とうこ・みっくす

小波 良心

第1話 前世は勇者でした①


 今をさかのぼること、五百年以上も前のお話。

 かつて世界は人と人ならざる者に分かれ、争っていました。

奪い、奪われ。壊し、壊され。報復の連鎖はどちらかが滅ぶまで続くと、誰もが疑わない。

 そんな時代に人ならざる者たち、魔族を率いる王が誕生し、彼は魔王と呼ばれた。

魔王は魔法の道具を作り出すことに長けており、数多くの同胞を救う物を生み出していく。

 そして、人の群れからも風変わりな者が現れる。

彼は強大な力を持ち、人々を脅かす存在を退治してまわり。

一人の魔法使いのみを仲間とし。見聞を広めるためだけに旅をして、人と魔族分け隔てず、手を差し伸べる。

人々は彼を勇者と呼んだ。

 互いの勢力に切り札のような存在が現れ、緊張感の増す世界。

しかし、渦中の魔王と勇者は内心。人と魔族の共存を望んでいた。


 四月の桜は満開の時期を過ぎている。

地球が暖かくなりすぎたのか、桜が早咲きへと進化しているのか。

どちらにしろ、満開の桜が祝うのは新入生よりも卒業生。と思いながら通学路を歩く。

 私、結舞 桐子ゆま とうこは人間である。

なにを言いだす、と思う人もいるだろうが。

人間のほかにも吸血鬼、獣人、人魚、妖怪など。

他種族だらけの世界なので自己紹介は大切だ。

 偉大な歴史によると。五百年以上も前に、人間と人間以外で戦っていた時代。

戦争嫌いの魔王と、魔族と仲良くなりたい勇者が和平を結ぼうとして暗殺された。

その後、お互いの支持者たちが彼らの志を引き継いで尽力し、人間と魔族は共生の道を選び。

今の世に続いてきたらしい。

 しかし、これは作り話という見方もある。

道具づくりが得意な魔王が勇者に贈ろうとした剣があったらしいが、これが見つからなかったとか。

暗殺の現場となった神殿から遺体が発見されなかったなど。教科書にはそんな説が書き込まれている。

 私は魔王と勇者の話が好きなので、この説より、

天使が聖遺物扱いされるのを嫌がって遺体を持ち去った説のほうが好きだ。

「桐子、おはよ」

 思索にふけり過ぎていたようで、挨拶を返すのが遅れた。

幼なじみの朝木 浜凪あさぎ はまなは私がボーっとしていると思い、顔の前で手を左右に振っている。

「おはよう、浜凪。もう大丈夫だから」

 返事をしても振られ続けている手を下げさせて、二人で歩き始めた。

 浜凪とは、家が近所なのもあり、幼稚園からのつきあい。

実家は道場をやっていたが、今は看板を下ろしており、道場は浜凪の自室と化している。

遊びに行くと、無心で素振りをしている浜凪を見ることがあるが、そのときの彼女はちょっと怖い。

普段ののんびりとした雰囲気からは考えられないほど、集中していて、鋭く感じるからだ。

「今日、マリと三葉は?」

真理夏まりかは休みだからって、徹夜でなんかやってる。三葉みつはは制服見たいから、時間ずらして来るって」

「ていうか、グループチャットでこのくだりしたね?」

「桐子がまだボーっとしてないかの確認」

「……ありがとう」

 私のことを心配しての発言だったようだ。

 最近、なにかと考えごとに集中しては、周りが見えなくなる。

歩いているときでも、友だちと話しているときでも、ひどいときは食事中とかでもなるんだよね。

ごくたまに、気絶することもあったので病院に行ったが、お医者さんからは精神が混乱しているとか言われた。

両親は思い当たる節があるのか納得していたけど、私はなんのこっちゃ?ってかんじだったよ。

 そして、私は特に自宅療養にもならず、こうして学校に通っている。

学校でのサポーターとして、私の数少ない友人たちが支えると言ってくれたのも忘れてはいけない。

 ちなみに、マリは私の妹、真理夏まりかのあだ名。

オタクで怪しいことばっかりしてて、最近は魔法の練習にハマってる。

適性がないと使えないんだけど、それがあるみたいで。彼女は陰ながら努力してる。

 三葉は後輩で、真理夏のクラスメイト。いつも元気で行動力のあるファインガール。

でも勉強は苦手で、テスト勉強は一夜づけで乗りきろうとするタイプ。

見た目は普通の人間と変わらないんだけど、なんかの魔族らしい。

本人も「珍しい魔族らしいっす」ぐらいの認識しかしてないし、ほぼ人間として扱われてる。

 私、浜凪、真理夏、三葉でいつも一緒にいるんだけど。今日はさすがに入学式だから別行動。

浜凪だけが今は私のサポーター。

「で、今日はなに考えてたの?」

「桜ってさ。入学式のときにはもう、ほとんど散っちゃってるなって」

 改めて口に出すと恥ずかしい、今日から高校生なのに……。


 その後、特に何もなく学校に着き。入学式に参加できた。

「今年から入学の生徒さんも、中等部から上がってきた生徒さんもいますので、ご存じの方も多いと思いますが。我が浮島学園は、共生、尊重を大切にしています」

「人間と魔族、さまざまな種族の生徒さんがいますが同じ学友です。校長の私としましては、ときに支えあいながら学生生活を過ごしていただけると嬉しいですね」

「さて、長話は嫌われてしまうので、ここらで切り上げさせていただきます。ご入学おめでとう!」

 初老には既に入っているらしいのだが、そうは見えない振出 誠ふりで まこと校長の話は数分で終了した。

いつも要点だけを選んでいるので校長の話は短く、好感を得ている。

他の学校の人に話したら羨ましがられること間違いなしだろうな。

「校長先生、若い!」

「長寿の魔族なのかも」

「龍族かな?」

 なんて推察が、ところどころから聞こえてくる。おそらく、高等部から入学してきた人たちだな。

 振出校長の年齢不詳は、この学園にいくつもある不思議に数えられており。

中等部からいる生徒たちには既に話しつくされた話題だからなぁ。

今のところ、不老不死説が一番有力だよ。


 入学式後。クラス割りが書かれた紙を持って、教室に移動する。

 窓際の最後列、そこが私の席になるのだが。

なぜか、浜凪が先に私の席に座っていた。

「そこ、私の席だけど?」

「席替えしよう!」

「しょうがない……。って言うと思ったか!」

 一度、浜凪の席に行く素振りを見せつつ、ツッコミを入れる。

あぁ、今年は浜凪と同じクラスか。退屈しなそう。

「ていうか浜凪の席、最前列じゃん。普通に嫌だよ!」

「あ行の苗字の宿命ってやつだ、や行で助かったね」

 朝木と結舞では、席が最初と最後になるのが新年度の流れだ。

次の席替えまでは、この特等席をせいぜい楽しませてもらうよ。

「みなさ~ん。ホームルームを始めますので、席についてください!」

 黒の長袖ワンピースに白い手袋、日差しに照らされたようなヤマブドウ色の髪を後ろで束ねてポニーテールにし、

落ち着いた雰囲気をまとった若い女性が声掛けをしながら入ってくる。

顔は人間とほぼ変わらないが、長くとがった耳が目立ち。

手袋と長袖ワンピースの隙間から少しだけ見える鱗肌が、セクシーさを醸し出している。

「担任、ヒュドちゃんか。学校以外でも見てるし、変わり映えしないな」

「それよりも、早くどいてよ。初日から、毒喰らいたくないでしょ?」

 いまだに机に突っ伏している浜凪を揺すりながら脅しをかける。

痛い目をみたくないようで、観念して席に戻っていく。賢明な判断だ。

「えっと、大丈夫そうですね。みなさんの担任になりました、日向 紗良ひゅうが さらです!よろしくお願いします。担当教科は歴史で、好きな物は読書です!」

 日向先生は、学園でもけっこう有名人だ。お嬢様みたいな見た目で目立つし、優しい。

 しかし、なぜヒュドちゃんと呼ばれているかといえば。

「もしも、学園内で暴れたりしても。私が止めますので、安心してください!体に影響のない毒を使いますからね」

 幼さも残る笑顔でそう言うと、教室がザワザワしてきた。

 私を含めた中等部組はやっぱりかという顔をしている。

 先生は毒龍の魔族で、さまざまな毒素を生成する特技を持っている。

 痺れたり、眠らせたり、力が抜けたりと、奇野師団さながらの毒遣いで学園の鎮圧係も兼任し、すぐに問題を問題でなくしてしまうことから、伝説の毒龍ヒュドラになぞらえてヒュドちゃんと呼ばれている。

「あ、あれ。やっぱりこの自己紹介ダメだったかな?朝木さん」

 先生は教室内の違和感を察知し、「またやっちゃったかな」とワタワタし始め。近くにいた顔見知りに意見を求めた。

 名指しされた浜凪は腕組みをしながら、うーんと悩んだ後で。

「まぁ、遅かれ早かれ、みんな知ることですから・・・。先に言っておいて良かったんじゃないですか」

「ありがとう!そうよね。うん!そういうことにしておきましょう」

 慰められた先生は、手をたたいて納得した。

こういうところあるから、好きになっちゃうんだよなヒュドちゃん。

「さて!先生の自己紹介は終わったので。次はみなさんのことを教えてください!」

 立ち直ったうえに、言葉づかいが砕けてきたな先生。

 最初の出席番号である浜凪から自己紹介がスタートする。

「朝木 浜凪、人間。趣味は特にないかな。好きでも嫌いでもないけど継続してることは素振り。まぁ、よろしくね」

 新入生らしい輝きが全くなく、浜凪らしさが全開だった。

 そのあとも、個性的な自己紹介が続いていくが、知ってる人も多いし、ちょっと聞き流し。

 なにより、日差しが眠気を誘ってきて、ほとんど耳に入ってこない。

「立葵 姫香(たちあおい ひめか)、種族は吸血鬼と人間のハーフですが吸血鬼を名乗ってます。体質の関係で登校できない日もあると思いますが、仲良くしてくれると嬉しいです!」

 薄い赤色の髪に白いベールを被った彼女が、少し気になったので、言葉に耳をかたむける。

 あの娘が付けてるの、うちのお父さんが作ったマジックアイテムだ。工房で見たことがある。

 あんな花嫁衣装みたいなの似合う人いないと思ったけど、意外と普段使いもイケるんだね。

 それにしても、お父さんってマジックアイテム作るの上手だなぁ。

 まるで道具づくりが得意だった魔王みたい、どんな人かは知らないけど。

「……さん? 結舞さん!」

「あ、ごめんなさい。大丈夫です。」

「よかった。また、いつもの?」

「はい。たぶん」

 先生がすぐ近くにいるのに、全然気がつかなかった。

 また、なっちゃったか。しかも高校初日のホームルームで。

「結舞さんで最後だから、終わったらすぐに下校よ。がんばって!」

「あ、はい。結舞 桐子、人間です。好きな物はマジックアイテムと散歩。あとは……特になし。これからよろしくお願いします」

 もともと、なに言おうか考えてなかったから。こんなもんだよね。

「予鈴はまだですが、これでホームルームはおしまいにします!明日も元気に、登校してきてくださいね!」

「「はーい!」」

 早帰りでテンションの上がったクラスメイトたちの返事が大きく返ってくる。

 特に用事のない生徒たちが教室を出ていくなか「結舞さんと朝木さんはこっちに来て」と先生に呼ばれた。

「う~ん、まだ良くならないか」

「はい、残念ながら」

 中等部の終盤から。この症状関連で、先生にはずいぶんとお世話になっている。

 ちょっと考えすぎかもしれないが先生が担任なのって、私のこともあるのかも、事情を知ってるのと知らないのでは対応の差もあるし。

「明日からは通常通り授業もあるし、キツいかもしれないけど。今日くらいはゆっくり休んでね」

「ありがとうございます」

 実は入学前からの知り合いだし、安心も信頼もしてるけど。

 今日一番、先生が担任になって嬉しいと感じた。

「朝木さん。結舞さんのこと、しっかりとお家まで送ってあげてね」

「了解です」

 浜凪は額の前で手をかかげて了承する。

 まぁ、実際何度もそうなって、浜凪に送り届けてもらってるので、助かってます。

「あ、さっき三葉を見かけたんだけど、早めに合流して帰ってね。これから職員会議で忙しいから」

 じゃあね、と手を振りながら先生は教室を出ていった。

 三葉、バッチリ見つかってやんの。

「さて、桐子が元気なうちに、三葉拾って帰りますか」

 バッグを肩にかけて、私たちも教室を後にした。

 これから一年間お世話になります、また明日。

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