彼女の微笑みは彼女のもの

千子

第1話

「さやか、付き合ってよ」

「どこに?」

そう尋ねた私は悪くない。

だって、電話でそんな軽々しく恋人関係を求められるなんて思っていなかったのだもの。


私に突然告白してきた真澄とは中学と高校が一緒で大学は別々、私に初めての彼女が出来る前になんとなくそういう雰囲気になったものの自然消滅した仲だった。

久し振りに連絡が来たと思って悩んだ末に電話に出たらそんな事を言われたんだから揶揄われているとも思って訝しんだ。

「さやかの思っていることもわかるからさ、弁明のために今度ご飯でも食べながら話させてくれない?」

「……いいよ」

真澄は相変わらず軽い調子で勝手に決めていく。

こちらの心情を汲んでくれているんだろうか?

まったく。

そう思いながらもどこかウキウキして心が弾んでいる自分がいるのも事実だ。

だって、上手くはいかなかったけれど一度は好きになった相手だもん。

そんな相手から好意を持って付き合って欲しいと言われるのは悪くない。

私は立ち上がると、まだ約束の日まで日にちもあるというのになにを着ていこうか鏡の前でファッショショーを始めた。

ああでもない、こうでもない。

真澄の好みはなんだっけ?

鏡の中の私は久々に楽しそうに笑っていた。

ちょうどそういったサイトで知り合った女子高生の女の子とも上手くいかなかったからだろう。

そう。いつだって誰とでも上手くいかない。

ようやく初めて出来た彼女も結局は男の子と付き合った。

いつだって「さやかのことを好きになれたらよかったのに」と言われた。

だったら好きになってよ!私を1番にしてよ!

そう叫びたくなる欲求に蓋をして、私はいい人の仮面を被って親しくなった女の子達の恋愛相談に乗る。

「さやかさんの笑顔を見ていると安心する」

そう言われたのはどの相談相手だっけ?

真澄はそんな私のことを本命ポンコツって呼んでいたっけ。

本命ばかり上手くいかない、上手くいくのは本命になれない子達との仲。

……嫌なことを思い出しちゃったな。

数々の虚しい恋愛未満を思い出して少しだけ気分が沈んだ。

持っていたワンピースを放り投げて、ベッドに身を任せる。

真澄はなんで今更私のことを好きになったんだろう?付き合ってって本気かな?

……真澄は明るくおちゃらけているけれど嘘だけはつかなかい人だった。

そんなところが好きだったんだよねぇ。

色々と考え込んで疲れたのか、その日はそのまま眠ってしまった。


翌日からマメに真澄からは連絡が届いた。

大学が違うからだろう。

会うまでの間にこれまでの隙間を埋めるようにいろんなことを話し合った。

それまでに、これまで出会った女の子達の相談にも乗っていた。

悩ましい恋の話に自分自身を重ねて、一緒に悩み答えを模索した。

真澄にその話をすると「そういうところがさやかだよねぇ」と返された。

どう言う意味だろうと首を傾げるばかりだけれど、とりあえずいい意味で捉えておいた。

女の子との恋愛相談に乗りながら真澄との連絡も取る。

なかなかに忙しい日々だったけれど、とても充実した日々だった。


そして、とうとう真澄と会う日がやってきた。

……どこかおかしいところはないかな?

部屋の鏡で確認をして、指定されたカフェに辿り着くまでもショーウィンドウに映る自分をチェックした。

初めての彼女とのデートでもこんなに気を遣ったっけ?

そう思いながらもスキップしたい自分を抑えて冷静にカフェでアイスティーを注文して真澄を待った。

カフェは予約されていて、扉を閉めれば個室になる仕様だった。

女同士で付き合うだとかなんだとかって話、聞かれたくないもんね。

真澄は意外とそういうところを気遣う。

そうやって真澄のことを考えていると真澄から連絡が来て少し遅れるとのことだった。

真澄が遅刻魔なのはいつもの事だけど今日くらいは遅刻しないで欲しかったな。

そう思いながら覚悟していたので時間潰しの本を開き読み終わっていた途中から読み進める。

時折アイスティーを飲むと、ストローを通って口の中に広がるさっぱりとさわやかでほんのり甘くて最高に美味しい。

私が本を読む読みながら嬉々としてアイスティーを吸っていると、しばらくして真澄が扉を開けてやってきた。


「遅れてごめーん!」

相変わらず軽い。謝罪の意思が見受けられない。

「ここのカフェ代、真澄持ちならいいよ」

「それはもう!ぜひともそうさせてください!」

平謝りの真澄に足を組んで顎に手を当てて眺める。

こうしているとなんとなく別れた時とまったく変わらないみたいだ。

最後に会ったのはいつだっけ?

今みたいに程よく汗ばむ季節だった気がする。

真澄がアイスティーを注文する際にデザートも勧めてきたので、まぁ、真澄のお金だしなと思って桃のタルトを頼んだ。

真澄はメロンのケーキにして注文を終えると、私のスマホが鳴った。

「ごめん、ちょっと電話に出ていい?」

それは私が今一番相談に乗っている女の子からだった。

告白したけど恥ずかしくなって逃げ出してしまったというなんとも可愛らしい相談だった。

本人には至って真剣な悩みなので決して笑ったりしない。

しどろもどろで要領を得ない彼女の言葉を汲み取り、彼女の背中を押して告白した相手の元へ戻るように促し、電話を切った私はこれからの後輩二人の未来に想いを馳せて微笑んだ。

「ごめん、お待たせ」

真澄から背けていた顔を振り向いて真澄に向き合う。

「相変わらず、よく他人の相談に乗るねぇ」

「頼られるのは悪い気しないよ。それに、私のアドバイスでみんな幸せになれるなら、相談くらいいくらでも乗るよ」

彼女を後押しするために喋ったせいか喉が渇きまたアイスティーを一口飲んだ。

「彼女、原さんと付き合うことになりそう」

「彼女って、最近さやかがよく相談に乗ってあげている子?原さんって子の彼女が好きなんじゃないんだっけ?」

真澄の言葉に小さく笑う。

「彼女は原さんって子を意識しているなぁって途中から思ってたんだよね」

そう言うと真澄は同じように小さく笑った。

「本当にさやかって本命にしかポンコツにならないよね」

「もう、その本命ポンコツっていうのやめてよ。それに、その本命ポンコツの本命になろうって気で来たんじゃないの?」

少し強気で真澄に言う。

惚れた方が負けだという心理でこちらが優位に立っている気持ちになる。

嘘。本当はすごく心臓がバクバクいっている。

「そうだよ」

真澄は私の葛藤なんて知らずに軽々と甘えた声を出してくる。

「さやか、私は他の誰でもないさやかが好きだよ」

真澄の言葉にドキリとした。

真澄とは、前になんとなくそういう関係になりかけて、なれなかったせいか、こんな正直な言葉を言われたことはない。

「本当はあのまま恋人になりたかった。でも女の子が好きだなんて認めたくなくて逃げちゃっていた。今更こんなこと言うのは卑怯かもしれないけど、今なら言える。私はさやかが好きだよ」

「本当に?」

思わず身を乗り出す。

「女同士で付き合うのって、難しいよ?」

数々の相談に乗ってきた私には様々な障害のパターンがわかっている。

前の彼女も結局は男の子との恋愛を選んだ。

それを真澄は乗り越えられるんだろうか?

不安気な私に真澄が笑った。

「散々逃げ回って考え抜いて出した答えなんだから、少しは信用してほしいな。なんて、言えた義理じゃないけど。もし私から別れるって言ったらそれこそさやかの好きなようにしてもいいよ」

「好きなようにって?」

「私が同性愛者だって公表してもいい」

「それは……」

でも、真澄は異性とも恋愛出来るはずだ。

躊躇う私に真澄もテーブルの上に乗り出してくる。

「今日、来てくれたってことは期待していい?」

真澄が艶やかなリップから試すような言葉で尋ねる。

まったくもって敵わない。

私は両手を上げて降伏した。

「真澄から電話もらって、付き合ってって言われた時、すごく嬉しかった。でも、その分すごく怖かった。またダメになったらどうしようって考えたら怖くて震えちゃう。いい人の仮面なんて外して思いっきり駄々こねたい。真澄と会っていた時だっていい人の仮面を被っていたよ。本当の私は女の子からの悩みに乗りながら時々上手くいかなければいいのにって思っちゃう。そんな性格の悪い私でもいいわけ?」

告白と懺悔をして手が震える。

いい人のさやかなんて本当はどこにもいないんだ。

私が上手くいかないのにどうして私が相談に乗った子は上手くいくんだろう?って内心どろどろとしたものが溢れ出そうになっていた。

そんな私の手に真澄が手を重ねた。

「さやかが振られる度に内心喜んでいた。性格なら私も悪いよ」

真澄が悪戯気に笑ったが、瞳の奥が寂しそうで、私は思わず真澄を抱き締めた。

「振られて喜ばれている事が嬉しいって思っちゃった私もやっぱり性格が悪いかな?」

「性格が悪い者同士でいいんじゃない?」

真澄が今度こそ楽しそうに笑うので私も笑ってしまった。


最後のアイスティーを吸い切る。

ズズズっとはしたない音まで立てて。

いつものみんなの相談に乗っている私ならそんなことしない。

優しくて穏やかでほんの少し品が良く見せていた。

今も昔もこんな姿を見せるのは真澄にだけだ。

きっとそれが答えだろう。

「でも、私、本命ポンコツらしいしなぁ」

少しからかってそう言うと、真澄は笑いながら謝ってきた。

その姿に笑みが出る。

今度はポンコツになってもいいや。


数年付き合ううちに真澄はそう思えるくらい私の大本命になって、私はそのうち本命ポンコツの汚名を返上したのだった。

女の子達の相談には相変わらず乗っている。

でも、いい人のさやかじゃ見せない顔を見る特権は真澄だけ。

それほど真澄の私への愛情は深くて、私も負けないくらい真澄を好きで、幸せって多分こんな感じなんだろうなって思えた。

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