第3話 女は度胸 男は愛嬌

 午前9時過ぎ、株式会社冥途商事の一行は長野駅に居た。本来ならば午前中に戸隠を皆で観光した後に電車に乗って東京に帰る予定だったのが、急遽朝から帰京することになった。

駅のホームで新幹線の到着を待っている一行の表情は暗く、誰も一言も喋らない。花菜江も無言で昨日有実に言われた『私達に出来る事』や盛岡に責められた事、そしてつい二日前まで楽しそうに会話していた佐藤の笑顔が頭から離れずにいた。

(このまま東京に帰っちゃっていいの?全て警察に任せて何もしなくていいの?)

つい頭の中で同じ事を堂々巡りに考えてしまう。

(警察でもないのに私に解決できるのかな・・。でも・・・でも・・・。)

そうこう考えている内にホームに花菜江達が乗るべき新幹線が到着した。

「えー、列車が到着しましたので、乗り込みます。皆さん必ず乗車してください。」

吉川課長の先導について行き皆順番に乗り込む。全員椅子に座り発車をひたすら待っている。

(このまま帰っちゃっていいのかな・・。警察がきっと犯人を捕まえてくれる・・でも・・でも・・。私にもできることがあるのかもしれない。)

花菜江は社員旅行の数日前佐藤と話したときの、少し苦しそうな佐藤の表情を思い出した。

発車を予告するベルが電車内に鳴り響く、花菜江は意を決して荷物をひっつかみ立ち上がると、急いで出口に向かった。

「ちょ・・ちょっと花菜江!何処行くの!?」

有実が花菜江を呼び止めるもその言葉を無視して小走りに走り去る。有実は自分も降りるべきかどうしょうか迷ったあげく、自分も手荷物をひっつかみ花菜江の後に続いて新幹線の出口に向かった。

「おい!新田さん、大谷さん!何処行くんだ。もう発車するんだぞ!?」

吉川課長の制止も無視して花菜江は新幹線を飛び降り、続いて有実も飛び降りた。二人が新幹線から降りた瞬間扉は閉まり、新幹線は東京へ向けて出発した。

「おーーい!こらーーー!勝手な行動をするなーーー!。」

吉川課長の叫びも空しく、花菜江と有実は長野の地に残ることとなった。


「ちょっと待って。ねー花菜江ったらーっ。」

有実は走り去る花菜江の後を必死になって追いかけていく。花菜江は駅の改札口を出ると一旦立ち止まり、有実に振り返った。

「有実・・ごめんね。私・・どうしても佐藤さんの無念を晴らしたくて。」

「佐藤さんの無念って・・。まさか犯人を捕まえようとか考えているの。」

花菜江は無言で頷く。

「ちょっと、ちょっと、そういうのは警察に任せておけばいいの。私達みたいな一般人には犯人を捕まえるなんて無理なんだから。」

「でもね有実、佐藤さん私にだけ結婚が決まった事を話してくれたんだよ。盛岡さんにさえ話していなかった事をを。」

有実は呆れた様に深いため息をついた。

「あのさ、花菜江は犯人の目星が付いているっていうの?もし付いているなら、そう言う事は警察に情報提供するのが一般市民の義務なの。私達に出来る事はそれだけ。余計な事しても犯人が『自分が佐藤さんを殺しました』なんて自白するわけないじゃん。さあ、次の列車で東京に帰ろう。」

花菜江は首を振った。

「有実、聞いて。確かに私達では犯人を捕まえるのは無理かも知れない。でも、なぜ佐藤さんは一人で善光寺に行ったのか、誰と会っていたのか、なぜ佐藤さんの不マートフォンは消えたのか。できる限り調べてみようと思うの。」

「気持ちは判るけど、大人しく東京に帰ろうよ。きっと課長も怒ってると思う。」

「嫌!佐藤さん結婚まで決まってたんだよ。そんな幸せの絶頂にいる人をむごたらしく殺すなんて許せない・・。必ず私が佐藤さんを殺した犯人を捕まえるんだから!!」

花菜江はくるりと踵を返すと駅の出口から外に飛び出していった。後から有実も追いかける。

「ちょとーー。待ってよー!」

有実も花菜江の後を追いかけて走り出していった。


二人は再び会社名義で宿泊していたホテルへ戻った。延泊するためだ。

「すみません、今日、部屋空いてますか。」

「空き室でございますね。空き室はございますが、株式会社冥途商事様の方ですよね。」

「はい、そうです。延泊したいんですが・・。」

フロントの女性は花菜江達の顔を覚えていた為話が早かった。フロントに設置されているパソコンを少しいじると、花菜江と有実ににっこり微笑んだ。

「昨日まで宿泊されていた同じお部屋の秋がございますが、そちらでよろしいでしょうか。」

「はい、お願いします。」

宿泊手続きは済んだものの、午後三時までは客室清掃の為部屋には入室できならしい。二人はフロントに手荷物だけ預けて長野市の繁華街へ向かった。

「ねえ、これから何処行くの?」

「これから、長野警察書に行くよ。」

有実の問いに花菜江の返事は決まっていたようだった。佐藤の遺体が安置されている長野警察署へ行って、遺体と対面する為に。二人のスマートフォンには吉川課長からの着信でいっぱいだったが、二人はスマホの電源を落として無視した。


「あのう、私達、佐藤水希さんの遺体と対面したんですが・・。」

警察署にたどりついた二人は受付の婦人警官に問い合わせをした。

「ご遺族の方ですか?」

「いいえ、私達、佐藤水希さんと同じ株式会社冥途商事の者でして。」

「申し訳ありません。身元確認の為以外のご遺族以外の方はご遠慮させていただいています。」

やはりというか、そうそう部外者を犯罪被害者の遺体と対面をさせてくれない。しかし花菜江も有実もここまで来た手前、そこをなんとか、と食らいつくも婦人警官は首を振るばかり。諦めかけたその時、少し離れた場所からやりとりを目撃した女性がそばに近寄ってきた。

「あのう・・・。冥途商事の方なんですか?東京の。」

「あ、はい。そうですけど・・。」

突然話しかけてきた女性に少し警戒する花菜江。見るからに警察関係者とは違う外見で、加えて自分たちの勤め先の名称を知っているなど思わず警戒をして身を固くする。

「えっと、どちら様でしょうか・・。」

有実が恐る恐る相手に問うと、相手の女性は何かに気がついた様にハッとした顔をして思わず苦笑いをした。

「あっ・・突然すみません。私佐藤水希の妹の、佐藤望と申します。」

佐藤水希の妹と名乗る女性は深々と会釈した。

「佐藤さんの・・。この度はとんだ事になりまして・・。」

花菜江と有実も深々と会釈をした。

「もしかして、姉の顔を見に来てくれたのでしょうか?」

「はい・・。ご迷惑でなければ。」

「判りました。私や両親も今日は姉の亡骸を引き取りにきたんです。警察の方で検死が終わったそうなので。」

佐藤の妹の望を先頭に警察書の奥にある遺体安置室に向かった。

遺体安置室に入ると、寝台の上に横たわる遺体とその片側に年配の男女が悲痛な面持ちで今にも泣きそうな表情で立ちすくんでいた。恐らく佐藤の両親であろう。

「お父さん、お母さん。お姉ちゃんの会社の人達だよ。最後に顔を見に来てくれたんだって。」

佐藤の母親が花菜江や有実の前に歩み寄ってきて、深く頭を下げた。

「それはそれは・・。ありがとうございます。社員旅行の最中に水希がとんだご迷惑をおかけしまして・・・。うっ・・うっ・・。」

花菜江と有実は悲しんでいる父親と母親に上手い慰めの言葉が見つからず、軽く会釈をすると佐藤の遺体に近寄った。

「お顔を拝見させていただいて宜しいでしょうか。」

「・・はい・・。見てやってください・・。」

花菜江が遺体の顔にかけられていた白い布をどけると、眠るような佐藤の顔が現れた。佐藤の顔は美しい顔立ちはそのままなのだが、口元が紫色に変色していて明らかに毒殺だという事が伺える。

花菜江と有実は手を合わせ佐藤の冥福を祈ると、そっと布を佐藤の顔に置いた。

「あの・・。こんな時になんですが・・、警察の検死ではどんな結果がでたのでしょうか。」

娘の死を悲しんでいる両親にこんな事を聞くのは酷かも知れない。でも事件の謎を紐解くのに死因は重要な事であった。

「警察が言うには、死因は毒物の摂取だそうです・・。」

「毒・・。」

「はい・・。胃の中の内容物から青酸カリが出てきたそうです。」

「青酸カリ・・。なぜそんな物を・・。」

「それ以上は判りません。水希が自分から飲むはずないです。あんな前向きな子が・・自殺なんてするはずないです。」

再び号泣し始めた母親にこれ以上質問するのは酷と判断した花菜江は質問を打ち切った。

泣き崩れる母親を慰める父親と妹。そんな痛々しい光景の中、一人の男性が部屋の扉を開けて部屋の中に入ってきた。

「失礼します。車が到着しましたので、これからご遺体の搬送を行います。よろしいでしょうか。」

「はい・・。宜しくお願いします。」

母親の代わりに父親が男性に答えた。

係の警官が二人部屋に入ってきて遺体を部屋の外に運び出し後に父親と母親と妹が続く。花菜江はとっさに妹の望を呼び止めた。

「あのっ。すみませんが、携帯番号交換しませんか?もし水希さんの事で何かお伝えしたい事がありましたらご連絡をしたいので・・。」

「判りました。」

花菜江は一瞬断られると思ったが、案外あっさり了承してくれた水希の妹に感心した。望も花菜江と有実に何かを感じたのだ。不審な死を遂げた姉の事が判るかも知れない、だから身も知らぬ姉の職場の同僚と繋がっておこうと思ったのだろう。

(流石佐藤さんの妹さん。頭の回転が速いわ。)

望は自らのバックの中に用意してあったメモ帳を取り出すと、一枚破ってその紙にさらさらと自分の携帯番号とメルアドを書き込んで花菜江に手渡した。

「もし、姉の事で何か判りましたらご連絡します。」

「ありがとうございます。そして、こんな大変な時に押しかけてしまって申し訳ありませんでした。」

花菜江と有実は深々と頭を下げた。

佐藤の遺体と佐藤の両親と妹は長野警察書をでて千曲市にある自宅へと向かった。後に残された花菜江と有実も外に出ようとすると、一人の男性に声をかけられた。

「君たち、株式会社冥途商事の人達ですよね。」

「はい、そうですが。」

「僕、昨日君たちに宿泊先のホテルで事情聴取した石田です。」

「あ・・昨日の・・。」

「あらぁ、昨日のイケメン刑事さんだわぁ。お会いしたかった。」

有実は目をハートマークにして刑事の石田を見つめるも、石田は無視して花菜江に話しかける。

「どうしたんですか、こんな場所まで来てしまって。冥途商事さん達は今朝東京に帰ると聞いてますが。」

「はい、私達佐藤さんの仇を取るために長野に残りました。」

「仇・・!?止めてください。これは警察の仕事なので大人しく東京に帰った方が良いですよ。」

石田は丁寧な口調で話しているが、心の中ではこの仇を討つと息込んで押しかけている女二人に少しイラついていた。

「いいえ、私、会社でお世話になった佐藤さんの仇を是非とりたいんです。必ずやこの手で犯人を捕まえて見せますから。」

石田は深いため息をついて、わざと花菜江達に呆れている様子を見せた。

「あのね、警察でも無い人達が犯人を捕まえられる分けないでしょ。大人しく帰った帰った。」

先ほどまでの丁寧な口調とは打って変わって今度は荒々しい口調に変わった事に、花菜江と有実は驚いた。

「いいえ、だってまだ佐藤さんが殺した犯人の目星もついていないんでしょ?だったら私達も協力してあげます。」

「だかから~、そういうのいいから。いるんだよね、TVドラマの受け売りで探偵気取りになって事件現場を荒らしたり、他人に迷惑をかける素人さん。」

「探偵気取りじゃないて。私達は真剣に佐藤さんの仇を取りたいだけで・・。」

「無理無理、帰れ!」

「帰りません!」

「じゃあ、佐藤水希が誰に殺されたか判るのか!?」

「う・・だからそれをこれから調べようと・・。佐藤さんは青酸カリで死んだんでしょ?佐藤さんがそんな物持ってる訳ないもん。殺した犯人が食べ物に混ぜて飲ませたのよ。」

「だ~か~ら~それをこれから警察が調べるんだ!有益な情報提供がなければ帰った帰った。」

石田に押されて警察書の外に追い出された二人。花菜江は不満そうだったが、有実は相変わらず石田を見つめる目はハートマークのままだった。

「ねえ、ちょっと待って。佐藤さんは公務員の彼と結婚予定だったんだから、そんな幸せの絶頂にいる人にわざわざ毒を盛るなんて佐藤さんの知り合い以外いないでしょ。その辺はちゃんと調べたの?」

「それをこれから調べるんだ。」

「ちょっとまって、私達今朝まで泊まってたホテルに今晩も泊まるから、事件の事なにか判ったら教えて欲しいんだけど~。」

「帰れ~~。」

警察署の前で大きな声で叫ぶ石田に花菜江は腹をたてて、顔を膨らませる。

「なによ~あの態度!許せない。あれで公務員って信じられない。私達の税金でお給料貰っているくせに」

「まあまあ、イケメンだから許してあげよ。ね。」

相変わらず呑気な有実を連れてホテルに戻った。


夜、夕食を済ませた花菜江と有実はコンビニで買い込んだお酒を飲みながら、事件について話し合った。

「なんでさ、砂糖さんは一人で行動したんだろうね。わざわざ盛岡さんと別れて。」

有実はほろ酔い気分な様子で疑問に思う。

「盛岡さんいは『行くところがあるから』って言ってたらしいけど、それが善光寺だったのか、または別の場所だったのか・・。」

花菜江は昨日の朝、盛岡に聞かされた佐藤の言動を思い出した。

「善光寺以外の場所で殺されたって線もあるよね。で、深夜善光寺に運ばれたと・・。」

「でも問題は誰がどんな理由でって事だよね。佐藤さんが誰かに恨みをかっていたという事も。」

「あの佐藤さんが・・。誰かから恨みをかうなんて信じられない・・。うちの会社の誰かではない事は確かだよね?」

有実の言う事ももっともだ。会社での佐藤は課の皆から慕われ頼られており、誰かに恨みを受けるような正確には到底みえなかったのだから。

「うん・・。有実の言うとおり、絶対に商品企画課の誰かではないよ。可能性があるとすれば地元の知り合いとか。通り魔ってせんもまだ捨てきれないけど。でも佐藤さん美人だからなぁ~。」

「花菜江ったら、私だって美人だよ~。」

二人が酒を飲みながらくだを巻いている時、部屋の内線電話がけたたましく鳴り響いた。

「もしもし、お休み中の所失礼します。フロントでございます。」

花菜江が電話にでるとフロントからの電話だった。

「どうしましたか?」

「はい、実はただいまフロントに、石田様というお客様がいらしているのですが・・。」

「いしだ・・?いしだ・・い・・しだ・・・・石田!」

「あっ、はい。判りました今フロントに向かいます。」

石田といえば、昼間長野警察書で押し問答をした刑事の石田しかいない。花菜江と有実は慌ててフロントに向かった。

フロントに向かうと、刑事の石田が立っていた。石田は軽く二人に会釈をするとそばに寄ってきた。

「うわっ、酒くせぇ。酒飲んでいたな。」

「いーじゃない。別に。石田さんには関係ないでしょ。」

「花菜江ったら。そんなカリカリしなくっても。石田さんごめんねぇ。花菜江は気が強くって。特に昔のトラウマで男には少々冷たいの。あ、でも私は違うから。私は石田さんみたいな素敵な男性には優しいから。」

自分をだしにして自分を石田に売り込もうとする有実の目の前に割り込んで、花菜江は石田と対峙する。

「てか、なんの用なの。昼間冷たかったくせに。」

「あ、ああ。その、佐藤水希の事でな。少し話せるか?」

「はい、もちろんでございますぅ。なんだったらお部屋までどうぞ。」

有実は石田の腕をとり強引にエレベーターに乗り込んむと花菜江も後から続いてエレベーターに乗り込んだ。そうして自分たちのゲストルームが存在する階に到着すると石田の腕を引っ張って部屋に引きずり込んだ。


「で、石田さんは一体なんの用があって来たの?」

ぶっきらぼうに花菜江が石田に詰問する。

「あ、ああ。実は昼間君たちの協力はいらないと言ったが、やはり被害者と同じ会社だしな。何か役に立つ情報もってるんじやないかと思って・・。」

石田は少し気まずそうに俯いて口をもごもごさせた。花菜江は直感で石田は思惑があって来たと感じた。

「本当にそれだけ?」

「あ、ああ・・・。それだけだ。あ、でも詳しい操作は警察の仕事だからあまり個人のプライバシーに関わる事とかは俺に任せろ。君たちは佐藤水希に関する当日の行動とか周囲の人間関係をだな・・。」

花菜江と有実は顔を見合わせた。明らかに何か裏がある。昼間あそこまで態度が冷たかった石田が一般人である花菜江達に協力を求めるとは何かあるに違いないと。

「はい、石田さん。お酒飲んでください。」

有実は買い込んであったお酒を石田に差し出した。

「お仕事はもう終わってる?終わっているならお酒くらい飲んでもいいでしょ。」

「あ、ああ。貰うよ。」

石田は有実から缶酎ハイを受け取ると、早速飲み干した。

「ねえ、石田さん。佐藤さんの検死の結果なんですが、ご両親のおっしゃる話によると佐藤さんは毒物の摂取が死因だって本当?」

「ああ、本当だとも。」

「他には何か判ったことあるんですか?」

「え・・と、確か・・胃の中の内容物によると、死亡する直前に食べた物が残っていてだな・・ひっくっ・・。」

石田はすでに酒に酔っているのか少しろれつが回っていないしゃべり方をしだした。花菜江と有実は、もっと石田を酔わせればついうっかり警察が握っている情報を引き出せるのでは無いかと思い、どんどん酒を勧め始めた。

「さあ、石田さん。こっちのお酒も飲んで。美味しいよ。」

「ほんとだ、これ美味いな。」

「でしょ、この缶酎ハイは秋限定の新商品だよ。それで、事件の事だけど・・。」

「おう、何でも俺に聞け。」

「胃の中に残っていた内容物ってなんなの?亡くなる直前に食べたもってなに?」

「うん、それがな、詳しくはまだ分析している最中だが、パンみたいな物だ。」

「パンみたいなもの?」

「正確にはパンじゃないかもしれないが、そんな素材が胃の中に未消化で残っていたそうだ。」

「ふ~ん。他には?」

「そうだな、遺体が発見されたのは本堂の鐘の真下だ。遺体の体には釣り糸が絡まっていた状態で。」

「釣り糸!?なんでまた。」

「もしかして・・佐藤さんって釣りしてたのかな。」

有実の天然ぼけが炸裂し、石田も花菜江も一瞬沈黙した後話を続ける。

「釣り糸なんだが・・・えっと・・あんだっけ・・・ひっくっ・・・えっと・・そうだ!検死の時に体に丁度釣り糸の太さの内出血が出来ていたから、釣り糸で縛り上げられていた可能性がある・・・んだ・・うぃっくっ。」

「釣り糸で首でも絞めらっれたとか・・?」

「いや、首を絞められた後は無かった。主に、体と腕に内出血の後があった。」

「犯人が釣り糸で佐藤さんを縛り上げて動けなくしていたってこと?」

「う~ん、どういう状況下はまだ憶測の範囲でしかないが、遺体が発見されたのは本堂の釣り鐘の真下だ。だから鐘の中に釣り糸で吊されていたんじゃないかって仮説の一つとしてある。」

「鐘の中に・・。」

「お前ら、お朝事って知ってるか。」

「おあさ・・じ?」

「そうだ、お朝事だ。善光寺で毎朝行われている朝の法要だ。このお朝事が始まる直前本堂の鐘を坊さんが鳴らすんだが、坊さんが言うにはだな・・鐘をついた時は遺体なんて落ちてなかったそうだ。だけど、鐘をついたときの音がいつもと違う音に聞こえたそうだ。」

花菜江と有実はゴクリと唾を飲み込み石田の説明に真剣に耳を傾ける。花菜江も有実もアルコールを摂取しているはずなのだが、なぜだか酔えないでいる。今この場で酔っているのは石田だけだった。

「・・・その時佐藤さんの遺体が鐘の中に入っていたから・・いつもと違う音になった・・とか・・?」

「可能性の一つとしてな。」

「『可能性の一つ』じゃなくて、確実な事実はないんですか!」

「おっつ・・と・・コレだから探偵気取りの素人は困る・・。警察というのは科学的証拠や犯人の自白じゃないと断定できないもんなんだ。現段階の調査で確実な事実は無い。」

「面倒くさーい。」

「面倒くさい言うな。コレだから女は結論を急ぎたがる。」

「『コレだから女は』って!男女差別発言じゃない。警察がそんな事言っていいの!?」

「今は勤務時間外だからいーの!・・・兎に角、テレビドラマや漫画の世界と現実は違うんだ。憶測で推理しても冤罪生むだけだからな。」

「もっと愛想良くしたら。一応私達納税者だよ。公務員のお給料は私達の稼いだお金からでているんだからさぁ。」

でも確かに石田の言うとおりだ。テレビドラマの様に憶測で推理して犯人を特定するのは無理であり、仮に人違いだったら人権侵害になってしまう。

「確かに石田さんの言うとおり。確実な証拠が無い限り決めつけてはいけないよね。」

「だろ。・・次はお前らの版だ。ひっくっ・・・お前等が知っている佐藤水希の事何でもいいから教えろ。」

「何でもって・・。昨日の事情聴取で話した事以外の事は知らないよ。佐藤さんには結婚が決まっていて、お相手はこの長野県民で公務員って事だけで。」

「結婚が決まってたねぇ・・。そんな幸せな時に可哀想に。せめてスマートフォンさえ見つかれば、佐藤の交友関係や直前にやりとりしていたメールの内容も判ったのに・・。」

ほんの一瞬、幸せの絶頂から悲劇に見舞われた佐藤を思うとその場に居た三人は重苦しい沈黙になった。が、花菜江が思い出した様に声を上げた。

「あ!」

「どうした。」

「花菜江、どうしたの?」

「そういえば・・・社員旅行の何日か前・・・佐藤さん会社の廊下で誰かと電話で話していたわ。」

「相手は誰だ?」

「そこまでは判らないけど・・・確か『自由行動の時会えないか』って話してた。」

「・・・事情聴取の時なんでそのことを話さなかったんだ・・・」

「め、面目ない・・。」

「問題は、その相手が誰かって事だよねぇ。佐藤さんの彼氏って線もあるけど、友達かもしれないし。必ずしもその会う約束した相手が犯人とは限らないしね。」

「その通りだ。大谷さんだっけ?君の言う通りだ。会う約束していた人物が犯人とは限らないし、必ずしも当日佐藤が会った相手とは限らないしな。」

「スマートフォンさえ見つかれば、判るんだけどなぁ~~~。」

「そうだ、」まずはスマートフォンの行方だ。お前等、本当に佐藤水希のスマホの行方知らないのか・・?嘘ついてないか?」

「嘘なんかついている訳ないでしょ。私らが佐藤さんのスマホを隠し持っていてなんの特があるっていうの!?」

「冗談だ。」

「そういえばさ、お寺にも防犯カメラあるでしょ?警察はまだ調べてないんですか?」

「ん~、防犯カメラの映像確認は明日からするんだ。だま見ていないよ。」

「ねえねえ、それ私達も一緒に確認する事できない?当日の佐藤さんの行動みてみたいんだけど。」

「駄目だ。だ~め。」

「ケチ。」

「そうだ、佐藤水希は婚約者の存在を親にも話していなかったみたいなんだけど、なんでお前にだけ話したんだ?」

「えっ・・佐藤さん、自分の婚約者の事親にも話していなかったの?」

「ああ、佐藤のご両親に娘の婚約者の事聞いてみたんだが、寝耳に水だったようだ。普通なら、自分が彼氏と婚約したら親しい人達全員に自慢して回るもんだろ、女ってヤツは。」

「確かに・・。」

「花菜江ってば、よっぽど佐藤さんに気に入られていたみたいだね。盛岡さんが嫉妬するのも判る気がする。」

有実の言うとおりだった。なぜ佐藤はそんな実の親に出さえ話さなかった自身の婚約者の存在を自分にだけ話したのか疑問だった。花菜江は佐藤にそこまで信頼されるほど親しくもないし、花菜江自身も佐藤の事を会社で見せる顔以外殆ど知らないのだから。

「そういえばさ、佐藤さんの遺体を発見した第一発見者ってどういう人なんですか?」

有実が石田に素朴な疑問を投げかける。

「遺体の第一発見者は犬の散歩をしていた地元住民だ。寺の境内事態は二十四時間開放しているから、境内の中だけだったらわりと自由に出入りできるんだ。」

「う~ん、という事は朝の鐘?本堂の鐘を突いた時には、佐藤さんの遺体はそこに無かったけれど、犬の散歩をしてきた人が本堂の鐘のそばに来た時までには、鐘の中に吊り下げられていた・・・と思われる佐藤さんの遺体が落下してきたという事ですね石田さん。」

「そうだ、本堂の中ではお朝事の法要が始まっていたはずだから寺の人間や参加していた一般客は気がつかなかったわけだ。」

「お朝事って何時から始まるんですか?」

「お朝事が始まるのは季節によって違うんだ。日の出と共に僧侶が鐘を突き、それが始まりの合図となって朝の法要が始まるんだ。今の季節なら午前六時半に始まるそうだ。」

「ん・・ちょっと待って石田さん。その、お・・・なんたらは一般の人でも参加できるの?」

「勿論だ。特に内陣券を買えば、間近で参列することも可能だからな。」

そう言うと石田は何本目かの缶チューハイを開けた。

「参拝者の人達に怪しい人はいなかったの?」

「ああ、昨日のうちに全員事情聴取したけど、有益な情報はなにも得られなかったよ。殆ど、お前等みたいな観光客とか暇つぶしに来ている人とかね。まあ、人間てのは後ろめたい事があると、その現場からより遠くに逃げようとする心理が働くから、犯人はすでに逃げていなくなっていたんだろう・・・・という可能性がある・・。」

「そうだよね・・。」

この時、花菜江はなにか心にひっかかる物を感じた。本堂の鐘の中に吊り下げられていた佐藤、青酸カリによる毒殺に胃の中の内容物。二十四時間開放されている境内。善光寺の敷地内はとても広く、人一人くらいなら隠れられそうな場所はいくらでもある。

「それにしてもお前等は女のくせに度胸があるんだな。自分たちだけ見知らぬ土地に残って同僚の仇を討とうだなんて・・・」

(犯人は佐藤さんを何処で殺したんだろう・・。)

石田なりに花菜江達を褒めている時、花菜江は佐藤を殺した犯人の事を考えていた。どうやって青酸カリを飲ませたのか、どうやって人目につかないように殺したのかを。

「どうしたの花菜江。眉間にシワ寄せちゃって。怖い顔になっちゃってるよ。」

「えっ・・ああ。今考え事していて。」

「佐藤さんの事なんだろうけど、一人で抱え込まないで私にも話してよ、一人で考えるよりも二人で考えた方が良い案が浮かぶかもよ。」

有実のこういう所に花菜江はいつも癒やされてきた。普段は天然で空気を読まない発言が多くて、惚れっぽくて恋に恋しているような恋愛体質で周囲を呆れさせるけれど、時々誰も思いつかない鋭い意見を言ったり花菜江が欲しい言葉をくれる時がある。何より気取らず、いつも自然体でいる有実と一緒にいると気を遣わずに済むから楽で居心地が良い。

「ふふ・・有実ありがと。」

「とーんでもない。花菜江のお世話は大変です。」

「あれぇ~、いつも世話しているのは私の方なんだけど。間違えてない?」

「とんでもない、お世話しているのは私の方だって。花菜江は目を離すと危なっかしくて。私がついててあげないと、自分から危険に飛び込みそうで。あ、でも、すでに危険に飛び込んでいるのかも。」

花菜江と有実は顔を見合わせて微笑み合う。

「そういや・・吉川課長怒っているかな・・。スマホの電源いれるのが怖いんだけど。」

「怒っているだろうね。一度連絡入れておいた方がいいかも。怒られるだろうけど。」

花菜江には東京で荒井部長と二人でイライラしている吉川課長の姿が思い浮かんだ。恐らく電源を切ってあるスマホには吉川課長からの膨大な量の着信が入っているに違いないと思うと、スマホの電源を入れるのが気が重い。

「あ~あ、東京に戻るときには課長と部長に手土産でも持って帰ってご機嫌とらなきやなぁ。」

「それよりもみて、石田さん酔い潰れて寝ちゃってる。寝顔もイケメンだよね。彼女とかいるのかな?」

「黙っていればかわいらしいのにね。愛想が足りないかな、この人。こんな性格じや彼女も出来ないでしょ。さて、ベッドに寝かしてあげようか。有実、今晩は一緒のベッドに寝よ。」

「うん。同じ布団で寝るって、なんだか学生時代のお泊まり会みたいで楽しみかも。」

「そうだよね、隣のベッドに余計なのいるけど。」

花菜江の言う『余計なの』とは石田の事である。花菜江に悪口を言われているとは思わず石田は気持ちよさそうに大きな口を開けていびきをかきながら寝ていた。

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