不気味な洞窟と贈り物

 ランプの灯りがユラユラ揺らぎながら、洞窟の壁を淡く照らしている。足元に広がる暗闇は、まるで何かが潜んでいるかのような不安感を漂わせていた。ランプの光は頼りなく、奥行きを覗かせないまま、視界はぼんやりと狭い範囲に限られる。


 遠くで、ポタリ、ポタリと水が岩に滴る音が静寂を突然切り裂く。洞窟内は冷たく湿り気があり、肌にまとわりつくような寒さが不快だった。時折、足元の石が不意に崩れ、ガイの靴底がザクザクと不安定な地面に沈んでいく。


 足を踏み出すたびに、微妙に滑りやすい地面が感覚を鈍らせる。俺たちは互いが離れないよう、俺はランプを持って、先頭に立ち、手をつなぎながら慎重に先に進んでいく。


 ポタッ……


 肩に水が垂れてくる。完全に不意を突かれた俺は響き渡るほどの奇声を上げた。


「ふわぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

「大丈夫ですか!? ガイ様、で?」

「ミスズ、ご無事な!? なんだご婦人って、ここにいるわけないじゃん」

「これ、ローランド周囲の警戒を怠るな……」

「御意」

 ホウトウの指示でローランドは剣を抜き、周囲をキョロキョロと警戒を開始する。いや、それほど大げさにしなくてもいいんだけど……。


 洞窟の天井は低く、頭上の岩肌から時折水滴が落ち、冷たいしずくが頬に触れると、背筋に冷たい震えが走る。とはいえ、既に一度経験しているからもう奇声を上げることは無いぞ。洞窟の奥へ進むほど、周囲の温度はさらに下がっていった。吐く息が徐々に白くなっていく。肌寒さも痛みを感じるほどに変わっていった。


「ガイ様、ここに何か埋まってますぞ」


 ホウトウが壁を指さす。その先には、光を反射する何かが壁に埋もれていた。ランプの光がその表面に当たると、淡い緑色の光沢を持つ鉱石が、まるで手招きしているかのようにほのかに輝いた。


「鉱石みたいだけど、なんだろう?」

「おそらくは翡翠でしょうな。透明度が低く、価値としてはそれほど……」

 俺はランプを少し近づけて、翡翠を間近でよく見ようとした。しかし、その一瞬、視界の端に何かが動いたように感じ、思わず視線で追った。風もないはずの洞窟で、微かな気配が背後に感じたんだけど……気のせいか。冷たい空気が一層重く感じられ、足元の小石が突然音を立てて転がった。


「……なんだ!? もしかして誰かいる?」

「それはありえません。ここには私達4人以外誰もいないはずですから」

「いや、可能性はまだありえますぞ。例えば私達4人以外の他に、……」

 ホウトウが不気味なことを発したことで俺はブワァっと身の毛がよだつ。もしホウトウの言ったことが正しければ、何年もの間この洞窟にいたことになるけど……。


「おい……変なこと言うなよホウトウ」

「これはこれは、大変失礼いたしました」

「ガイ様、引き返されますか?」

「いや、このまま進もうか。まだ食材も探せてないしな」

 俺は目の前の翡翠を手で触れてみた。翡翠はいとも簡単にとることができ、ぽろっと地面に転がった。翡翠は俺の手のひらサイズで少しごつごつとしている。手に取っていろんな角度で翡翠を眺めると、色んな輝き方を見せてくれる。


「へぇ、翡翠ってこんな形をしてるんだ」

「おそらくは原石、不純物を取り除けば、より綺麗な翡翠として輝きを放つでしょう。翡翠は『繁栄』、『長寿』などを意味する鉱石ですから、ククリ村の者もそれらを願って採掘していたのでしょうな」

 そうか、よし、これは村のみんなに渡してあげよう、きっと喜んでくれるはずだ。いつものお返しみたいなもんだ、そう、お返しでこの翡翠を渡すだけ。俺はポケットに翡翠を強引に押し込んだ。


「ガイ様、何やら嬉しそうですが、何かありましたか?」

「え? あ、そう? そんなことないけど」

「ほーほっほ、手に取った翡翠、村の者に届けるということですかな?」

「ん~、まぁ、そんなところ」

 俺が嬉しそうな顔をしていた? 自分でも気づかなかったな、そんなところを見られていたなんて。俺は照れ笑いをしながら首を傾げた。


「ほら、食べ物とかを分けてくれてるだろ? それのお返しにちょっと渡すだけだよ」

「ガイ様は、ご自分では気づかれていないかもしれませんが実にお優しい方です。村の者たちもさぞお喜びになるでしょう」

 ホウトウは穏やかに頷き、ミスズも静かに頷いた。ローランドは相変わらず無口ではあるがこの時だけ、ゆっくりと頷いていた。


「ローランド……は、どう思う?」

「……贈呈は、信頼を得る行為です。……賢明かと」

 淡々と答えてるけど、どこか温かみを感じるのは気のせいか? まぁ、いいか。そろそろ洞窟の奥も気になるし、先に進むとするか。俺はランプを高く掲げて、洞窟の奥を照らした。まだまだ先は長そうだな―――



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