第11話 情報収集

「ルーカスはどこだ……!」


 場所は学内食堂。俺は到着するや否や幼なじみのルーカスに会うため、建物内に視線を彷徨わせている最中である。

 

「……これだけ人が多いと、どこにいるのか分かりづらいな」


 校舎に併設された大講堂にも劣らない広さを誇る食堂。そこは昼食を取る生徒で溢れていた。高い天井に響く生徒たちの歓談の声。食器を乗せたプレートを持つ長い列。沢山の人の波に阻まれて、ここから一人の生徒を探し出すのはなかなか骨が折れるだろう。

 

(でも、早く試験の対策を練らないと……!)


 とんでもないステータス画面を見た衝撃はまだ健在だ。夢だと信じたいが、あれから何度も移動中に確認しても能力値が元に戻ることはなかった。


 とにかく今は少しでも時間を浪費したくない。その一心で、ルーカス探しを再開する。


 しばらく、多くの生徒とすれ違いながら、食堂内を歩いている時だった。


「……あ、向こうに座ってる人、ルーカスだ」


 ふと、見覚えのある茶髪の頭が目に入った。食堂の角に位置する席に座っている。俺はようやく見つけた目的の人物に一目散に近づいた。


「ルーカス、探したぞ!」

「……え、ニコラ?」


 だが、話しかけるやいなや、ルーカスは弱々しく振り返った。その表情は悲しみに染まっている。


「……って、どうしたんだ? そんな暗い顔して」


 自分の焦燥も一瞬忘れ、ルーカスの身を案じた。俺がいない間、彼の身に何かあったのだろうか。

 

「……いや、気にしなくていい。……昼食に誘った女子生徒たちに……ことごとく無視されただけだ」

「……そ、そうなんだ。どんまい?」

「はぁ、モテる男までの道のりは厳しいなぁ」


 全くもって心配する必要はなかった。ルーカスはナンパに失敗して落ち込んでいただけだったのだ。思春期を拗らせた、なんとも懲りないやつだ。……って、今はそんなことを考えてる場合じゃないな。


 ルーカスは見つけた。あとは試験攻略に関する質問を幾つか投げかけるだけである。

 

「いきなりだけど、色々聞きたいことがあるんだ。今時間大丈夫か?」

「ん? いいぜ、困ってる幼なじみの頼みなら無視できないな」


 こちらの問いに返答しながら、ルーカスはすんなり立ち直る。彼がどういう心持ちをしているのかは、相変わらず理解できていない。そんな彼の変貌ぶりを目の当たりにしつつ、ルーカスの正面の椅子に腰掛けた。


「で、要件って?」

「うん、今度の実技試験のことに関してルーカスにいくつか聞きたいことがあるんだ」


 俺がしたいのは簡単な情報収集だ。この世界に来たばっかりだし、知識の相違がないかどうか色々と確かめたいことがあったのだ。

 

「なかなか熱心だな。入学早々、実技試験のこと考えてるなんて」


 だが、ルーカスはこちらとは対照的に試験と聞いてもあまり動揺してなかった。

 

(……確かに、最初の試験で動揺するのは俺くらいだろうな)

 

 ルーカスがあまり危機感を抱いていないのには理由がある。


 ――実際、俺が憂いている実技試験は大した難易度ではないのだ。


 入学後すぐに発生するそのイベントはゲームでは序盤も序盤。まだゲームシステムに慣れるためのチュートリアルの域である。それはルーカスら生徒から見ても同じようなものだろう。こんな初っ端の試験で退学になるなど、よほどの大失態を起こさなければあり得ない。

 自身が焦っている原因は、もちろんこの低すぎる能力値に起因する。何もできないまま試験本番を迎えるのを恐れているのだ。


 ここは王国一の魔法学園。ふさわしくない生徒は排斥はいせきされる。


 そんな学園の試験で何できません、となったら即ゲームオーバーは確実。世にも珍しい第一章での退学エンドが待っているのだ。……第一章でのエンディングなんて、狙わないと出せないと思ってたよ。


 ルーカスを前に、なるべく不安を気取られないように俺は話し始めた。

 

「じゃあ、早速聞くんだけど、ルーカスって何の魔法が使えるの?」

「魔法? えっと、今覚えてるのはとりあえず火、水、氷、風、土属性の下級魔法と……あとは下級の治癒魔法だな」

「やっぱり下級魔法は覚えていて当然って感じなのか……」

「ん? お前も覚えているはずだぞ。いくつかの下級魔法の習得は入学試験の項目に必須だったじゃんか」

「いや、確認だよ、確認。特に意味はないから気にしないで」


 やはりニコラ自身も、俺が乗り移る前は普通に魔法が使えたみたい。記憶がないから能力値がゼロ、という見立てはあながち間違いでないだろう。

 

「で、次の質問なんだけど……ルーカスは剣術や魔法を学ぶ時って、どうしてる?」


 ステータスを伸ばすための具体的な方法を尋ねる。彼の学習方法はひとつの指標になるだろう。

 

「勉強方法に特にこだわりはないなー。剣術でも魔法でも初めは教本を読んで、次に実践訓練する。その繰り返しだな。もし誰かが手取り足取り教えてくれるならその方が断然いいけどな」


 自力でやるか、誰かに教えを乞うか。どちらを選ぶかで魔法と剣術の習得までの道のりは変わってくる。ルーカスが言っていることは、概ね予想の通りだった。


「魔法や剣術の教本って、今日配られたやつを使うのか?」

「入学したばっかりで詳しいことは決めてないけど、この学校にはでかい図書館や訓練場もあるし、そこも利用しようと思ってるぞ。あと、女の子……じゃなかった、学内施設にいる同級生に声をかけてみるのもいいかもしれないな」


 やはり、『訓練場』もゲームの通りに存在するようだ。少し安心した。


 学内施設を利用する、そこにいる同級生に声をかける、か。とても効率的だ。同級生を女の子に限定して言い間違えなければ完璧な回答である。


「ありがと、ルーカス。助かったよ」

「こんな簡単な質問で役に立てるなら、なんでも聞いていいぞ。他にも、女子生徒の好みの髪型とか服装とかの質問なら――」

「そ、その話はまたの機会にしよう!」


 長くなりそうだから、反射的に会話を遮った。すぐに寮に戻って作戦を練りたいからだ。


 俺はルーカスに感謝しつつ、席を立つ。


「あれ? ニコラは昼食食べないのか?」

「ごめん、今日は急いでるから、またね!」

「え、なんの用事があるんだ……って、もう行っちゃったか」


 ルーカスは目の前の友人を呼び止めようと伸ばした手を下ろした。俺は昼食も取らずに寮へと向かった。

 

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