風が駆け抜ける

 昨日は本当に酷い日だった。ライガーにサツマイモを食われ、腹は減ってるし、頭を使いすぎて水浴びもできないまま、いつの間にかベッドで寝落ちしていた。朝になってもその疲れが全く抜けてない、目覚めは瞬間、体の重さに嫌でも気づかされる。重たい瞼をどうにか開けて、眠たい目をこすりながらベッドから体を起こす。身体は鉛のように重く、頭の中はまだ靄がかかっているようだ。外はもう朝の光が差し込んでいるというのに、どうも体はまだ夜のままらしい。


「……とりあえず外に出るか」

 憂鬱な気持ちを嫌々切り替え、家の外に出て日光を浴びようとする。森の木々で光は微かに差し込む程度で全く日光を浴びた気にはならないが、無いよりマシか。


「ん? えっ、なんで!?」

 俺は自分の目を疑った。畑に植えたサツマイモが成長して、多くのサツマイモができていたのだ。何日か経過した様子はない、ライガーが食べたサツマイモの跡がまだ新しい。明らかにサツマイモの成長が早いんだ。


「俺の創造した土が、もしかして関係している?」

 もし関係するんだとしたら、俺の暮らしは今以上に豊かになるぞ! だがまだ確信が持てないな。よし、軽い実験をしてみようか。俺はサツマイモを2つとって、1つはそのまま畑に植えて、もう1つを何もない土に植えて水やりをした。もし俺の土が関係するなら成長の仕方に違いが出るはずだ。


「よし、とりあえずご飯だな」

 今日はライガーもいない、ゆっくりとご飯が食べられるから、昨日かまどに入れておいたサツマイモを取り出してみるかな。かまどの火は燻っており今にも消えかかってはいるが、薪をくべればまた火は復活しそうだな。


 俺は慎重にサツマイモを全て取り出し、近くにあった太い枝をいくつか、かまどにぶち込んだ。まぁ、最悪火が消えてもまたつければ問題ないとして、まずは食べよう。サツマイモを手に取ると温かさが眠気を吹っ飛ばしてくれる。皮を剥くと湯気が立ち昇るホクホクのサツマイモが空腹をさらに加速させる。俺は我慢できずに大きくがぶりといった。口の中が火傷することは今はさほど重要じゃない。


「……あっっつぅ!」

 やっぱり口の中を火傷した。だけどそれ以上にサツマイモが美味しかった。口の中でサツマイモの熱を取りながら、食事を堪能する。こっちに来て初めてゆっくりと食べてる気がする。


 サツマイモを食べ終えて、ベタベタする体を水浴びでさっぱりさせる。朝の水浴びってなんでこんな気持ちいいんだろうか? 眠気も疲れももはや感じない、まるで昨日の出来事が嘘のようだ。


「さぁて、残りの道を繋げるとするか」

 道づくりは村まで残り半分程度、要領は掴んだから今日は早く終わらせられそうだ。俺は支度をして道中のお弁当代わりにサツマイモを懐にしまい、道を作ってる途中の場所まで向かおうとした。


「ん?」

 俺の前には1匹のライガー。おいおい勘弁してくれ、さすがにもう食べ物はあげたくないんだけど、と思っていたが昨日とは様子が違う。俺に背を向けて、大人しく座って尻尾を振っている。妙な光景だが、構わず通り過ぎようとすると、俺の後ろをトコトコとついて来る。


 見たところ昨日の夜にサツマイモをあげたライガーだ、大きさは子牛ぐらいか、骨格はしっかりしてるし、もしかして俺を後ろから狙おうとしてるとか? 俺は歩きながら何度か後ろを振り返ってライガーと目を合わせる。


「もしかして懐いちゃった?」

 どうしよう、とりあえず……撫でとく? 俺はゆっくりと近づき、顔付近をそっと撫でようとした。


「ワンッ!」

 ライガーは突然声を発し、俺に突進してきた。避けれるはずもなく、もろに直撃。ライガーは勢いをつけたまま走りだした。しかもローブがライガーの角に引っかかり、俺はそのままズルズルと引きずられ体中のあちこちをいろんな場所にぶつける。


「うおぉ! おぉっ! おい、ちょっと止まれよ!」

 俺は必死にライガーにしがみつき、なんとかその背中に乗ることができた。すると、風が肌を切るように流れ込んできた。ライガーが颯爽と駆け抜ける中、周囲の景色が目にも止まらぬ速さで後方へ流れていく。


「す、すごい……!」

 風が顔にビシビシと当たり、髪が無重力のようにふわりと舞い上がる。耳元をかすめる風切り音が、まるで大空を自由に飛んでいるかのようだ。ライガーの動きはしなやか、かつ滑らかで、地面を蹴る力強い振動が背中越しに伝わってくる。


「まさか、お前……俺を乗せてくれてるのか?」

 ライガーの背中にしっかりと座り、風を全身で受けながら進んでいくこの感覚は、なんとも言えない解放感に包まれている。スピードは凄まじいが、まったく不安は感じない。逆に、風と一体となって自然の中を駆け抜けるこの瞬間は恐らく日本じゃ味わえない。


「こいつ、速いな……」

 1時間以上かけて歩いていた距離をライガーはわずか数分で辿り着いた。鼓動が力強く脈を打っているのを感じる。俺のこの高揚感はしばらく続いた―――

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