魔女になりました

夏木

第1話 甘い物好きですか?



 あっ。これって、転生したって事?

 と、思ったのは、十歳の時。

 神殿で、ジョブが貰えて、対応するスキルが貰えると聞いた時だ。


「なにそれ、ゲームみたいじゃん」


 と、口にした事が理由だ。しかも『ゲーム』が日本語だったから、周りにいた友達達は意味不明と首を傾げていた。


 わたしの名前はミュー。前世は美優と言う名前だった。

 普通の一般家庭で育った兄と妹の妹の方だ。

 たぶん、ライトなオタクだったのではないだろうか。分からない。

 芸能界の話題よりはマンガやゲームの話題の方が好きだった気がする。

 つまり何が言いたいかというと。

 前世の記憶は朧気にあるけど、今世に影響を与えるほどは覚えていないという事だろうか。

 わたしにとって、家族は、美優の家族ではなく、ミューの家族だ。

 ……そして、転生物のよくある前世チートが出来る程の何か、特に知識はない、という事である。

 そう、つまりっ!

 …………。

 ……失礼。前言撤回してもいいかな?


 前世の記憶が今世に影響を与えないなんて嘘だ!


 カレーなんて市販のカレールーを使わなきゃ作れないよ!

 お菓子作りも無理無理!

 料理は出来ても調味料を作るのなんて、無理です! お手本見ながらでも失敗する自信があるよ!

 うどんも酵母の作り方も知りません!


 そう! 前世を思い出したら、今の食生活がとても辛くなった!


 素材の味を生かした料理。それは間違いない!

 だって、塩くらいしかないから!

 たとえ、塩だけでも食材がそれなりにあれば、だって!?

 貧しい農村のごく普通の一般家庭にそんな余裕ないよ!

 それをするぐらいなら、その食材を売って冬の蓄えに使うよ。

 ……そもそも塩もそれなりにするしね……。


 そんなわけで、我が家の料理はどこか旨味が足りない料理で、甘味と言えば森で採取した果物だけで、……ので、記憶が戻った後は、それらが不満でしかたがなかった。

 だから、将来は金持ちになって砂糖をゲットしてやる! と固く誓ったのである。

 まぁ、将来の前に、明日のご飯が少しでも良くなるように、テレビやらマンガやら小説やらで培った知識でどうにか出来ないか、頑張るけどね。

 ……養蜂……出来たらすぐにでも甘味手に入りそうなんだけどなぁ……。

 ……養蜂という技術がある事は知っていても、やり方が分からないんじゃ、どうしようもないよね……。





 そんな、こんな、で。

 わたしが前世の記憶を思い出した五年後。


「今年は領主様の馬車が来るから希望者がいるなら神殿に連れて行くぞ」


 村長が来年成人する者達にそう声をかけた。

 それは領主様が、二、三年に一回、田舎の新成人が神殿で無事に職業を得られるようにと街まで護衛付きで馬車を出してくれるというものだ。他の村も回るし、圧倒的に旅の期間も長くなるけど、安全性が全然違う。

 だからわたしは一も二もなく飛びついた。


「はい! 希望します!」

「ミューはまだ十五だろ? 早くないか?」


 色々経験した方が選べる職業が増えると言われているため、心配そうにそう言われたけど、十五歳だろうが二十歳だろうが、こんなド田舎の農村で出来る経験なんて大して変わらないと思う。

 わたしの言葉がそう言うと、村長は渋い顔をしたけど、実際その通りだから、こうやって、一年、二年とはいえ、まだ成人するまで時間のある子達に声をかけるのでしょう?

 わたしが視線で、未成人達を示した。

 村長は諦めたようにため息を吐いて、両親の許可が出たらいいぞ、って折れた。

 両親も、遅かれ早かれ、どうせ職業は農家だろうと言った様子で、ならスキルが無いよりも有った方がいいと、特に反対することもなく、わたしの意志は無事に通った。

 こうして、わたしを含む、六人の成人&未成人は領主様が用意してくれる幌付き馬車に乗って街へと進んだ。もちろん他の村を経由しながら。


 あ。旅の最中の食生活はかなり微妙。

 村に着いた時、歓迎を示す宴がどの村で行われる理由が、よく分かった。(もちろんうちの村でもやったよ)

 大人達が、いっぱいお食べ、と、妙に優しい顔で料理を差し出す理由も。

 前世、あまり漬け物は好きじゃなかったけど、今なら喜んで食べる気がした。

 ……保存に特化したパンって固いよぉー!

 お米プリーーズ!!





 街についた。

 辛い旅だった。お腹とお尻は特に。なんで馬車ってあんなに揺れるんだろう。

 前世の車はなんであんなに揺れなかったんだろう。

 なんて、遠い目をしたくなるぐらい、道中は辛かったのに、街は振動が少し減った。道が整備されているだけで、振動の大小が違うようである。

 なるほど、ローマが街道に拘ったのはこれか! と、にわか知識どころか、間違った知識かもしれない内容に納得している間に、神殿へと到着した。

 街の門から神殿へと一直線でしたね。

 実は今日までに、護衛をしてくれている兵士さん達から、何度も手順を聞いている。

 さっさと行って、さっさと終わらせて来いっていう雰囲気が……、ここまで護衛してくれた人達から感じる。

 いや、実際そうなんだろうね。あの人達もわたし達と同じ食生活だし。

 さっさと終わらせたいに決まっている。

 でも、これって、基本的には団体行動だから。誰か一人が変な事をしだすと、全体に影響が出る。

 そのため、せっかく街にいったのに買い物すら出来なかった! という話もよく聞く。

 だからだろうか。みんなでフォローしあえ、というよりも見張れという感じに、村ごとでの行動が多い。

 今も村ごとに分かれて、歩かされて、そして、順番待ちも村ごとだ。

 儀式を行う場所なのか、雰囲気のある広間でわたし達は並んでいる。

 四列ぐらいあって、前の方に神官がいるのは見えた。

 その列が少しずつ進んでいき、わたしの番になった。


 神官の前には小さな机と椅子がある。

 その椅子に座る。


「手を」


 言われて右手を出すと、その手を取られた。


「今から貴方の目の前に、貴方が得る事が出来る職業が現れます。その中から一つ、職業を選んでください」


 そして、祝詞っぽい何かを神官が唱えて、わたしの目の前にゲームで見るような半透明のボードが出てきた。


「え?」


 呆然と声を出すのは神官の方だ。

 わたしは、なるほど、こんなところで前世の影響が出たのか! と驚きと共に納得した。

 農村の子が出す職業は大体、農産職人というやつだ。

 初めはなにそれ、と思ったけど、畑と家畜両方に対する職業なのだろう。

 あとは、狩人とか、家具を作る職人とか、大工とか、鍛冶とか。

 ちょっと特殊なものになると、薬師があったりするけど。商人自体も珍しい部類に入る。

 あと、まんま、『村人』という職業もあるそうだ。

 そんな中、わたしは、音楽家や、魔法使い、さらには竜騎士といった、村人とは縁もゆかりもない職業が浮かんでいた。


 ……これはもしや、前世で体験した事だけでなく、やったゲームの影響も受けてる?


 一覧を見ると勇者や聖女もあったが、そちらは面倒な事になりそうなので、なりたくない。

 当たり職とは言われてるんだけどね。でも、色々しがらみも多そう。

 それに当たり職だけで言えば他にもあるし。

 ああ、もちろん当たり職とは逆のハズレ職と呼ばれているものもある。

 有名なのは「盗賊」だろうか。コレ選ぶと噂では牢屋に連れていかれるらしい。

 本当かどうか分からないけど、でも、わたし達を連れてきた兵士でもある護衛の皆さんが、それを選ぶくらいなら、村人のままにしなさいと言ってたのだから、きっとたぶんそうなのだろう。

 さて。こんなところで、前世チートが発動したのは良いけど……。

 当たり職が本当に当たり職なのか、は、分からない。

 マンガや小説のようにハズレ職が実は大当たりという事もあるかもしれない。

 でも、自分の人生をかけてまでそんな博打のようなことはしたくない。

 最近のわたしの目標が、お金を稼いで美味しい物や甘い物を食べたいというものだったので、料理人もちょっと惹かれる。

 でも、村に帰された後、あの村で料理人になる事を考えると、微妙だ。

 食材的にもお金を稼ぐためにも、街に出ないといけないだろう。

 でもって、それはそれで、大変そうである。

 ここは街にいくために領主が護衛付きで馬車を出すような世界なのだ。

 つまり、魔物が出たり盗賊が出たりするわけであーる……。

 ……次の成人の儀の時に一緒に連れてってくれないかなって、甘いことも考えるけど……。たぶん無理だろう。それが叶うのなら、とっくに旅立ってそうなやつが村には数人いる。

 彼らだけではまだ難しいって思ってるから、彼らはまだ村にいるんだろう。

 たとえ、職業が農産職人でも、街に出て一旗あげたいっていうのがあるんだろうね。

 分からなくも無い。だってわたしもそうだもの。

 成人するまでは駄目って言われてるし、成人するまでに落ち着いてくれたら良いなって、両親が思っている事も知ってる。

 実際両親が今回許可したのも、職業的に無理ってなるのを期待しているからだと思う。

 こんな風に、戦闘職を含めたたくさんの職業が出てくるなんて思ってもないはずだ。


 さて、そんなわけで職業を選ばなくてはならないわけだけど……。

 でも、こんなにいっぱいあると、さ。本当かどうかは分からないけど「当たり職」って呼ばれてる職業を選びたくなっても仕方がないよね。

 もっとも、コレについては、当たり職とも、ハズレ職とも言われているんだけど……。


『魔女』


 それがわたしの職業欄にある。

 魔女はどうも多才らしくて、アレコレできる分、一人前になれるかどうか分からないそうだ。

 一人前になったら、領主よりも偉いと言われている。

 半人前で領主と同等。

 見習いは、……残念ながら、所詮見習い、である。

 たぶんそれだけ、スキルを育てるのが難しいのかもしれない。

 でもこれなら……、魔法が使える可能性が高い。

 ……。

 …………。

 ………………甘味も食べたいけど、魔法も使いたいんです。

 むしろ異世界転生なんだから、魔法が使えなきゃ! でしょう!!


 ちなみに、この世界に魔女狩りはない。

 神が与える職業なので。

 なので、気兼ねなく選べるってわけなのです。

 そんなわけで、ポチッと、わたしは『魔女』を職業として選んだ。

 神官が固唾を呑んだのが分かる。

 なんで? って思ったけど、それだけ魔女というのは特殊な職業なのかもしれない。


【本当に魔女になりますか?】

【  はい   いいえ  】


 再確にもちろん「はい」を選ぶ。そして次に選ぶのはスキルだ。

 どの職業だって、これによって人生は大きく変わるとも言われている。

 わくわくとしていたら、ずらっとスキルの一覧が出た。


「……えっといくつ選べるんですか?」

「二つです」


 え? たったの二つ!?

 軽く二十以上はありそうなのですが。


「その、魔女に成れる方は少なく……。こちらとしても助言はあまり出来ないのです……」


 わたしの不安を感じたのだろう、神官はこちらから何かを言う前にそう告げてきた。そしてあちらでゆっくりと選んでください。と壁際に置かれた椅子を示す。

 え!? 一切アドバイスなし!?

 わたしの驚きを見て、神官は困った顔を見せる。


「魔女に成れる方はそれ相応の資質のある方。私共の助言はかえってその資質を歪めてしまうと言われています。なので、貴方が貴方の心に従ってスキルを二つお選びください」


 そう言われてはこちらも無理は言えない。

 言われた通り壁際にある椅子へと向かい、大人しく座って、スキルを確認していく。

 一つ一つ確認しても、詳細はなく、スキル名でしか分からない。

 なので「願い」が何なのか分からないし、「魔女の杖」とか言われても、分からない。

 ……呪い、の方はなんとなく分かる気がするけど。流石にこれは取りたくない。

 占いも分かるけど……田舎でこれはなぁ。いや、有る意味、祭り上げられる可能性はあるけど、わたしがしたいのはそういう事じゃないし。

 魔力回路とか魔力回復とか……このあたりは、ジョブに関連するスキルじゃなくて魔法職の共通スキルだと思われる。しかもこれ、魔法を取らなきゃ意味ないよね?

 しかし、魔法関係だけでも、火や水などの属性だけでなく、回復や蘇生、死霊系もある。

 あとは製薬系と思われるスキル。そして「魔女の杖」のように「魔女」と頭に付くスキルもあれば、竜脈とか地脈とか、魔女にどう関係するのか謎なのもある。源泉ってのもあるし、水脈か何かを探すのも魔女の仕事なのかな?

 実はこの世界の魔女って、余りよく知らないんだよね。

 おとぎ話っぽいのもあるっぽいんだけど、実際にある職業で、かつ、一人前になると領主様以上だからか、下手な噂話で首が飛んだら怖い、とでもいうのか、うちの農村にはそのおとぎ話も入ってこない。

 あれ? 領主様以上って、王様? 王族並って事?

 うへぇ。そりゃ、あまりしゃべりたくないよね。

 王族と違って、魔女はもしかしたら、街であっちゃったりするかもしれないわけだし。

 ……スキルに「呪い」もあるしね。物騒だよね。


「うーん……」


 スキルの詳細が分からないとしても、選ぶならやっぱり固有スキルだよねぇ。

 少なくとも『魔女』って付くのは固有スキルだと思う。

 魔女とスキルに付くのは、魔女のホウキ・魔女の杖・魔女の大釜・魔女の使い魔・魔女の家・魔女の瞳、の計6つ。

 ……こうやって改めて見るとふんわりと浮かぶものがあるよね。

 魔女の使い魔とかは黒猫さんかな? って思うし、魔女のホウキはやっぱり空を飛ぶためのものかな? って。

 でもそれはもちろん前世の世界の話だけど……。

 ……前世の世界での話だけど、まったくの無関係って事はないのかも?

 だって、ほら。わたしという存在がいるわけで。

 こちらの世界からあちらの世界に渡った人がいて、その人達が物語を書いたとかだとしたら、どうだろう。

 そう思ったところで、何かを忘れている気がした。

 大事な事だったはずだけど、でも実際はそんな事ないんじゃないかな? って思ったりするような感じ。

 うーん……。転生、あちらとこちら……。……うーん……。

 ……無理。思い出せない。後回し! 今はスキルの事を考えなきゃ!


 魔女の大釜は錬金術っぽい何かかなって思ったりするし、魔女の瞳は……、邪眼とか魔眼とか言われてる系?

 魔女の杖は……、そもそも長いやつなのか、短いやつなのか。

 ……もしかして、杖を武器に戦う系だったりするのかな?

 魔女の家は……。

 ふっと浮かんだのは二つ。

 一つはゲームなどの魔女の家。占いの館だったり、魔法薬を買う場所だったり。

 もう一つは、たぶん前世のわたしが最初に「魔女」という存在を知る事となった童話。

 お菓子の家。

 

「…………」


 う。お腹が鳴りそうになった。

 ……なんかお腹の中が、何か食べさせろ。じゃなくて、甘い物食べたい!! って主張してくる気がする。お腹というか、この場合は口、かな……。

 魔女の家……。

 お菓子の家。

 お菓子。

 甘い。

 甘味。

 クッキーにチョコレート……。

 マカロンやマシュマロ。

 クリームたっぷりのケーキ。

 炭酸系のジュースだってあるかもしれない。


「……………………」


 今まで何度も思い出しては我慢した、食べたかったあれやこれやが脳裏に浮かぶ。

 前世に味わったそれらが、今まで以上に、美化された思い出として出てきて、涎が……。

 ……はっ! 

 まずいまずい。慌てて口元を拭う。

 まだそれとは決まってない。決まってないけど……。

 ……本物の家ならそれはそれで困らないよね。

 旅に出ても野宿しなくて済むって事だし。魔女の家ならお風呂だってあるかもしれない!


 ……嘘です。脳内はもはや甘味で一色です。

 だって、食べたいの。

 砂糖の塊だって今なら喜んで食べられると思う!

 それぐらい甘味に飢えてるんだよ!!


 もはや自分自身に言い分けも嘘もつけなくなって、わたしは一つ目のスキルとして、魔女の家を選んだ。





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