間に調べてわかったことはほんの少しだけ。
一つ。現在、天上人は全部で六人。特に危険度の高いのは五人。『火星』『水禍』『狂刃』『烈嵐』『巌磒』。この五人は長年にわたり健在で、常に中層と下層を虐げてきたらしい。
二つ。中層と下層が上層に対して反乱を起こしたこと。といっても、この二つの層は防壁で隔たれているから、大した連携は取れてない。現状では中層が主に反乱の主犯とされている。
そして最後の三つ。
『雷槌』について。
奴は軍を目の敵にしていて、奴が現れてからの数か月間に何度も敵軍を壊滅させたらしい。天上人がいない軍はあいつの敵ではないようで、たった一人で数戦の軍を滅ぼした。
だからか、ここ最近は軍はかならず天上人を軍と一緒に派遣してくるらしい。
「となると、こないだヴァレリアがあいつと接触したから、次に軍がこの街に来るときには、天上人を連れてくる可能性が高いわね。そのときには、あいつも天上人と戦うだろうし、この街のハンターたちも戦うだろうから、そこでいったん様子を見るとしましょうか」
なんとかしなきゃいけない、とは思ったものの、もしこの国が自力で解決できるようなら、それに越したことはない。それなら、あたしはまた元の旅人に戻るだけ。
魔法について理解がある道連れが欲しいな、とは思ったけど、さすがにこの国の人たちは大変そうだから、うかつに誘う気にはなれない。
「あとは反乱とは関係ないけど、あの女の子がちょっと気になるなぁ」
パン屋で出会った、あの神秘的な女の子。
あの子についても聞いてみたけど、知ってる人はほとんどいなかった。
あれだけ美人で神聖な気配を漂わせた子がいたら、いやでも目立つと思うのに、どこにいるのかもわからないという。
あのパン屋の人たちもあの時間帯にたくさん買い込みに来るとしか知らない。
「ま、縁があったら、また会うわよね。それはそうと、今日はどうしようかな」
今は、街の中を散策中。
やることがない。
旅するにしても、一人でこの国を回るのはちょっと怖いし、かといって誰か知り合いがいるわけでもないし。
まだしばらくは安全だろうから、少し遊ぼうかしら。
そう思った時。
「―――敵だ!! 軍が近づいてきてるぞ! 斥候に行った者が帰ってこない! 戦えないものは避難しろ!! 天上人がいるぞ!!」
町の外から、ひどく取り乱した人が叫びながら走ってきた。
途端に、
「天上人が来る!? すぐに逃げなきゃ!!」
「どこに逃げるってんだよ! ここは隠れ里だ! 見つかるわけねぇ!! うかつなことして場所をばらさないほうがいい!!」
「馬鹿野郎! いいからギルドにいくんだよ! どうするにせよ、まとまらなきゃ終わりだ!」
情報は迅速に伝わり、一気に町が騒がしくなる。
平穏だった日常が一気に消え失せ、ハンターのみならず一般住民までもが一斉に駆け出した。
「え、え? なになに?」
この街の人たちは訓練でもしているのか、やるべきことはわかっているようで、戸惑いながらも迅速に行動をとっていた。
「ぼさっとしてんな! すぐに動け!」
「いたっ!」
すれ違ったハンターと肩がぶつかり、叱責された。
軽く転んでしまったけど、あたしは立ち上がって、すぐわきの小道に入る。
大通りはもう駆け足の人ばかりでぼーっと突っ立っていると邪魔みたい。これから戦いになるのだから、気が立つのはわかるし、仕方ないのはわかるけど、さすがにちょっと腹立った。
「はぁ、いよいよか。旅の最初にしては、波乱万丈が過ぎるんじゃないかしら。お母様」
高ぶる胸に手を当てて、深呼吸する。
そう、仕方ない。
たまたま巻き込まれて力を貸そう、場合によっては旅に戻ろうなんて考えているあたしと違って、ここの人たちは本当に命がけで戦おうとしてる。
それに割って入るなら、あたしにもそれなりの覚悟が必要だ。
「旅の最初、でもうまくいけば、これ以上ないほどの始まりね。あたしの価値を確かめられる」
あたしが旅に出た理由を思い出す。
そう、あたしはこんなところでは死ねない。生き続けるんだから。
「さあ、敵は軍! 魔法を使える天上人! 魔法使いのあたしがいれば、間違いなく勝てるはず――」
決意新たに口に出した瞬間。
「死ね」
――身の毛もよだつ殺気を感じた。
「うわあ!!」
即座に頭を抱えてしゃがむ。
さっきまで首があった場所を、ごうと音を立てて何かが通り過ぎる。
何かはそのまま横にある建物の壁に突き刺さり、派手な音を立てて豪快にぶち壊した。
「チッ」
「な、なになに!?」
一瞬浮いた帽子がふわりと頭に落ちる。あたしはすぐに襲ってきたやつを見る――
「避けるなよ、黙って死ねよ」
余裕はなかった。
振り上げられた無骨な剣が、無造作にあたしめがけて振り下ろされる。
「《
直前で、帽子を振るう。
仮面の男に向かって、いくつものかぼちゃが現れ、ひとりでに襲い掛かった。
「ふざけてんのか?」
男はどうやっているのか、剣を軽々と目にも止まらない速度で一閃し、かぼちゃをすべて切り裂いた。
「ふざけてなんてないわよ」
言葉と同時に笑う。
「――っ!?」
切り裂かれたかぼちゃが一斉に爆発した。
◆
わたしがいつも通りに、パンを買っていた時のことだった。
帰り道に、軍の襲撃を知らせる鐘の音が鳴った。
「急がないと……あの人が動き出す」
人目につかないように気を付けながら、走り出す。
だけど、違和感があった。
「この感覚……魔法? ここで? もう?」
敵がここにきているのか、そう思い、違和感のする方角へ向かう。
そこでは――
「なんのようかしら、『狂人』。こんないたいけな女の子を襲うなんて。もしかして、可愛すぎて襲いたくなっちゃった?」
「気色わりい。この世界の人間は大っ嫌いだ。馴れ合うなんざ反吐が出る。今ここで、その無駄な口を切り裂いてやる」
あの人とこないだパン屋で見かけた銀髪青目の女の子が大通りの真ん中で向かい合っていた。
……どうなってるの?
理解できない。
割って入ることもできなくて、わたしは細道に隠れて様子をうかがう。
「何か勘違いしてるようだから言っとくけど、あたしは天上人でも何でもないわ。あなたの敵でも何でもない」
「敵だよ。この世界の人間は全員敵だ。魔法使いなんてこの国には天上人を除いてほかにいない。ヤツが来る前に、ここで始末する」
「ヤツ? ヤツってだれ?」
「とぼけるな、ガキ」
ダメだ。あの人はこうなったら止められない。
怒ってる。
あの人はずっとずっと怒ってる。
一方で、変わった格好をした女の子はずっと訳が分からないとばかりに眉をひそめて、つばの広いとんがった帽子から次々と物を取り出した。
「また新たな天上人を呼び出したか。時期の割には大した腕だが、近接の腕はてんでダメだな」
「なに勝手に評価してくれてんのよ。さっきから言ってるでしょ。あたしは天上人じゃない。ただの旅人よ。確かに魔法は使えるけど、本当なら秘密にして、使う気なんかなかったし、あなたに敵対する気は一切ないわ」
あの人は剣を構え、あの子はほうきと杖を構える。
「この隠れ街に入れてる時点で、説得力なんかない。お前がいるから、軍の連中はここにきたんだろう」
「濡れ衣もいいところだわ」
ピリピリと、空気が震え、膨れ上がったかのような錯覚に陥る。
魔法使いが二人。
この街で、これから軍がいるという時にぶつけるわけにはいかない。
止めなくちゃ。
飛び出そうとした、その時だった。
「《
「嘘っ!!」
物見台からの新たな知らせに、女の子の方は慌てて目をそらし、知らせた物見台の方を見やる。
でもそれは、決定的な隙。
「――疾ッ」
「わわっ!」
あの人が一気に距離を詰め、白くて細い首めがけて刃を振るう。
女の子は慌てて杖を構える。
鈍く無骨な刃は、彼女の首に届く直前に見えない壁にぶつかったかのように、甲高い音とともにぴたりと止まる。
「チッ、ヴァレリアか!?」
離れたここまで響く舌打ちが聞こえる。
次にまた女の子がうんざりした声を出す。
「ヴァレリアなんて知らないよ! 確かにこの国に来た時に絡まれたけど、関わりなんてない! そもそも、あのときあいつと戦うところだったのに、あんたがやってきたんじゃない! それも覚えてない!?」
「…………」
ぎりぎりと剣を押し付けながら、彼は沈黙した。
「そもそも、今は軍がやってきて、しかも《
女の子は必死に説得する。
「軍がやってくるまでもう少しかかる。それならまずは《魔氾濫》をなんとかすべきよ。あんたがいれば、早く被害を抑えて鎮圧できる。そうすれば、軍にだってみんな一丸となって戦えるにちがいな――」
「どうでもいい」
彼女の必死の説得を彼は一刀で切り伏せた。
彼を知っているわたしには、その返答は意外でも何でもない。だけど、彼女にとっては違った。
「何を言ってるの? あんたの敵は軍、天上人なんでしょ? それなら、目的を同じくするこの街の人たちは味方じゃない!」
「ハッ」
彼は鼻で笑う。
「この街が味方? この街に、俺の味方なんて一人もいない。俺が街の連中を殺さずにいるのは、利用価値があるからだ。それだって他に代わりはいくらでもいる。生きようが死のうが知ったこっちゃねぇ」
「本気で言ってるの? みんな、あんたが希望だって言ってる。絶望的なこの国との戦いで、あんたがいれば勝てるってみんなが言ってる。その期待を裏切るの!?」
「ふざけんじゃねぇぞ!!」
「――っ!?」
一番の怒声。
響き渡った怒声は、周囲の物を小さく震わせた。
女の子も、あまりの剣幕に驚き、言葉を止める。
なおも彼は叫び続ける。
「俺が希望? 俺に期待? ふざけんじゃねぇ!! 俺の希望も期待も夢も約束も!! 全部砕いたこの国の連中のために動く気なんか一切ねえ!!」
徐々に徐々に、剣が彼女の首に迫っていく。
「俺は俺の約束を果たす。そのためにすべてを切り捨てる。この国の人間がいくら死のうがどうでもいい。むしろ喜んで殺してやるぞ!」
さすがにまずい。
わたしはパンの入った袋を置いて飛び出した。
「まって!」
「――ッ!」
「あ、あなたは!?」
突如現れた闖入者に、二人は目を剥いた。といっても、その驚きは二人とも異なるものだったけど。
「チッ……頼んだままだったな」
視線を彼女に向けたまま、彼はぶっきらぼうに言った。
そのまま歩いて近づいていく。
「彼女はいつでも殺せる……今は、他をやるべき」
「こいつが逃げない保証がない。殺せるなら殺しておくべきだ」
彼はちらりとだけわたしを一瞥して、すぐに変わった格好をした彼女に視線を戻した。
わたしも彼女を見ると、目が合った。
彼女は一度だけ会った私を覚えてくれたみたいで、驚いた顔をしていた。
「ならわたしが彼女を見張る。約束するから……。あなたの考えが確かなら、今ここで消耗するのはしちゃいけない」
「…………」
彼はわたしを見て、仮面の下、唯一除く目をひどく険しくさせた。
逡巡悩んだ後に、
「こいつを逃がしたら、お前を殺す」
「いいよ」
即答する。
彼は剣を下ろした。
剣を納めて、軍がやってきているであろう方向へと駆け出した。
人がいない大通りに、わたしと変わった格好をした彼女だけが取り残される。
「大丈夫?」
「え、ええ……なんとかね」
彼女は額に浮かんだ汗を拭って、ほっと息を吐く。
でもすぐに、わたしに詰め寄ってきた。
「ねえあんたはあいつとどんな関係なの!? それにあたしが逃げたらあんたが殺されるって――」
「大丈夫だから。慌てないで……わたしは死なないから、大丈夫。それに今は、一から説明してる暇はないの」
軍と魔氾濫。
どっちも対処しなければいけない。だけど、軍がこの街に来るまでは時間がわずかにある。
だけど、森の中にあるこの街の魔氾濫は、四方八方、それもすぐにやってくる。
「こんな唐突に魔氾濫が起こるなんておかしい。きっと悪魔が関わってるはず……あなたが魔法使いなら、魔氾濫を止めてほしいの」
「…………」
女の子は、額に指をあてて考え込んだ。
首を左右にかしげる。
その仕草がとてもかわいらしい。
「わかった。あんたの頼みだし、聞いてあげる。だけど、悪魔の対処をするには、この街は大きすぎる。四方八方で住民を守りながら悪魔を探して討伐するには、単純に時間と人手が足りないわ」
「被害の方は、ハンターたちが対処するから、それでだめならもう仕方ない……それに、たぶん大丈夫だから」
「大丈夫って? なにかあてがあるの?」
彼女はすぐに向かえるように、ほうきに跨りながら聞いてくる。
わたしは安心させるように微笑んだ。
「あてはあるよ……希望はいつだってちゃんとある」
「?」
「さあ、行って」
背中を押せば、彼女は首をかしげながらもハンターたちが向かった町の外周に向かって飛び立った。
彼女の姿が消えたのを見送って、わたしも踵を返す。
「……これは、きっと運命なんだ」
自分でもわからない、確信を信じて。
わたしは軍がいる方角へ駆け出した。
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