ロレーヌは微笑む

赤沼たぬき

第1話

伯爵家ロレーヌは侯爵家の嫡男アロイと婚約していた。アロイは漆黒の髪と瞳のたいそうな美男子で、寡黙な男だった。

アロイと過ごす時間がロレーヌは好きだった。ロレーヌはアロイに恋をしていたと思う。だがアロイは婚約を破棄し、ロレーヌの妹のカリアを選んだ。

まあショックだったが、ロレーヌと違って、カリアは美人だ。当然だろうなと思う。


婚約破棄されたロレーヌのことを、冷たく母親が見下す。


「ロレーヌ、あなた妹のカリアと違って、本当に何をやってもだめなのねぇ?どうしようかしら?」


お母さまのイリアンが、扇で顔を隠しながら、目を細めている。


ロレーヌは唇をかみしめる。


妹のカリアは、金色の髪に美しい青い瞳の美少女で、美少女なだけではなく、才色兼備で女学院の成績もよく、性格も明るく友人も多い。

ロレーヌとは正反対だ。

ロレーヌはブラウンの瞳と髪で、顔立ちも不細工で、学園の成績も最低である。妹のカリア目当てでよってくる人間たちのせいで、人間不信で友人なんて皆無である。学園でもロレーヌは妹と比べられ、馬鹿にされて一人ぼっちであった。


「これじゃぁ、家に置いておけないわね。でも幸いにうちは各称高い伯爵家よ。あなたを欲しがっている男爵家があるの。そこに嫁ぎなさい。

カリアはリアン侯爵家に嫁がせるわ。

何もできないあなたには侯爵家に嫁ぐなんて無理でしょう?」


「か、考えさせてください」

まだロレーヌは十五である。結婚なんて考えていない。


「もう決定事項よ。お父様もそうおっしゃっているの」


「分かりました」

ロレーヌの父のジュベール伯爵は、自分に逆らうものは容赦なく暴力や罰を与える恐ろしい男で、幼いカリーヌは逆らうことができなかった。


こうしてロレーヌは十五歳の時に、男爵家に嫁ぐことになった。


息苦しい実家から逃げられて、幸せな結婚ができるかもと少し期待していたカリーヌだったが、その期待はすぐに打ち破られた。


ロレーヌが嫁いだイオーヌ男爵家の嫡男のフォーガスは、四十過ぎの男で女癖が悪く、愛人がたくさんいて、女をものとしてみていない。少しでもロレーヌが意見すると、頬を叩かれたりした。

ロレーヌはどこか父に似たフォーガスを毛嫌い、指一本触れさすことはなかった。ロレーヌは気弱だが、頑固者でもあった。


フォーガスが酒の飲みすぎで突然死すると、フォーガスの愛人の子の嫡男のユーイと、その母親のダリアに、ロレーヌは命を狙われるようになった。

仕方なくロレーヌは実家に帰るか、どうしようかと迷っていたころ、実家から手紙が届いた。


妹のカリアが子供を産んだのに、ロレーヌは嫡男も産めない出来損ないなのかと書かれていた。

そして、またロレーヌの新しい嫁ぎ先を提示してきた。

次は第1王子の側妃になれというのだった。


また誰かの愛人だなんて、ごめんだ。

そこで、ロレーヌは嘘をつくことにした。


『自分は子供ができない体で、王子のもとに嫁ぐことはできないと。』


ロレーヌは男爵家を出てどうしようか考えながら、刺繡をする。死んでしまえば楽だろうなとは思う。

生前のフォーガスには全然お金なんてもらっていない。ロレーヌは必死で畑や刺繍をして、賃金を稼いだものだ。

フォーガスの愛人たちとも何度も死闘を演じたことか。

それらを思い出し、くすりとロレーヌは微笑む。

「まぁ、どこに行っても今の私ならやっていけるかもね」


なんて甘いことを考えてられたのもここまでだった。次の朝ロレーヌは騎士に囲まれ、連行されて無理やり馬車の中に放り込まれた。


ガタンゴトンと馬車に揺られながら、ロレーヌはぼんやり今までの人生を考えた。

このまま両親のなすがまま、ロレーヌの何一つ自由がないまま、人形のように生き続けるのか?

そんなことをぼんやり考えるうちに、ロレーヌは気が付いたら走行している馬車から、飛び出していた。

激しい痛みと衝撃がロレーヌを襲い、なんとか息を吐くのが精いっぱいだった。


自分の人生何だったのだろう?


そう考えながら、ロレーヌは瞳を閉じた。


遠くで女性の怒鳴り声が聞こえる。

意識があるのかないのか、夢うつつでロレーヌはぼんやり目を開けると、目の前にはメイド姿の見知らぬ女性がいた。

そのメイドの女性は不機嫌な様子で、ロレーヌを睨みつけている。


「貴族様はいいですね。怪我をしても面倒を見てくれる人がいて!」

メイド女性を乱暴に、水の入った桶を置く。


「自分でやったらどうですか?私たち貧民は、生きてるだけで精一杯。病気でも医者に診てもらえない。それなのに、あなたみたいな貴族は悠々自適で暮らしている癖に、自殺しようとする!!なんて弱いんでしょうか」


キンキン甲高い声で怒鳴るメイド女性を、ぼんやりロレーヌは見る。


そうだなと、思う。

餓死しそうな人たちと自分と比べたら、そうなのだろうと思う。

それでもどうしても思ってしまう。


もうどうでもいいやと・・。

その時、ロレーヌの心の中の何かがぷっつりと切れてしまった。


それから、ロレーヌは変わった。

何をしていてもあまり笑わなかったロレーヌが、にこにこ微笑むようになった。楽しいことや嬉しいことがあったら微笑むのはわかるのだが、ロレーヌは何をしていても何を言われても、「あらあら、まぁ」と笑っている。


新しい嫁ぎ先の第三王子は、クレオ第一王子は気位が高く自身の容姿にも自信を持っていたため、不細工なロレーヌを初対面で、「お前のことは愛せない。俺には愛する人がいる。だが義務だというのならば、お前と暮らしてやる」

そんなことを言うので、執事やメイドたちは顔を青くさせたが、ロレーヌはにこにこ嬉しそうに笑いながら、カーテンシーをした。

「お前何を笑っている?」

クレオは馬鹿にされたと、ロレーヌを睨みつけるが、ロレーヌはにこにこ楽しそうに笑っている。

クレオは顔を赤くし、「もういい」と部屋に戻っていく。


餓死するよりはましだ。人生を楽しまなければ。ロレーヌは案内されたはなれで、一人刺繍をし始めた。

にこにこ微笑みながら、開けはなれた窓からの空気の匂いを嗅いだ。

クレオさまはとっても美男。正妃のシルビア様も、とってもお美しいと評判の人だ。おとぎ話のなかに入り込んだみたいだと、にこにこロレーヌは微笑んだ。


ロレーヌを主賓にしたお披露目会が、王城のお城で開かれる。不細工なロレーヌに、招待者の貴族からは嘲笑があがるが、ロレーヌはにこにこ楽しそうに笑っている。ますます侮蔑の声が他の貴族からあがる。

クレオは他の招待客の方を睨み、声を上げる。

「私の側妃を馬鹿にするとは、私を馬鹿にしたと同じだ。ロレーヌを気に入らないものは出てくるがいい。決闘だ」


皆ロレーヌに対しての嘲笑をやめて、辺りは静かになる。


クレオはずっと笑っているロレーヌの腕をつかんで、引き寄せた。

「何を笑っている?あいつらに馬鹿にされたのが悔しくないのか?」


「あらあら、まぁ、まぁ」

にこにこロレーヌは微笑んでいる。


「勝手にしろ」

クレオが去っていく。


だがロレーヌは一人でもうれしそうに笑っている。それを見た他の貴族たちは、ロレーヌの精神状態を危ぶみ、「きち〇い姫」と裏で呼ぶようになった。


その日舞踏会を終えて部屋に戻ってきたロレーヌは、美しい舞踏会の様子を刺繍で描くことにした。

綺麗な舞踏会に美しいドレスの人々を見て、幼いころ夢見ていた綺麗なお姫様の人形を思い浮かべながら、眠りについた。


その日はロレーヌは孤児院に寄付する予定の、古い穴が開いたドレスを利用した子供用の服を作ることにした。

そうこうしていると、お昼だ。

最近お昼ご飯は出てこない。夜はご飯が出てくる。しかしいつも頼めば出てくる。

ロレーヌは庭に咲いている大輪の赤い薔薇を、手に取ってみる。

「綺麗ねぇー」

にこにこロレーヌはいつも微笑んでいる。


「何をしている?」

不機嫌な様子のクレオが現れた。


にこにこ微笑むロレーヌの手からは薔薇のとげが刺さって、血が流れ落ちていた。


「何がそんなにおかしいんだ?なぜそんなに笑っていられるんだ?ロレーヌ、お前がなんて裏で他の貴族たちに、言われているか知っているのか?すごい言われようだ

私も王の命令で仕方がなく、お前をめとっただけなんだぞ」

クレオはロレーヌの手を取り、手に刺さった棘を抜き、ハンカチで巻いた。


「ありがとう、殿下」

にこにこそう言ってロレーヌは楽しく笑っているだけだった。クレオはため息をついた。


その後食事の準備を殿下がしてくれ、ロレーヌは殿下と食事をした。ロレーヌには難しい国の仕事はわからない。殿下の外交の話を、ただロレーヌはにこにこ笑って聞いていた。

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