光の深奥

霙座

第1話 問う声

その閃光が、私の小さな町に飛来したのは、全世界を統べていた人族の偉大な王が死去し、その勢力が少なからず分散された、動乱の頃。

同時に魔族の世界でも王権争いが勃発した噂がしやかに囁かれはじめた頃。

そして魔族が境界を破り、この世界を侵食し始めた頃。

魔族が台頭し始めた頃。


この小さな町には魔族を癒し、改心へ誘った聖女の信仰があって、この町に生まれた女性は皆、聖女に憧れ、私も、例に洩れず幼い頃からこの歳になるまで聖女を崇めてきていた。


―――聖女


その響きに各人が多種多様な想いを込めるだろうけど、あの時、あの瞬間の私の想いは、きっと何にも該当しない。




昼日中ひとりで町に入ってきたその人は、町のどんな美しい景観にも感動も興味もなく、剣を携え、自らの黄金の刃で、太陽の光を浴び輝き続ける聖女の銅像の光を切り裂き、そして、この町のささやかな平和を切り裂いた。


靡く銀色の髪、眩い黄金色の瞳、端正すぎる顔立ち。

長い耳。


魔族だった。


空が紫暗色に暮れる頃には、町は平穏とは掛け離れた静けさに包まれていた。

たった一人、その暴力的な破壊力は、誰からも明日と希望を摘み去り、踏み躙った。

命あるものは息を潜めて、その者が去るのを待った。


その者は、高く、笑い。

横様に倒された聖女の銅像に片足を掛け、潰れた町を眺め回した。


聖女が再来するならば、この人を諌めてくれるだろうか。


半壊の家の壁の隙間から、地面に擦り付けられた聖女の顔を真正面に見ながらぼんやりと去来したその考えが、よもや、こんな突飛な行動に移るとは、誰が思うだろう。

普段の私を知った人ならば、おそらくは別人だと見まごうような行動に。




「立ち去れ」

「……誰だ」


自分の声が、相手に聞こえることが何故か不思議だった。

男の号令も女の悲鳴も子供の泣き声も聞こえていない風だったから。

そして返事をして振り返ったその顔が、聖女の像よりも綺麗で、息を飲むことも忘れた。

その者は近づくこともせず、構えることもせず、鮮やかな笑顔を向けた。


「誰だと訊いている」


答えなかった私に、その者が始めて『興味』を見せたと思った。

名を名乗れば、私はきっとこの者に斬られてしまう。

興味が無くなれば、そこでこの間は成立しなくなる。


白銀の髪、黄金の瞳、月色の鎧。


世界の光はこの者の為に存在し、この者は全ての光に輝きという息吹を吹きかけるのだ。


「フン」


長くなびく髪を振り、その者が動いた。

一歩

二歩

近付いてくる。

私を真正面に見据えながら。


「人族の女にも気丈な奴がいる」


愉快に眼を細めた。

剣を持つ手で、私の身体を巻き、鼻の先を付けるような距離で私を見た。


「ファイサル様」

「例のものは見つかったのか」


部下と思わしき影が私の背後に現れた。

私を捕えた人物を、ファイサルと呼んだ。

ファイサルは間を置かず影に問い掛けた。

彼はこの小さな町に何か探しものをしに来たようだった。


「それが」

「……フン」


その優雅な微笑は、この無能、と云っていた。

ファイサルがひとりで乗り込んできて、すべてを破壊する、それは、ただ町の人の気を引き付けるためだけで、本当の目的は別で、この後ろの影がそれを果たすという算段だったと。

見つからなかった、その目的のもの。

それが何か、わからないけれど。

有るか無いかわからないもののために、私の生まれ育った町が、消えた。

言い難い黒い気持ちが視界を狭めた。

私はただ、ファイサルを見上げた。

その視線に気がついた彼は、すい、と眼を細めた。

そのまま、私を見る。

瞳のずっと奥から輝きを放つ黄金目。


「おまえを持って帰ろう」


唐突にそんなことを言った。

そのファイサルの言葉は、私ではないどこか、遠くに向かって投げ掛けられているようだった。




その人は、魔族の王子だった。

それを知ったのは、捕らえられてすぐ。

魔族の王宮へ向かって飛ぶファイサルの腕に包まれていて、横について飛ぶ影の報告が耳に入った。


「陛下には、ひとつの町の制圧を申し上げますが」

「不要だ」


冷たく頬を切る高い空の風よりも、すぱりと彼の声が切り捨てる。


「しかし」影が食い下がる。


「親父には道楽息子の散歩とでも言っておけ」


目的のものを手に入れることなく帰り、何の功績になる。

そんな内側の声が聞こえた。

心臓に近い場所に耳があるからだ。


何という自尊心の高さ。


「明日また、出る。

 ……まあ、今日ラシュが持って帰ってこれば、それはそれで手間が省けるというもの」

「ラシュ様には」

「ああ、あいつには伝えていないのか」


影の言葉を遮り、ファイサルは鼻で哄笑った。

そうです、と影が控えめに答えた。


「おまえは本当に俺に王位を継がせたいのだな」


おそらくはまだ表沙汰にはしたくない事柄だったのだろう、策略にファイサルが気付いていることに多少の動揺もあったのか影は口を噤んだ。


「まあ、いい」


王座を争う次期魔王候補は簡単に、話を終わらせた。





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