第14話 王妃の愚行

 婚前祝賀会が終了し、新王ジョージとシャルロットは、居間で明日の婚儀の最終確認をしていた。概ね確認が終わり、ジョージがそろそろ寝室に行こうと思っていたとき、シャルロットがバカなことを言い出した。


「陛下、姉をこのまま王国から出国させない妙手を考えました」


「突然お前は何を言い出すのだ? そんなことが出来るわけないだろう」


「以前、マルクス宰相が姉を呼び戻して、そのまま返さないよう先王に献策したと仰っていたではありませんか」


「一年前の話だろう。状況が違う。そんなことをしたら、王国は潰されるぞ。お前は彼我の軍事力の差をわかっていない。国際情勢を適時情報官から入手していないのか?」


(いつも同じような話でそんなの真面目にやってないわよ)


「アードレー家に里帰りさせて、それでそのまま閉じ込めてしまうというのはどうでしょうか」


「国の問題ではなく、家の問題とするのか? お前が実家を潰しても良いならやっても構わんが、王室と政府は一切関わりはないし、お前は廃妃するがよいか?」


 シャルロットは驚いた。こんなことで廃妃にされてはたまらない。


「廃妃は困ります」


「覚悟が全く出来ておらんな。話にならん。軽率な行動は慎めよ。カトリーヌに手を出したら、即刻廃妃にするぞ。一国の主として、守るべき最優先は国だ。王妃ではないと知れ」


「ダブリン国もカトリーヌと国を天秤にかけるとしたら、国を優先するでしょうか」


「聞くまでもない。国を優先しなければ、君主とはいえまい」


(ふふふ、いいことを思いついたわ)


***


 翌日、国王と王妃の婚儀が執り行われた。


 シャルロット・アードレーは、正式に第二十八代の王国王妃となった。


 シャルロットは参加者を前にして、誓いの言葉を述べた。


「私は王国のため、民のため、この身を捧げることを誓います」


 宣誓が終わった後も壇上から下りないシャルロットに人々がざわめき出した。シャルロットが参列者を見回し、最後に視線をヒューイとカトリーヌに止めて、話をし始めた。


「皆様、私の姉はダンブル国の皇太子妃ですが、ご存知の方もおられます通り、不幸にも姉妹仲はよくありませんでした。このような関係が両国の関係にも影響しないよう、私はここで姉と仲直りをしたいと思います。カトリーヌ、受け止めて貰えるかしら」


 新王ジョージは止めようかどうか迷ったが、参加者は好意的に受け止めているようだ。問題はないと判断し、念のため、マルクス宰相に確認した。彼も頷いている。


「嫌よ、この小賢しい女狐には、何か企みがあるに違いないわ」


 カトリーヌのこの爆弾発言に会場は騒然となった。ヒューイは下を向いて沈痛な表情を作っているが、笑いがこぼれないように一生懸命我慢していた。


 だが、さすがにこの発言には新王ジョージも黙っておられない。


「カトリーヌ皇太子妃、王国王妃に対し無礼であろう」


「王妃にではなく、妹のシャルロットに申し上げました。姉妹の確執を国際関係に持ち込むなど、あり得ないこと。良識ある大人であれば、そんな馬鹿げたことは致しません。わざわざ皆様の前で茶番を見せて、皆様の貴重な時間を無駄にするなど、姉として許せません」


「カトリーヌ、そんなつもりでは……」


「では、どんなつもり? 何を企んでいるのかわからないけど、何をされるか分からないから、あなたの近くには行かないわよ」


「皇太子妃、無礼にもほどがございますぞ」


 マルクス宰相が声を荒げた。


 これにはヒューイが黙っていなかった。


「どこが無礼なのだ? カトリーヌは幼稚な姉妹喧嘩を早く終わらそうとしているだけだ。国を代表して表敬している皇太子妃に宰相が無礼などと暴言を吐くとは、無礼なのは王国のほうではないのか?」


 これ以上事態を悪化させるのはまずいと新王ジョージは判断した。事態を何とか収拾したい。


「マルクス控えておれ。ヒューイ皇太子、マルクスの言葉は申し訳なかった。非礼をお詫びする。シャルロット、この場で姉妹の仲直りは不要だ。下がれ」


「へ、陛下、私に侮辱されたまま引き下がれとおっしゃるのですか?」


「下がれ」


 シャルロットは真っ赤になりながら、荒々しく壇上から降りた。その拍子にシャルロットから短刀が落ちた。


 シャルロットの顔色が赤から青に変わる。会場は水をうったように静かになった。


「ご、護身用の短刀でございます」


 シャルロットが短刀を拾い、逃げるように会場を出ていった。


「婚儀でも短刀を手放せないとは、王国は思った以上に怖いところのようだ。カトリーヌ、婚儀は終わったようだから、早々に帰国しよう」


「ええ、ヒューイ」


 カトリーヌはヒューイに手を取られて立ち去ろうとしたが、そば付きの侍女に耳打ちされて立ち止まった。侍女から紙の束を受け取って、近くにいた王国官吏に手渡した。


「そうでしたわ、陛下。あの子が公務を欠席したとき、どこで何をしていたかの調査書をお渡しします。妹が王妃としての公務をしっかりやっているか、姉として心配しておりましたので、ちょっと様子を見ていたのです。陛下にお渡ししますわ。妹のご指導をよろしくお願い致します」

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