第6話 初陣
最後に自らが主役であると言わんばかりのマルコスだったが、誰も彼に文句を言うこともしなかった。
ただ、そうあることが自然であるかのように。
「マルコス~、いいな~、僕にもいい人紹介してよ。ずるいよ、マルコスだけ遊んでさ」
第四席のフリウォルは唇を尖らせ、僕が思ったこととは別の文句を垂れた。
マルコスは勝ち誇ったように肩をすくめる。
「しかたないだろ? モテるんだからさ。悔しかったら、もうちょっと大人っぽくなってから出直してきな」
「くっそー、この世界に来るのがもうちょっと遅かったらなぁ。今頃モテモテで遊びたい放題だったのに」
気心知れた友人のように話す二人。
周囲も特に気にすることなく、むしろ弛緩した空気が流れている。
ただヴァレリアだけは女性だからか、少しばかり眉をしかめた。
「あなたたちの遊び癖は目に余るわ。言っとくけど、私に手を出したらその首と下半身を切り落とすから」
「うう、こわ! ま、切り落とせるもんなら切り落としてみるといい。試してみるのも悪くないかもな」
「……」
ヴァレリアの嫌味にもマルコスは挑発的に笑った。
僕の隣にいるソフィアも眉間にしわを寄せ、いやそうな顔を浮かべていた。
五席以上の上級天上人はリラックスしているが、一方で秀英以下、最近になって入った天上人はずっと緊張したままだ。
場の流れを読めず、戸惑っている。
そんな僕らを放置したまま、彼らは続ける。
「そんで、マルコス。こんな天上会議なんて開いてどうするのさ。最後に開いたのはいつだっけ、一年前?」
フリウォルが頬杖を突きながら尋ねる。
「イヤ、タシカ五年前だ。あの戦いがアッタときに開いた」
「ああ、あれか……。そうか、もうそんな時期か」
答えたのはマルコスではなくカットスで、彼の言葉に懐かしむようにカベザが目を瞑る。
長生きしすぎて時間感覚がおかしいのか、誰も正確な時期を知らないらしい。
この会議は僕たちがこの国に来てからは一度も開かれていない。
つまり、三年以上前だ。
「イヨイヨか! 楽しみダ! 宴だ宴だ!」
三年前に何があったのかわからないまま、唐突にカットスが歓喜の声をあげる。
「今年は四人だけなのが残念だけどね。でもその分生きがいいのがいるし、楽しみだね!」
フリウォルが一瞬僕を一瞥した。
意味が分からず、首をかしげる。
しかし、フリウォルは説明してくれない。
代わりにマルコスが、この会議の進行を始めた。
「二つ名持ちは知ってるだろうが、ぺーぺーどもは知らないだろうから教えてやるよ。いいか、この国は上層と中層、下層に分かれてる。今いる城を中心に同心円状に広がってるんだ」
三つの層に分かれていることは知っている。
でも口をはさむことなく黙って聞く。
「そんで、お前ら青二才は上層の外に出ることは今まで禁止されてきた。まあ、これはお前らに限らず、上層に住んでる一般人全員に言えることだがな」
今まで、ということは。
「しかし今日をもって、お前たちが中層に行くことを許可する。なんなら下層まで行ってもいいぞ」
外に出れる!
その言葉を聞いて、否応なく心が沸き立つのを感じた。
僕だけでなく、ソフィア、オスカー、そして秀英までもがわかりにくいが興奮しているのがわかる。
伝聞でしか知らないが、グラノリュース天上国は広大だ。
だがその中心である上層は狭い。
一週間もあれば、全部見て回れるほどしかない。
一方で中層や下層は上層を囲うように広がっているために、広さは桁違いだ。
その上層に、言い方は悪いがずっと閉じ込められていた。
出れると聞いて、否応なく楽しみだった。
上級の天上人も穏やかに笑ってこちらを見ていた。
「詳しい話は……あ~、めんどくさくなっちまったな」
マルコスが上機嫌に話していたと思ったら、途端にやる気なさげに足を机の上に乗せた。
懐から一枚の紙を取り出して、一瞬だけ目を通すもすぐに飽きたのか机の上に放り出す。
「んー、おい。そこのお前」
マルコスの視線が秀英に向いた。
「はっ、私でしょうか」
「そうだよ、中国系のお前。お前これ持って部屋出て、そいつらに説明してやれ。いいな」
「はい!」
秀英が緊張した面持ちで返事をし、机の上をすべるようにして飛んできた紙を取る。
彼は目を通すことなく立ち上がり、一礼した後に僕たちを一瞥した。
意図を理解した僕たち三人も立ち上がり、一礼をして退出する。
あっという間の退出、下っ端らしい置物のような扱いだ。
でもそんなことは気にならないくらい、今は高揚していた。
だから、このときは気づけなかった。
彼らの笑みが暖かいものではないことを。
◆
ソフィア、オスカー、秀英と一緒に僕たちは適当な空き部屋に入り、思い思いの態勢で向かい合う。
僕は腕の傷をソフィアに手伝ってもらいながら包帯を巻いて手当てをしていた。
「無茶するわね。貫通してるじゃない」
僕の傷跡を見て、ソフィアが痛々しそうに目を細める。
短剣は僕の腕の外側からささり、内側にわずかに貫通していて、両側から血があふれ出ている。
時間が経った今でも完全には止まっていない。
だけど僕は泰然と言った。
「これくらい平気さ。先生から習ってる防御術は、傷の受け方だって含まれるんだ。戦闘に支障がないように傷を受けることだってできるんだ」
「え……? それ、どうやって習得するの?」
「そりゃもちろん、これでもかってくらい傷を食らって血を流すんだ。おかげでこの程度の傷ならたいして痛くもなくなったし、傷の手当てもお手の物さ」
僕の数少ない自慢話。
でもソフィアは顔を引くつかせた。
「頭おかしいわ……。あの先生の指導を誰も受けたがらないのは当然ね」
まあ確かに、あの訓練は拷問、あるいは地獄と呼んで差し支えなかった。
先生の指導を今まで誰も受けたがらなかった理由は非常によくわかる。
それでも僕がやり続けられたのは、僕にはそれしかなかったからだ。
「さっき聞いた通り、俺たちは中層の町に行く。何か質問は?」
傷の手当てを終えた時、秀英がもらった資料に目を落としながら言った。
オスカーが手を上げる。
「中層に行って何すんだ?」
「軍の手伝いをする。昨日、遠征部隊が帰ってきたのは知ってるだろう?」
「ええ、ちょうど帰ってきていたマルコスさんとヴァレリアさんを見たから」
「その遠征部隊に同行する。遠征部隊を率いるのは上級の天上人だ。今回はカットスとフリウォルだ」
率いる人の名前を聞いて、僕たちは露骨に顔をしかめた。
特にソフィアは自身の体を抱きしめてひどくいやそうな顔だった。
「カットス……あの最低下種野郎ね。それにフリウォルも。というか、上級の天上人の男はみんないやらしいわ。ヴァレリアさんがかわいそう」
「確かに、あまりいい印象はねぇな。二つ名だって物騒なものがあるしな」
「『狂刃』か。……由来を聞かなくてもわかる気がするね」
カットスは血狂いだ。
見た目も不気味だし、傷の位置からおそらくあの体は自身で痛めつけたものがほとんどだろう。
自分だけではなく、人のことも平気で切りつける凶刃、といったところか。
喜んで人を殺すような人間にはなりたくないな。
不快な気分に陥りつつも、秀英の続きを聞く。
「遠征部隊の主な任務は、中層及び下層にはびこる悪魔の殲滅。悪魔については?」
秀英の確認の質問にソフィアが答える。
「確か灰色の肉体を持つ異形の存在よね。人類をはじめとした生物を滅ぼす存在」
秀英はうなずいた。
「その通りだ。悪魔の生態は謎に包まれている。倒されれば灰となって消え、生殖機能も持たずに増えることもない。……はずだが、連中はどこからともなくやってくる」
「同じ個体が現れることもあるんだろ? 分身か、それとも誰かの使い魔だって説があるよな」
「僕は見たことないけれど、高中下の三つの位があって、位の高い悪魔ほど少なく強力な魔法と優れた知恵を持つ厄介な存在だとか」
順々に語りだす。この様子からも、全員悪魔については履修済みだ。といっても、ろくにわかっていることはないので、大した知識ではない。
だがやはり、あるのとないのでは大違いだ。
「悪魔が最近になって活発化し、軍の被害が増えている。そこで再び遠征部隊を派遣し、そこに下級の天上人である俺たちも参戦する。この遠征では、必要な物資の調達も任務に含まれている」
気になることは何もないとばかりに、秀英の説明は淡々としていた。
僕たちも前半はすんなりと入ってきたが、後半になると少し怪しかった。
特に必要な物資の調達。
「物資って、悪魔がいる中層から? 調達できる場所があるの?」
僕の質問に、秀英は一瞬だけ顔をしかめた。
しかしすぐにいつものきつそうな顔に戻り、資料を一枚めくる。
「悪魔は知能を有する。鉄や岩を削り出し、武器や鎧を作り出し武装する。今回は強力な魔法を使う高位の悪魔はいないが、その分、数が多いらしい。武具の類の資源は数多くとれるだろうということだ」
「装備を整えてるのか。厄介だな。被害が増えるわけだ」
オスカーが顎に手を当て、うんうん唸る。
一方でソフィアは少しばかり瞳を輝かせて、
「ダンジョンみたいなものかしら?」
そういった。
これには、さすがの秀英も困ったようだった。
「ダンジョン? ……まあ、似て非なるといったところか。敵を殺してそこにある物を奪うという意味では同じだな」
「ロマンのない言い方するわね。でもそういうことならがぜんやる気が出てきたわ!」
胸の前で手をふんと握るソフィア。
「……ふん、精々足をすくわれないようにすることだな」
秀英はソフィアを冷たい目で一瞥した。
なんというか、秀英の言いたいこともわかる。
ソフィアの発言は、いわば実践を甘く見ていると取られかねない。
だけど、僕とオスカーは知っている。
ソフィアはここにいる誰よりも、命の重みを知っていると。
秀英もどことなくわかっているから、一言小言を言うだけにとどめたのだろう。
まあ、それはともかくだ。
「遠征はこれより二日後。急だが、軍人ならば即応できねばならない。軍を率いる騎士である天上人ならばなおさらだ。何か質問は?」
「ない」
「ないわ」
「ないよ」
全員が不敵に笑い、頷いた。
秀英が資料から顔を上げ、部屋の出口へと向かう。
言いたいことは全て終わったとばかりに去ろうとする彼だったが、最後、扉をくぐる瞬間に立ち止まる。
「天上会議の前にお前らが言ったこと、正しいと証明してみせろ。お前たちが次の戦いに生き残れたならば、お前らの言葉が嘘ではないと認めてやろう」
それだけを言い残し、彼は去っていった。
ばたんと、強く扉が閉まる。
残った僕たちは見えなくなった秀英に向けて、はかったかのようにそろって鼻を鳴らした。
「まったく、どこまで偉そうなのかしら! 私よりたった一つ席次が上なだけなのに!」
「そうだそうだ! ソフィアもまあ確かに横暴だが、あそこまで横柄じゃないぞ!」
「本当だよ! すぐに暴力に訴えるソフィアに比べたらまだ口だけの秀英のほうがマシに見えるかもしれないけど、口しかないのも腹立つよ!」
ソフィアは冷たい笑みを浮かべて。
「……たった今、悪魔よりも先に滅ぼさないといけない敵ができたわ。二人とも言い残すことは?」
「「たくさんあります!!」」
またしてもそろって声を上げる僕とオスカーに、ソフィアはこらえきれずに笑い出す。
僕たちも釣られるように笑いだす。
ひとしきり笑って、今度は一転、気を引き締める。
「私たちの初陣ね。初めての実戦、死ぬかもしれない」
「わかってる。ずっと前から覚悟してきたことだ」
「そのために、今まで必死に鍛錬してきたんだ」
誰からでもなく、右の拳を握って突き出し、重ねる。
「私たちは必ずここに帰ってくる」
「誰一人欠けることなく三人で帰る」
「胸を張って、笑って帰る」
互いの手のぬくもりを感じながら。
僕たちは、屈託なく笑い合った。
また、この楽しい日々が送れることを信じて。
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