第7話

麻生あそうさまと吉永よしながさまのドレスと小物は、別所べっしょさまの分と一緒に三日後にはお届けできると思います。あと、麻生さまにエステとクリニックに行くよう提案させていただきましたので」

「ありがとう。じゃあ三日後に」

 遼子りょうこ深雪みゆきのスタイリングを頼んだあずまからの報告を聞き終えたとたん、頬が勝手にほころんだ。別所は緩んだ口元を手で覆い隠す。

 やはり東に頼んで正解だった。彼女が遼子のために考えたアイデアと自分が思い描いていたものがほぼ同じだった喜びをかみしめながら仕事を再開させようとしたら、部屋に岡田おかだがやってきた。

「岡田、どうした?」

 目線の先にいる岡田の表情は、ふだんの彼らしからぬものだった。無表情ではあるけれど自信に満ちた目をしているからか冷たさを感じることはなく、むしろ余裕すら覚えるのだが今の彼にはそれがない。なにがあったのか落ち込んでいるように見えた。それで声を掛けたのだが彼は返事すらしない。いよいよ気になり別所は席を立つ。

「岡田」

 強めの口調で名を呼ぶと、ようやく岡田はこちらを向いた。

「なんでしょう、社長」

 岡田はふだんどおりの顔を作っているのだろうが、目に覇気がない。

「……その、なにかあったのか?」

「え?」

「いや、なんかそんな気がしたから」

 言葉を選んで異変の理由を探そうとしたが、

「なにもありませんよ」

 岡田は表情を固くした。聞かないでほしい、ということだろう。

「そうか……」

 諦めて腰を下ろし、今度こそ仕事をしようとしたが岡田が気になって仕方がない。かといって追求も無理だし、どうしたものか別所は思案した。

 視線をさまよわせていたら、先ほど東からの報告をメモしたノートに目がとまり、どんよりとした雰囲気を変えようと岡田に声を掛けた。

「そうだ。今さっき東さんから連絡が来て遼子先生と深雪くんのスタイリング案を聞いたんだが、なかなかいいものだったよ」

 岡田が落ち込んでいる理由で考えられるものは一つ。ダメ元で言ってみたところ、書類の仕分けに取りかかろうとしていた岡田がビクッとなった。別所は心の中でため息をつく。

 想像でしかないけれど、岡田はまた深雪を怒らせるようななにかをしたのかもしれない。毎回のことながらあきれてしまうが、だからといって口出しするつもりはない。

 岡田が早く素直になりさえすれば深雪だって心を開くし、二人の関係もいい方向へ向かうのに。そんなことを考えていたら、

「そう、ですか。よかったです」

 わずかではあるが、動揺が声ににじんでいた。やはり深雪となにかあったのだ。

「当日、僕は遼子先生をエスコートするから、岡田は深雪くんをエスコートしてください。深雪くんはサンドベージュのシフォンワンピースを着るようなので、それに合わせたスーツを用意。いいね?」

 岡田のタイミングの悪さ内心であきれながら命じるように言ったら、彼は「わかりました」と言って仕事を再開しようとしていた。が、

「ところで社長。東さんと社長はどのようなつながりがあるんですか?」

「え?」

 書類を手に持ったまま岡田がこちらを向いた。顔は見慣れたものに戻っている。

「彼女は、僕がお世話になったブランドのチーフスタイリストだったんだよ」

「というと、コンビネゾンの?」

 フランスに本社があるコンビネゾンは、上質でオーソドックスなデザインを得手としている世界的なアパレルブランドだ。別所は、そこのアジア圏でのモデルだった。

 二十代後半から三十代後半まで第一線のモデルであれたのは、そのブランドのおかげと言うより東との出会いが大きい。彼女がモデル一人一人に合わせたスタイリングをしていたから、それぞれの個性が際立っていたし、歳を重ねるごとに変化していく着こなしを提案してくれたからこそ十年前まで現役でいられたに違いない。

「そう。それで今回仕事を頼む際そこの今季アイテムをいくつか見せてもらったんだが、遼子先生に似合いそうだなと思ったやつと東さんが用意しようとしているのが同じものでね……」

 コンビネゾンのレディースライン「ル・ブール」の今期のテーマは「ノーブル」だった。深い群青色をメインカラーに据えているようで、美しい色合いのアイテムがそろっていた。そのなかで特に目を引いたのが繊細なレースと控えめな光沢のシルクのドレスで、これは遼子に似合いそうだと思っていたのを東から推されたのだった。

「三日後にアイテムをこちらに持ってくると言っていたので、楽しみだ。もしパーティーで着る予定のスーツに悩んでいるのなら、そのときにでも東さんに相談してみたらいい」

 岡田に目をやると、彼は澄ました顔で「そうします」と言ったあと書類の分別を始めたのだった。

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