29. 迷子


「あれ? なかったで」

 タクトが首をひねる。

 私が、大量のコロッケの中に、1コだけ仕込んだ♡型の人参。☆や、梅の花型は、出てきたのだけれど、その1コだけが、まだ出てこない。でも、大皿のコロッケは、もうない。

 あとは、トモヤの皿に1つあるだけだ。

 これを引き当てたら、メニューの決定権1回分があたるということで、気合いを入れて食べ始めた彼らだ。


「あれえ? なんでやろ? 僕、めっちゃ慎重に食べてんけど。まだ、誰も♡でてへんよな?」不思議そうなタクト。

「オレは、☆と梅型。あとは、ブロッコリーとコーンとチーズと」

 ナオトは、いろいろバランスよくあたったらしい。

「俺は、なんか知らんけど、☆1コとブロッコリーいっぱいあたったわ。あ。チーズも。まあ、ブロッコリー好きやからええけど」テツヤが言う。

 ユウトとサキトは、

「僕、コーンと☆はけっこうあたったけど、♡はなかったな」

「僕は花の形のやつ」

 2人も首をひねる。不思議そうだ。

「なんでや?」


 そして、まさに、今もぐもぐしている、トモヤの口元に、みんなの視線が集まる。

「トモくん、もしかして、今食べてるヤツ、ちゃうん?」

「ほんまや、美味しい美味しい言うて、なんか勢いよくパクパク食べとったし」

「もしかして、気ぃつかへんかったんちゃう?」

 タクト、サキト、ユウトが、口々に言う。


 ハッとしたように、口に手を当てたトモヤが、

「あ! そうかもしれへん。……俺、うっかり、何も考えんと夢中で食べたヤツ、何個かある気ぃする……ああぁ。しもた~」と頭を抱える。

「も~。トモくん~」ユウトが笑う。


 もぐもぐしていたのを飲み込んで、トモヤが

「ごめんごめん。ま、それだけ美味しかったってことで、許して?」

 後半は、私に向かって笑いかけながら言った。彼は立ち直りがとても早い。

 そんなトモヤの様子を見ながら、ヒロヤが、小さく肩をすくめて、おかしそうに笑っている。

 他のみんなも、「もう~、何やってんねん~」「トモくんてば~」「うっかりもん~」と笑っている。

「へへへ」

 トモヤが照れくさそうに笑い、思わずみんなが吹きだしてしまう。

 彼は、いつもこんなふうに、みんなをふわっとした空気で笑わせる。彼がいると、温かな日だまりの中にいるみたいな雰囲気が生まれるのだ。

 

(ええ子らやな……)

 私は思う。

 彼らなら、誰かが何かを失敗しても、一方的に責める空気にはならないだろう。笑って、乗り越える方法を一緒に考えてくれそうだ。

 そういう安心感や信頼感が彼らの間にあるのを感じる。


 彼らを見つめながら、私は、今日の先輩との会話を思い出す。

 自分は、もう一度、あの場所――――会社に戻って、彼らのように安心感や信頼感を持って、毎日を過ごせるだろうか。

 そう考えて、気がつく。

 問題は、場所ではなくて、人なのだということに。

 仕事そのものは好きだった。手応えもあったし、アイデアもいくらでも湧いてきて、楽しくさえあった。

 それなのに、私は、人に疲れて、逃げ出してしまったのだ。


(情けないな……。いちいち人に左右されてるようじゃ、あかんよなぁ。自分がどうしたいのか。何をしたいのか。ブレてたらあかんよなぁ……)

 そう思う一方で、頭の中には、先輩の声と笑顔が浮かんでくる。

「もう一度、一緒に働かない?」

 明日断ることに決めたつもりだったのに、人参だけじゃなくて、私の♡も迷子になったみたいだ。

 なんだか少し心が揺れて、私はそっとため息をついた。

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