第15話 魔女か旅人か



 入国時、ヴァレリアとの邂逅や『雷槌』と呼ばれた何者かの襲撃を受けたけど、そのあとは特に問題なく、街に降りれた。


 もちろん魔法を使っているところは見られないように町のはずれに降りて、徒歩で中に入った。


 あんなことがあった以上、わかりやすい街にいると見つかりそうだったから、比較的隠れ里みたいな町を探して降りた。


「セビリア……山の狭間にある、森に覆われた町」


 この街を探すのは大変だった。上から見たら絶対に気付かない。

 見つけられたのはただの幸運。

 たまたまこの森に入っていく人が数人いて、こっそりと後を付けたらこの街に入れたのだ。


 この街は東西を山に囲まれていて、低くなった谷間の部分に町ができている。建物自体もツタに覆われていて、建物の間には必ず木が生えているから、街という感じがあまりしない。

 どちらかというと、大昔の遺跡に住んでいる、といったほうが的確な町。


「町に着いたらやることは一つよね」


 ようやく旅らしくなってきたところで、自然と足が軽くなる。

 意気揚々と、街の中を歩いてある建物の扉を勢いよく押し開ける。


「おいおい! 『水禍』が出たって本当か!?」

「本当だ! 何かと戦ってるのを見たんだ!」

「すぐにハンターたちを招集するんだ! 防御と隠ぺいにとにかく気を使え!」


 開けた途端に、中からむわっとした熱気と男たちの野太い怒鳴り声が全身にぶつかってきた。

 たくさんの武器を携えた人たちがいくつもの机を囲んであーだこーだと意見を出し合い、時には喧嘩のように罵り合う。

 耳をふさぎたくなるような喧騒の中、


「待て! ヴァレリアが姿を消した! 今さっきやってきた商隊からの情報じゃ、『雷槌』が追い払ったらしい!」


 あたしの後ろから追い抜かすように中に飛び込んだ男が大声で叫んだ。

 叫びを聞いた屋内の人たちは、一斉にその男の方を見る。


 全員が口をそろえて。


『本当か!?』

「本当だ!」


 入ってきた人は両手を広げて事実だと叫ぶ。


 この人はたぶんあれね。あたしが後をつけた商隊の人ね。だからさっきの場面を見てたんでしょう。

 遠目だったから、あたしのことはばれてないみたいでよかったよかった。


 さて、ここはどこかというと、ハンターギルド。


 ハンターはその名の通り狩猟を生業とする職業のことを言うけど、この物騒な世の中じゃあ、腕の立つ彼らは狩猟以外にもいろいろな仕事を請け負う。

 害獣駆除はもちろん、悪魔退治に商人の護衛、街をまたぐ配達などなど。


 そんな風にたくさんの仕事を請け負い、あちこちを行きかうハンターなら、この国について誰よりも知っているに違いない。

 もうすぐ夕暮れだから、きっとギルド内の酒場もにぎわうはず。


 そのときに、どっかの気のよさそうなおっちゃん見つけて話を聞こう。


「それにしても、『水禍』、『雷槌』ねぇ」


 この国の人は二つ名が好きなのかしら。

 ま、確かにちょっとかっこいいし、あたしも二つ名欲しいけど、魔法を隠さないといけないとなると、かっこいいのは難しいかなぁ。


 つくとしたら、『優婉』とか『風雅』とかかな。

 あら、意外と悪くないかも。


「おい、ここはお子様が来る場所じゃないぞ」

「ああん?」


 おっと、いけないいけない。ついガラの悪い声が出てしまった。

 おほほ、あたしは優婉で風雅、どんなときも淑やかでなくては。


 気を取り直し、声のしたほうを見る。

 そこにはあたしのことをお子様扱いした見る目のない熟年好き……もとい壮年の男性がいた。


 どうやらその人はすでにすこしばかりのお酒が入っているようで、机に座ってジョッキ片手にあたしの方を見ていた。

 同じテーブルにはもう二人、同じ年頃の男性がいた。

 二人ともまあまあと声を上げた男をなだめながらも、あたしのほうをちらちらとみている。


 ほほーん、これはあれね。

 あたしに惚れちゃったやつね。どう話しかけたらいいかわからなくて、子供みたいなことを言ったのね。


 まあでもここは大人なあたし、寛大な心で許してしんぜよう。

 それにこれはチャンスでもある。


 男三人がいるテーブルに近づく。


「お子様っていうのは聞かなかったことにしてあげる。ここには話を聞きに来たの。ハンターなら、このあたりのことに詳しいと思って」

「このあたりのことだと? 嬢ちゃん、なにもんだ?」


 おっと、ちょっとやばいかも。


「えっと、この辺りは危ないからって、ずっと避難してたの。最近になってここに来たから、このあたりがどうなってるのかわからないの。ついでに、この国についても情報を更新しようと思って」


 ヴァレリアの様子から、この国が物騒だってことはすぐにわかる。

 それっぽく言ったけど、おっちゃんたちには納得のいく話だったようで。椅子をすすめてくれて、上機嫌に話してくれた。


「このあたり――つってもまあ中層一般の話だけどな。半年ほど前から、中層にある町は一斉に上層に対して反乱を起こしたんだ」

「反乱?」

「なんだ知らないのか?」


 予想以上に物騒で驚いたけど、この国の人には普通のことらしい。疑われてはかなわないので、取り繕う。


「半年前……反乱がおこる前に避難したからかしら。具体的に反乱とは聞いてなかったの」

「ま、そんなこともあるか」


 ほっと胸をなでおろす。


「その反乱以前から軍は頻繁に遠征と称して町狩りを起こすんだ。今まではその町狩りには散発的にしか抵抗できなかったが、その反乱から各地にあるハンターギルドは結託して抵抗してる。その状態は今も変わってないな」

「ま、状況は最悪だけどな」


 最初に声を掛けてきた顔の赤いおっちゃんの後を、背中に矢筒を背負ったおっちゃんが捕捉した。

 さらにそのあとを、まだ若いお兄さんといったほうが良さそうな感じの人が話し出す。


「市街地でただの軍との戦闘なら、ハンターの方が分がある。ホームだからな。数に不利はあっても、罠や魔物を利用して十分に戦えたんだ」

「戦えた……てことは、今はそうじゃないってこと?」

「今は、ていうよりずっと昔からだ。それこそこの反乱を起こす原因といってもいい」


 原因についての話になると、一気に三人の雰囲気が落ち込んだ。酒が入っているにもかかわらず、空気は重い。


 まあでも、おおよそ察しはつく。


「天上人ってやつかしら」


 三人は少しだけ驚いたようにあたしを見る。

 最初のおっちゃん、あーもうめんどくさいからおっちゃんAは、酒をぐいっと煽ってから話し出す。


「さすがに知ってるか。そう、天上人さ。連中は空を飛ぶし、自然を操る。いわば空飛ぶ災害そのものだ。そんな連中にいくら数を当てても意味がねぇ。どんなに罠を張り巡らせても、罠ごと町を吹き飛ばされる」

「連中に命乞いなんて意味がない。反乱を起こす前、たとえ素直に食料や武具を納めても、奴らの気分次第で俺たちは殺される。連中は悪魔以上に悪魔そのものだ」

「特に最悪なのは『狂刃』と『烈嵐』、そして『火星』だ。あいつらは最悪だ。人を殺して喜ぶ血狂いの享楽主義者、女を連れ去り弄ぶ色慾まみれの快楽主義者。どれだけの人間が、あいつらの道楽のために遊ばれ殺されたか」


 心底悔しそうに、彼らはこぶしをぎちぎちと鳴るほどに握り締める。

 歯がぎりぎりと音が鳴るほど噛み締める。


 聞くだけでも気分が悪くなる話。

 あたしは魔法使い。魔法がどれだけ大きな力を持つか、文字通り身をもって知っている。使い方を誤れば、どれだけの危険があるのかも。


 天上人が全員魔法が使えるとしたら、一般人がいくら束になろうと勝てるわけがない。


 中層がかなり広いのは知っているけれど、全員が集まったとしても天上人一人殺せないかもしれない。


「反乱は……やめられないの?」


 何気ない一言だった。


「俺達に家畜同然に殺されろってのか!?」


 一人が机が壊れそうなほどに強く拳を振り下ろした。

 机が揺れ、ギルド中に鋭いが音が響く。


「抑えろ、人がたくさん死んでるんだ。無理もないだろ」

「……すまん」


 他二人がなだめて落ち着かせる。

 悪いことを言っちゃったな。

 この人たちは、並々ならぬ覚悟を持ってこの反乱を起こしたんだ。

 だけど、ただの一般人が反乱を起こしてもヴァレリア一人に勝つこともできない。勝敗なんて目に見えている。


 あたしはただの旅人。

 本当にどうしようもない時を除いて、不必要に国の在り方に介在する気はない。


 ないんだけど……。


 ……旅の最初に訪れる国としては、ハードすぎるなぁ。


「確かに嬢ちゃんの言う通り、勝ち目なんて一切ない。だけど我慢ならなかった。あいつらの家畜として生きていくくらいなら、全員まとめて抵抗して死んだ方が、奴らに一泡吹かせられるってな」

「…………そう」


 死んだ方がマシだなんて、あたしには想像もできなかった。


「見て見ぬふりは、できないわね……」


 ……仕方ないなぁ、もう。

 さすがにこんなに困ってる人を放ってはおけない。それにこの国じゃ魔法使いが平気で悪さしているのなら、懲らしめてあげるのも魔法使いの役目よね。


 何より今、こんなに苦しんでる人を見捨てたら、胸を張って家に帰れない。

 なんのために魔法使いになったんだと言われちゃう。


 だから今だけは、あたしは旅人をやめる。

 ここでの話を、胸を張って、お父様とお母様に自慢できる土産話にしてあげよう。


「……風のように救って風のように去る。悪くないわね」


 静かに小さく笑う。



 ――今日からあたしが、この国を導いてあげましょう。



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