第7話

 「仲間が迎えにきた! 礼を言う! 礼を言うぞ少年!」


エキドナはもう碧たちを待たなかった。

どんどん頂上のほうに向かい林の中を走っていく


「神宮前君、あれは、あれはヤバくないか?」


碧は唇を結んで言葉を発せなかった。


「本当に、これ以上進んでいいのかね」


碧が迷い背負っているリリスの顔を見るとリリスも視線を下に外し捕まっている碧のボロボロの制服を強く握った。


「うあ!」


その時、頂上広場付近でエキドナの叫び声が聞こえた。


碧と駒割部長はあわてて走り出し、林の茂みから頂上広場に出た。


そこには眩しい夕日と破魔矢で右手を打ち抜かれ地面から動けないエキドナを発見した。


エキドナは赤い瞳で歯を食いしばり夕日の方角を睨みつけていた。

リリスは声にもならない叫び声を発する。


碧の背中から飛び降りエキドナに走りより破魔矢を引き抜こうと小さな体で一生懸命力を入れた。


だが破魔矢はビクともしない。


碧はエキドナの睨みつける視線の先に弓を持つ西日方向で、シルエットになっている人間に気づく。


いや、破魔矢を見た瞬間に本当はわかっていた。


「……父さん」


駒割部長は驚いたように碧をみてシルエットの人物を見る。


神主の装束、狩衣、袴を纏い烏帽子をかぶった神宮前神社正装の碧の父、神宮前翠(じんぐうまえみどり)が次の破魔矢を弾きリリスに狙いをつける。


足元には封印されていた本が開かれていた。


リリスは恐怖にかられ涙をためて両目をぎゅっとつぶった。

エキドナがリリスをかばい抱きしめた。


目つぶっていても西日で明るかった瞼の中の光がふっと暗くなった。

恐る恐るリリスが目を開く。


「!」


リリスの瞳に映っていたのはリリスとエキドナの前で両手を広げて立ちはだかっていた碧の背中だった。


碧はまっすぐに父親の眼を見つめた。

父親も息子、碧の眼をじっと見つめた。


「碧。お前が少女趣味なのは知っていた。押入れにいくつもアニメの人形が置いてあるのも漫画を描いているのも知っていた。」


弓を握る父親の手に力が入る。


「だがここまで異常な性癖だったとは。いち家庭の問題として跡継ぎの問題などは譲歩も考えていたが、このような事態になればもう息子といえど許すことは出来ん。その少女の悪魔は世界を滅ぼす。お前を殺してでもその悪魔を逃がすことはできん。」


碧は神宮前古武道の構えを整える。


「最後の通告だ碧。曇りなき眼で己を見ろ。その悪魔をみろ。空の化け物を見ろ!」


碧は構えを崩さずエキドナとリリス、空のドラゴンを見た。



「駒割部長!」


「はい?!」


エキドナのすぐ後ろの茂みに隠れていた駒割部長は緊張して震えた声で答えた。


「今、手空いてますか?」


「えぇー。いやいやいや空いてるといえば空いてるけど、親子の団らんに割り込むのは本意ではないというか、なんというか」


「エキドナの矢を抜いてください。普通の人間なら簡単に抜けるはずです」


「えー!そんなことしたら私が父上に射抜かれてしまわないかい?」


「大丈夫です。父は僕は撃てても人様は絶対打てない」


父は歯を食いしばり、怒りで肩を震わせた。


「あおいっ!」


駒割部長はさっと腕を伸ばしてエキドナに刺さった破魔矢を抜いてすぐ茂み隠れた。


するとエキドナはすぐに立ち上がり射抜かれた右腕をだらりと下げながら碧の父を睨みつけ怒りに震え一層瞳を赤く輝かせ体を力ませた。


「うわ」


後ろの茂みで見ていた駒割部長が腰を抜かした。


エキドナの背中の布が破ける音がすると大きくて邪悪で漆黒の羽がびっしり生えそろった翼をひろげるやいなや、勢いよく飛び上がった。


父はエキドナに狙いをつけ、破魔矢を放つも間一髪でエキドナは避け空のドラゴンの方向に向かった。


「おのれ、おのれー!」




 エキドナが飛行しながら左手をドラゴンに掲げるとドラゴンが慟哭のような雄たけびを上げた!


 すると何か光の粒のようなものがドラゴンの周りに集まり始める。


 「焼き払ってくれる!」


 次々に街の電灯が消え始める。


街に暗闇が広がっていく。


信号や家庭のガスの火も消えた。


車や船、飛行機さえもエンジンが止まった。


そして太陽の光さえもまるで日食が起きたかのように暗くなり、世界は仄暗く邪悪な空間に変わっていく。


 ただ一点。ドラゴンの姿だけがはっきりと眩しく光り始める。


「お前は今、何をしたのかわかっているのか! あれは太古に世界を何度も焼いた《悪魔ノ劫火》を放つ竜なんだぞ!世界中のエネルギーを集めて一度に吐き出すことが出来る化け物だ、世界が、人間がどうなってしまうと思うんだ!!」


 父はコメカミに血管を浮上らせて怒りを露わにした。碧は構えを解かない。


 「どけ。碧!その小さい悪魔を人質にとればまだ」




 リリスに掴みかかる父の手を払いのける。


父は碧を睨みつけた。


 「1000年だよ。父さん」


 父は攻撃の手を休めない。碧は反撃せず防御に徹した。


 「人間とか悪魔とか関係ないだろ。父さんこそ、よく見てくれよ!ぬいぐるみを大事そうに抱えるこんなちいさな存在が大きくなることも出来ず1000年も閉じ込められてたんだぞ? 」


 リリスは碧を見た。


 父はリリスを捕まえようと攻撃を連続で仕掛けてくるが碧が攻撃を受けながらもリリスには手を出させない。拳が当たった場所が赤く腫れあがり出血する場所も出てくる。


「なぁ父さん……どっちが……間違ってるよ……なぁ」


 ドラゴンの口から光が漏れはじめる。


 どんどん腫れあがっていく息子の顔をみて父も涙が溢れ出て歯を食いしばった。


「だまれ!」


また一発殴った。瞼は紫色に晴れ上がり出血して止まらない。口内も地だらけで前歯が一本無くなっていた。


「お、れは、まひがってふか」


 父の拳が震えながら止まる。


「でも、それじゃあよ。世界がよぉ」


もはや力なき拳で碧の頬を殴った。


「リ、リリたんと、と、友達に、なりたひんだ……」


リリスの瞳から大粒の涙が流れる。


 碧はついに膝を付いた。父の拳も腫れあがっている。


  その時、リリスが父、神宮前翠の前に碧をかばうように両手を広げて立ちはだかった。

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