カナリアの仕事

あめはしつつじ

兄弟は歌う

 戦場に歌声は響かない。

 反響する建物は皆、

 瓦礫となっていたからだ。

 兄弟が歩いている。

 二人で、

 代わる代わる、

 歌を歌いながら。

 かつてここはオアシスだった。

 水を求めて多くの人が集まった。

 かつてここは街だった。

 水は枯れたが街は栄えた。

 今やここは、砂漠だった。

 建物は消え、人も消え。

 ただ風が吹いている、

 だが俺は立っている。

 兄が歌う。

 歌声は、

 声変わりしつつあり、

 弟はそれを聞いて、

 僕の声も枯れてしまうのだろうか、

 と思った。

 弟は自分の仕事を、

 兵士を癒すことだと思っていた。

 かつて母が歌ってくれたように、

 優しく優しく、

 頭を撫でるように、

 耳をくすぐるように、

 母は抱きしめられないけれど、

 ゆっくりお眠り、

 風が抱いてくれるから。

 弟の歌声を聞いて、

 兄は思う。

 もっとお金があれば、

 母も死ななかっただろうと。

 もっとお金が欲しい。

 声変わりが終われば、

 この仕事をやめ、

 兵士にしてもらおう。

 死んだ父と同じように。

 兄は自分の仕事を、

 兵士を鼓舞することだと思っていた。

 歌うというより、

 勇ましく、

 叫ぶように、

 遠く後方を、

 歩いている兵士たちに、

 死ぬな死ぬなと。

 兄は弟を見つめる。

 兄が歌うのをやめる前に、

 弟は息を胸一杯に、




 それは人の死によってしか、

 感知することができない。

 一息吸った者は、

 口を閉じ、

 二度と言葉を、

 口にしないことから、

 その毒ガスの名は、

 タブー。

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カナリアの仕事 あめはしつつじ @amehashi_224

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