第5話

 勇者、賢者、剣聖、聖女。


 かつて世界を滅ぼそうとした魔王を討伐した伝説のパーティー。


 その歴史は長年経った今でも継承され、代々その称号が受け継がれてきた。


 勇者とは


 人々を魔の手から救い、何者にも屈さず、何者をも凌駕する存在。


 賢者とは


 この世にある数多の魔法を自由自在に使いこなし、その膨大な知識を持ってあらゆる困難を解決する存在。


 剣聖とは


 凄まじい剣技を取得し、己が身一つで全てを斬り伏せ人類に敵対する全てを駆逐する存在。


 聖女とは


 神の名の元に人々に豊かさをもたらし、世界の光となる存在。


 そんな壮大な称号を持つ者が、なんと若くして4人の人々に継承された話は最早大陸中の誰もが知っている。


 始まりは突然起きた魔物との戦争。


 その際に平民ながら最も活躍した人物には勇者の称号を。


 戦場で誰よりも異彩な魔法を放つ者に賢者の称号を。


 街を破壊せんと襲って来たドラゴンを斬り殺した存在に剣聖を。


 そして、教会から満場一致で推薦された神童には聖女を。


 そんな歴史的瞬間に立ち会えたことに人々は歓喜した。


 結果、やはり様々な憶測やら噂が飛び交う。


「どうやら今代の勇者はとんでもない美少女らしい」


「俺が聞いた話だと賢者は1万以上の魔法が使えるらしい」


「剣聖は海を割ったそうよ」


「聖女様はついに神の声を聞くことに成功したらしいぞ」


 嘘も本当も入り混じるが、人々にとって真偽などどうでもよかったのだろう。


 ただ武勇伝のように語り、それで盛り上がればそれでよかったのだ。


 だからこそ、こんな困った噂もまた簡単に広がってしまう。


「なぁ知ってるか。あの4人には、今もなお尊敬している師匠がいるらしい」

「きっと元賢者や元剣聖だろ?」

「いやいや、それがただの平民らしい。しかも、4人全員同じ人物を指しているとか」

「さすがに嘘だって誰でも分かるぜそりゃ」


 ゲラゲラと笑う酔っ払い達の横を通り過ぎる。


「お、坊主。遂に出発か?」

「はい、お世話になりませんでした。もう二度と来たくないくらい酷い宿屋ですね」

「ガッハッハ、そりゃいい褒め言葉だ」

「今度はお礼参りに来ますね。それじゃあ」

「ありがとございました」


 元気よく返事する少年とは対照に、ボソリと返事をしたフードを被った少女。


「結局、ちゃんと話したとこ聞けなかったな」

「俺らみたいな呑んだくれと話したい奴なんていねーよ。それにしても、面白い餓鬼だったな」

「ああ。自己紹介で『俺は師匠です』なんて言った時は薬でもやってると思ったが、ただのバカだっただけだったな」


 またしても下品に笑う一向。


「それにしても偶然かもだが」


 酒が若干引いた男は小さな声で


「あの佇まい、確か戦場で見た彼女と……」

「お?冒険者の本領発揮ってか?ならまずは酒に勝てるようにならねーとな!!」

「それもそうだな!!」


 こうして今日もまた宿屋は迷惑な客達のせいで退屈しない一日を送るのだった。


 一方その頃


「人見知り直りそうか?」

「無理だよお兄ちゃん。都会って怖い、なんでこんなに人が多いの」

「そりゃ都会だからだ」


 今年で15となった俺は、どっかの誰かさん達との約束の為に学園へ通うことになった。


 するとついでとばかりに妹のレナも学園に行くことを勧められ、中等部として転入することとなった。


「自己紹介どうしよう……えっと、初めましてレナです。お兄ちゃんの妹です。あと勇」

「バカ!!」


 俺はレナの口を抑える。


 誰も……聞いてないよな?


「コラ、指をカジカジしない」

「お兄ちゃんの手、また豆が出来てる」

「それはいいから、街中でそんなこと言っちゃダメでしょ。学園では仕方ないけど、街では平穏にだ。師匠の教え分かったか?」

「うん。分かった」


 しっかりと聞き分けの出来る素晴らしい妹である。


 頭を撫でてやりたいが、今はフードがあるため遠慮する。


 変に外れでもしたら大惨事だからな。


「それにしても学園か。レナに言っといて何だが、俺も馴染めそうにないな」

「お兄ちゃんなら大丈夫だよ。出かけるたびに彼女を作るお兄ちゃんなら!!」

「いや彼女じゃないから。あと人聞きが悪いから大きな声出さないでくれ」


 でも馴染めないという話は本当だ。


 きっと学園にいる生徒は小さな頃から学舎で共に勉強をしてきた人物達だ。


 そんな中に突然入ってきた俺が馴染めるとも思えない。


 しばらくはボッチ生活だろうな。


「だが問題ない。学園は中々に設備がいいらしいし、楽しんだもん勝ちってことだろ」

「お兄ちゃんってテンションの上げ下げが激しいよね。あれだっけ?躁鬱?」

「違うけど、違うけど若干否定し難いのやめてくれ」


 ちょっと怖くなってきた俺は考え事をし、この行為自体がダメなのではと混乱していると


「お兄ちゃんあれ」

「ん?どうし……すげぇ」


 そこには巨大な門。


 10メートルもある巨人すらも入れそうなアーチを描き、その向こうには驚くほど美しい芸術かのような建造物が立っていた。


 まさかと思うが


「これが学園なのか?」

「どうしようお兄ちゃん。私達場違いじゃない?田舎帰る?」

「レナはまだしも、確かにここは俺には場違い過ぎる。帰ろう。今すぐ帰ろう。一緒に畑仕事で余生を過ごそう」


 俺はレナと顔を合わせ、即座に帰宅しようとするが


「足が動かん!!」

「レジスト」


 瞬時に魔法と判断したレナは即座に縛りを解除し、背に隠してある剣を抜こうする。


「レナステイ。どうせあいつだ」

「お兄ちゃんの彼女1号?」

「1号も2号もいません」

「私は0号でしょ?」

「妹はもっとありえません。あとそろそろ解放してくれカリナ」

「あら、あなたならこれくらい余裕でしょうに」


 やっとこさ足が動くようになる。


 てか、全然余裕じゃないが?


 全力で抵抗して手も足も出てないが?


「いい加減分かれ。俺は弱い。あと、もうお前達の師匠じゃない」

「つれないわね」


 テクテクと歩いて来たフード少女2号。


 悪いレナ、2号は存在した。


「相変わらず人気者は大変だな」

「そちらもね」


 カリナは俺の隣に立つ人物に目を向けた。


「それで?どうして帰ろうとしたの?」

「人多い」

「建物おっきい」

「「おらさ田舎さいくだ」」

「でももうあなた達の家、ないわよ?」

「「え?」」

「ほらこれ」


 俺とレナは渡された手紙を読む。


『拝啓、レナに師匠よ。二人が学園に行くと寂しいので、母さんと旅に出ることにした。世界一周する為にはお金が足りないので、家を売りました。ごめんなさい。いざとなったら二人で支えあってね』


 狂ってた。


 さすが我が父である。


 てか


「父さん有名な冒険者だろうに……」

「お金なら私が持ってるのに……」

「続きがあるわよ」


 もう一枚の手紙を見る。


『拝啓、私の可愛い娘に師匠。実はお父さん学園の理事長に借金があったの。今までコツコツ返済してたけど、世界一周の為のお金が無くて、子供にもお金を借りるわけにはいかないからつい』


 母さんは悪びれもなく


『二人を理事長に売っちゃった♡』


 死ね。


『学園に入れたら借金チャラって話になったの。だからお願いだけど、卒業まで我慢してね』


 俺は二枚の手紙を破き、俺の出せる最大の火魔法で燃やした。


 ちなみに全力でも指先からチョロっと出るくらいである。


「どっちも本当に頭がおかしい」

「そんなぁ〜。帰れないってこと〜」


 分かりやすく意気消沈する俺ら。


「ほら、そんな顔してないで速く行くわよ」


 俺とレナの手を引き、歩き出したカリナだが直ぐに足を止める。


「あら、こんにちは」


 そこにいたのはまたしても


「うわ、面倒臭そうな連中だ」


 何度も見た剣を腰に下げるフードを被った人間であった。

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