わんダフル!ビューティー
@hayadrago
わんダフル!ビューティー
1 ウィンキーの失踪
ぼくはヒデト。小学四年生。
去年の夏休みにうちのでぶ犬が家出したまま帰ってこないのが、もっかの悩み。
ぼくの母さんがウィンキーを無理やりダイエットしようとしたからにまちがいないと思っている。
あいつはとくべつ食い意地をはってる犬で、自分の食いたい物をもらうまで、じつに根気よくほえ続けたし、母さんがよかれと思って山ほど買いこんだダイエット・ペットフードってやつも食べないどころかぜんぜん見向きもしなかった。
ウィンキーにしてみれば、母さんに負けてあれを一口でも口にしたら、毎日食わされるはめになると、意地でもゆずれなかったんだろうな。
それにしてもあのころの母さんは変だった。
それまではどちらかというとウィンキーに甘くて、ねだんの高い缶詰やジャーキーやミルクをほしがるだけ与えていたのに、あの新しいダイエット・ペットフード「ビューティー」のCMがテレビで流れるようになってからというものの、それしか与えなくなってしまった。
いくらウィンキーがやせたほうが長生きするからっていっても、100パック入りのダンボール箱まるごと買ってくることはないよな。
だってウィンキーに家出を決心させるぐらいまずい食べ物が家の中に山ほどあるんだぜ。
「いったいどうしてウィンキーにあんなことをしたんだい?」
ぼくは家出から半年たった今でも、母さんに文句を言っている。
「母さんだってよくわからないの。ただ、気がついたら山ほどペットフードを買いこんじゃってて、ウィンキーもいなくなっていたの」
「それって変だと思わない?まるでさいみんじゅつにかかってたみたいな言いかたじゃないか」
「だってわたしはウィンキーをダイエットさせようとかぜんぜん考えてなかったんだもの。本当よ。そんなことしたら、あの子は家出しちゃうわ」
「でも母さんはウィンキーがどんなにねだっても、あのまずそうな『ビューティー』 しかあげなかったんだよな」
「だって、 だって、本当にわたし知らないんだもの…ウィンキーが長生きさせるのは、おいしいものを食べさせて運動させるのが一番だって思ってたから」
母さんはさみしそうに言った。
母さんの言いぶんは何度聞いてもおかしいのだが、母さんがウィンキーのことを一番かわいがっていたことはまぎれもない事実だ。
僕ら一家は、警察や保健所にウィンキーの家出を届けた。
母さんはツイッターやフェイスブックにもウィンキーの写真や動画を流したりして、連絡を待っていた。
でも失踪したのは、ウィンキーだけじゃなかったらしい。
こんなことはぼくの家にかぎったことではないらしくて、新聞には行方不明の飼い犬を探す記事が毎日三ページぐらいのっている。
となりの家のリリーだって、ウィンキーと同じころいなくなったけど、まだ帰ってきていない。
テレビの動物番組では、一種の伝染病じゃないかといっていた。
つまり飼い犬が何らかのウィルスに脳をおかされて、次々と家出するというのだ。
ウィルスが何なのかはいまだに明らかになっていない。
ああ、ウィンキー。お前、どこ行っちゃったんだよ。
2 ゲート場の犬たち
なげきの日々が続いたある日、 いなかのばあちゃんから電話がかかった。
明日から村に遊びに来い だとさ。明日から学校は夏休みなのだ。
ウィンキーのことが気がかりで返事をしぶっていると、ばあちゃんは
「最近、ヒデの犬をうちの村でちょくちょく見かけるんじゃよ」
と言いだした。
うそだろ、と思ってよく話をきいてみると
「本当だとも。 最近、うちの村にはやたらと犬が歩きまわっていてねえ。 近所のゲート場がたまり場になっておるんじゃ。そこで、何て名前だったか?ウィンナだったっけ?」
「ウィンキーだよ。ばあちゃん」
「そうそう、ウィンキらしいのが一匹まじっていたんじゃ」
「名前をよんでみた?」
「ああ、よんだが、何の返事もせんだった」
「何てよんだの?」
「おーい、ワンコ。イモやるからこっちこい、って」
「イモなんか食うわけないだろ、ばあちゃん」
その犬がウィンキーかどうかうたがわしいが、村へ行かない手はない。
ぼくは明日から遊びに行くと返事をした。
ばあちゃんちは同じ県だが、ぼくの家から遠くはなれた山里にある。
母さんは、行ってもいいと言ってくれた。
ばあちゃんのいっていた「ゲート場」というのは、ゲートボール場のことで、ばあちゃんの家から田んぼを四つくらいはなれた原っばにあった。
そこには五つの長いベンチと、七つのバラック小屋があって、何百びきもの犬がうじゃうじゃいた。
犬たちの何びきかはぼくを見てほえた。
どの犬も太っていて首輪がついていた。
ウィンキーのすがたはなかった。
こんなにたくさんの飼い犬がどうしてこんなへんぴな山里にきているんだろう。
ぼくはふしぎに思った。
むかしここに来たときには、ベンチはあったけれども小屋なんてなかった。
「変なやつが住みついとるぞ」とばあちゃんは言ってた。
ぼくは小屋に近づき、そっと中をのぞいてみた。
小屋の中にセメント袋みたいな大きな袋が山積みになっているのが目に入った。
その奥は、たくさんのパソコンや工作機械が並んでいた。
中に入ったが人の姿は無い。
小屋の真ん中にテーブルが置かれていて、そのテーブルの上に、ただいま近所を巡回中という、書置きが残されていた。
どうやら、ここの住人たちは、この付近を歩き回っているようだ。
しかたなく小屋を出て、ゲート場を見渡した。
犬たちが、互いにじゃれあったり、けんかしたり、ねそべって大きなあくびをしたり、気ままそうに過ごしていた。
でも、なぜここ集まっているのか、まったくわからないままだった。
もう一度注意ぶかく犬たちを観察したが、結局ウィンキーは見つからなかった。
僕はかなりがっかりした。
3 リストラされた研究者たち
ゲートボール場を出て、村へ帰る途中に、公園によった。
公園から、スピーカーを通した演説が、聞こえてきた。
ネクタイを締めたサラリーマン風の男が3人と、 白衣を着た学者風の男女が十名ぐらい、公園で中にいた。
そのうちの一人がマイクを握りしめて、自分たちがペットフードの会社をクビになったのは、不当な解雇であると訴えていた。
公園には、その人たちがいで、話を聞いている人は、わずか十人ぐらいしかいなかった。
あとはやはり犬ばかり。
聴衆は畑仕事帰りの村人のようだった。
公園にいる犬たちは、ゲート場の犬と比べて、 少し様子が違っていた。
ブラブラ歩き回ったり、寝転んだり、大あくびする犬はいなくて、みな演説している白衣の男の声を聞き入るかのように背筋を伸ばして座っていた。
一匹のしば犬がそばへやってきて、クンクンにおいをかぎだした。
犬はものいいたげにぼくを見上げた。
ぼくは何も言わず頭をなでてやった。
「…というわけで、ダイエット・ビューティーなる組織は実に卑劣な会社であります。 私どもはご家庭のペットたちが一刻も早く健康を取りもどせるようダイエット・ビューティー社を告発していきます。そのためには、ぜひとも皆様のご理解とご協力が必要なのであります」
白衣の男の長い話が終わった。
途中から聞いていたので、いったい何を訴えていたのかよく分からなかった。
ぼくはウィンキーの写真を取り出して、男たちのいるステージに向かった。
写真を見てもらい、この犬をこの辺で見かけたと聞いてやってきたが、ご存知ないですか?とたずねた。
「この犬だったら確かにいたよ。 でもここ二、三日見かけないな」
白衣の男は仲間たちに写真を見せながら言った。
ぼくがこの犬の飼い主で、遠く離れた町から探しにやってきたことを話すと、男たちは同情してくれた。
「この犬たちは悪者が仕掛けたわなから逃げてきたんだ」
「わな?」
「そうさ。 人間には気がつかない。 犬にとってはとてもはた迷惑なわなだったのさ。 もっと話が聞きたければ、ぼくらの研究室にきてみないかい?」
男たちはぼくを誘った。
訳のわからなさがあるにしろ、悪い人には見えなかったのでぼくはその人たちについていった。
研究室はさっききたゲートボール場のバラック小屋だった。
小屋に帰ってきた十三名の大人たちは、以前ペットフードの会社に勤めていたそうだ。
「栄養価の高い健康的なベットの食事を研究していたんだけど、巨大資本のダイエット・ビューティー社がぼくらの会社を買い取り、ビューティー社のダイエットペットフードを大々的に売り出すよう命令したんだ。今の時代、ペットは運動不足で、肥満傾向にある。そこで食べてもあまり太らないペットフードを開発し、これからのペットフードの主流にしようと考えたわけだ。そこまではぼくらもわかるさ。決してまちがっちゃいない」
学者風の男が小屋の中に積んだセメント袋を軽く手で叩いた。
「これはぼくらが以前開発したドッグフードさ。栄養価は高いし、何百人ものブリーダーから意見を聞いて、犬の好みそうな味に仕上げてある。ビューティー社からは廃棄するように命令されたけど、実は捨てないでとってあったんだ。ぼくらはビューティー社のダイエットペットフードにどうしても賛成できなかった。だって栄養はスカスカだし、まずくて食えたものじゃない。犬たちには不評だったんだ」
犬たちには不評?ぼくは首をかしげた。
男はかまわず話をつづけた。
「ビューティー社が「ビューティー』を発売したとき、確実に売れるように卑怯なCMをテレビに流したんだ。君たちはテレビを観るのは学校から帰ってからだろうけど、君たちのお母さんはお昼ぐらいからテレビを観るんじゃないかな。ビューティー社は君たちのお母さんをねらって集中的に『ビューティー』のCMを流した。あのCMには実は催眠効果があるナレーションが入っていて、何度も繰り返し聞いていると、本当にその品物を買いたくなってしまうんだ。君のお母さんも『ビューティー』を山ほど買ってきただろう」
ぼくは思わずうなずいた。
「やっぱりあれは催眠術にかかっていたんだ。どうりでいつもの母さんとちがうと思った」
「そればかりじゃない。ビューティー社は隠れて犬の嫌がる信号を流しているらしい。 犬たちにストレスを感じさせることで、食欲を増進させ、必要以上にドッグフードを食べさせようとしているんだ。君は見ただろう、この村に集まっている飼い犬たちを」
「見たさ。でもどうしてここへ集まってきたんだろう」
「犬たちの情報網があるらしくて、ぼくらがここでおいしかったころのドッグフードを食べさせているってことが仲間内で伝わったのさ。もっともこれっぽっちじゃ、あと一ヶ月ももたないだろうけど…」
4 コミュニケーションツール「わんダフル」
ぼくはやっと事情がのみこめてきたような気がしてきた。
だがまだ良くわからないことがある。
「あなたの話を聞いていると、まるで犬から直接話を聞いてきたような印象を受けるんだけど」
学者は中にいる大人たちと顔を見合わせた。
「これは秘密にしておきたかったんだが、君になら話をしてあげよう。実はぼくらは犬たちと話をした」
「えっ?」
「もちろん犬とは話ができない。そこで犬の言葉が人間としえる機械を開発した。ペットショップに似たようなおもちゃが出回っているが、ぼくらのマシンはすごいぞ。まるで犬が人間の世界に、あるいは人間が犬の世界にまぎれこんだような錯覚に陥ってしまうんだ。これはプロトタイプなんだが、ビューティー社のやつらが邪魔しなきゃ、大量生産して、もっと犬とのコミュニケーションが図れるようになると楽しみにしていたところさ。 『わんダフル』っていう名前なんだ」
白衣の男は、小屋の隅からトランシーバーのできそこないのような機械を持ってきた。
その時、外でかすかにサイレンの音がした。
「いかん。やつらにかぎつかれた」
白衣の男は急に声をひそめた。 サイレンの音はしだいに大きくなってくる。何かが小屋に近づいていた。
どおーん。バリバリ。
小屋の壁が何かに突き破られた。良く見てみると、黄色いショベルカーに突っこまれていた。
「警察だ、抵抗するな。 おとなしくしろ」
突き破られた壁の穴から、赤い回転灯がいくつも並んでいるのが見えた。
怖い顔をした警官たちが小屋へ押し入り、学者をはじめ中にいた大人たちはたちまち取り押さえられた。
子供であるぼく一人がさいわいうまく逃げることができて、ドッグフードのかげに息をひそめていた。
気がつくと、ぼくの足もとに「わんダフル」が転がっている。
ぼくは「わんダフル」を手にすると、大人たちの目をぬすんで、小屋の外に出た。
小屋の外で、犬たちは悲しそうになりゆきを見守っていた。
ぼくはゲートボール場を出て、ばあちゃんちへ向かってかけだした。
ウィンキーはあいかわらず行方不明のままだ。
その夜、ぼくはテレビを観ながら、ばあちゃんにゲート場であったことを話した。
犬は大勢いたが、ウィンキーは見つからなかったこと。
変な研究者たちが公園やゲート場にいて、警官に捕まってしまったこと。
ばあちゃんも研究者たちのことは知っていて、ここの村人たちの間でも、特に評判が悪いなんてことはなかったそうだ。
「もともとは、この村の犬がやたらと飯を食いたがる病気が流行って、その調査のためにやって来た人たちなんじゃ。ところがいつの間にか他の土地からも犬がやってくるようになって、今ではごらんのとおりさ。この村の山奥にはダイエット・ビューティーって会社の研究施設があってね。近々大きな工場を建てるらしいのさ。でもね、あの人たちがいうには、ダイエット・ビューティーって会社のドッグフードはあまり良くないらしいんだ。詳しいことはよくわからんけど、とにかくあの人たちは工場建設の反対運動まで始めたんだ。警察に捕まったっていうけど、何の容疑で捕まったんだろうかねぇ。明日からいったい誰が犬たちに飯を食わせるんだろ?」
「ぼくも何だかすっきりしない気分だった。あの人たちはダイエット・ビューティーのせいでリストラされたって言ってた。だから、ダイエット社に反発するのはわかる。もしあの研究者のいうように、犬たちが得体の知れない電波でストレスにさらされ、飼い主に自分の会社の商品しか買わないように暗示をかけていたとしたら、それを止めるのは誰なんだい?」
ばあちゃんとぼんやりとテレビを観ていると、「ビューティー」のコマーシャルが流れた。
すると、胸ポケットに突っこんでいた、 わんダフルがぴぴっと反応した。 次の瞬間、耳をうたがう言葉が聞こえた。
「これ以外食べさせないで。 犬が死んじゃいますよ」
ぼくとばあちゃんは思わず顔を見合わせた。
その後もダイエット社のコマーシャルが流れるたびにわんダフルは反応した。
「空き箱を百枚ためると、もれなくわが社のエステ券をプレゼント。夏までにスレンダーなボディをお約束します」
「すっかりスリムになったあなたに、抽選で地中海セレプリゾート地へご招待」
ぼくはあぜんとした。
「まったくなんてあつかましいコマーシャルなんじゃ。犬のえさにこそこそと催眠術なんぞ使いおって」
おばあちゃんは怒りだした。ひょっとしてこれが、あの研究者たちの言っていた暗示信号なのかな。
ぼくは急に思いついて、母さんに電話してみた。
「母さん、ぼくだけど。もしかして、ペットフードの箱をためたりしてない?」
母さんは少しどぎまぎした声で答えた。
「ためてたけど、もう捨てちゃったわ。だってウィンキーいなくなっちゃったんだもの」
「でも、何でためてたの?」
「さぁ、何でかしら?あまりはっきり覚えていないの」
やっぱり母さんはだまされてたんだ。
ぼくはそう思いながら、受話器を置いた。
ぼくはわんダフルをしげしげと見つめた。
研究者の話をあまり本気にしていなかったけど、この機械をもっと試してみる価値がありそうだ。
5 アフガンハウンドの強がり
ぼくはこっそりと、ばあちゃんの家を出て、バラック小屋まで行ってみた。
犬たちはまるで飼い主の帰りを待ちわびていたかのように、さかんに尻尾を振り、近寄ってきた。
ぼくはわんダフルを取り出して、スイッチを入れた。
「腹減ったよー」
まず最初に、こんな言葉が耳に飛びこんできた。
ぼくはわんダフルについてるマイクに向かって言った。
「もしもし。ぼくの言ってることがわかるか?」
犬たちはいっせいに喋りだした。
「わかるさ。 そんなことよりも、何か食わしてくれよ」
「何時間待っても、誰も来やしない」
「お若いの あの小屋の中のご飯を食べさしてくれんか。子どもでもそれくらいのことはできるじゃろ?」
ぼくはとりあえず犬たちの空腹をまぎらわすため、小屋に入り、重いドッグフードの袋をかついできた。
一袋目が空になり、犬たちにせかされて二袋目を開けた。
すっかり満腹した犬たちは、満足して地面に寝転がっていた。
その無防備な様子は飼い犬そのものだ。
野良犬には出来ない芸当だろうな。
さて何から尋ねようか。 犬が好みそうな話題といったらなんなんだろう。
とりあえず、足元にいる毛の長い犬に声をかけた。
「ちょっとたずねたいことがあるんだけど」
犬はきょとんとしていた。
ぼくの言葉が、通じているのかどうかはっきりわからない。
同じことを大きな声で言うと、何も答えないで向こうへ行ってしまった。
隣にいた犬にも声をかけたが、同じように逃げてしまった。
そうか 犬にじゃなく、わんダフルに話しかけなきゃダメなんだ…。
ぼくはわんダフルを目の前にかざして、犬たちに声をかけた。
今度は反応がよかった。たちまち僕の周りに集まってきた。
背すじのすらっとしたアフガンハウンドが、群れの中からさっそうと出てきた。
犬たちのリーダーなのかな。
「なんだい? たずねたいことって」
アフガンハウンドがいった。
「この犬を捜しているんだ」
僕はウィンキーの写真を見せた。
夜であまりよく見えないせいかもしれない。
アフガンはじっと写真をにらみつけ、やがて静かに言った。
「ウィンキーって名前のやつだろう。すばしこくって、太っていて、大飯ぐらいのチビだ」
「そうそう。僕はその犬の飼い主で、この犬を探して遠くからやって来たんだ」
「こいつなら、3日前までいたよ」
「それは昼間人間から聞いたさ。 今どこにいるかが知りたいんだ」
「知らないって言ったら、お前さん、この先も探し続けるのか」
「もちろんさ」
「だったら教えないわけはいかないな。 ウインキーってやつはさらわれちまったんだ。ダイエットビューティーの研究所がこの近くにあるのを知ってるかい?」
僕はうなずいた。さっきぼあちゃんに聞いたばかりだけど。
「これはあくまでも推測だけど、ぼうや、『推測』ってどういうことか知ってるかい」
「だいたいの見当ってことだろ」
「なかなか頭が良いぞ。 ウィンキーはな。 実験用に連れ去られたんじゃないかと思うん
だ」
「実験用? 実験用ってなんだ?」
「決まっているじゃねえか」
アフガンハウンドは、大きく息を吸いこんだ。
「あのまずいえさを食べさせてガリガリにやせさせるのさ。それを大衆にアピールすれば、大勢の飼い主は健康によさそうだと勘違いして、まずいのをたくさん買いこむ。俺たちはそれしか食うものがないから 仕方なくそれを食う。人間のあんたにゃわからないだろうけど、あいつのまずさっていったら、耐えがたいんだ。あいつが皿に盛られるたびに、奥さんの顔を見てこう思ったもんさ。そりゃないぜってね。耐えられるやつはいいけど、耐えられないやつは飼い主から逃げ出すしかない。俺は耐えられなかったね。ここにいるやつは皆そうさ」
アフガンハウンドはずいぶん興奮していた。
首に大きなネックレスみたいなおしゃれな首輪をしていた。
そうか、この犬も飼われていたんだな。
ぼくはアフガンが少しかわいそうになった。
「おっと、ごめんよ。 話が横にそれちまった」
アフガンは気をとりなおして言った。ぼくはアフガンにたずねた。
「家に帰りたいと思わないのかい」
「帰ったって、こんなに外をほっつき歩いて、家に入れてくれるもんか。それにまたあのまずい飯が延々と続くんだぜ。体を壊して死ぬよりましさ」
ゲート場の中に鼻をすする音が聴こえた。
犬たちは皆、目がうるんでいた。
アフガンハウンドはウソつきだった。
せいいっぱい強がってウソを言っているのが、ぼくにはありありと感じとれた。
本当は帰りたくて仕方がないくせに。
6 円陣を組む犬たち
次の朝、ゲート場で犬たちと話したことをばあちゃんに話して聞かせた。
ばあちゃんはぼくがどこか具合が悪いんだろうと心配するばかりで、ちっとも話を聞いてくれなかった。
ばあちゃんは、ぼくの持ってるわんダフルっていう機械の便利さを知らない。
まずそれがわからなきゃ話にならない。
わんダフルについて何度か説明しようとしたけど、ばあちゃんは生返事をくりかえすばかりだった。
「ばあちゃん、よく見ておくれよ。 これはおもちゃなんかじゃないってば」
「だれもおもちゃだなんていってねえよ。なかなか重みのありそうな立派な機械じゃねえか。だけどどう考えたってな、ヒデ坊。犬としゃべれるなんてことがあるわけねえだろ」
「それがしゃべれるんだってば」
「あんたはウインナが心配で、頭がどうにかなっちまったんじゃねえのか」
「ウィンキーだよ、ばあちゃん」
「だいじょうぶだ。 かならず見つかるよ。 今から畑に行くけど、いっしょに来るかい?」
「ごめんよ。 今日はちょっと行くところがあるんだ、ばあちゃん」
その日の正午、僕は山の中にいた。
ひっそりとした山奥にある研究所は、丸い屋根に巨大なアンテナがそびえていて、その様子は、まるでコンクリートでできた白いカブトムシようだった。
ぼくは研究所の門にこっそりと近づいた。
門の前に警備員が二名いた。門をぬけようとすると、警備員の一人がやってきて、ぼくをよびとめた。
「もしもし、ぼく。 悪いんだけど、ちょっといいかい?」
「何ですか?」
「ここに何か用事があるのかい?」
ぼくは三秒ほど考えて、言った。
「社会科の見学に来たんですけど、そのこと聞いてないですか?」
「ほお、学校の勉強かい。 立派だね」
ぼくはそれらしくうなずいた。それ以上何も聞かれなかった。
第一関門突破だ。
受付にいって、社会科の見学ですと言うと、受付の女の人はぼくをジローっとながめ、誰かに電話して、またぼくをジローっと見た。そして、
「今、係の者がおりませんので」
と、冷たくことわられた。
「いつなら、係の人がいるんですか?」
ぼくがしつこくたずねると、明日また来てみてくださいと言われた。
けっきょく、この日は中へ入れてもらえなかった。
これが本当に学校の社会科の見学だったら、すぐにあきらめもつくけど、ぼくはウィンキーを助けにきたんだ。
簡単にあきらめるもんか。
明日、必ず来てやる。
ぼくは帰り道、森の中の白いカブトムシの建物をじっとにらんでつぶやいた。
待ってろよ、ウィンキー。 必ず助けに行くからな。
研究所から、ばあちゃんちに帰ってきたのは昼ごはん前で、おばあちゃんは畑から帰ってきて、ごはんの用意をていた。
いっしょに昼ごはんを食べたが、ばあちゃんは食事の間中、うかない顔をしていた。
「どうしたんだい?ばあちゃん」
「ああ、畑から帰るついでにゲート場によってみたんだが、へんなことがあってなあ」
「へんなことって」
「相変わらず犬だらけじゃったけどなぁ。ヒデ坊。いつもと少し様子がちがうんじゃ」
「どうちがうの?」
「一匹の細長い犬を囲んで、犬たちが円陣を組んでいたんじゃ、まるで高校野球の選手のようじゃったぞ」
「それ、いつ?」
「ついさっきじゃよ。畑から帰る途中じゃった。ゲート場の犬たちがごはんをどうしとるのが気になって行ってみたんじゃ。そしたら…」
ぼくはばあちゃんの話が終わるのも持たず、わんダフルをふんづかむと、外へ出た。
ゲート場ではばあちゃんの言ったとおり、犬たちは円陣を囲んでいた。
僕は、バラック小屋の物陰に隠れ、わんダフルを耳に押し当てた。
円陣の中心にいる細長い犬は、アフガンハウンドだった。
「いいかい。おじけづいている場合じゃないぞ。もう食物もあんまりないんだ。あの男の人たちもいなくなった。オレたちは自分で戦わなきゃ、仲間を救うことができない。 おれたちを縛りつける。超音波の発信機を破壊し、さらわれた仲間たちを救いだすんだ」
「でもよぉ」ゴールデンレトリーバーが言った。「いったいどうやって、あの建物にしのびこむんだ。こんな大勢の犬が押しかけてみろ。仲間を捜し当てる前に、保健所や機動隊につかまっちまう」
「大勢でなくて、二、三匹で行けばいい」
どの犬かが言い、どの犬かが答えた。
「同じことだ。要するに、犬の姿を見かけた人間は、迷惑がるだろうよ。野良犬なんて存在しちゃいけないらしいからな」
ぼくは物影から出て、犬たちに言った。
「もし、僕でよければ力になるよ。僕だってあの中に助けなきゃならない飼い犬がいるんだ」
犬たちは一瞬しんとして、ぼくを見つめた。
しばらくして、犬たちはざわめいた。
犬たちはゆっくりと僕を取り囲み、ぼくと犬たちはお互い見つめあった。
どうやら僕は彼らの仲間に入れてもらえたようだ。
それからぼくは、わんダフルを使って、しばらく犬たちと会話した。ドッグフードを二袋開封して、その日は犬たちと別れた。
7 扉の向こう
次の日の午後も僕はカブトムシ型の研究所に出かけていった。
昨日と同じように、受付の女の人に話しかけ、係の方はいますか?とたずねた。
実は今日、ゲート場の大勢の犬たちとここにやってきていた。犬たちまで同伴すると、人目に着きやすいので、警備員の目をごまかすために、森の茂みの中に隠れてもらっていた。
警備にスキが出たら、中に侵入する作戦だ。アフガンハウンドがしっかり指揮をとるだろう。
受付で十分ほど待たされて、ぼくはある部屋に通された。
そこには、モデルさんのようにすらりとした美人の女の人がいた。
僕は思わず息をのんだ。さっきの人と同じ制服なのに、全然オーラが違う。。
「あなたがうちの会社を見学にきた小学生ね。どこから案内しようかしら」
僕はウィンキーの写真を見せようとした。でも途中で止めた。
こんなことして、簡単にウィンキーと会わしてくれるわけがない。
「何か実験みたいなのが見てみたいな。動物実験かなんかやってないかな」
女の人の表情が一瞬くもった。苦笑いしながら、ぼくに言った。
「そういう実験がないこともないけど、別に面白くもないと思うわ」
ほう、やっぱりそういう実験があるんだ。
僕は自分でも不自然なくらい爽やかな笑顔を作って、女の人に両手を合わせてお願いした。
「小学生の言ってることですから、柔軟に対応していただけないでしょうか?」
すると、女の人はクスっと笑ったかと思うと、突然プイッと後ろを向いて、部屋を出ていこうとした。
あれ、怒らせちゃったのかな。
「上の人がうるさいの。見るんだったら早くしてちょうだい」
女の人は、ドアを開けて手招きをした。 僕はほくそえんで女の人の後についていた。
それから女の人は次々と研究室を案内してくれた。
研究室のどの部屋にも数匹の犬がいた。まぁ、ペットフードの会社だから、それは当たり前と言えば、当たり前だけれど…。
ひどく痩せている犬。逆にこれ以上太れないんじやないかと思えるようなまん丸い大。 電動ウォーカーで走らされている犬。うずくまったままびくりとも動かない犬などがいた。
そこで見た犬たちは、とうてい幸せそうには見えなかった。
色々見ているうちに、ぼくは犬たちとの作戦が失敗してることに気付いた。
外にいる犬たちに中の様子を伝える手段がなかったのだ。
わんダフルは、ぼくが持ってる一個っきりだ。
しょせん小学生と犬の考えた作戦だ。
こうなりゃ、なるようになるしかないのさ。
女の人はどんどん先へ進んでいく。
けれど肝心のウィンキーの姿はなかった。
ぼくは女の人の目を盗んで、わんダフルで研究室の中の犬たちと会話することを試みた。
しかし、声を大きくできないし、研究室の犬たちはかなり弱っている様子なので、コンタクトをとるのは難しい。
やがて女の人が急に立ち止まった。
「ねぇ、ぼく。 私が案内できるところはこれぐらいなの。悪いけど、ここまでで学校のレポートをまとめてくれない?」
トイレに行きたくなったのか?まだ30分もたってないぜ。
こういうのを「突然の打ち切り」というんじゃなかろうか。
「まだ何かたずねたいこと、ある?」
ちくしょう、帰れるもんか。まだウィンキーが見つからないじゃないか。
ぼくはけんめいに場つなぎの質問を考えた。
「たとえば犬の脳を刺激して、食欲をコントロールできるとか、そういう研究をこちらのほうでやってるって聞いていたんですけど、そのへんを詳しく聞きたいんです」
女の人はギロリとぼくを睨んだ。
「どこでそんな話を聞いたの?」
「えっ、テレビで観たんだけど」
女の人はぼくの腕をつかんで、足早に廊下を歩き始めた。
ぼくは引きずられるようにして玄関へ連れ出された。
ちくしょう、このまま追い出されたら、もう二度とここに出入りできなくなる。
ぼくは勇気を出して、女の人の手を振り払った。
そして建物の奥に向かって、いちもくさんに駆け出した。
女の人の金切声が聞こえ、すぐに警備員が追いかけてきた。
とりあえず二階のトイレにかけこんで、足音がしなくなるのをまった。
足音は遠ざかったり近づいたりしていた。5分ぐらい足音が続いて、やがて元通り静かになった。
ぼくは恐る恐るトイレを出た。
それから廊下の物影づたいに、二階を歩き回った。
二階には一階ほど実験室らしい部屋は見当たらなかった。どちらかというと倉庫の雰囲気に近かった。
ぼくは少しがっかりした。
それでも、きちんと探索しておかないと、後で後悔するかもしれない。ぼくは通路の奥へとどんどん進んでいった。
やがて通路は行き止まりになった。
行き止まりの壁には、巨大な鉄の扉が立ちふさがっていた。
ひどく重たいドアだが、カギはかかっていないようだった。
ぼくはこん身の力をこめ、ドアを引っぱってみた。
するとほんの数ミリだけドアが開いた。
その隙間から、生暖かい空気が流れ、小さな物音が聞こえてくる。
ぼくは耳をすませ、その音を聞き入った。
そうしているうち、ぼくの胸ポケットにあるわんダフルがピピッと反応した。
まちがいない。扉の向こうに犬たちがいるのだ。
ぼくは扉を開こうと、ドアの取っ手をにぎりしめ歯を食いしばった。
顔を真っ赤にして頑張ったが、扉はほんの少ししか開かなかった。
それでも体を横にすればなんとか向こうに抜けられそうだ。
扉のすき間から体を引き抜くようにして中に入った。
ほとんど真っ暗だったが、やがて目が慣れてきて、中の様子がわかるようになってきた。
8 大ぼらふき
放課後の体育館の中に似た、広い倉庫のような部屋だった。
倉庫の床には、何十という鉄のケージが並んでいた。
ケージの中にはそれぞれ犬がいた。
わんダフルのインジケーターが激しく点滅した。
おりに近づくと、犬たちはいっせいに立ち上がってぼくを見た。
さいわい、吠える犬はいなかった。
ぼくはわんダフルを取り出し、おそるおそる犬たちにたずねた。
「あのう、家で飼っていた、茶色の小さな犬なんだけど、ウィンキーって名前なんだけど、
ここにいないかな?」
とりあえず目の前のむく犬にそうたずねてみた。
わんダフルを使えば、犬語で伝えられるはずだ。
むく犬はまばたきもせず、じっとぼくを見ていた。
しばらくして、むく犬が口を開いた。
「その質問に答える前に、こっちの質問に答えてもらえないか。あんたいったい何者だ?」
ぼくはむく犬に向かって言った。
「ぼくはウィンキーの飼い主なんだ」
「ほう、ここの社員じゃないのか」
「ちがうさ。ぼくはここにいるやつらからウィンキーを取りもどしにきたんだ」
「ほう、とても信じられんな」
「ウソじゃない。ここに忍びこむのだって、大変だったんだぞ」
「だれもぼうやの言うことをウソだなんて言っておらんよ。 飼い犬はウィンキーという名前なんだな?」
ぼくがうなずくと、そのむく犬は後を向いて、ひときわ大きな声で犬たちに向かって言った。
「おい、 ウィンキーとやら、お前さんの飼い主がやって来たぞ」
返事はなかった。むく犬の言葉は、しんとした倉庫の中にむなしく消えた。
ぼくもけんめいに声を潜めながら名前をよんだ。
「ウィンキー、ウィンキー」
すると他の犬たちも口々にウィンキーの名前をよび始めた。
倉庫の中はかなりさわがしくなってきた。
突然、犬たちは沈黙した。
ぼくはどぎまぎしながらたずねた。
「ど、どうしたの?」
倉庫の奥のほうから声がした。
「ぼうや、ウィンキーがいたらしいぞ。もっと奥のほうに行ってみな」
たくさんのケージの間を歩いていくと、やがてキャンキャンという鳴き声が聞こえてきた。
そのケージにはウィンキーがいた。
「ヒデト君、さがしてくれたんだね」
ウィンキーは目に涙をうかべてぼくを見上げていた。
まん丸だったウィンキーがずいぶんやせて見えた。
ケージは頑丈だったが、さいわいカギがかかっていなかった。
ケージの扉を手で持ち上げ、上にスライドさせた。
「おう、ウィンキー。早く帰ろうぜ。また腹いっぽいウィンナーを食べさせてやるからな」
ケージから出てきたウィンキーは、やっぱりひょろひょろとしていた。
ぼくはウィンキーを抱き上げると、倉庫から引き上げようとした。
ウィンキーはぼくの胸から顔を出し、はげしく身をもがいた。
「みなさん、親切にしてくれて、どうもありがとう」
ウィンキーはケージの中の犬たちに別れをつげた。
犬たちの声が聞こえてきた。
「良かったな、 ウィンキー」
「あばよ、俺たちの分までかわいがってもらうんだぜ」
「え?」
ぼくはそれを聞いて、凍り付いたように一歩も前へ進めなくなった。
そうだった…君たちも連れて帰らなくちゃ。
暗やみの中、ひとつずつケージの扉を開け、中の犬たちを放してやった。
どの犬もひどく元気がなく、歩くのも大変そうだった。
「何だ、こいつは。 犬を放しやがって」
ぼくの背後で荒々しい男の声がした。
倉庫のドアが大きく開かれ そこには警備員が立っていた。
警備員は腰の警棒を引き抜き、ぼくのほうへ走ってきた。子供に棒ぎれを振り回す大人なんて、テレビ以外で初めて見た。
ぼくと犬たちは倉庫の中を逃げまわった。
逃げ足には自信があるほうだが、ウィンキーを両手に抱えていては思うように動けない。
警備員はぼくの襟首をつかんで倉庫から引きずり出した。
ぼくらのまわりには、ケージから出た犬たちが群がり、低くうなり続けていた。
「いったいなんでこんなことをするんだよ」
警備員は今度はぼくの胸ぐらをつかんだ。
ぼくはキッとにらみかえした。
「これは半年前にいなくなった、ぼくの飼い犬だ。それがどうしてこんなとこにいるのか、こっちが説明してもらいたいぐらいだ」
警備員は言葉につまっていた。だが胸ぐらをつかむ力をゆるめなかった。
「ここにいる犬たちだって、首輪がついてるのばっかりだ。 元は飼い犬だってすぐにわかるよ。 実験に使うつもりだったんだろ」
廊下の反対側から白衣を着た男たちが五人現れ、つかつかとこちらに歩いてきた。
金ぶちめがねをかけた先頭の男が言った。
「話は聞かせてもらったよ。どうやらぼうやの考えすぎみたいだ」
男はめがねの奥の冷たい目で、犬たちをにらみつけた。
とたんに犬たちはうなるのをやめてしまった。
犬たちはおびえた目をしていた。
きっとこの男なんだ。
犬たちをこんな目に合わせてるのは…。
ぼくは直感的にそう思った。
「考えすぎって、どういう意味なんだい?」
ぼくはその男に食ってかかった。警備員はなかなか手を離してくれない。
男は落ち着き払い、咳払いをひとつして答えた。
「つまり、ここにいる犬たちは、うちの会社が養っているんだ。つまり会社の所有物だよ。たまたま君のペットに似た犬がいたからって、勘違いもはなはだしい」
この時、倉庫の中で最初に出会ったむく犬がほえた。僕の胸のわんダフルが反応した。
「この大ぼらふきめ」
金ぶちめがねは、驚いたように眼を見開いた。
男の驚きはすぐに怒りに変わってしまった。
警備員は警備員で、ぼくをつかんだ手にいっそう力をこめた。
「『大ぼら』だと…..。 ぼうや、何を根拠にそう決めつけるんだ」
金ぶちはぼくをにらんだ。
「ぼくはそんなこと言ってないよ」
「言っただろ?なぁ」
金ぶちめがねは、そばにいた研究員たちにたずねた。彼らは少し首をかしげた。
犬たちは続けざまに吠えたてた。
「よく耳をかっぽじって聞け。お前はウソつきだってんだよ」
「ここにいる皆はれっきとした飼い主がいるんだ。だれがお前らなんかに養われてるもんか」
犬たちの言葉に、男は腰を抜かさんばかりに驚いていた。
犬たちの声は、ぼくの胸のわんダフルで次々と変換されていった。
ぼくは愉快になってきた。警備員もさすがに手をゆるめた。
男はうろたえながら、犬たちをどなりつけた。
「だ、だまれ。外をうろついていたお前たちを保護したのは、俺たちなんだぞ」
むく犬が前に歩み出て、金ぶちめがねを見上げて吠えた。
「まったくだ。 まずい飯を食わされて、さんざんな目に合ったぜ」
むく犬は舌打ちして言った。
「お前さんたちが考案した『ハラヘリ電波』は、実は俺たちを誘いよせる作用もあったのさ。つまり俺たちはお前たちに誘拐されたも同然さ。保護だなんておこがましい」
「クソ、こいつらを一匹のこらず捕まえろ。こぞうも逃がすな」
金ぶちは警備員と部下たちに、はき捨てるように言った。
「こぞう」だとさ。
白衣の男たちは犬たちを倉庫の中へと追い戻し、捕まえようとしていた。
警備員はぼくをどこかへ連れて行こうとしていた。
いつの間にか、ぼくの腕からウィンキーがいなくなっていた。そういえば、警備員に捕まったとき、どっかに行っちゃったみたいだ。
ぼくは必死でウィンキーを呼んだ。
ここで別れたら、もう一生会えないかもしれないんだ。
「くそっ、はなせよ、おっさん」
ぼくはじたばたした。 警備員はいっそう力をこめて、ぼくをしめあげた。
クソっ、この男…何のために警備員になんてなったんだ?
ぼくのイメージの警備員とはずいぶん違うぞ。
9 犬たちの家路
その時、ぼくの前に、何かが立ちはだかった。外に待機していた犬たちだった。
犬たちの先頭に、アフガンハウンドとウィンキーがいた。
そうか、ウィンキーが外に出て、外にいた犬たちを誘導したんだ。
警備員は廊下の隅から隅まで犬だらけという光景を目の当たりにして、急におびえだした。
ぼくは警備員の腕を払いのけ、犬たちのほうへ走っていった。
犬たちはいっせいに警備員に襲いかかった。白衣の男たちも廊下の反対方向へ逃げ出した。
「ぼうや、だいじょうぶかい?」
アフガンハウンドはぼくに近づいてきて、心配そうに言った。
それから、ぼくと犬たちは残りのケージの中の仲間たちを助け出した。
「さぁ、こんなところ、さっさとおさらばしようぜ」
自由になった犬たちは一斉に駆け出し、カブトムシに似たこの研究所から逃げ出そうとした。
その時だった。急に犬たちは前足で頭を抱え、地面にひれ伏した。そして、苦しみながら地面をのた打ち回った。
屋上を見上げると、金ぶちめがねが柵から身を乗り出して、犬たちが苦しむ様子を見ていた。研究所からより強力な怪音波が発信されたのだ。
犬たちはなお、もがき苦しんでいた。
金ぶちめがねはニタニタ笑いながら言った。
「簡単に逃げられるとは思うなよ。 まだまだお前たちには、わが社の役に立ってもらわないとな」
人間であるぼくは音波の影響を受けなかった。しかし、犬たちの苦しむ様を見て、強い怒りを感じた。
屋上にでっかいパラボラアンテナが見える。
「クソッ、あれをぶっ壊してやる」
ぼくは建物の外階段から屋上に駆け上がった。
金ぶちたちはぼくが近づいたことに気づかずにいた。
ぼくはそっと発信機に歩みより、屋上の壁に掛けられた、電気ボックスを開いた。
中に回路が見えた。全然分からないけど、壊せばどうにかなるだろう。どうすれば回路を壊せるか考えた。
回路は手で引っぱっても壊れないくらい、頑丈なケーブルが並んでいた。
ペンチもないし、石ころすら手に入らない。何かバッテリーのついた電子機器があれば、ショートさせることができるかもしれない。
ぼくは胸ポケットのわんダフルを取り出し、裏ブタを開いてみた。
基盤がむき出しになり、黒いバッテリーが見えた。
これで回路をショートさせたらどうだろう。ショートするかな?
これはシロウトが考えても、ものすごく危険。しかし他に手段がない。
グズグズしていたら、また金ぶちたちに捕まっちまう。
ぼくはわんダフルの回路をむき出しにして、思い切り電気ボックスの基盤に押し当てた。
基盤から火花が出て、ぼくの体にもしびれがきた。
で、電気ウナギを捕まえるのと、ど、どっちがしんどいかな。
き、きっと、で、電気ウナ、ウナギのほうが、おおおお、シビレがシビレルゥ…。
「あっ、こぞう。何しやがる」
金ぶちたちが気づいて、こっちへ走ってきた。
次の瞬間、ぼくは強烈なめまいに襲われた。
ダメだ、手を離さなきゃ。
手、手が離れない。
ぼくは息が苦しくなり、その場に倒れこんでしまった。
どんどん気が遠くなっていく。
薄れてゆく意識のどこかで、金ぶちたちの悲鳴が聞こえた。
金ぶちたちが床に倒れ、頭を抱えてのたうち回る姿が見えた。
ぼくも頭が痛い。吐きそうだ。目の前が真っ暗になった。
そして金ぶちたちの悲鳴も遠くなっていった。
くそっ、いったいどうしたっていうんだ。
ここはどこなんだ。ぼくは感電死したのか?
気がつくと、ぼくはばあちゃんちの布団の中にいた。
おどろいたことに、布団のまわりには大勢の犬がいて、ぼくを取り囲んでいた。
ばあちゃんがぼくの顔をのぞきこんで言った。
「ヒデト、やっと気がついたんだね」
「ばあちゃん、ぼくはどうしてここに」
「ああ、ここにいるワンちゃんたちが抱えてきたんだよ」
ぼくはあらためて犬たちをみた。
犬たちの背中に担がれて、ここまで運ばれてきたとばあちゃんが言った。
犬たちは心配そうな目をして、ぼくを見ていた。
ウィンキーがぼくの目の前にいた。
その横にアフガンハウンドも座っていた。
ぼくはアフガンにたずねた。
「研究所の犬たちはどうなったんだ?」
アフガンは小さく吠えた。
ぼくはハッと気づいた。
そうか、もう「わんダフル」は壊れちゃったんだ。
犬たちの中から 倉庫の中で会ったむく犬が前に出てきた。
「君が無事だってことは、みんな助かったってことなのかい?」
ぼくはむく犬にたずねた。
むく犬はゆっくりとうなずいた。
僕は布団から起きだして、窓辺まで歩いた。
窓の外を見ると、庭先から畑のあぜ道までびっしりと犬たちで埋まっていた。
まるで犬だらけの観客席を見下ろしている舞台俳優のような気分だった。
僕はなんだか目頭が熱くなってきた。
「あっ、あれはどうなった?君たちを苦しめていた、あの怪音波は」
ぼくは足元のウィンキーにたずねた。
ウィンキーがぼくのズボンのすそをくわえて、何度も引っぱった。
ウィンキーの後について歩いていくと、居間のテレビの前にやってきた。
「ばあちゃん、テレビのリモコンを貸して」
「あいよヒデ坊」
ばあちゃんからリモコンを受け取ると、テレビのチャンネルを次々とかえてみた。すると、あの研究所のニュースをやっていた。
「今日午後二時ごろ、阿蘇市全域で吐き気やめまいを訴える人が出て、次々と病院へ運ばれました。これらの症状を引き起こす怪音波が阿蘇の山奥から発信されていたことが、警察の調べで明らかになりました。原因とされる音波は、阿蘇にペットフード工場を来年建設予定のダイエット・ビューティー社の研究所屋上から発信されたもようです」
画面にはあのカブトムシの建物が映し出され、屋上のパラボラアンテナの周囲を、警官たちがぐるりと取り囲んでいた。
「また、この企業については、以前から犬にストレスを与える音波や催眠広告を流していると、告発する団体もあり、警察ではこういった情報も含めて、事実を究明していくと述べています」
ばあちゃんはテレビの前までやってきて、びっくりしたように言った。
「あれ、これはすぐ近くの研究所のことじゃねぇか。 何かおかしいと思っていたけど、やっぱりこんなことをしでかしたてたのかい」
ぼくと犬たちは無言でうなずいた。
きっと「わんダフル」でショートさせたとき、犬向けに合わせてあった周波数が、人間が気持ち悪くなるような周波数に変わってしまったんだろう。
ぼくが倒れたのもたぶんそのせいだ。本当に感電してたら、一瞬で死んでるもんな。
でも考えてみれば、ダイエット・ビューティーのやつらは、今日までこんな苦しみを平気で犬たちに与え続けてきたのだ。
ぼくは人間の代表として、心から犬たちにすまなく思った。
人間は馬鹿だ。特に金もうけばかり考えて、心を忘れてしまった人間は大ばか者だ。
「もう外に出ようよ」
ぼくはテレビを消して、中の犬たちと外に出た。
外で待つ犬たちの前で、ぼくをここまで運んでくれたお礼を言った。
もうひとつ、どうしても言わなきゃならないこともあった。
「これからどんな風に生きるかは君たちの自由だけど、僕は元の飼い主のところに戻ったほうがいいと思うな」
犬たちの目は、次々とぼくを見上げた。
「もし今でも君たちが飼い主のことが好きだったらね。人の心を信じておくれよ」
犬たちはゆっくりと体を起こし、一匹、また一匹と、すたすたと歩きはじめた。
たくさんの犬の姿が、ばあちゃんの家から散り散りになり、やがて全ての犬がその場から立ち去っていった。
それぞれの家路へと歩いていったんだ、と思う。
そうであって欲しいけど…。
犬たちを見送りながら、ばあちゃんはボソッと言った。
「今は保護施設ってのもあちこちにあるらしいけど、あれはどうなのかねぇ」
「うーん、どうかな。良いところも悪いところもあるんじゃない?」
「今どきは、犬もいろいろと大変だねぇ」
「昔はどうだったの」
「のら犬って生き方もあったんじゃ」
「のら犬がいたの?」
「いてもよかったんじゃよ」
「ふーん」
ぼくとばあちゃんとウィンキーは、帰って行く犬たちの姿が見えなくなると、家の中に入った。
夕食を食べながら、犬たちを助けるとき、感電したことを話した。
「ああ、ヒデ坊。こりゃ、えらいこった」
ばあちゃんはあわててタクシーを呼び、ぼくは町の病院まで連れて行かれた。
わんダフル!ビューティー 終わり
わんダフル!ビューティー @hayadrago
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