過去 三十九 二等車両
窓の景色も様変わりしない侭車両は進んでいる。
「一等って乗った事がないのよね。」
節は窓を見た。先程まで居た明継との会話を思い出している。
明継の顔が頭に過ぎる。
「明継の母親と
広くなった座席で二人共に黙った。
小気味良い電車の揺れと雑多な音が聞こえる。先程まで気に為らなかった物ばかりだ。
「三等車両に六人、其れらしい奴がいるらしい。晴が云ってた。」
「三等なら、二等に移動出来ないから気にしなくても良いわよ。」
「もしかしたら、停車時か終着地で待ち伏せするつもりかもな……。」
節が考えないで云う。
「面倒臭いから車両から投げ捨ててしまいましょう。」
修一は笑いながら頷いた。
「話が早いな。封じてしまおう。明継達がいない内に……。」
二人が立ち上がると晴が此方に歩いて来る。上品な着物を身に付け形を崩す事無く歩く晴。
「晴どうした……。」
明継達に何かがあったのかと二人の空気がピリついた。
「修一さん。
二人は即座に座った。
「何が云いたいのよ。あの二人が仲が良いのは当たり前でしょう。」
「俺だって入れないのに晴には無理だろ。」
「納得出来ません。父上から紅とは竹馬の友になれと云われたのに。紅は全然心を開かないし級友にいない人です。あの様に頑固で明継叔父さんばかりの人が、
「晴くんは絶対に紅様が好きな方ではないわよ。」
「
「其の様な事はありません。僕は学友に好かれる事はあっても拒絶される型ではありません。先生方々にも人気があります。信頼はされた事はあっても拒絶何てあり得ない。手を振り払われたのも初めてです。」
「貴方。伊藤くんに断りもなく紅様を触ったの……。信じらんない。伊藤くん触ると紅様の方が厄介だけど……。」
「叔父さん触ってどの様な意味があるのですか……。僕は紅と仲良くなりたいのですよ。」
「常継兄。完全に人選ミスだよ。晴も昔は物静かだったろうに……。」
「其れは父上の前だからです。長男は寡黙で成績優秀でなければなりません。だから頑張って父上の命令により紅と仲良くなろうと努力しています。明継叔父さんが邪魔なのです。」
「其れ紅様に云うのは駄目よ。絶対に口を聞いてくれなくなるから。私が女ってだけで、凄い目付きで睨むのだから。」
「晴、二人に割って入るな。二人はそっとしとけ。見なくて良い物もある。」
「見なくて良いもの……。」
晴がやっと黙った。
考えて込んでから手を叩いた。合点がいったらしい。
「もしかして二人は男色ですか……。」
修一と節は黙した。数秒の間の内修一が慎重に言葉を選んだ。
「正確には男色ではない。」
「まだ体の関係ではないのですね。では僕の方が
「貴方。あの二人に割り込むの……。無理無理。女の私だって無理なのに……。」
「辞めろ。其れだけは辞めろ。明継が許さない。怒らせると本当に厄介なのは明継だぞ。」
「いいえ。紅様よ。怒らせると厄介なのは、絶対に。」
「明継は頭に血が上ると血の海なのだよ。誰彼、構わず殴る。紅以外は殴られるぞ。其れも
「確かに私は女学校に行ってしまったから、半端な思春期の伊藤くんしか知らないわね。」
「ひ弱に見えるから喧嘩買わない様に見えるだろ……。独りだと買ってた。流石武家だわ。最小限の力で骨が折られてた。ある時、俺まで巻き込まれたら惨状だったよ。」
「明継叔父さんが……。以外です。流石伊藤家の血筋。武術は幾らでもやって置いた方が良いです。紅は其の点弱いです。女の子かと思いました。」
「辞めろ。明継に云うな。晴はどれも此れも二人に合わない。俺が任務に支障が出るから辞めてくれ。」
「必ず紅を落としてみせます。明継叔父さんが出来て僕に出来ない訳ではないです。」
「だから二人の間は其の様な生易しい関係ではないのよ。本気なのよ。本気、分かる……。」
「男色など学生の遊びですよ。僕の学校でも当たり前の様にいますよ。社会に出たら終わりです。」
「だから、気の迷い以前の問題なのよ。貴方には解らないでしょうけど、因果のある二人なのよ。彼女がいても伊藤くんは紅を選ぶのよ。絶対に離れないのよ。」
「やって見なくては解りません。僕は自信はあります。硬派の中では一番人気ですからね。同年代の誰よりも抜きに出ています。体の関係だけ求めてくる輩もいましたし、紅は見るからに男役ではありませんから大丈夫です。明継叔父さんが、手を出していないのは未成年だからですし、僕なら同年代ですから問題ありません。」
「御前は連れては行けない。」
修一は立ち上がると、晴を三等車両の方へ引っ張り出した。
「私も行くわよ。林くん待って。」
二人の後を追う形で節が走り出した。
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