第5話 痕跡②
花菜江と有実は長野駅より電車に乗り佐藤の実家がある場所の最寄り駅に立っていた。
「うわ~、静かな場所だねぇ。私も地元思い出しちゃう。」
「信州は涼しいって聞くけど、夕方になると肌寒いね。」
駅は、田舎の駅らしく小さな建屋で辺りには高校生だろうか、制服を着た若者達がたむろしていた。
「タクシー乗っていこうか。」
二人は駅周辺に客待ちしていたタクシーに乗り込むと佐藤の実家の住所を運転手に告げた。
「お客さん達、もしかして佐藤さん所の水希ちゃんのお友達かい?」
運転手は佐藤の事を知っている様子であった。
「はい、私達水希さんと同じ会社の者でして。」
運転手は一瞬の沈黙を置いて深いため息をついて神妙な面持ちで話し始めた。
「水希ちゃん・・残念だったね。僕もね、昔からこの辺りでタクシー運転手やっているけれどよく水希ちゃんを乗せて走ったもんだ。」
「運転手さん、佐藤さんの知り合いなんですか?」
「はい、こんな田舎ですからタクシーに乗るお客さんは大体固定客ばかりでしてね。水希ちゃんが高校生の時なんかは、時々駅からタクシーでお家まで運んでたんです。」
「そうだったんですね・・。本当に佐藤さんが亡くなったなんて私達や会社の者達全員悲しんでいるんですよ。」
「だろうね、水希ちゃん良い子だから皆から好かれてたし。」
「会社でも佐藤さんは人気者だったんですよぉ。年下の後輩君にも佐藤さんの事好きっていう人がいたくらいです。」
「ほほう、水希ちゃんモテるからねぇ。美人さんだし。そういえば、高校生だった時もよく彼氏連れて歩いていたっけ。」
佐藤の彼氏と聞いて花菜江はハッとした。この運転手さんなら佐藤が言っていた結婚を約束した人を知っているかも知れないと。
「あのっ、水希さんの彼氏がどんな人か知っていますか?」
「水希ちゃんの彼氏?今彼氏がいるかどうかは知らないよ。でも高校生の時の彼氏なら何度か水希ちゃんと一緒にタクシーに乗せたことがあったよ。」
佐藤が言っていた結婚相手は『高校の時からの付き合い』なのだから、十中八九運転手さんが水希と一緒にタクシーに乗せていた人同一人物であることは間違いない。
「その人のこと教えていただけませんか、どんな人だったんですか。」
「そうだねぇ、昔の事だからはっきりとは覚えていないけれど真面目そうな印象かな。めがねをかけていて勉強は出来そうな顔してた。」
「その人の名前とかは?」
「名前まではちょっとね・・。その当時あまり根掘り葉掘り聞いたら悪いと思って聞いてなかったんだよね。」
「そうですか・・なら、写真とかみれば判りますか?」
「もう15、6年も前の話だから性格に判るかどうかは自身無いけど、当時の写真みれば思い出すかも。あ、ホラ着いたよ。」
そうこう話している内にタクシーは佐藤の実家の家の前に到着した。花菜江はまだこの運転手さんと話したかったが、目的地に到着してしまったので降りるしか無く、本来の目的を達成する為に運転手さんとの会話は打ち切ることにした。
佐藤の実家は周囲に畑が点在しており所在こそは田舎であったが、家の建物は大きくそして広かった。
「立派な家だねぇ。私、こういう家に生まれたかったよ。」
「私だって・・。ホラ行くよ。」
花菜江は有実を促し、家の玄関のチャイムを鳴らした。家の敷地内には何台もの車が駐まっており、水希の通夜の為に集まった親戚の物だと容易に察することができる。
チャイムを鳴らしてほんの数秒の間だろうか、玄関扉が開くと、妹の希が顔をだした。
「どうも、どうぞ中にお入りください。」
挨拶もそこそこに希は花菜江と有実に家の中に入るように促し、通夜会場である和室へと通した。そこには沢山の人が集まっており、ハンカチで目頭を押さえながら佐藤の顔をのぞき込んで別れを惜しんでいた。
花菜江と有実もお焼香を済ませると、手を合わせて佐藤の冥福を祈った。そして佐藤の両親にも挨拶を済ませると、妹の希が二人に近づきはがきの束を手渡した。
「これが今年うちに届いた姉宛の年賀状です。」
花菜江と有実は年賀状の差出人の部分を二人で確認すると、差出人は女性ばかりであることに気がついた。
「年賀状、これだけですか?」
「ええ、そうです。それが全てです。」
冥途商事の会社の人達は佐藤宛の年賀状を東京の一人暮らししているアパート宛てに送っているはずだからここに無いのは判る。でも、地元の友達からの年賀状の中に佐藤の婚約者からの年賀状が無いのには違和感を感じた。佐藤の婚約者が携帯のメールで新年の挨拶を済ませる主義の人なら別だが。
「この中に高校時代のご友人の年賀状ってあります?」
「ありますよ、って・・その内の一人が丁度今この場にいらっしゃいます。」
希が指さした方向には喪服を着た一人の女性が水希の死に顔を眺めながら泣いていた。
「あの方が岩垂奈津美さん、姉の高校時代の親友です。呼びましょうか?」
「お願いします。」
岩垂奈津美は希の呼びかけに応じると、花菜江達の元にやってくると、少し不審そうに花菜江と有実の顔を交互に見つめた。
「えっと・・・私になにかご用でしょうか?」
「はい、私達水希さんと同じ東京にある会社に勤めています新田と申します。」
「私は大谷といいます。」
「はぁ、それで・・なにか・・」
「率直にお聞きします。水希さんの婚約者って誰ですか?高校時代の同級生って聞いてますけど。」
「婚約者って・・ああ、山下君の事でしょ。水希の彼は山下将弥さんっていう人です。」
佐藤が花菜江以外に婚約者の事を話した人物をとうとう探り当てたと、花菜江と有実は事件の真相に近づいている事に胸がドキドキした。この人ならば、佐藤が事件当日会った相手も知っているのではないかと。
「山下将弥さん・・その方は公務員ですか?」
「はい、そうなんですけど・・もし込み入ったお話になるのでしたら、外行きませんか?ここでは水希のご両親やご親戚の方々もいらっしゃいますので。」
「そうですね・・突然ぶしつけな質問をしてしまい、すみませんでした。有実、外で話を聞こう。希さんもありがとうございました。」
「良かったら姉の高校の卒業アルバムを持ってきましょうか。卒アルになら姉の婚約者?だとかいう人の顔も載っていますし。」
「すみません、お願いできますか?」
「はい、では外で待っていてください。」
花菜江は水希の高校時代の卒業アルバムを確認できるのは有り難かった。ここにきてようやく佐藤の秘密の彼氏の顔を拝めるのだから。
花菜江と有実、そして岩垂奈津美の三人は一旦家の外にでると、近くの畑のそばに置いてあった腰掛けに座った。
「で、どういった事を知りたいんです?」
「実は、水希さんは遺体が発見される前日に誰かと会う約束で善光寺に一人で向かったらしいんです。その誰と会ったまでは警察でさえ判っていないんですが、もしかしたら、水希さんの婚約者の男性と会っていたんじゃないかって思いまして・・。」
「まさか・・山下君が水希を殺したの・・?」
「あ、いえまだその人が水希さんを殺したかどうかだなんて決まった訳ではありませんが、何か知っているんじゃ無いかなって思って。それに、水希さんは彼氏だとか婚約者がいるなんて会社の誰にも話してなかったんです。普通結婚が決まっただなんておめでたいこと会社の人や仲の良い友達とかに話すはずなんですが、私以外の誰にも話していなかったみたいなんです。」
岩垂は少し俯いて考えた後、話し始めた。
「水希と山下君は同じ高校の同級生でね、付き合い始めた頃なんてそりゃ毎日幸せそうだったわよ。山下君の方から水希に告白したんだけど、でもそのうち水希の方が山下君にゾッコンって感じになっちゃって、そりゃもう、毎日山下君にべったりくっついていたわ。」
岩垂は深いため息をついた。佐藤がその山下という男性に夢中なのは、社員旅行前に佐藤が言っていた事でも伺える。
「でもね、東京の大学では別々の大学に進学しちゃって、それからはすれ違う様になっていったみたい。山下君、大学に進学したら急にイメチェンしちゃって女の子達にモテるようになって水希とは距離を置くようになってしまったの。」
「よくある話だよね。進学を機に人が変わるってよくある話だよ。特に、地方に住む人が都会に住むと羽目を外すものだもん。」
有実がいつもと違う真剣な口調で口を挟むのを花菜江は意外そうに見つめた。
「有実・・・。」
「でも、佐藤さんは別れたくなくて必死にその山下さんって人を追いかけ回していたって事ですね?」
「そうなんです・・・。別の人探せばってアドバイスもしたんですけど、やはり水希は山下君にこだわっていて。」
「有実、どうしちゃったの!?いつもの有実とは違うよ。」
「ん?そんなに以外?私がこういう事言うの。」
「うん以外。有実が男女関係の心の機微を理解してたなんて・・。」
「失礼ね!私だって男と付き合った経験くらいあるんだから、それくらい判るよぉ。」
「でも石田さんには、あまり相手にされていないみたいだけどぉ?」
花菜江は冗談ぽく言って有実の反応を面白がってみたが、困った顔をした岩垂に気がつき話を軌道修正した。
「で、その山下さんと水希さんはどうなったのですか?婚約したくらいだから元通り寄りを戻したんですよね?」
「大学以降水希と山下君は、くっついたり別れたりを繰り返していたみたいです。思うに山下君の方は水希から逃げたがっているように見えました。だから山下君は水希と違って大学卒業後は地元に戻ってきたんだと思います。」
「でも、今回無事婚約したと。」
「そうですね。私にも報告してきましたよ。でも今年の春頃水希が言っていたのですが、『私、強引に将弥に結婚決めさせちゃった。私将弥の秘密握っちゃったから将弥は私に逆らえなくなっちゃったの。これからは浮気なんて絶対にさせないし。』って言ってたんです。」
「秘密?秘密ってどんな秘密なんですか?」
「私にも判りません。教えてくれなかったので。でも、山下君の秘密を握った事を私に話したのはある意味保険のつもりだったんじゃないかな。ほら、秘密の内容がどんな内容か知りませんが、今にして思えば、彼の人に言えないような秘密を水希が握った事を私が知っていれば自分に何かあった時の手がかりになるんじゃないかって水希は思ったんじゃないかな。」
恐らくこの岩垂奈津美という女性は佐藤の恋人の山下を疑っているのだろう。でも、そう考えれば佐藤が言っていた『高校の時からの付き合いで公務員』という念押しに近い言葉も、花菜江に託された保険だったのではないだろうか。花菜江も有実も一歩一歩づつ確実に佐藤の死の真相に近づいている事を確信した。
その時、希がやってきた。腕には卒業アルバムの分厚い本が抱えられている。
「遅くなって済みませんでした。探すのに手間取っちゃって。」
「いえ、こちらの勝手な都合で動いて貰っちゃって申し訳ありませんでした。」
花菜江は希から卒業アルバムを受け取ると、それを岩垂に手渡した。岩垂はパラパラとページをめくると3年3組のページで立ち止まり、ある一人の人物を指さした。
「この人が山下君です。」
そこにはめがねをかけた真面目そうな若者が写っていた。そして同じく3組の女子のページには高校生時代の佐藤水希の姿が。
32歳の今現在の面影を残しつつ、若く美しく生命力に満ちあふれているその顔写真からは、高校卒業後より14年後に無残にも殺される羽目になるとは誰も想像できなかったであろう。目頭が熱くなった花菜江は心の底から仇を討つ事を誓った。
「この人がお姉ちゃんの彼氏・・・。」
「そうなんだよ希ちゃん。この山下君って彼が水希の高校時代からの彼氏だった人。」
「この人がお姉ちゃんと婚約までしていたんですか!?」
「そうなのよ、でも、今日のお通夜には来ていないみたいだね。」
「はい、来客は全て親戚か、高校と中学時代の女友達ばかりでして、この人はお姉ちゃんの婚約者のくせになんで来ないのよっ。」
怒りに震える希をなだめるかの様に有実はそっと彼女の方に手を置いた。
「希ちゃん・・・。その山下って人薄情だよね。岩垂さん、山下って人の連絡先は知ってますか?」
「残念ながら、私自身はもうすでに山下君とは関わりが無いから知らないんです。水希だったら知ってたんだろうけど。」
「そういえば、水希さんのスマホって知りませんか?警察が言うには発見当時佐・・いえ水希さんの鞄の中には無かったらしいんですけど。」
「水希のスマホが?どうして?」
「判りません。でもスマホさえあればメールのやりとりとか、通話記録とかでいろいろ犯人の事判ったのに。警察は電話会社に問い合わせして通信記録を調べているとは思いますが、例え警察でもメールのやりとりの内容までは判らないでしょうし・・・。あ、でも警察の捜査でなにか判ればお知らせします。」
「お願いします!」
ふと花菜江は石田からの言いつけを思い出した。水希が遺体となって発見された時に履いていた靴の件である。
「希さん、もう一つお願いしてしまっていいかな?」
「なんでも言ってください。姉の為なら何でもやります!」
「う、うん、実は水希さんの遺体を警察書から引き取った時に一緒に履いていた靴も返却されていると思うんだけど、その靴って今みせてもらえること出来るかな?」
「靴?判りました。今持ってきます。」
希は小走りに家の方向へ走って行き、残された三人はそれを見送った後、無言で希の帰りを待った。希がパンプスを抱えて戻ってくると花菜江と有実は目をこらして靴を確認した。
「このパンプス、確かに佐藤さんの趣味と違うんじゃ無い?」
「花菜江もそう思う?私もこの派手なパンプスはおっとりとした佐藤さんの趣味には見えないよ。会社に履いてくる靴だって、もう少し上品で控えめな靴履いてくるのに、わざわざ社員旅行でこんな趣味の悪そうな靴履いてこないって。」
「あの・・これお姉ちゃんの靴じゃないんでしょうか・・。」
「あ、いえ、確実に佐藤・・水希さんの靴じゃないって確証があるわけではないんですが、水希さんの趣味にしちゃ派手だなって思って。」
今、この場にいる四人は佐藤の持ち物とされる派手なパンプスを凝視しているのだが、なぜか岩垂だけは信じられない物をみた様な驚いた形相をしていた。
「どうしましたか?顔色悪いですよ。」
花菜江は岩垂の表情が暗いのに気がつき声をかけるも、岩垂は何でも無いというように首を横に振るだけであった。
「希さん、この靴写真撮っていいですか?」
「いいですよ、お見受けしたところお二方は姉の死の真相を調べているんですよね?」
「実はそうなんです。どうしても水希さんの仇を討ちたくて。」
「私も協力します。なんでも言ってください。良ければこのパンプスお持ちください。」
「じゃあ、ついでと言っては何ですが、水希さんの卒業アルバムお借りしてもいいですか?」
「いいです。いいです。駄目なもんですか。お持ちください。」
「お借りします。」
辺りはすっかり日が落ちていた。花菜江と有実は暇乞いをし、佐藤の実家を出た。
帰る途中駅に向かうのにタクシーを呼んだのだが、呼んだタクシーの運転手は来たときと同じ人物であった。そこで花菜江は運転手に佐藤の卒業アルバムを開いてみせると、高校生の時の佐藤の彼氏の山下の顔を指さして見せ、運転手の記憶を呼び覚まそうとした。
「おーこの子だ。水希ちゃんの高校生の時の彼氏。彼は今なにしてるの。」
「別の方から聞いた話によると公務員の仕事をしているそうです。そして、最近佐藤さんと結婚の約束をしていたそうです。」
「そうだったのか・・そりゃ水希ちゃんがあんな事になって、さぞ無念だったろうな。」
「運転手さんは、佐藤さんが他殺だったって知ってますか?」
「ああ、水希ちゃんのお父さんとは友達だからね。知っているよ。」
「事件当日、佐藤さんは誰かと会う約束をしていたそうです。その相手はこの山下って人かもしれないし違うかも知れない。私達、実は佐藤さんを殺した犯人を調べているんです。運転手さんももし何か事件について知っている事があるのなら教えてください。」
「・・・残念ながら事件の事は何も知らないんだ。元々僕の担当区域はこの千曲市内だからね。でも、長野市には仲間のタクシー運転手がいるから、事件当日不振な人物を見なかったか聞いてみるよ。タクシードライバーってのは意外と情報通なんだよ。」
「ありがとうございます。あ、これ私のメルアドなんですけど、もし何か判ればここにメールください。それと私の名前は新田と言います。」
花菜江は自分のメルアドと名前をを記載したメモ用紙を手渡した。
「承知しました。でも、お客さん達気をつけてね。殺人ともなれば犯人だってまともな人間じゃないのは確かだ。今度はお客さん達が狙われないように気をつけてくれよ。」
「はいっ。勿論です。」
タクシーは駅に到着して花菜江と有実を卸すとさっそうと去って行った。二人は急いで駅舎に入り長野市行きの電車に飛び乗った。
ホテルに戻ってきたのは20時前だった。沢山歩いたので花菜江も有実も疲れ切っていた。
「足いた~い。パンパンにむくんじゃってるぅ~。」
有実はベッドに倒れ込んで泣き言をわめきちらすと花菜江も、一仕事終えて安心したのか肩をすくめた。
「私もよ。お腹も空いたから夕ご飯食べに行かなきゃね。でも、その前に一つ用事を済ませてから。」
「用事って?」
「ほら、希さんから借りた佐藤さんが履いていた派手なパンプス、これを写真撮影して盛岡さんに確認してもらうの。この靴が本当に佐藤さんの物なのか、それとも違うのか。」
「そっつか~・・・て、盛岡さんに電話して大丈夫・・?ほら、私達だけ帰りの新幹線から降りて長野に残ったこと何かいわれるんじゃないかな・・。仕事も休んじゃっているわけだし・・。」
有実も花菜江と二人で課長の制止も聞かずに新幹線を飛び降りた一件で部長を始めとして商品企画課の連中から怒られるであろう事は予想している。いずれは東京に帰京しなければならないのだが、帰京する前に、今ここで先輩である盛岡に電話連絡しても確実に説教される事は目に見えている。疲れた体で説教をされるのは気が滅入るものの花菜江としたら、刑事である石田からの頼みは事件を解決するには無視できないし、なによりこの派手なパンプスがもしも・・万が一犯人の物であるのなら貴重な証拠となる。花菜江は怒られることを覚悟して盛岡の携帯に電話を入れた。
『はいもしもし。』
電話口から盛岡の少し強めの声が聞こえてくる。花菜江になにか言い足そうに思ってそうな声だ。
『もしもし、新田です。』
『新田さん・・。あなたね途中で電車降りちゃって一体どうしちゃったの!?』
『はい・・すみませんでした・・。』
『課長があわ食ってたよ。そこに大谷さんいるの?』
『はい、大谷さんもここにいます。お説教なら後日受けます。今は盛岡さんに聞きたい事がありまして・・。』
花菜江は申し訳なさそうに声を低くすると、盛岡も少し落ち着いた様子で返答してきた。
『聞きたい事?今あなた達が会社休んでいる期間どういう扱いになっているかってこと?それなら課長が気を利かせて有給扱いにしてくれてるから。戻ったら課長に感謝するのね。』
『ありがとうございます。でもそうじゃなくて、盛岡さんに見ていただきたい写真があるんです。』
『写真って・・長野観光中の写真なら結構よ!。』
『違います。今、写メで送りますね。』
花江は撮影した希から預かってきた派手なパンプスを盛岡にメールに添付して送った。
『ん?この趣味の悪いパンプスがどうしたの?』
『このパンプスは、佐藤さんが発見されたときに身につけていた物です。盛岡さん、社員旅行中、佐藤さんはこのパンプスを履いていたか覚えていますか?』
『違う、こんなパンプス水希は履いてなかった。水希はカジュアルな歩きやすそうな靴履いていたもの。』
『このパンプスが誰の物か知りませんか?』
『知らない。水希は元々歩きやすい靴をいつも履いていたからこんな派手で歩きにくそうな靴なんて履かないと思う。水希は大学時代登山部に入っていてその時の癖でいつも歩きやすい靴を選んで履いてるんですって。』
『やっぱり・・。って、佐藤さんは大学時代登山部だったんですか?』
『らしいよ。だから野草とかとっても詳しくて、今でも時々近場の山にハイキングに行ってワラビとか採ってきてお裾分けしてくれてたの。』
佐藤が大学時代登山部だったとは初耳だった。そういえば、以前東京の佐藤のアパートの近くで見かけていた時に捨てていた雑誌の束に野草の雑誌が混ざっていたのを思い出した。
花菜江はこれまでの経緯を盛岡に説明すると、来週の月曜日にはかならず有実と共に出社すると伝えた。
『そうだったの・・。水希の為に。私には出来ない事だわ。他にも何か聞きたい事があれば電話して。できる限り協力するから。』
『はい、ありがとうございます。』
『必ず水希の仇をとってね・・。」
そこで通話は終了した。
花菜江はさっそく石田に電話をかけると、佐藤の履いていた派手なパンプスが佐藤の物ではない事を説明した。
『やはりそうだったか。わかったありがと。そうだ、お前等今どこにいる?』
『何処って・・宿泊しているホテルだけど。』
『これからそっち行っていいか?夜食持って行くから。もちろん酒も。』
通話が終わった後、花菜江が有実に、石田が今からここにくる事を伝えると有実は喜んだ。
それから一時間ほど、石田と花菜江達はホテルのゲストルームで再び酒盛りを始めながら知り得た情報を元に事件の整理を始めた。
「つまり、佐藤の元彼は山下ってヤツか。」
「元彼じゃなくて結婚が決まった位だから現在の彼氏だってば。でも気になるのは、その岩垂さんっていう人の話だと、佐藤さんがその山下って人と強引に結婚を迫ったって事。その人の秘密を盾に結婚を決めさせたって事だから山下って人が佐藤さんの事本当に好きだったかどうかかなり怪しいんだけど。」
「思うんだけどさぁ、その佐藤さんの恋人って男は女の子にモテていて、佐藤さんとは別れたり寄りを戻したりの繰り返しだったみたいじゃん。岩垂さんも言っていたけど、佐藤さんと別れたがっている様に見えたって。もしかしたら、佐藤さんと婚約した時も他に彼女とかいたんじやないかな。」
酔っ払いながら有実は一つの仮説を思いつく。
「あの佐藤さんが二股をかけられていたってこと!?」
「あくまでも憶測だけどね。ありえない話じゃないよ。遠距離だし、モテる男なら他に女が酔ってきてもおかしくないし。しかも岩垂さん情報だと『秘密』を盾にしたんでしょ?隠された秘密を盾にしなきゃ婚約してもらえないなんて、それほどまでに相手は佐藤さんから距離をとっていたって事。」
「女って怖ぇな。相手の弱みにつけ込んで結婚をせまるなんて。それともそれほどまでに山下ってヤツがいい男だったか。」
「石田さん女に夢見過ぎですよぉ。あ、でも私は石田さんにそんな事しませんからぁ。」
「その山下ってヤツ少し調べてみるか。その山下ってヤツの住所聞いているか?」
「実はそこまで聞いて無くて・・。卒アルにも卒業生の住所なんて載ってないし・・調べようがないというか・・。せめて岩垂さんの連絡先聞いておけば良かった。」
「借りてきた年賀状の中にもその山下の年賀状なんて無かったしねぇ。」
花菜江も有実も残念そうに肩を落とすが、石田は違った。
「大丈夫だ、調べる方法ならいくらでもあるぞ。その石田ってヤツの出身高校へいって卒業生情報を調べれば実家の住所くらい判るからな。そこから芋づる式に調べればすぐに判る。」
「警察って便利だね。ねえ、私も一緒に行っていい?」
「おう、いいぞ。お前等は特別だ。だけど一つ条件がある。」
「条件!?」
「そうだ、例えどんな理由であれ警察の捜査に一般人を同伴することは許されない。だから・・・」
「だから・・・?」
「刑事のフリしてくれ。」
石田の提示してきた条件に花菜江も有実もあっけにとられる。今まで石田は頭の固い人間だと思っていた。しかし、一般人である花菜江と有実に刑事のフリをしろと言うなんて予想外なのだから。有実でさえ驚いている。
「そんな事いっちゃっていいの?」
「だから、ここだけの話だ。誰にも言うなよ。」
「もちろん!」
「は、はい!」
花菜江と有実はかつて無いほどの経験に心を踊らせた。刑事ドラマなどで行われている様な事件捜査に一般人である自分たちも参加できるなど、今後一生訪れる事は無いのだから。
「あ、でもこんな服装で警察の人間だって信用されるかな。明日、何処かでスーツ買ってこなきゃ。・・・とびきり安いやつを。」
「そうだな。あと髪型もだ。堅いイメージに見える髪型にしろ。」
「り、了解ですっ。」
「石田さんと同じ刑事の真似ができるなんて、嬉しい。」
「後、これだ。」
石田は数枚の書類を差し出した。
「これは?」
「これはだな・・・・。」
石田が話しにくそうにモジモジしている様子をみて花菜江は悟った。恐らくこれは一般人が見てはいけない捜査資料だということを。
「見てもいい・・?」
「ああ・・。実はこれは事件があった当日、寺の宿坊に宿泊した客とお朝事に参列した客の名簿だ。誰にも言うなよ。」
花菜江は急いでその書類を石田から奪い凝視した。有実も脇からのぞき見る。
名簿には当然のことながら、男女問わず複数の参拝客の名前が羅列と住所が記載されていたが、ふと、宿坊に宿泊した客の中に同じ名前で二部屋分部屋を押さえている客に目をとめた。
「この霧島玲香って人、なんで二部屋分押さえてあるの?」
「それはだな、友達と複数人で泊まったんだと。確か三人で来ていたはずだ。」
花菜江は宿泊者の名前を確認すると、部屋の予約者の霧島玲香という名前の他に他二名の名前が記されていた。
「ん?ちょっと待って。」
一緒に名簿を眺めていた有実が何かに気がついた。
「この霧島玲香って人・・。」
有実は希から借りてきた佐藤宛ての年賀状を一枚一枚丁寧にめくり名前を確認すると、その中から一枚取りだして花菜江と石田に見せた。
「ホラ、この人。霧島玲香って人佐藤さんの友達だったんだよ。佐藤さん宛に年賀状が届いているもん。」
「ほんとだ・・。有実凄いじゃん。よく覚えていたね。」
「まあね・・って、ちょっと人を物覚えの悪いやつみたいに言わないでよ。」
「そんな事無いってば、気のせいよ。」
「この霧島玲香は佐藤の友人だったのか・・。いや、ただの同姓同名って事もありえるぞ。」
「でも、年賀状の差出人住所とこの宿泊者名簿に記載されている住所が同じですよぉ。」
「石田さん、この人にも事件当日事情聴取したんでしょ?なんて言ってたの?」
「さっきも言った通り、友達と複数人で宿泊したんだと。元々地元の人間だが、時々寺みたいな厳粛な雰囲気を味わいたくなるんだとさ。」
「まあ理由はよくある理由ではあるよね。でも、佐藤さんが殺された日に都合良くその友達が同じ場所に泊まってるって変じゃない。」
花菜江は希から借りてきた佐藤の卒業アルバムをめくり、卒業者指名に『霧島玲香』という名があるかどうか調べると、やはり卒業者名簿の中に存在した。
「ホラ、これ。この人。石田さん、宿坊に泊まった霧島美玲と同じ顔してる?」
石田は卒業アルバムに掲載されている霧島美玲の顔をまじまじと確認すると、目を大きく見開いた。
「似ている・・。でも面影はあるが、雰囲気はこの写真と少し違うな。寺に泊まっていた霧島玲香は派手な印象だった。でも偶然にしちゃ都合が良すぎるよな。でも、不審な点は無かったし、一応全員手荷物検査をしたけどこれと言って怪しい物はでてこなかったぞ。」
「同伴している他の人達はどういう人?」
「他二名もこれといって怪しい所は無かったぞ。」
「職業は?」
「職業は看護師だ。三人とも看護師仲間だそうだ。」
看護師ならば青酸カリも手に入るのではないだろうか、と花菜江は考えた。恐らく有実も同じ事を考えたのか、花菜江に意味深な目線を合わせる。
「じゃ、明日は佐藤の婚約者の山下の調査と霧島玲香についての身辺調査するか。」
「了解!」
花菜江と有実は笑顔で答える。時計を見ると深夜0時前だった。
「じゃ、俺はそろそろ帰るよ。また明日の朝迎えに来るから。」
「え~石田さんもう帰っちゃうの?」
「あれ~、また泊まっていかないの?」
花菜江と有実が面白そうに石田をからかったが、石田は表情を堅くするだけだった。
「いくら何でも、女の部屋に男が泊まるのはまずいだろ。俺は一応刑事なんだから。それに昨日のは不可抗力だ。」
「そっか、じゃまた明日ね。」
「ああ、・・・それにしてもお前等凄いよ。女のくせに・・いや、一般人でここまで調べ上げるなんて。」
「あ、また男女差別発言!」
「今のは言葉のあやだ。これくらい大目に見ないと男にモテないぞ。」
「でも、石田さんも女にモテなさそう。」
「ほっとけ。・・・じやあまた明日。」
石田は振り返らずにそのまま部屋をでていった。有実はそんな石田と花菜江を無言で意味深な眼差しを向けていた。
その日の深夜、長野市内のあるゴミ捨て場で野良猫がゴミ袋を食い破り残飯を漁っていた。最初は美味しそうに残飯を食べていた猫であったが、そのうち嘔吐し、苦しんでその場で絶命した。
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