第14話 旅する魔法使い




 空高くにある白い雲。

 そのさらに上の天高くにある浮いた大地で。


「行ってらっしゃい、思うがままに旅をして、立派になった姿を見せてくださいね」


 とてもきれいな銀髪を先端でまとめ、肩に流したきれいな女性が手を振った。


「気を付けて。必ずいつか、元気な姿を見せてくれ」


 もう一人、大空のようなきれいな瑠璃色の瞳をした男性が手を挙げた。


「行ってきます! お母様、お父様! 必ず偉大な大魔法使いになって帰ってきます!」


 応えるのは、流麗な銀髪を風になびかせ、爛漫に輝く瑠璃色の瞳をした可憐な美少女。

 つばの広いとんがり帽子に裏地が紫の黒いローブ、つま先がとがりあがったブーツをはいた、魔法使い御用達の格好をしたこのあたし。


 すぐ上にある太陽は燦燦と輝いて、まるで今日というめでたい門出の日を祝福するようだった。


 両親に挨拶をしたあたしは、ほうきに跨り、光の門をくぐる。



 ――今日、ここから、あたしの旅が始まるんだ。




 ◆




 光の門を抜けた先は、先ほどまでとは景色が一転して異なる大空が広がっていた。


「うーん、いい天気ね! 絶好の旅立ち日和!」


 ほうきに跨り、一気に空に舞い上がる。


 あたしは旅の大魔法使い。

 魔法使いの里で一人前になるための修行をして優秀だと認めてもらえたから、より大きな力を求めて里を出て修行の旅に出ることにしたの。


 修行の旅、とはいっても目的は決まってないし、具体的なことは何もない。

 ただ、最初の行き先だけはお母様の占星術で決められた。


 あたしが最初に行くべき場所。

 それは、グラノリュース天上国。


 名前を聞いた瞬間に、あたしはひどいしかめっ面を浮かべたと思う。

 だって、グラノリュースにいい噂なんて一切ないんだもの。

 大陸の端っこ、南端にあって、他の国々も不気味なグラノリュース天上国には関わろうとしない。

 まあ、地形が険しいから関われないっていうのもあるのかもしれないけど。


 あの国は孤立しているから、わかっていることは非常に少ない。

 わかっているのは、異常に強い人間がいること、不気味で悪魔が蔓延っているということ。


 実際に行って出てきた人はいないから、どこまで本当かはわからない。

 まあ、魔法使いの里の噂だから、嘘なんてことはほとんどないと思うんだけどね。


「グラノリュース天上国……鎖国しているような国に行くよりも、いろんな国と交流している大きな国に行ったほうが修行になると思うんだけどなぁ」


 風で飛ばないように帽子のつばをつまみながら、ぼやく。


「お、見えてきた」


 遠目にグラノリュース天上国が見える。

 見るのは初めてだけど、ここら辺にある国はグラノリュース天上国だけだから間違いはない。


「それにしても変わった国ね。……えっと、なになに? 三つの層があって、上層と中層、下層を長大な防壁が隔てていると。ふむふむ」


 旅に出ることはとっくに決めていたから、あらかじめ調べていた国々のことは手帳にまとめてある。

 見ながら確認していると、もう一つ、気を付けないといけないことを思い出した。


「そういえば、下界には魔法使いがいないんだったわね。魔法を使えるってことを隠さないといけないってなると、ちょっとめんどくさいなぁ」


 旅は道連れっていうし、もしいい人がいれば一緒に旅しようとか考えていたけど、あたしが魔法使いであることを隠さないといけないとなると、ほうきで空を飛んで移動ができないから、やっぱり一人で旅するしかないかなぁ。


 まいっか。


「とりあえず、言われたとおりにこの国を見て回って、適当なところで他の国に行こうかな」


 眼下に広がるグラノリュース天上国に向けて、ほうきの先端を下げて降りていく。

 魔法が使えることをばれるわけにはいかないから、人目が着かない町から少し外れたところに、そーっと、そーっと……。


 下に人がいないか気を配りながら、おっかなびっくり地上に降りているとき。


「あなた、なにもの?」

「――ィッ!?」


 声を掛けられ、ものすごくびっくりした。

 心臓が口から飛び出るかと思った。


 だってここ、降りてきたとはいえ地面からまだだいぶ距離があるんだよ?

 そんなところに人がいるとは思わなくない?

 

 声がしたほうを慌ててみると、そこにはあたしに似た格好をした大きな杖を持った青髪の女性がいた。


「え、え~っとぉ……」


 ど、どうしよう。魔法を見られた!


 あれ? でもこの人も魔法使い? 絨毯に乗っているけど、絨毯自体には特に仕掛けはなさそう。つまりこの絨毯は魔道具でも錬金術で作られたものでもない。


 この人自身の力によるものだ。


「あんたも魔法使いなの?」

「あんたも?」


 あたしの質問に青髪の女は首をかしげた。


「私は確かに魔法使い。だけど私の知り合いにあなたのような魔法使いはいない。ということはあなたは天上人ではない」

「天上人? なにそれ?」

「天上人を知らない?」


 天上人?

 天の国の人だなんて、大仰な名前を付けたものね。

 それともって意味なのかしら。


「つまりあなた外の国から来た人ってことね?」

「ええ、まあそうね。旅人よ。ここにはふらっと立ち寄っただけなの」

「そう、それはとても運が悪いことね」


 長い前髪に隠れた目を細めて、彼女は意味深に笑った。


「運が悪い?」

「そうよ。この国は私たちのための国。その国に入ったということは、あなたは私たちの物になったということ」

「なにそれ。下手な冗談ね」

「ふふっ、冗談じゃないからね」


 ……嫌な予感がしてきた。

 グラノリュース天上国がろくな国じゃないっていうのは予感してたけど、こんなまだ入国すらしてないのに巻き込まれるの?


「悪いけど、あたしは誰の物にもならないよ。残念だったわね」

「残念なのはあなたの方ね。この国には結界が張られている。入ることはできても、出ることはできない。たとえ魔法使いであってもね」

「っ!」


 うそっ、気づかなかった!

 もしかして、転移してきたときからもうすでに結界の中だったのかもしれない。

 見下ろせば、あたしは今防壁を一つ越えたところにいる。


 高度を考えず位置だけを見れば確かに国内には入っている。


 背中をわずかに冷や汗が伝う。


「驚いたねぇ。魔法使いなんていないと思ってたんだけど」

「確かに、外からやってきた魔法使いなんて、百年以上生きているけどあなたが初ね」


 百年以上、といわれても別に驚かない。

 目の前の女は見た目だけなら二十台くらいの妙齢の女性。だけどその全身からは神聖な気配が大量に放たれている。


 つまり彼女は聖人。

 頑丈かつ優れた膂力を持つ人並外れた寿命を持つ進化した人種。


 百年生きてても不思議じゃない。


 聖人でしかも魔法が使える。

 これは旅が始まって最初に会う人にしては、ずいぶんとすごい人がやってきた。


 お母様とお父様に自慢できそう、もう帰りたくなってきた。


「そうおびえないで? 場合によっては手荒な真似はしないし、むしろ私はあなたを熱烈に歓迎するわ」

「歓迎?」


 そう、と女は柔和な笑顔を浮かべた。

 胸に手を当てて。


「私はヴァレリア。天上人第二席、『水禍』のヴァレリア。いうなれば、王を除いたこの国でナンバーツーってところね」

「わおっ」


 ナンバーツーだなんて、大物だとは思ったけど、本当にすごい人が出てきたもんね。


「それで、そんなすごい人があたしに何の用かしら」

「簡単なことよ。私たちの仲間になりなさい。最近仲間が減っちゃってね。同僚はみんな血の気が多い上に男しかいないから、同じ女の魔法使いが欲しかったの」


 その気持ちはまあわからんでもないけども。


「友達になるのはいいけど、あたしは旅がしたいから、この国に帰属しろというのなら断るわ」

「残念だけど、それは無理ね。この国から逃げることは、私が許さないから」

「ずいぶんとさみしがり屋ね。狭量って言ったほうがいいかしら?」

「狭量なのは私じゃないわ。この国そのものよ」


 言葉と同時、ヴァレリアの纏う空気が鋭くなった。

 周囲のマナがあわただしく動き出し、ヴァレリアの周囲に固まっていく。


 呼応するように、あたしも自身の体の周りにマナをかき集める。

 魔法使い同士の戦いとはすなわち、周囲に満ちるマナの奪い合い。

 いかに相手より多くのマナを奪い、効率的に使えるかが大きなカギとなる。


 中にはもちろん、相手の魔力を阻害することだって含まれる。


「? ……マナの動きが悪い」


 ヴァレリアはどうやら、魔法使い同士の戦いには不慣れなようだった。


「どうかしたのかしら?」

「……何かしている。なるほど、外の魔法使いに初めて会ったけど、思った以上に興味深いわね」


 ヴァレリアは頭が回るようで、すぐにマナの動きの悪化があたしのせいだと看破すると、すぐに対応し、あまつさえあたしの魔法も妨害しようとしてきた。


 お互いに魔法を発動させる以前の、マナの奪い合いの攻防が始まる。


 じりじりとにらみ合う。

 相手はどんな魔法を使うのか、どうやって攻め立てようか。


 頭の中でいくつものパズルを組み立てていく。


「行くわよ」

「来なさい」


 ヴァレリアが大きな杖を振るう。一斉にマナが震える。

 あたしも懐から杖を取り出し、振るう。

 マナに刺激を与え、魔法を発動させる。


 その瞬間。

 


 ――はるか下方から急速に近づくなにかがあった。



「――っ!? なに!?」


 あたしはすぐさま飛びのいて、上空高くに退避する。

 ヴァレリアも少しだけ遅れて気付く。

 下からやってくるものを見て、彼女が驚きの声を上げた。


「あれはまさか、『雷槌らいつい』!?」


 若干裏返った声。

 彼女は何かを知っているようだった。だけど聞く暇はない。


『雷槌』と呼ばれた何かが、すぐそばに迫っていたから。


「死ね」


 黒ずんだなにか――『雷槌』は空高く飛んでいるあたしたちに迫り、手に持っていた血まみれの剣をヴァレリアに振るう。


「こいつ!」


 ヴァレリアはとっさに上空に退避し、反撃とばかりに周囲に身の丈ほどある氷の槍を作り出し、一斉に打ち出した。

 氷の雨は、宙にいて身動きが取れない『雷槌』に振り注ぐ。


 普通の人間なら、ここで死ぬ。


 はずなのに、


「邪魔だ」


 手に持った剣と盾で、次々と氷柱を砕く。

 だがさすがに『雷槌』は飛べないのか、徐々に落下していく――


「一体なに―――てぇ!?」


 と思ったら、急にあたしのほうきががくりと傾き、落ちそうになる。


「ちょちょちょっ!!」


 慌てて態勢を整える。

 見れば、ほうきの先端に何かロープのようなものが絡まりついていた。

 ロープをたどれば、おのずとわかる。


「この! バケモノが!」

「バケモノはお前らだ! 忌々しいクズどもが!!」


 あたしのほうきにロープをつけたのは『雷槌』。

 奴はロープにつかまってぶらさがり、勢いをつけてヴァレリアのもとに飛び上がり、斬りかかっていく。


『雷槌』がヴァレリアの首めがけて剣を振るう。

 首に剣が触れる直前で、剣が見えない壁に阻まれ動きを止める。


 結界だ。


「チッ!」

「離れなさい!」


 ヴァレリアが至近距離でただの爆発を引き起こした。

 これにはたまらなかったのか、『雷槌』は弾かれ、再び地に落ちる。


 そのころにはあたしもほうきに絡まっていたロープを魔法で焼き切ったので、今度こそ『雷槌』は地面に落ちていった。


 この高さから落ちたらまず助からない。


『雷槌』は眼下に広がる森の中に姿を消した。


「なんだったの、今のは……」


 驚きを隠せず、呆然とつぶやく。

 応える声は聞こえなかった。


「あれ? ヴァレリアがいない……」


 見れば、ヴァレリアが姿を消していた。


「なんなの? この国は……」


 たった一人、ぽつんと空に残されたあたしは頭を抱える。



 ――まだ旅は始まったばかり。




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