第17話 聖女か非人か
ギルドで情報を集めて、無事にハンター登録を済ませて食い扶持を確保した翌日。
あたしは町の中を散策することにした。
「隠れた森林都市なだけあって、果実が豊富ね~。保存しやすいからかドライフルーツがいいアクセントね」
露店にある果物だったり、パンだったりを買い込んだ。買ったら近くにあるベンチで座って食べる。
あたしはパンが好き。
ここのパンは果汁を生地に使ってるのか、どれもいろんな果実の風味がしておいしい。
ただ、生地がちょっと固いのが惜しいわね。あたしが作るパンの方がおいしいわね。ま、めんどくさいから作んないけど。
いろいろ言ったけど、おいしいのは事実。
調子に乗って、たくさん買っちゃった。
いやでも、これから忙しくなるし、今のうちに食いだめしておかないとっ。
ベンチから立ち上がり、再び新たなパン屋目指して歩き出す。
「ん? なんだかいい香りがするよ?
鼻腔をくすぐるいい匂い。
パンを焼いたとき特有の香ばしい香りが鼻をスッと抜けていた。
香りを辿ってしばらく歩いていると、少し入り組んだところにあるわかりにくい場所にまた一軒のパン屋を見つけた。
小さいけど、店内は明るくて新築みたいに綺麗なお店。
いい香りがするから来れたけど、香りが無かったら見つけられない気がする。
「ま、見つかったからいいんだけど。おばちゃん! パンちょうだい!」
見つけてすぐに、店前にいるちょっとだけお年を召したご年配の方に話しかけた。
おばちゃんはあたしに気付くと、にっこりと微笑んだ。
「あら、元気なお嬢さんね。いくらでも見ていってね」
許可が出たので、存分に店頭に並べられているパンを見る。
といっても……
「あれ? いい香りがしたけど、これじゃない」
離れたところからでも感じる香ばしい香りが、並べられているパンからはしない。ちょっと時間が経って冷えてしまっているのか、どれもあまり魅力的に感じなかった。だけど、このパン屋からはちゃんとパンの香りがする。
ということはつまり、
「おばちゃんっ、焼き立てがあるの?」
「あるよー! でもこれはお得意様用だから、あまり数は出せないの。ごめんね」
店の奥から声がした。
うーん、残念。この香りをかいだら、店先にあるものじゃ我慢できそうにないねぇ。
「一個もダメなの?」
「そのお得意さんによるねぇ。いつもこの時間にたくさん買ってくれるのさ。今まではこんな時間に作ったりはしないんだけど、あまりたくさん買ってくれるもんだからさ。ついつい作ってあげたくなったんだ」
「ふーん。でもずいぶんとたくさん作るんだね。お得意さんってたくさんいるの?」
奥から出てきたおばちゃんの手には、たくさんのパンが並べられたバットがあった。奥には店主がいたのか、もう一人、帽子を被った気さくなおっちゃんが出てきた。
「この時間に来るお得意様は一人だけさ。たくさん買ってはくれるんだけど、とても一人じゃ食べきれない量を買っていってくれるんだ。まだ若い女の子なんだけどね」
「なるほど、おっちゃんはその子にほだされてこんなに大量のパンを特別に焼いたと。これはおばちゃん怒るんじゃないかなぁ」
冗談のつもりのあたしの言葉に、おばちゃんは目の色を変えた。
「あんた!! こんなパン屋に客なんて来ないなんて言って怠けてたあんたが急に働くようになったのはそんな理由かい!」
「いや、違うんだ! そんなことはない! 決して美人だからほだされたわけじゃあ!」
あたしの冗談に、二人の夫婦は乗ってくれた。
店主の方は心なしか汗が多い気がするし、あたしに変な視線を向けてるのは気のせいよね。
うん、だからあたしのせいじゃない。あ、もしかしたら、あたしに惚れちゃったからまた追加でパンを焼いたりはしてくれないかな。
「まあまあ、あたしの冗談は置いておいてさ、おっちゃん、あたしのためにもパン新しく焼いてくれない?」
あたしの言葉に光を見たとばかりにおっちゃんが飛びついてきた。
「ぜひともそうしよう! うん! だからアンナ、頼むから離してくれ!」
「馬鹿言ってんじゃないよ! 若い子にすぐほだされて! それに今日の分はもう全部焼いちゃっただろ! もうすぐあの子が来るんだし、さっさと残り全部出すよ!」
いろんな意味でダメだったみたい。ちぇ。
まあでも、そのお得意さんって人が来るなら、その人に交渉していくつか融通してもらうことができるかもしれ――
「あの……いつものください」
「わあっ!」
いつの間にか、あたしのすぐ後ろに一人の女の子が立っていた。
「ああ、いらっしゃい! 待ってて、今並べるからね! ほらあんた、キリキリ動きな!」
「待ってくれ! 店主として挨拶だけでも!」
おばちゃんが渋るおっちゃんの耳を引っ張りながら、店の奥に引っ込んだ。
あたしは呆然としながらも、いつの間にか立っていた子を見やる。
「……なるほどねぇ」
納得した。
なるほど、怠け者のおっちゃんが働きたくなるというのもわかるわー。
なんでって?
だってこの子が、びっくりするくらいの美人だったから。
濡羽色の光沢を持つ流麗な髪を背中に流し、姿勢はまっすぐに伸び、顎はくいとひかれている。
目鼻立ちははっきりとしていて、まるで上流階級のお嬢様のよう。
ただ一点、眠たげな赤い瞳だけが隙を晒しているようで、魅惑的で神秘的な雰囲気を纏った少女。
でも神秘的なのは容姿だけじゃない。
その体からは、微弱だけれども確かに、神聖な気配が漂っていた。聖人、いや、半聖人とでもいうべき体。
全体の雰囲気と相まって、まるでこの世の者ではないみたい。
「ねぇ、あんたもパン好きなの?」
「……?」
興味がわいて話しかける。するとその子はゆっくりとあたしの方を見て、小首をかしげた。
「あなたは?」
「あたし? んー……」
少しだけ考える。ま、隠すことでもないかな。
「あたしは旅人よ。つい昨日この国に来たんだけど、いろいろ気になることができたからこの街にいるの。今はパンが食べたいからここに来たの」
「旅人……この国?」
女の子はまた反対側に首をかしげる。
う、かわいい……。というか綺麗。
年齢的にはあたしとそう変わらない、十代後半くらいなんだろうけど、どうにも反応が悪い。
あ、そっか。
この国ってずいぶんと他国との関係を断っているから、他に国があることを知らないのかな。
とはいっても、さすがにここで長い話をする気にはなれない。
「あんたもここのパンが好きなの?」
「……ん」
小さくうなずいた。
あたしは笑う。
「そうなの? ならお願いなんだけど、焼き立てのパン、あたしにも一個くれない? なんなら一緒に食べない? お金ならあたしも出すからさ」
「……」
女の子は少しだけ顎に手を当て考えるも、すぐに首を横に振った。
「だめ……あの人には、おいしいのをあげたい……焼き立てが欲しいならわたしの分をあげる」
「他にも一緒に食べる人がいるの? 家族? 友達?」
女の子は一瞬だけ目を伏せて。
「……かぞく」
「そっか、それは悪いこと聞いちゃったね。パンは数個だけでいいから」
物静かな子なのかな。
話の途中に一拍置く落ち着いた話し方。
口数も少ない。
それにしてもあの人、か。
体が悪い人が身内にいるのかな。さすがにそんな人からパンをもらう気にはなれない。
「お二人ともお待たせ! 旦那が思ったよりたくさん作ってたから、そっちの帽子を被った子の分もあるよ! たんともっておいき!」
「やった! ありがと!」
おばちゃんが奥から大量のパンを持ってきてくれた。店先だけでなくこのあたり一帯がとてもパンの焼ける香りで包まれた。
おばちゃんの言う通り、女の子の分だけでなくあたしの分まであったから、遠慮なく買わせてもらった。
店主の計らいか、かなり安くしてくれたから、ここぞとばかりに買い込んだ。
買った後で、店の奥から怒鳴り声が聞こえたけど、あの旦那さんは明日生きて店を開けるのかな。
不安だねぇ。
「いつもあんな感じなの? ……ってあれ?」
一緒にパンを買って店を出たはずの女の子がもういない。
あたし以上に、一抱えもある、パンがたくさん入った袋を抱えていたから、見失うなんてことはないと思うのに。
パンの香りももうしない。
「もしかして……妖精? ……まさかね」
キツネにつままれたような気分に陥った。
あの子のことは気になる。気になるけど……。
またすぐに、どこかで会える気がした。
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